病院を出て学校に向かう。夏休み中にも関わらず人の出入りが激しいのは、秋に行われる新人戦に
向けての運動部の追い込みと、文化祭の準備を進める実行委員が連日会議を重ねているからだろう。
 その中には芸術コースの生徒の姿もあった。特に三年生が多く、運動着で取り組む姿の真剣な眼差しには誰も近寄ることができない。作業している教室の前を通るたびに睨まれたほどだ。
 緊迫した空気の中を通り抜けて、第八美術室の戸を開く。誰もいない室内の中心に、ポツンと置かれたイーゼルの上には、高嶺先輩が描いた美術室の下描きが飾られている。
 香椎先輩はまだ来ていないらしい。いつものように荷物を置いて、窓を開いた。空気を入れ替えている間、私は鞄から受け取った高嶺先輩のスケッチブックを取り出す。
 描き加えたいと言っていた部分について、未だはっきりしていない。
 手紙をもう一度読み直して、カンバスの正面に立つ。高嶺先輩が倒れた際、下描きで使っている木炭が擦れて布に馴染んでしまっているが、置かれている机や棚の影になって様になっていた。美術室の奥から全体を見た構図は、香椎先輩が使っているイーゼルを中心に、物の位置をそのままに置かれている。真ん中にぽっかりと開いたスペースに走り書きで「後は頼んだ」とあるが、これ以上描き込むスペースなどない。
 むしろ下描きの範疇を越えている。
 香椎先輩がメッセージで送ってくれた画像と照らし合わせていく。指定された場所は端に予備のクロッキー帳や絵の具が保管されている棚、美術室の中心に設定されたイーゼル、その向こうに見える、カンバスの布を貼り付けるための木枠が山積みになっている。何度も見比べてもちっとも違いが分からない。ここに何を一つずつ描き込めというのか。幼い頃からウォーリーも探せなかった私に、間違い探しは無理難題だ。
 自分勝手すぎる。
 さっきまで悲しんでいたはずなのに、沸々と苛立ちが湧いてきた。高嶺先輩の頭の中を覗けるわけでもないのに、こんな中途半端な指示でどうしろと。
「……絵の中に入れたらいいのに」
 ふざけた考えが頭をよぎる。そんなことができるわけがないのにと、忘れようとするけと、ハッと顔を上げた。