『この星で、最後の愛を語る。』~The Phantom World War~

 ギズーがレイとアデルの首根っこを掴んで立たせる。絶望に支配されたその表情にギズーは二人に向けてシフトパーソルを向ける。

「しっかりしろテメェら!」

 その銃口を空へ向けて引き金を引いた。
 乾いた音が彼等の耳に届くとハッとして二人はギズーを見た。いつもの苛立ちを隠せない表情と共に残念そうに二人を見る顔があった。

「らしくねぇぞ、確かにメリアタウンは墜ちたけどまだ俺らが居るじゃねぇか! それに避難状況もどうなってるか分かってねぇ。運よく生き延びた奴も居るかもしれねぇんだ。まずはその確認と捜索が先だろう馬鹿野郎共」
「ギズー……あ、あぁそうだね。その通りだ」
「お前にそんな事言われるとは思わなかったな」

 今までのギズーならまずこんな事は言わないだろう、だがこの一週間で彼もまた少しばかりの変化を見せ始めていた。
 そう、まだ全面的に敗北したわけじゃ無い。中央大陸での戦闘はメリアタウンの壊滅によって終わったかもしれない。が、まだ彼等が残っている。反帝国を掲げる組織の中で最大勢力且つ、最小の戦闘集団が残っている。

「一先ず生存者の確認をしよう、アデルとガズルは北側。ギズーとミラ、そしてファリックは東側を。ミトは僕と一緒に西側を捜索しよう。何かあったら通信機で連絡して」
「おう、南はどうするんだ?」
「南はとりあえず大丈夫だと思う。あそこは――」

 ギズーに言われレイがそこで言葉に詰まる。
 そう、南側は商業施設となっている。常駐してる者はメリアタウンの住民が半分、残りは商いで立ち寄った人である。多分一番最初に避難できるヵ所である。それは城壁の破壊された具合からうかがえた。

「うん、南部は最後にしよう。何もなくても調査が終わったら中央のアジト――」

 そこでハッとする、そう、自分達のアジトの事を。留守番を頼んでいたプリムラやゼットの事を思い出す。その言葉でアデルとガズルの双方が顔面蒼白になる。

「プリムラっ!」「プリムラ!」

 二人は即座にアジトへと走った。
 その後ろ姿をレイ達は何も言葉を掛ける事が出来ずにいた。そして同時に編成を変える。

「アジトの事はあの二人に任せよう、残ったメンバーで各方面を見て回って欲しい」
「仕方ねぇな、俺は北部行くぜ。おいファリック付いてこい」

 突如指名されたファリックは頷いてギズーの後を追う。

「そしたらミトは西部、ミラは一応南部を調べて。僕は東部を見て回る」
「分かった」「了解」

 ミトとミラの両名が即座に行動を開始する、走り去っていく姿を見てレイはもう一度この情景を見渡した。
 美しい街だった、周囲が城壁に囲まれているとはいえ街並み、街道、そこに住む人々。往来でにぎわった南地区へと続く一本道。それら全てが粉々に破壊されてしまっていた。
 予想だにできなかった。
 
「東部、作戦司令本部がある場所だ……」

 ゆっくりと歩き出したレイの目前に広がるのは瓦礫の山、ひときわ立派に目立っていた作戦司令本部の姿はもちろんなかった。東部といっても中央部から少し離れたところにあった司令本部だが現時点でその面影は見るも無残な状態になっていた。焦げて炭化している元「人」の腕や頭部、あたり一面が異臭で満ちていた。
 この中で生存者を発見するのは困難であるとレイはメリアタウンへと侵入した時点で理解していた。だからこそ絶望したのだ。だが彼等の所為ではない。
 たったの十四、五の少年少女達だ。そんな彼らが一週間留守にしただけでこの惨状が起きるとは誰も予想できなかった。それは作戦司令のレナードもまた同じだ。ここに生き残りがいればきっと「気に病むことは無い」と言葉をかけてくれるだろう。

