《むかしむかしあるところに、働き者の娘がおりました。
 とても美しい娘でしたが、父が死んでしまってからというもの、ボロの服を着せられて一日中、継母と意地悪な義姉達にこき使われる毎日でした。

 掃除に洗濯に繕い物、継母達三人の食事にお茶の準備、毎日毎日休む暇も無く働かされ続けた娘は、かまどの灰がついて煤け、薄汚れた姿になっていました。
 それを、意地悪な継母や義姉二人が「灰かぶり!」と言って笑います。しまいには、近所の子供達も娘をそう呼んでからかうようになり、娘の名前を呼ぶ人は、誰もいなくなってしまいました。

 けれど、娘は涙一つ見せません。いつも笑顔を浮かべ、朝から晩まで働き続けます。
 外見はどれだけ煤けても、娘の心は美しいままでした。
 
 ある日のこと。お城で、舞踏会が開かれる事になりました。
 国中の娘を招待する、大きな舞踏会でしたが、灰かぶり娘は「着ていくドレスもないくせに!」と嘲笑されて、お留守番です。
 継母や姉達が着ている綺麗なドレスも、輝く宝石も、本当は全部娘と、死んだ実母のものなのに、全部取り上げられた娘はボロをまとって泣くしかありませんでした。
 すると、ネズミが突然喋りだしました。

 ――かわいい娘さん、泣かないで。貴方のがんばりをよく知っていますよ。ご褒美に、舞踏会につれていってあげましょう。

 そう言うと、ネズミはあっと言う間にとんがり帽子をかぶった魔法使いのおばあさんに変身しました。
 娘の姿も、いつの間にか、きらきらのぴかぴかに。
 誰にも灰かぶりなんて笑われない、彼女本来の美しい姿に戻っています。

 さぁ、仕上げに、このガラスの靴をはいて、舞踏会に行きなさい。でも、忘れないで? 楽しい魔法は、十二時の鐘と共に終わるから。

 優しい魔女のおかげで、娘は生まれて初めての舞踏会に向かいます。
 そこで娘は、素敵な王子様と夢のような一時を過ごします。
 くるくるくるり、きらきらきらり、踊る二人はみんなの注目の的です。けれど、一目見たその時から、娘と王子様は、お互いしか見えていません。
 王子様は、踊りながら思いました。

 あぁ! この姫こそ、我が運命の人!

 娘は、王子様の腕に抱かれながら胸を高鳴らせます。

 あぁ、ずっとこの方とこうしていたい……。

 けれど、夢の時間は十二時を伝える鐘の音と共に、終わりを告げるのでした――》

    ◆◆◆


「……その辺に、こんなチョロい王子様が落ちてたりしないかしら」

 ぱたん。
 一昔前に流行った本を、ぱたりと閉じたリュンヌは、つまらなそうにぼやいた。

「別に、王子様じゃなくてもいいのよ? そこまで地位には拘らないわ。ただ、こんな簡単に初対面の胡散臭い女に惚れてくれる、チョロいことこの上ない惚れっぽいお花畑脳が、そこらへんに落ちてないかなぁ~って……」

 両肘で頬杖をついたリュンヌの頭に、布をまとったカボチャがぶつかってきた。
 
「痛い! ちょっと、貴方はカボチャ頭だから、ぶつかると痛いんだからね! 馬鹿になったらどうしてくれるの!」

 中身は綺麗に取り除かれ、目と口の形にくりぬかれたカボチャは、中で煌々と火をもやしている。

 一見すると、カボチャをくりぬいて作ったランプだ。
 ただ、カボチャの下には、まるで胴体を示すような布きれが付いていて、毛糸で作った手もついている。

 ――その上、人の手が触れてもいないのにくるくると一回転するのだから、あきらかにただのカボチャではなかった。

 さながらこの国で語り継がれている、カボチャお化けそのものだ。

 意志を持って動くそのカボチャは、毛糸の手を持ち上げて、ぺしぺしとリュンヌの頭を叩く。
 馬鹿な事ばかり言うのを、叱りつけているようだった。

「いいじゃない。夢を見るくらい勝手でしょう。お金かからないし、誰にも迷惑かけないじゃない。――ランたんは、ばば様から言いつかったお目付役だかなんだかしらないけど、いちいちうるさいのよ……って痛ぁっ!」

 もう一度、カボチャ頭でぶつかってこられたリュンヌは不満を引っ込める羽目になり、かわりに悲鳴が口をついて出る。
 ――ある事情で、ここにはいない魔法使いの祖母から、留守を任されたリュンヌだが、使い魔という名目でカボチャお化けの“ランたん”がついていた。
 リュンヌを主とは思っていないのか、このカボチャ、なかなか手厳しい。

「もう……! この凶暴カボチャ頭! シチューの材料にするよ! あいたっ!」

 果敢に言い返しても、今度はおでこにぶつかってこられる始末だ。

「……覚えておきなさい、凶悪カボチャ……! いつか絶対、料理してやる……!」

 恨み言は受け流し、ランたんは毛糸の手でぺしぺしとリュンヌの肩を叩いた。
 またしても、自分に対する反抗かと身構えたリュンヌだったが、どうやら「何か」を訴えようとしていると気付く。

「なぁに?」

 つんつんと、ローブを引っ張られる。かと思えば、ランたんは窓の外に片手を向けた。

「外……? 外に、何かあるの?」

 ランたんの中の炎が、一際明るく燃え上がった。
 くりん、くりんと、布地の体だけを回転させるのは、このカボチャお化けが機嫌が良い時の反応だ。
 どうやら、自分の解答は当たっていたらしいと、リュンヌは窓の外へ目を向けた。

