王都に行く。
 そう決めたリュンヌ達は、翌日準備を整え玄関に集合した。

「さぁ! 出発しましょう!」

 先頭を切るリュンヌの、元気の良い声が森に響き渡る中……。

「……張り切っているところ、申し訳ないが……少しだけ、いいだろうか?」

 カルケルが控えめながら挙手をした。

「どうしたの?」
「……本当に、俺を連れて行くのか?」
「当たり前でしょう。……それともなに? 貴方、自分の事なのに大人しく留守番していられるの?」
「――無理だな」

 渋い顔で即答するカルケル。
 だったら、なぜ今更な質問をするのだとリュンヌは眉を寄せた。
 
「……なに? もしかして、体調が悪いの?」
「――いや、そういう訳じゃない」

 万が一具合が悪いなら、本人に着いていきたいという意思があっても無理はさせられない。一応、そういった配慮は出来るつもりだったリュンヌだが、またしてもカルケルに否定される。

「それじゃあ、どういう訳なの?」
「……俺は、この通り呪われている。……今は、君の祖母殿が作った、この外套で押さえ込めているが……」

 カルケルは最後まで続けなかったが、きっと制御が完全では無い事を言いたかったのだろう。

 言いにくそうな顔から、彼の内心をだいたい察してしまったリュンヌは、気まずそうに咳払いした。

「だ、大丈夫よ! そのために、ばば様の物置をひっくり返して、予備外套まで見つけてきたんだから!」

 カルケルが着ているものと、全く同じ外套を、リュンヌは背負っていた荷袋から取り出して見せた。

「これを着れば、きっと効果は倍増するはずよ!」
「それは凄いな」
「そうでしょう、そうでしょう!」
「……だが魔女殿、冷静に考えてくれ。君は、外套を重ねて着込んだ挙げ句、二重のフードで顔を隠す怪しい男と一緒に、歩く羽目になるんだぞ?」

 この森ならばまだしも、王都ならば確実に目立つとカルケルが唸る。

「王都にこんな格好で立ち入れば、俺達はたちまち憲兵に拘束されるだろう」
「そ、そんな……! なにも悪い事してないのに?」
「悪事を未然に防ぐのも、憲兵の仕事だ。……明らかな不審人物を見て、放っておくはずが無い」

 不審人物、といわれたリュンヌは改めて考えた。
 
 魔女が一人。
 外套を重ね着した、顔を見せない男が一人。

 そして極めつけに、やたらと動作がうるさいカボチャお化けが一人。 

(あ、確かに不審。もう、不審の集合体みたいになってるわ)

 だが、外套を脱がせばカルケルはおろか、自分だって灰に埋まってしまうし……とリュンヌは頭をひねる。

「……わかったわ、カルケル」
「……そうか。やはり、俺を連れて行く事の面倒さに気が付いて、思いとどまったか。……よかった」

 カルケルは安堵したような口ぶりで言うけれど、隠しきれない寂しさを滲ませた笑みを浮かべて、リュンヌを見下ろす。

 言っている事と表情が一致していない王子に向かって、リュンヌはぴしっと杖を突きつけた。

「心にもない事、言わないで」
「……え?」
「よかった、なんて思ってないくせに。ほんとうは、留守番なんて嫌なんでしょう? 一緒に行きたいって思ってるくせに、貴方は言い訳ばっかりだわ」

 謝りながらも、カルケルが並べるのは自分を連れて行く事で被る不利益ばかり。だから、調べに行くのが嫌なのかと思えば、それもまた違う。

 知りたいのに、行きたいのに、わざと相手のやる気を削ぐような事ばかり言う王子は、気まずそうに目を伏せた。

「……言い訳では、無い。事実だ。……俺が君と行けば、迷惑をかけると……」
「私に迷惑をかけたくない?」
「……あぁ、そうだ」
「嘘ばっかり」

 リュンヌは杖をおろすと、「ふん」とそっぽを向いて腕を組んだ。

「そんなの全部、自分のためでしょ」
「――なっ……」
「自分が嫌な思いしたくないから、予防線を張ってるんだわ。……意気地無し」

 カルケルの肩が弾かれたように震え、ぐっと両手に力が入った。

「……それの……っ」

 押し殺したような声が漏れ聞こえるが、結局カルケルは続きを飲み込もうとする。

「なによ? 意気地無し王子様」

 そうはさせるものかと、リュンヌはあえて挑発するように呼びかけた。
 ぶるりと、大きく空気が震えた――そんな気がして……。

「――それの、何が悪いんだ……!」

 カルケルの怒鳴りつけるような声とともに、大量の灰が降ってきた。
 リュンヌは手にした杖をくるくる回し、灰をひとまとめに浮かせ、埋没を避ける。

「俺はもう嫌なんだ……! 人に白い目で見られるのも、怯えた目で見られるのも……! 君に、そんな目で見られたら……俺は、とうてい耐えられない……!」
「――……え?」