「っ!」

 瓦礫の中で微かだが動きを感じたレイ、即座にそこへと駆け寄り木材や瓦礫を退かしていく。そして――。

「――レナードさん」

 変わり果てたレナードの姿がそこにあった。四肢の欠落はないものの左腕は本来曲がらない方向へと捻られていて右足もまた、同じように。

「あぁ剣聖、遅かったじゃないか……」
「ごめんなさい、遅くなっちゃいました」

 朦朧とする意識の中、最後の力を振り絞っているのだとレイは感じた。伝えなければいけないことがある。それを伝える前に逝くことは許さない。と、弱っているレナードの瞳から感じ取れた。しゃがみ込みレナードの無事な手を握ると、左手で近くにあったシフトパーソルを拾い上げて空へとむけて発射した。

「気に病むことはねぇよ、まだ子供のお前さん方を俺ら大人の戦争に巻き込んじまったのは俺達――ダメな大人なんだ」
「何言ってるんですか、ロクに剣もシフトパーソルも扱えなかったおじさんが……何があったんですか」

 目線を落とすと胸ポケットに収まっているタバコが目に入った。一本取り出してポシェットから着火剤を取り出して火をつける。先端に火が付いたことを確認したのちレナードの口元へと運んだ。

「あぁ、うめぇなぁ――気をつけろよ剣聖。ありゃぁ……化け物だ」
「やっぱり居たんですね、フレデリカ・バークが」
フレデリカ・バーク(ラスト・アルファセウス)は強いぞ、骨の髄まで染み込んだぜ……恐怖をな」

 正直フレデリカ・バークが前線に出てくることさえ予想していなかった。言わば帝国の最終兵器、フレデリカが落ちれば帝国の勝利はない。故にカルナックとの対決を控えているであろうフレデリカを前線に出してくることは無い。そう彼らの中で結論付けていた。
 同時にカルナック家で伝えられた話も相まってのことだった。だが現実は違っていた。
 きっと軽い準備運動のような物だったのだろう。フレデリカにとってこの破壊活動は本命との対決、カルナックとの決着をつけるための準備運動。そう考えるとより一層絶望が押し寄せてくる。そうレイは感じ取っていた。

「でも安心しろよ、お前さん達の仲間は全員逃がした。今頃は西大陸へと渡ってる頃だろ……なぁ剣聖」
「はい」

 レナードが咥えているタバコの火が徐々に弱まっている。吸い込む力もほとんど残ってはいないのだろう。それを目の当たりにしたレイの瞳に涙が浮かぶ。

「泣くんじゃねぇよ、男の子だろ。生き残れよ、こんなクソッタレな時代だからこそ……」
「はいっ!」

 握りしめていたレナードの手に一瞬力が入って、笑顔を作って見せた。そして。

「あぁ――最後の一服ってのも、乙なモンだな……なぁ……剣聖――」

 そこで事切れた。
 笑顔のまま旅立ったレナードの亡骸を見つめるレイ、そこにシフトパーソルの発砲音を聞きつけた他のメンバーが集まってくる。同時に目の当たりにしたレイとレナードの姿を見て一同が絶句した。

「逝ったのか?」
「うん」

 レナードの胸ポケットから煙草を取り出して一本口に咥えるレイ。声を掛けたアデルはその仕草に驚いていた。決してタバコを吸おうとは思っていなかったレイがレナードの遺品であるソレを咥えたのだ。

「プリムラ達は逃げたって、今頃は西大陸だろうって――弱っていく声でそう教えてくれた」

 その声に力が入っていた、震える声、悲しみの声、怒りの声。その三つが入り交ざっていた。瞳からはおびただしい量の涙が流れ、頬を伝いシャツに伝わる。

「――この世界はクソッタレで、残酷なほど現実を突き付けてくる」
「レイ……」

 震える背中を見てミトが声を掛ける、振り向いたその顔には今しがた旅立った者から受け継いだ確かな絆、約束を守るんだと誓う眼をしていた。

「みんな、ちょっとだけ協力して欲しい」





 その日の夕刻、廃墟と化した要塞都市メリアタウン近郊に墓地群が出来上がった。
 この街で戦死した者達を一人一人埋葬し、最後にレナードの遺体を盛り上がった高い場所へと埋めた。墓標として彼が生前愛用していた剣を突き立て、柄から紐で括り付けたシフトパーソルをぶら下げた。
 レイが懐からレナードのタバコを取り出して火をつけると、吸い口を土に埋める。生前吸っていたように火は燃えあがると同時に白い煙を上げる。
 後ろにはアデルを始めとしたFOS軍の面々が整列していた。全員が土埃にまみれていて汗が止まらないでいた。
 
