「聞いて。匠が忘れられず、作家として存在し続けられる方法が、ひとつある。それはね、アンタが露川祠になること」
「はぁ?」
「というか、もう半分くらいなってるんだよ」
何を言っているんだ? 訳がわからない。
「アンタが原稿を捏造したと気づいた時、もうひとつ分かったことあるの」
「もうひとつ? どういう事だよ?」
「露川世代。祠ちゃんだけでなく、がみんなヤバかったって言ってたよね?」
「ああ」
俺の憧れ、目指し、ついぞ届かなかった世代。
「冷静に考えてさ、そんなことある? プロの編集がいるわけでも、職業作家だけが所属してるわけでもないサークルの機関誌。それが揃いも揃って傑作なんておかしくない?」
「おかしいも何も、実際に本が残っているわけで……」
そこまで言って、俺は気づく。違う。機関誌は、そんな世代が存在していたという証拠になんてならない。嘘と虚構にまみれた機関誌が、少なくとも一冊、存在している。
「文創は、祠ちゃん以外にも数人プロ作家を出している。でも掲載作品全てが商業レベルの機関誌なんて、あの一冊だけ。じゃあどうして、露川世代には露川祠以外にプロデビューした人がいないの?」
答えは明白だった。その正解は、去年の秋に俺が解答してしまった。
「『12人の嘘つきの王国』って知ってるよね?」
「もちろん、露川祠が全シナリオを手がけたゲームだ」
12人の主人公全てにマルチエンドが用意されているアドベンチャーゲームで、その12人のシナリオが複雑に絡み合っており、全てを読まないと真相に辿り着けないという大作だ。発売から数年経った今でも、史上最高のアドベンチャーゲームと評価するゲーマーは多い。
そのテキストは、メインシナリオはもちろんアイテムや舞台の設定テキストなど細かいところまで、全て露川祠が手掛けたという。
俺は露川祠の文章に触れたくて、半年以上プレイし続け、全てのエンディングを見た。
「あの作品で祠ちゃんが書いたのはただのストーリーじゃない。あのゲームの世界そのもの」
「その通り。露川祠は世界そのものを作った」
「アタシ、逆だと思ってたんだよね。祠ちゃんは学生時代に小説で伸び悩んだから、別の業界に転身したんだと」
転身の理由は諸説あるが、その中でも有力説のひとつだ。シェヘラザード以降の彼女の数少ない出品作品は、クオリティ面ではともかく、商業的には成功したとは言いづらい。
「でもさ、本職のミステリの傍らで、別の何か巨大なものを作っていて、その楽しさを知ったからゲームシナリオを始めたんだとしたら?」
別の巨大なもの。例えば、文芸創作同好会の虚構の4年間とか……。
「『文創が、今の自分を作った』『文創で培ったものが自分を新天地へ行くように急かす』祠ちゃんの言葉も辻褄が合うんだよね……」
突飛な推理。けど、もはや真相はそれしか考えられなかった。
「そう、露川世代のなんてまやかし。祠ちゃんはアンタと同じことをやってたの」
俺の中で何かが崩れる。露川祠と露川世代に憧れたところからスタートしたはずだった。しかしそのスタート地点は偽物で、たどり着いたゴールにこそ露川祠がいた……?
混乱してきた。俺は4年間何をしていたんだ? 俺がしてきたことは間違いだったのか? けど結果として俺は露川祠と同じ場所に立ってしまった。ならば……。
ならば俺は、これからどうすればいいんだ?
「書き続けなさい」
「え?」
「静岡にいようが就職しようが、書くことはできる。だから書き続けて、また東京に戻ってきて!」
「いや、でも俺はもう小説は……」
辞めた。と言おうとした時、何かが引っかかった。その三文字を口にする抵抗感。ついさっきまでそんなものなかったはずなのに。
「アタシさ、実はまだ就職決まってないんだよね」
「へ? そうだったのか?」
コイツも三年生のある時期、スーツを着てあちこちを駆けまわっていたはずだ。グループLINEで、内定を取ったみたいな話を目にした記憶もある。
「うん。内定もらっている所はあったけど辞退した。就職浪人してでも出版社か編プロに入る。それで絶対に文芸の編集者になる」
「本気か?」
「文芸サークル潰したような奴を、採用してくれるところがあるかはわからないけどね」
琴那は苦笑しながら言った。けどすぐに真剣なまなざしで俺を見つめてくる。
「でも、自分で作品をかけなくなったアタシがあの世界に関わるには、それしかないと思う」
「まだ小説に関わりたいのか?」
「あれだけのことをしておいて、許せない?」
「いや……」
数時間前までなら、許せなかっただろう。けど今となっては、そんなこと言えるはずもない。
「それでね。匠を、絶対に引っ張り上げる。アンタを露川祠にする」
琴那が体を寄せてきた。そして顔が近づき、唇と唇が重なる。
付き合っていたころのような甘さは感じられなかった。若干のアルコール臭と共に、何かが俺の体内に入り込んでくる。そんな感覚のキス。
