「は?」
一瞬、何を言ったかわからなかった。鮮烈な名前だけが雷光のように閃き、数秒遅れてその名が意味する衝撃が俺を襲った。
「はあああ!? 何お前、露川祠のいとこなの?」
「うん。アタシは親しみとリスペクトをこめて祠ちゃんって呼んでいるけど」
「親しみはともかくリスペクトこもってないだろ、ソレ?」
「そう? 少なくとも呼び捨てよりかはリスペクトしてない?」
納得できるような、釈然としないような回答。コイツらしいといえばコイツらしいかもしれない。ともかく、妙に親しげな「ちゃん」付けの理由は分かった。
いやそれよりも、だ。
「何でそれ、もっと早くにそれ教えてくれなかったんだよ」
「だって匠、祠ちゃんガチ恋勢じゃん。初めての彼氏を取られたくなかったんだもん」
「う……」
言い方はともかく、琴那の視点は鋭い。
露川祠は俺の憧れだ。その憧れの親戚がすぐ近くにいると知れば、俺も思わず変な要求をしてしまったかもしれない。
少なくとも藤原琴那と言う存在が「大切な彼女」から「露川祠のいとこ」に格下げされる可能性は十分にあった。
「じゃあお前は、露川祠から小説のいろはを習ってきたのか?」
「小学校の頃は、学校の宿題の作文を見てもらっていたし、中学に入ってからはweb小説のアドバイス貰ってた」
「なんて……」
なんて羨ましいヤツ。
そう言いかけたけど、途中で俺の感情が、喉奥の門を固く閉ざす。
「最初は、好きな漫画やアニメの二次創作みたいな所から始まってね。祠ちゃんのアドバイスに従って、構成とか言葉選びとか考えていくうちに、面白くなってきちゃってさ」
昔を懐かしむような琴那の口調。
「高校に入ると、オリジナルに挑戦するようになった。投稿先も一時創作専門で、人気作品は書籍化もするようなところに変えてね」
そのあたりの話は、付き合っていた頃にも聞いたことがあった。投稿サイトのマイページを見せてもらったこともある。閲覧数やフォロワー数は結構な数字で、ランキングにもちょくちょく名前が載っているようだった。
その裏にはプロ作家・露川祠の影があったとわけか。ふざけるな、と思ってしまう。
そこまで恵まれた環境を捨てて、堕落の路へと向かったコイツに、羨ましいどころか憎悪が募る。露川祠に憧れ、文章を書いてきた者として、許せない。
「ま、シェヘラザードの二次選考まで通ったのは、奇跡みたいなものだけどね。露川祠の劣化コピーみたいな作品しか書けなかったし、祠ちゃんも私のこと、自分のマネだって評価してた」
ため息交じりに、琴那は言う。
「劣化コピー、か」
その評価が正しいのかどうか、俺にはわからなかった。なぜなら俺は……。
「おや? その、うなずくでも否定するでもない、微妙な反応。さては匠、アタシの作品読んでないな?」
「なっ!?」
図星だ。そうなのだ。俺は、その二次選考を通ったという、コイツの作品を読んでいない。いや、その後に出しているサークル機関誌も、藤原琴那のページだけは読み飛ばしている。
「や、それは……」
「アッハハハ! やっぱりね。そんな気はしていたんだけどさ」
「違うんだ。それは、説明させてくれ!」
「ううん、いらない。嫉妬でしょ?」
身体が凍りついた。全て、見透かされている。
「それと、下手に読みこんで、自分の作品が彼女の色に染まるのが怖かった、とか?」
「……」
的中すぎて、何も言えない。
「多分さー、アタシも同じだもん。仮に自分の彼氏がシェヘラザードのファイナリストになったと考えて、当時のアタシなら絶対読まなかった。同じ理由でね」
「多分、お前と付き合ってなければ読めたんだと思う。嫌……だったんだ。お前の作品を読んだら、お前との関係が変わってしまう気がして」
適度にライバルであり、適度に恋人。あの頃の俺たちの繋がりは絶妙なバランスで成り立っていた。そのバランスが心地よく、それが崩れそうなことはできなかったのだ。
「うんうん。そーゆーとこまで、アタシと同じだ。実はさ、アタシも付き合い始めてからアンタの小説を読んでないよ」
「そうだったのか?」
「うん。だからこれはお互い様。それに、他のメンバーもどうせ読んでないしね、アタシの話なんて」
そう言うと、琴那はふふっと笑った。俺にはそれが、どこか乾いたような、空虚な息遣いに感じられた。
「いや……そんな事はないんじゃ?」
「本当にそう思う?」
「どういう意味だよ?」
「うーん。ま、とりあえずはいいや」
表情に少しだけ空虚さを残して、琴那は続ける。
「話を戻すけどさ。アタシ、露川祠っぽさから抜け出したくて、文創に入ったんだ。高校までは師匠が祠ちゃんだけだったからさ、他のメンバーから刺激をもらえれば、違う方向へ発展できるんじゃないかって」
露川祠の劣化コピーという状況を打開したいと思うのなら、その選択は間違っていないだろう。仲間から刺激をもらってそれを創作に活かす。それは俺にとっても、理想のサークル活動であり、文創に求めていたものだった。
けど、いよいよもってわからない。そんな文創を、何故こいつはぶち壊した?
ここまでの話を聞く限り、そして当時の記憶を思い出す限り、一年生の頃の藤原琴那は、真面目に創作に打ち込み、結果も出している文創期待のホープだった。もしかしたら、それこそ第二の露川祠にだってなれたかもしれない。
それがどうして、ろくに書かず、飲み会やら何やらで周りを巻き込んで、サークルを堕落させていったんだろう?