「これで、全部か」
「うん、レナードさんで最後」

 アデルがレイの横に立つと左肩に右手を置いた。震えるその肩が物語るもの、何も言わずにただ一人かみしめるレイ。その姿はまるで――。

「ありがとうみんな」

 振り向いてレイが答える。その言葉に誰も声を上げず、ただただレナードの墓を見つめていた。

「それじゃ、頼むねギズー」
「あぁ」

 彼らの中央にレイが並ぶとギズーがウィンチェスターライフルを空に向けて構える。引き金を引くと大口径の銃弾が銃口から飛び出し、その周囲に轟音を打ち鳴らした。

「敬礼っ!」

 レイが声を上げた。
 発砲音と共にレイ達は一斉にレナードと、その先に眠る兵士達に向けて敬礼をした。続けて二発目、三発目とギズーは空に向かって引き金を引く。

 発砲音と共に大気が揺れる気がした。
 発砲音と共に彼等の目には涙が滲んでいた。
 発砲音と共に、彼等を見守るようにメルリスが眠る丘からやまびこが届いた。

 彼等は分かっていた、この世の中は自分達が考える程甘い物じゃないと。この戦争を引き起こしたのは自分達であると、決して大人達に巻き込まれた事じゃない。自分達が巻き込んでしまったものだと理解していた。故にレイの瞳からは涙が止めどなく流れていた。
 墓を作るのはこれで二度目だ。

「行こう、西大陸へ――」

 帝国との戦争はまだ始まったばかり、始まったばかりで彼らの初めての敗北だった。


 統一歴二七六五年、八月十七日。
 中央大陸南部要塞都市メリアタウン陥落、死者二千五十六人、行方不明者一万弱。後に語られるメリアタウン攻城戦である。


 第三章 記憶の彼方
 END


 歴史上、西大陸が表舞台に立つ事は何度かあった。
 語り継がれたお伽噺「幻魔大戦物語(げんまたいせんものがたり)」の舞台であり、千年前に起きた炎の厄災。イゴール・バスカヴィルが引き起こした魔力暴走(エーテル・バースト)によって作られた巨大クレーター。その他にも細かい物を含めれば戦争だ内戦だとそれなりの数はある。

 その内、戦争や内戦と言った人が引き起こした出来事は全て帝国絡みであった。二千年前に創設された帝国は今の形とは異なり、きちんとした国家運営をしていたと魔族の生き残りは語る。
 実際に今の帝国の様になったのは千年ほど前に遡る。当時の皇帝「リディール・アバランチカ」からと言われており、その後の歴代皇帝はどれもこれも恐怖政治を敷いていた。

 しかし疑問も残る。
 歴代皇帝の中には恐怖政治に耐えきれずクーデターを引き越したものも居たという。そして当時の皇帝を失脚させ圧制を敷いていた帝国を再建させようと、その力を振るった者も数年後には元の鞘に収まるかの如く恐怖政治、圧制へと戻っている。
 この事は海上商業組合にも文献として残っている事実であり、この事を調査しようとして帝国へと潜入させた事もあった。しかし、誰一人としてソレらは戻ってくることは無かった。

 この千年の間に合計十回、つまり百年に一度は同じようにクーデターが起こっては成功し、また同じ鞘に戻るを繰り返している。

「それじゃぁ、スティンツァ帝国の皇族はとっくの昔に血が途絶えてるのか?」
「文献によるとそうなります。初代皇帝のリディール・アバランチカの血筋は千年ほど前に途絶え、その後は別の血筋が支え、クーデターが起こるとまた違う血筋へと変わっています。現皇帝「マッド・ガルボ」は三十年前に起こったクーデターによって変わったばかりです」
「百年に一度起こるクーデターねぇ、どう思うよガズル」