「だからアンタは書き続けて。もう一度アタシに見つかるようになって」
「はぁ?」
「というか、もう半分くらいなってるんだよ」
何を言っているんだ? 訳がわからない。
「アンタが原稿を捏造したと気づいた時、もうひとつ分かったことあるの」
「もうひとつ? どういう事だよ?」
「露川世代。祠ちゃんだけでなく、がみんなヤバかったって言ってたよね?」
「ああ」
俺の憧れ、目指し、ついぞ届かなかった世代。
「冷静に考えてさ、そんなことある? プロの編集がいるわけでも、職業作家だけが所属してるわけでもないサークルの機関誌。それが揃いも揃って傑作なんておかしくない?」
「おかしいも何も、実際に本が残っているわけで……」
そこまで言って、俺は気づく。違う。機関誌は、そんな世代が存在していたという証拠になんてならない。嘘と虚構にまみれた機関誌が、少なくとも一冊、存在している。
「文創は、祠ちゃん以外にも数人プロ作家を出している。でも掲載作品全てが商業レベルの機関誌なんて、あの一冊だけ。じゃあどうして、露川世代には露川祠以外にプロデビューした人がいないの?」
答えは明白だった。その正解は、去年の秋に俺が解答してしまった。
「『12人の嘘つきの王国』って知ってるよね?」
「もちろん、露川祠が全シナリオを手がけたゲームだ」
12人の主人公全てにマルチエンドが用意されているアドベンチャーゲームで、その12人のシナリオが複雑に絡み合っており、全てを読まないと真相に辿り着けないという大作だ。発売から数年経った今でも、史上最高のアドベンチャーゲームと評価するゲーマーは多い。
そのテキストは、メインシナリオはもちろんアイテムや舞台の設定テキストなど細かいところまで、全て露川祠が手掛けたという。
俺は露川祠の文章に触れたくて、半年以上プレイし続け、全てのエンディングを見た。
「あの作品で祠ちゃんが書いたのはただのストーリーじゃない。あのゲームの世界そのもの」
「その通り。露川祠は世界そのものを作った」
「アタシ、逆だと思ってたんだよね。祠ちゃんは学生時代に小説で伸び悩んだから、別の業界に転身したんだと」
転身の理由は諸説あるが、その中でも有力説のひとつだ。シェヘラザード以降の彼女の数少ない出品作品は、クオリティ面ではともかく、商業的には成功したとは言いづらい。
「でもさ、本職のミステリの傍らで、別の何か巨大なものを作っていて、その楽しさを知ったからゲームシナリオを始めたんだとしたら?」
別の巨大なもの。例えば、文芸創作同好会の虚構の4年間とか……。
「『文創が、今の自分を作った』『文創で培ったものが自分を新天地へ行くように急かす』祠ちゃんの言葉も辻褄が合うんだよね……」
突飛な推理。けど、もはや真相はそれしか考えられなかった。
「そう、露川世代のなんてまやかし。祠ちゃんはアンタと同じことをやってたの」
俺の中で何かが崩れる。露川祠と露川世代に憧れたところからスタートしたはずだった。しかしそのスタート地点は偽物で、たどり着いたゴールにこそ露川祠がいた……?
混乱してきた。俺は4年間何をしていたんだ? 俺がしてきたことは間違いだったのか? けど結果として俺は露川祠と同じ場所に立ってしまった。ならば……。
ならば俺は、これからどうすればいいんだ?
「書き続けなさい」
「え?」
「静岡にいようが就職しようが、書くことはできる。だから書き続けて、また東京に戻ってきて!」
「いや、でも俺はもう小説は……」
辞めた。と言おうとした時、何かが引っかかった。その三文字を口にする抵抗感。ついさっきまでそんなものなかったはずなのに。
「アタシさ、実はまだ就職決まってないんだよね」
「へ? そうだったのか?」
コイツも三年生のある時期、スーツを着てあちこちを駆けまわっていたはずだ。グループLINEで、内定を取ったみたいな話を目にした記憶もある。
「うん。内定もらっている所はあったけど辞退した。就職浪人してでも出版社か編プロに入る。それで絶対に文芸の編集者になる」
「本気か?」
「文芸サークル潰したような奴を、採用してくれるところがあるかはわからないけどね」
琴那は苦笑しながら言った。けどすぐに真剣なまなざしで俺を見つめてくる。
「でも、自分で作品をかけなくなったアタシがあの世界に関わるには、それしかないと思う」
「まだ小説に関わりたいのか?」
「あれだけのことをしておいて、許せない?」
「いや……」
数時間前までなら、許せなかっただろう。けど今となっては、そんなこと言えるはずもない。
「それでね。匠を、絶対に引っ張り上げる。アンタを露川祠にする」
琴那が体を寄せてきた。そして顔が近づき、唇と唇が重なる。
付き合っていたころのような甘さは感じられなかった。若干のアルコール臭と共に、何かが俺の体内に入り込んでくる。そんな感覚のキス。
「だからアンタは書き続けて。もう一度アタシに見つかるようになって」