「ん~……? 別に変わった様子は無いけ……ど……? ……え? 雪?」

 何時もの変わらない、森の風景が広がっている――そのはずだったのに、リュンヌの視界を、白いものがチラついた。

「……でも、気温に変化はないし……」

 雪が降るならば、もっと寒くなっているはずだと思いながら、リュンヌは窓を開けると、右手を出した。
 どこからともなく降ってきた白い物は、はらはらと手のひらにおちる。
 雪ならば、人の体温に触れた時点で、すぐに液状と化すはず。しかし、リュンヌの手のひらに舞い落ちてきたそれは、人の体温で溶けることもなく、次々と降ってきて、小さな山を作っていた。

「――なにこれ……灰……?」

 顔を近づけて凝視したリュンヌは、降ってきた白い物の正体を知るなり、不機嫌そうに顔をしかめる。

「なんでこんな物が、森に……」

 この森に、灰をまくなんて。
 どこの誰だかは知らないが、ずいぶんなことをすると、リュンヌは腹を立てる。
 そんな事をすれば、森の植物や動物がどうなるか分からないのかと。

「それとも、……茨の森だから、こんな事をするのかしら」

 この茨の森には、魔女が住む。
 かつて国一番と言われた、善なる魔女。――それが、リュンヌの祖母だ。

 けれど、褒め称える声の一方で、祖母には敵も多かった。国王夫妻を結びつけた、陰の功労者などと持て囃された裏では、妬み嫉みの声があったと聞く。
 嫉妬という感情は、大小問わない嫌がらせとなり、リュンヌの祖母は随分と辟易していた。それこそ、ここから離れるまで。

 ――真の主が不在の、茨の森。

 それならば、何をしてもいいと思ったのかと、リュンヌは腹を立てた。

「ランたん、行こう。……こんな馬鹿げた魔法を使ってるのは、どれほどの馬鹿面か、この目で直接見てやらないと……!」

 リュンヌは、後ろに流していたフードを被り、部屋の前に立てかけてあった箒を手に取る。
 
「絶対、責任取らせて森中掃除させてやる……!」

 いざという時は武器になるし、犯人を捕まえた時は後始末の際に掃除道具として活用できる、非常に便利な――どこの家庭にでもある、普通の箒だ。
 すぐにでも飛び出そうとするリュンヌのフードを、ランたんが思い切り後ろから引っ張った。

「ぎゃっ! ――もう! なにするの、ランたん!」

 犯人に逃げられる! と膨れ面で訴えると、その眼前に細い棒が突きつけられた。

「……あ、私の杖」

 魔法を使う者達にとっての、必須道具だ。これがないと、格好が付かない。

 忘れるところだったと、受け取ったリュンヌが照れくさそうに笑うと、ランたんは「しかたのない奴め」とでも言いたげに両手を持ち上げ、肩をすくめる動作をした。そして、次によしよしとリュンヌの頭を撫でてくる。――随分と、人間くさい仕草が多いカボチャお化けだ。

 これでは使い魔というよりも、保護者だ。お目付役だと言っていた祖母の言は正しかったのだろうが、なんだか複雑だとリュンヌは口をへの字に曲げた。
 すると、ランたんは「拗ねてる場合か、早く行け!」と追い立てるように、撫でていた手でぺしぺしと頭をたたき出す。

「わ、分かってるってば! 今、行こうと思っていたんだから!」

 急かされるままリュンヌは館の外に出て、目を丸くした。

「……嘘でしょ」

 一面の白銀世界――ではなく、灰色の世界だった。
 そこら中が、灰を被ったせいでくすんで見える。急に、世界が色あせたような錯覚に陥るほどに。

「いつ止むのよ……! っていうか、何を考えてるのよ! 限度があるでしょう!」

 いまだ降り止まない灰。空を仰ぎ見たリュンヌは、怒鳴り声を上げる。

 空から降ってくる、雪と見まごう灰色。積もり積もった、灰色の世界。
 ――それは、リュンヌをなんだかとても嫌な気分にさせた。
 寒くもないのに、ぶるりと身震いしてしまう。

「……冗談じゃないわ。――やめさせないと。ここは、ばば様の森よ」
 
 祖母がいない間の留守は、自分が守る。
 そう約束したのだからと、リュンヌは一歩踏み出そうとした。しかし、異様な風景に気圧されたのか足がもつれてしまう。
 カチンと、靴同士がぶつかり合って高い音が鳴った。

「――この灰だらけの中を、この靴で歩くのは大変そうなんだけど……言ってられないか」

 ローブをちょっとだけたくし上げると、そこには精巧な薔薇の細工が飾られた靴。
 こんなローブよりも、煌びやかなドレスにこそ似合いそうな、見事なガラスの靴だった。 ――リュンヌは、じっと自身の靴を見下ろしていたが、諦めたようにため息をつくと、意を決して再度踏み出した。

「あ、でも犯人ってどこにいるんだろう? ……ねぇ、ランたん、それっぽい人がいるか、分かる?」

 リュンヌの後ろで、ふわふわ浮いたままだったランたんが、反応する。それまで、彼女の行動を見守るように沈黙していたカボチャお化けは、やっぱり人間くさい仕草で「やれやれ」と肩をすくめたかと思うと、ひゅるんとリュンヌの前に飛び出した。そして、ついてこいと言うように先陣を切る。

「――あ! 待ってよ、ランたん!」
 
 箒を持ったリュンヌは、ガラスの靴をはいたまま、その灯を追いかけたのだった。