 黒いエルメア(注意:帝国軍服の事)を着た少年がメガネを掛け、ニット帽をすっぽりと頭に被っている少年に問う。

「俺に聞くなよアデル、そもそも俺だって帝国の内部事情については詳しくねぇんだ。ギズーお前はどうよ」

 ガズルと呼ばれた少年が次に声を掛けたのは椅子にふんぞり返ってシフトパーソル(注意:銃火器の名称、シフトパーソルは片手銃を意味する)を整備している少年に尋ねた。

「俺だって知らん、こういうのは昔本の虫だったレイの方が詳しいだろ」

 代わる代わる質問が飛び交い、最終的に行きついたのがこの少年。
 英雄を意味する二つ名剣聖を持ち、彼等のリーダーである青髪の少年、名をレイ・フォワードと言う。まさかこのタイミングで話題を振られるとは思って居なかった彼はキョトンとして周囲を見渡した。

「なんでこっちに振るかな、僕だって分からないよ。でも確かに不思議だよね、圧制に耐え切れなくなってクーデターが起こって皇帝が変わっても、気が付けば同じような感じになるんでしょ? むしろその辺り詳しくは書いてないんですかクリスさん」

 返答に困ったレイが正面に座る青年へと尋ねた。海上商業組合で情報を管理する七議席の一人であり、現帝国の打倒に燃える青年。名をクリス・バンエルロードディアと言う。

「私がそれを知ってたら君達のこんな問いはしなかったよ。ガズル君とギズー君ならもしかしたら何か知ってるかもって思った位だからね、私も正直そこまでは知らないんだ」

 優しい目でそう答えた。



 
 要塞都市メリアタウン攻城戦から一ヵ月と二週間、レイ率いるFOS軍はメリアタウンから南南東に位置するグリーンズグリーンから海上商業組合の船に乗って西大陸へと足を進めていた。後一週間程度で西大陸へと到着すると言ったところで彼等は今後の動きを纏めようと一室に集まっていた。
 海上商業組合の情報網によってメリアタウンを脱出したプリムラ達は現在西大陸の南東部に位置する街に居ると分かっている。そこに向かい彼女達を回収した後の事を決めようとしていた。

「それにしてもよ、プリムラ達はどうやって西大陸に渡ったんだ? 俺達もあの後急いで動いたけどここまで一ヵ月と二週間だ。たったの二日でどうやって戦場になったあの場所から移動したんだ?」

 アデルがタバコを吹かしながら椅子に寄りかかって天井を見上げた。確かに不思議ではある、プリムラ達は非戦闘員で法術も使えない。彼等とは根本的に違うのだ。

「多分だが西の蒸気機関だろうな、メリアタウンにも数台は有ったし「クレッセント」迄行けば地下のトンネルにも大量に人を乗せられる「蒸気列車」がある。ソレに乗って逃げたんだろう」
「それを使ったって確証は?」
「クレッセントの地下街に行ったときにそのポートが爆破されて通ることが出来なかったろ? 船以外で西に渡るとしたらあそこ以外ねぇんだ。つまり追っ手を警戒して唯一の通路を封鎖した」
「あぁ、それで通れなかったのか」

 ガズルの説明にアデルが納得した表情で立ち上がった。一同はそれを見てため息を付く。

「あのなぁ、お前の頭で一を聞いて十を知れってのは無理なのは承知してるけどよ。せめて五を知ったら残りは理解してくれ」
「悪かったな馬鹿で――」

 現在西と中央を繋ぐ旅路は最南端の街グリーンズグリーンから出る定期船以外はガズルの言う蒸気機関による列車しかなかった。その道が途絶えていた事を考えれば遠回りになるが船での航路しかない。
 その航路もメリアタウンから一ヵ月と一週間は掛かる道のり、全てにおいて後手後手に回っている彼等の苛立ちは仕方ないのかも知れない。そして何より心配なのが彼等の仲間の安否である。