一瞬、何を言ったかわからなかった。鮮烈な名前だけが雷光のように閃き、数秒遅れてその名が意味する衝撃が俺を襲った。
「はあああ!? 何お前、露川祠のいとこなの?」
「うん。アタシは親しみとリスペクトをこめて祠ちゃんって呼んでいるけど」
「親しみはともかくリスペクトこもってないだろ、ソレ?」
「そう? 少なくとも呼び捨てよりかはリスペクトしてない?」
納得できるような、釈然としないような回答。コイツらしいといえばコイツらしいかもしれない。ともかく、妙に親しげな「ちゃん」付けの理由は分かった。
いやそれよりも、だ。
「何でそれ、もっと早くにそれ教えてくれなかったんだよ」
「だって匠、祠ちゃんガチ恋勢じゃん。初めての彼氏を取られたくなかったんだもん」
「う……」
言い方はともかく、琴那の視点は鋭い。
露川祠は俺の憧れだ。その憧れの親戚がすぐ近くにいると知れば、俺も思わず変な要求をしてしまったかもしれない。
少なくとも藤原琴那と言う存在が「大切な彼女」から「露川祠のいとこ」に格下げされる可能性は十分にあった。
「じゃあお前は、露川祠から小説のいろはを習ってきたのか?」
「小学校の頃は、学校の宿題の作文を見てもらっていたし、中学に入ってからはweb小説のアドバイス貰ってた」
「なんて……」
なんて羨ましいヤツ。
そう言いかけたけど、途中で俺の感情が、喉奥の門を固く閉ざす。
「最初は、好きな漫画やアニメの二次創作みたいな所から始まってね。祠ちゃんのアドバイスに従って、構成とか言葉選びとか考えていくうちに、面白くなってきちゃってさ」
昔を懐かしむような琴那の口調。
「高校に入ると、オリジナルに挑戦するようになった。投稿先も一時創作専門で、人気作品は書籍化もするようなところに変えてね」
そのあたりの話は、付き合っていた頃にも聞いたことがあった。投稿サイトのマイページを見せてもらったこともある。閲覧数やフォロワー数は結構な数字で、ランキングにもちょくちょく名前が載っているようだった。
その裏にはプロ作家・露川祠の影があったとわけか。ふざけるな、と思ってしまう。
そこまで恵まれた環境を捨てて、堕落の路へと向かったコイツに、羨ましいどころか憎悪が募る。露川祠に憧れ、文章を書いてきた者として、許せない。
「ま、シェヘラザードの二次選考まで通ったのは、奇跡みたいなものだけどね。露川祠の劣化コピーみたいな作品しか書けなかったし、祠ちゃんも私のこと、自分のマネだって評価してた」
ため息交じりに、琴那は言う。
「劣化コピー、か」
その評価が正しいのかどうか、俺にはわからなかった。なぜなら俺は……。
「おや? その、うなずくでも否定するでもない、微妙な反応。さては匠、アタシの作品読んでないな?」
「なっ!?」
図星だ。そうなのだ。俺は、その二次選考を通ったという、コイツの作品を読んでいない。いや、その後に出しているサークル機関誌も、藤原琴那のページだけは読み飛ばしている。
「や、それは……」
「アッハハハ! やっぱりね。そんな気はしていたんだけどさ」
「違うんだ。それは、説明させてくれ!」
「ううん、いらない。嫉妬でしょ?」
身体が凍りついた。全て、見透かされている。
「それと、下手に読みこんで、自分の作品が彼女の色に染まるのが怖かった、とか?」
「……」
的中すぎて、何も言えない。
「多分さー、アタシも同じだもん。仮に自分の彼氏がシェヘラザードのファイナリストになったと考えて、当時のアタシなら絶対読まなかった。同じ理由でね」
「多分、お前と付き合ってなければ読めたんだと思う。嫌……だったんだ。お前の作品を読んだら、お前との関係が変わってしまう気がして」
適度にライバルであり、適度に恋人。あの頃の俺たちの繋がりは絶妙なバランスで成り立っていた。そのバランスが心地よく、それが崩れそうなことはできなかったのだ。
「うんうん。そーゆーとこまで、アタシと同じだ。実はさ、アタシも付き合い始めてからアンタの小説を読んでないよ」
「そうだったのか?」
「うん。だからこれはお互い様。それに、他のメンバーもどうせ読んでないしね、アタシの話なんて」
そう言うと、琴那はふふっと笑った。俺にはそれが、どこか乾いたような、空虚な息遣いに感じられた。
「いや……そんな事はないんじゃ?」
「本当にそう思う?」
「どういう意味だよ?」
「うーん。ま、とりあえずはいいや」
表情に少しだけ空虚さを残して、琴那は続ける。
「話を戻すけどさ。アタシ、露川祠っぽさから抜け出したくて、文創に入ったんだ。高校までは師匠が祠ちゃんだけだったからさ、他のメンバーから刺激をもらえれば、違う方向へ発展できるんじゃないかって」
露川祠の劣化コピーという状況を打開したいと思うのなら、その選択は間違っていないだろう。仲間から刺激をもらってそれを創作に活かす。それは俺にとっても、理想のサークル活動であり、文創に求めていたものだった。
けど、いよいよもってわからない。そんな文創を、何故こいつはぶち壊した?
ここまでの話を聞く限り、そして当時の記憶を思い出す限り、一年生の頃の藤原琴那は、真面目に創作に打ち込み、結果も出している文創期待のホープだった。もしかしたら、それこそ第二の露川祠にだってなれたかもしれない。
それがどうして、ろくに書かず、飲み会やら何やらで周りを巻き込んで、サークルを堕落させていったんだろう?