 本音を吐かせたかった。
 本当は行きたいと思っているカルケルに、自分の口で言わせたかった。

 だからリュンヌは、あえて焚きつけたというのに、カルケルが口にした本音は、予想とは違うものだった。

「……君に……嫌われたくない……」

 片手で目元を覆ったカルケルは、震える声でそう言った。
 聞いた瞬間、リュンヌは胸の辺りが締め付けられたように苦しくなる。

 嫌われたくない。

 その短い言葉にどれだけの感情を込めたのか、項垂れるカルケル。
 リュンヌには、今の彼が怯えた子供のように見えた。

 ――まるで、昔の自分のように思えた。何もかも怖かった、子供の頃の自分に重なった。

「馬鹿ね。嫌いになるなら、とっくになってるわ」

 リュンヌの口からついて出たのは、思いのほか優しい声だった。

「……え」

 カルケルが、驚いたように顔を上げるほどに。
 それに、少しだけ恥ずかしくなりながらも、リュンヌはカルケルに向かって手を伸ばす。

「馬鹿だって言ったの。何回私が灰の危機に直面したと思ってるの。面倒、怖い、大嫌いなんて思ってたら、もうとっくに森を追い出してるわ。……だから、変な心配なんかしてないで、一緒に行きましょう?」

 リュンヌが眼前に差し伸べた手を、カルケルは呆けたように見つめていた。

 その視線は、ゆるゆると動き、今度はリュンヌの真意を確認するかのように、顔に向けられる。

 もしも、ここでリュンヌの表情に嫌悪や恐怖……ごく僅かでも、負の感情が浮かんでいれば、きっとカルケルは手を取ったりはしなかっただろう。

 しかしリュンヌは、急かすことなく、笑顔でカルケルが手を取るのを待っていた。

「ね? 大丈夫だから。一緒に行きましょうよ、カルケル」
 
 おずおずと重ねられた手をリュンヌがぎゅっと握ると、カルケルはくしゃりと顔をゆがめる。

「……参ったな……――いつかと、逆だ……」
「え?」
「――……懐かしいと……そう言ったんだ」
 
 言われて、リュンヌは頷いた。
 そんな事あるはずが無いのにと思いながらも、つい口に出してしまう。

「私も、そう思ったの。……なんだかずっと前から、こうして手を繋いでた気がするなぁって」

 カルケルとは初対面。
 懐かしさなど覚えるはずがない。

 それなのに、自分の中ではしっくりきているなんて、おかしな話だ。

「……そうか。……うん――俺もだよ」

 握り返してくる手の強さに、リュンヌは笑った。

「じゃあ、しばらくこうしてる?」

 生真面目な王子様は、顔を真っ赤にして灰を降らせ拒否するかと思ったが……、ゆっくりと首を縦に振った。

「君がいいなら、もう少しだけ……もう少しだけでいいから、こうしていよう……魔女ちゃん」
「……っ!」

 びっくりしたリュンヌは、杖を構え直した。
 案の定、勢いよく降ってくる灰に向かい、杖をふるう。

「ふぅ」
「…………手、やはり離した方がいいだろうか」
「いいわよ、このままで。……灰が降るって分かってれば、私だって何とか出来るんだから。……だから、気にしないでついてくれば良いの」

 返事は? とリュンヌが促すと、カルケルは脱げかけていたフードをひっぱり、目深くかぶりなおし、頷いた。

「……あぁ、頼む。――……俺は、君と一緒に、真実を知りたい」
「もちろんよ!」

 繋いだ手から伝わる熱は、リュンヌの心をぽかぽかと温めた。
 もしかしたら、カルケルも同じだったのかもしれない。

 彼の顔も、何時もと違い、ほんのりと赤く染まっていたから。