「それでレイ、あと少しで西大陸に到着するけどどうするんだ? 宛てもなくアイツら探すのか?」
「その事なんだけど、帝国も独自のルートで西に渡ってるだろうから大きな街じゃ戦闘は避けられないと思うんだ。でも大きな街だからこそ情報収集も出来るんだけど……取り敢えずは反帝国を掲げてる南部を中心に回ろうと思う。プリムラ達も居るとしたらそこだろうしね」

 西大陸の情勢について彼等も然程詳しくはない。実質的には帝国の支配下にある西大陸だが北東部が現在帝国領に当る。そこ以外は西の技術力が帝国を上回り反発している状況だった。そこまでは彼等でも分かっている範囲だ。

「現在西大陸は北東部の産業都市ジグレッド以外はまだ帝国の手が及んでいません。ですが今回投入されている帝国の兵力とフレデリカ・バーク(最恐)の存在がキーになっています。恐らくジグレッドを拠点に西大陸の制圧が行われると思われます。今私達が向かっている場所は海上商業組合の西支部がある港町「リトル・グリーン」になりますが、クレッセントから直中でレールが敷かれていた「カルバリアント」迄は馬で三日程掛かります、皆さんの仲間が逃げるとしたらリトル・グリーンだと思うのですが……」

 クリスが西支部より受けた伝報に目線を落としながら説明するが、避難民のリストにプリムラ達の名前が無い事を確認する。

「まだ避難情報は無いんだな?」
「えぇ、残念ながら」

 アデルがクリスを睨みつけながらそう吐き捨てた。



 西大陸、別名魔大陸と呼ばれ早二千年。
 人とは違うエーテル機構を備え、貯蔵量も人とは一線を越える種族であり法術の元となる「魔術」を操る。外見は人と全く変わらない為に一見判断しにくい。しかしエーテル感知ができる法術士であれば人族か魔族かの区別は容易い。
 大陸間の技術レベルには約五百年程差があると言われている。高度な技術を持つ魔族達と共に生き抜いてきた人族は互いに技術を提供し合っている。そして完成させたのが例の蒸気機関であった。
 水蒸気を動力源に動く機械のソレは法術や魔術にも引けを取らない運動量を作り出すことに成功した。その一つが蒸気機関車(アクセル)である。

蒸気機関車(アクセル)が発明されて五十年、これに勝る超移動距離貨物は未だ存在しない」

 人なら百数人、物量は数トン単位まで乗せる事も可能で持続距離は数百キロと言われている。従来のエーテルを利用した貨物列車は術師が交代しながら十数キロを移動する事が出来るのに対しコレだ。革命であったと言わざる得ない。だが同時に大きな問題も抱えていた。

蒸気機関車(アクセル)を作るのに必要な鉱石や炉に使われる特殊な金属は中央大陸にしか発見されておらず、量産することが叶わない状況がこの四十年続いていた。それらを解消する方法として海上商業組合との同盟に参加することで問題は解決することが出来た」

 コレが十年程前、ごく最近の話である。故に普及に時間が掛かり人でも足りない所に帝国との戦争が勃発してしまった。産業都市ジグレッドが帝国に落ちて以来重機や蒸気機関はすぐさま帝国へと搬送される事になった。これには海上商業組合も黙っては居なかった。

蒸気機関車(アクセル)を量産させる為に手を組んだ西と海上商業組合は面白くないわね、そして勿論この事態を重く見た東も」

 その速報は東大陸にまで流れていた。
 海上商業組合と長年同盟関係にあったケルヴィン領主もまたこの事態に憤怒していた。この事件を切っ掛けに西大陸、中央大陸南部の海上商業組合、東大陸のケルヴィン領主の三同盟が結成され帝国に宣戦布告を行った。この世界大戦はまだ始まってそう長くは無いのだ。

「――あれ、でも帝国の圧制は中央大陸以外にも広がっていたんじゃなかったの?」

 先程から船室の一角にある本を読んでいたミトが首を傾げる。その声に反応したのがレイだった。

「元々帝国とは反発し合う間柄だった二カ国と海上商業組合だったんだけど、戦争って程の戦闘は起きていなかったらしいんだ。でも蒸気機関車(アクセル)が奪取された事を皮切りに三勢力が一度に宣戦布告をして今の戦争が起きた。それでも海上商業組合は布告したけど戦う力はほぼ無くて即時降伏、だから今回こちら側に付いてるのは離反みたいなもんなんだ」
「戦う力が無いのによく宣戦布告したね」
「それほど当時は上層部の頭に血が上っていたんだと思うよ。今考えると一番先に攻め落とされるのは物資を抱えてる海上商業組合だからね。補給線を断つのは基本中の基本だって先生が言ってたよ」

 霊剣の手入れをしながらミトの質問に答えているのはレイだ、刃こぼれ一つしない大剣をじっくりと観察し、曇りを丁寧に取り除いている。

「そもそも海上商業組合の本拠地ってどこになるの?」
「昔は中央の南にあったって話だけど、帝国との戦争で壊滅させられて今は散り散りだって聞いてるよ。それこそクリスさんなら現拠点の場所を知ってるだろうしそっちに聞いてみた方が早いかもね。教えてくれるかはまた別問題」
「それもそうね、所で……」

 本を閉じて棚へと戻し、窓の外へと目を向けた。

「あの馬鹿達何やってるの?」

 ミトの視線の先にはアデルとガズルが共に甲板で釣りをしていた。食料は往復分積み込まれていて不自由する事の無いこの船旅において魚を釣ろうとしているアデルとガズルが気になっていた。

「気分転換じゃないかな、何かしてないと落ち着かないんでしょ。ほら、プリムラの件があるから」
「あぁ、なるほどねぇ」

 安否確認が取れていないプリムラの事ばかりが二人の頭を過っていた。何かしていないとその事ばかりを考える様になってしまいどうにも落ち着かないでいるアデルとガズル。筋肉トレーニングから読書、船中の探索と出来る事はあらかたし終えて現在は釣りに没頭している。三十分ほどヒットは無い。

「何だかんだ言って心配してるんだよ、好きな人だからって事もあるだろうけど」
「親友同士好きになる相手も同じねぇ、仲良いのねあの二人」
「時々喧嘩もするけど、喧嘩するほど仲が良いって言うじゃない? 昔のコトワザみたいだけど」
「初めて聞いた――ううん、覚えていないだけかもね」

  外で釣りをする様子を窓際まで移動して眺めるミトと、変わらず霊剣の整備をしているレイの二人の間にそんな会話が生まれた。徐々に記憶を取り戻しているミトの表情はどこかやるせないようにも見える。

「記憶の方はどう? 何か思い出せた?」
「ちょっとずつ思い出せては来てるんだけど、今一確証を得るような物はまだぼんやりとしてる感じ。何て言えばいいのかな。靄がかかってるというか霧で見通しが悪いと言えばいいのかな。思い出してきたのは相変わらず戦いの事だけで肝心の「私がどこの誰で、何でここに居るのか」はさっぱり。無理に思い出そうとすると頭が割れる程痛くなってまだ無理ね」
「そうかぁ、でも徐々に思い出せて来てるのは良い事だねミト」
「そうかしら? 戦い方だけ思い出せても何にもならないよ」

 そう語るミトの横顔はどこか寂しそうに見えていた。肝心の自分が誰なのかが分からず戦い方だけが思い出せる現状に苛立ちにも似た感情が芽生えていた。その苛立ちはミラ、ファリックも同様だった。
 何故戦うことが出来るのか、何故自分達に戦闘技術があるのかが一切不明であり困惑する。だが結果としてそれが彼等をこの時代で生き抜く術であると理解している。故に不安が彼ら三人の脳裏を過ぎった。

「気にするなって言うのも無理な話だけどさミト、分からない答えを探すのだけが全てじゃないよ。今君達がこの時代に居るのに何か理由があるとしたら、肝心な所だけぽっかりと空いてる記憶もまた意味があるのかも知れないよ」
「――意外とロマンチストだよねレイって。そうね、もしかしたら意味があるのかも知れないね」

 レイの言葉にミトはそっと微笑みながらそう答えた。




 各々が抱えた悩み、不安を乗せて海上商業組合の船は一路西大陸へと向かう。
 消息が見えないプリムラや先行して西大陸へと渡ったカルナック達と合流すべく彼等は港町「リトル・グリーン」へと向かう。中央大陸で起きた大規模衝突以上の戦いがこの先彼等に待ち受ける事は必至、それ故にレイの表情はどこか硬かった。

 船上から見たリトル・グリーンは彼等の目を奪うのに一分と時間は掛からなかった。
 噂には聞いていたがこれ程とは彼等の誰一人として予想はしていなかっただろう、高い建造物に見慣れない配管が所狭しと設置され、隙間からは蒸気が漏れ出している。
 中央大陸では見なかったものがそこら中にあって彼等の好奇心を煽る。特にガズルは噂と本でしか見た事の無い情報故に心が躍った。同じくレイもまた初めて見る光景にときめきを隠せなかった。

「言った通り凄いだろレイ」
「うん、予想以上だったよ」

 二人は船から降りると周囲を見渡した。
 年相応の反応と言えばそうなのだろう、それとは対極的なアデルとギズーは目の前で浮かれている二人にため息を付いた。

「なぁ撃っていいか?」
「着いて早々騒ぎになるからやめとけギズー、だけど気持ちは分かる」

 ホルスターからシフトパーソルを引き抜こうとするギズーをアデルがゆっくりと宥める。普段この役目はレイが担う所だが当の本人は二人の目の前で見た事の無い景色に心を奪われていた。

「蒸気機関ってすごいね姉さん」
「そうだね。やっぱりミラもファリックもこういうの好きなの?」
「オイラはそこまで……でもミラは好きかも」

 最後に下りてきた三人もそれぞれの感想を述べる、ファリックはそれ程でも無い様に見えるが実はこの光景に多少なり心がざわついてる様子だった。ミラは言うまでもない。



 西大陸の玄関口にして人口密度第三位の街であるこのリトル・グリーン、西大陸の北東部に位置するジグレッド程ではないがその活気の高さは中央大陸では中々見られない物だった。各所で露店が立ち飲食物を初め見た事の無い金属片迄売り物は多岐にわたる。
 又、住人の熱気もさることながら街中に敷き詰められた配管から漏れ出す水蒸気から発せられる湿度も相まって町全体の温度が高く感じられる。

「噂通りの暑さだな、稲の収穫期が終わった筈なのにこれじゃぁもうしばらくレイが活躍しそうだ」

 帽子を脱いで仰ぐアデルが静かに呟いた。隣でゆっくりとホルスターにシフトパーソルをしまうギズーもそれに同意して頷く。

「さてっと、先ずはどこに行くんだ?」
「――テメェは人の話を聞いてねぇのか覚えてねぇのかどっちだ、海上商業組合の西支部だつってんだろ」
「あぁソレだそれ、んじゃぁ行くとするか。おい、馬鹿二人!」

 ギズーの悪態にも動じることなく相変わらず目の前ではしゃぐ二人の首根っこを掴んで引きずるように歩き始めた。それを後ろから見ていたギズーは閉まったシフトパーソルをもう一度抜こうとして、やっぱり止めた。

「騒ぎを起こしても面白くねぇ……か、間違いねぇ」

 両腕を組んでアデルの後を追う。その様子を更に後ろで見ていたミト達三人は苦笑いして静かに後を追う。

 西大陸――。
 世界の中心が中央大陸と言われるようになってから久しいが、千年も昔であればこの西大陸こそが世界の中心と言われていた。工業技術と蒸気技術の発達によって中央と東大陸に比べ先に進んでいる。帝国が蒸気機関車(アクセル)を奪ってからと言う物その技術分野情報をひた隠しにするようになった。
 元々は森林が多く緑豊かな大陸ではあったが、技術の発展と共にそれらも徐々に失われて行くようになり、今では千年前と比べると森林は十数パーセントほどしか残っていない。その大多数は北部に及ぶ。
 
 彼等が向かう海上商業組合西支部はこの街リトル・グリーンの中心部にある。
 控えめな装飾で味気ない建物、一見大き目の民家にしか見えないその建物だが周囲は組員がシフトパーソルを装備し警戒している。西支部と名称はあるが実質ここが本部の様なものだ。
 一か月前、本部を構えていたメリアタウンは陥落し現存する支部はここリトル・グリーンと東大陸の玄関口グリーンズ・グリーンのみ。先にも述べた通り東大陸に比べ技術が飛躍的進んでいる西大陸が現状では本部として活動している。

「コレが実質本部ねぇ、やっぱりメリアタウンのは立派だったんだな」

 アデルがレイとガズルの首根っこを掴んだまま西支部の入り口にまで来ていた。道中では中央大陸ではお目にかかれなかった賞品が並ぶ露店に二人が目を輝かせる度に掴む手に力を入れて正面を振り向かせる。そんな作業を十分程度繰り返して到着した。

「そろそろ放してくれないかな」
「馬鹿言ってんな、中に入ったら話してやるよレイ」

 周囲の目が自分達に向けられているのを流石に恥ずかしがっている様子で顔を赤くしていた。ガズルはと言うと利き手でつかまれているせいか表情はレイと違って苦悶に歪んでいた。頸椎を圧迫されつづけて流石にそろそろ限界という処だろうか。

「わかった、なら早速入ろう今すぐ入ろう。首から下がしびれてきた」
「あぁそうだな、俺もそろそろ握力が無くなってきた所だ」

 そう言うと一度だけ後ろを振り返りギズー達がはぐれていないかを確認し、目くばせをした。少しだけ距離を取っていたギズーがソレに気付き舌打ちをしたのを確認した後正面を向いて歩きだす。

「みっともねぇ所見せちまってるが話は通ってるな?」
「――本当に子供なんだな君達は、ただの噂だと思って居たがこれは負けたな」

 扉の前でシフトパーソルを携帯している組員がアデル達を見て驚いていた。

「負けた?」
「いや何こっちの話だ、君達の噂は半年前からこっちにも届いていたんだが年端も行かない子供だとはとても思えなくてな、噂ってのは尾ひれがついて回るもんだろ? だから賭けをしてたんだ。が、俺は負けちまったみたいだ」

 懐から紙幣を取り出して隣で笑顔でいるもう一人の組員に手渡した。

「ソレは気の毒な事で、それで俺達は入れて貰えるのかい?」
「あぁすまない、クリスさんから話は聞いてる。長い船旅ご苦労だったな、入ってくれ」

 懐から通信機を取り出して何か話している、そしてすぐさま扉のロックが外されて開いた。そこでようやくアデルは両手で捕まえていたレイとガズルを開放すると中へと入っていく。バツが悪そうにレイが続き、ガズルは一度伸びをしてから中へと入る。

「――撃っとけばよかったか」
「騒ぎになるの嫌だったんじゃないの?」
「流石に道中あんな目で見られるならと今考えただけだ、さっさと行くぞ」
「はいはい、本当に仲が良い事で」

 両腕を組んでため息を付きながらミトとそんな会話をして二人も中へと入る。その後ろからミラとファリックも続いて行く。全員が中へと入ったことを確認した後組員が扉を閉めて再びロックが掛かる。

「俺にはそんなにすごい餓鬼には見えないんだけどな、お前どう思う?」
「馬鹿言うな――剣聖レイ・フォワード、剣帝序列筆頭「黒衣の焔」、義賊カルナックの右腕とガンガゾンの末っ子。化物ぞろいだぞ、あの四人が居なきゃ今頃この西大陸もどうなってたか分からねぇって話だ、それをただの餓鬼とはお前の情報もその程度だって事だよ。餓鬼と言う名の鬼だよ。それに後の三人もな」

 門前で見張りをしている二人の内、賭けに負けた組員が冷や汗を流しながらそう話していた。