「まずは錬金術で作った特製の肥料を撒きます」

マジックバッグから取り出したのは麻袋に入った肥料だ。

「原料は帝国で一般的に使われている肥料です。それらの素材を俺が独自に性質変化や強化を加え、より土の栄養が良くなるように調節してあります」

「…………?」

また説明が煩雑だっただろうか? ケルシーがすっかりと首を傾げている。

「……ざっくりと言いますと、痩せた土を強化するために錬金術で作った肥料です」

「そ、そうか!」

大きくため息を吐かれながらであったが、ようやくメルシアが返答してくれたことでケルシーはとても嬉しそうだった。わかりやすいほどに尻尾が揺れている。

「申し訳ありません、イサギ様。気を遣わせてしまって……」

麻袋の紐を解いていると、メルシアが申し訳なさそうに言ってきた。

「うん、互いに言い分はあると思うけど仲良くね。家族っていうのはかけがえのないものだから」

「……はい」

俺には生まれた時から両親がいない。だから、家族である二人が仲違いしている姿を見ると、切ない気持ちになってしまう。喧嘩するなとは言わないけど、できるならば仲良くはしてほしい。

「じゃあ、肥料を撒いていこうか」

気持ちを切り替えたところでメルシアと一緒に肥料を撒いていく。

肥料の撒かれたところはゴーレムが鍬でかき混ぜていって、しっかりとした畝にしてくれる。

「土づくりができたところで種を撒きます」

「待て。土と肥料が混ざるまで放置するものではないのか?」

「通常の肥料を混ぜた場合はそうですが、俺の作った肥料は分解速度も引き上げられていますので。時間を空けて馴染ませる必要はありません」

通常の畑であれば、土と馴染ませるために一週間から二週間放置しつつ、かき混ぜるわけだが俺の肥料には必要ない。土と混ぜたらすぐに種や苗を植えることが可能だ。

「イサギ君の作った肥料はすごいのだな」

「イサギ様なのですからこれくらい当然です」

なぜかメルシアが自慢げに言う。

ここまで持ち上げられると育たなかった時が非常に怖いので、無事に一発で育つことを願うしかない。

「では、俺が品種改良を施したジャガイモを植えます」

最初に植えるのは救荒作物としても有名なジャガイモだ。

プルメニア村でもいくばくか栽培されているらしいが、それでも豊富に収穫できるほどではないらしい。

身近な作物で効果を試す方が、より効果がわかりやすいだろう。

帝国産のタネイモを畝の中に入れ、土を覆いかぶせてやる。

「後は水をかければ、すぐに育って収穫できるはずです」

「いや、さすがにそんなにすぐにジャガイモが育つわけはないだろう。早くても三か月から四か月の時間は必要――ッ!?」

ケルシーの言葉が途切れたのは、言葉の途中で芽が出てきたからだ。

ニョキニョキと出てきた芽は、葉を茂らせて花を咲かせる。

花が終わる頃には栄養分が根に回り、茎と葉が黄色くなってしなった。

収穫できるようになった証だ。

「さて、どうだろう?」

すっかりと太くなった茎をおそるおそる引っこ抜くと、根本には大きなジャガイモがたくさん実っていた。

「よし、成功だ」

「おめでとうございます、イサギ様!」

「ありがとう」

帝国と土質が似通っていたので成功する自信はあったのだが、それでもホッとした気分だ。

「し、信じられん! たった一日でジャガイモが収穫できるなんて!」

収穫されたジャガイモを見て、ケルシーは驚愕していた。

ジャガイモは植え付けてから収穫まで三か月から四か月の期間を必要とする。

たった一日で収穫できるなどあり得ない。

さらにはまともに作物が育たない土地であれば尚更だ。

ケルシーが驚くのも無理はない。

「試しに食べてみようか」

「では、シンプルにソテーにしましょう」

「お願いするよ」

ジャガイモ本来の味を確かめるのであればシンプルなものの方がいい。

「天気も良いから外で調理をしちゃおうか」

「いいですね」

俺はマジックバッグの中から調理器具を取り出す。

腰を落ち着かせるためのイスは、錬金術で土を操作し、固めることで用意。

「これはなんだ?」

「火を生み出すことのできる魔道具です。こんな風にボタンを押せば火がつき、レバーを操作すれば自在に火の強さを変えることができます」

突然点火し、自在に炎の大きさを変える魔道コンロを見て、ケルシーは目を丸くしていた。

「街では便利な魔道具があるとは聞いていたが、これはすごいものだな。いつでも簡単に火を起こせるというのはありがたい。これもイサギ君が作ったのか?」

「こういった魔道具を作るのも錬金術師の仕事なので」

錬金術師のいないプルメニア村では、こういった魔道具も普及していないようだ。

とても便利なので普及させてあげたい思いはあるが、さすがに俺一人の作業で村全体に普及させるのはしんどいのでゆっくりおいおいとさせてもらおう。

そんな会話をしている間にメルシアはジャガイモを洗い終え、包丁で厚切りにしていた。

フライパンに油をひくと、レバーを調節して中火で炒める。

こんがりときつね色の焼き色が付いたらひっくり返す。

フライパンに蓋をして、弱火で四分ほど火を入れたら器に盛りつけられて完成だ。

「できました。ジャガイモのソテーです。味付けはバターと塩胡椒がありますのでご自由にどうぞ」

「ありがとう、メルシア。ケルシーさんもどうぞ」

「うむ」

ケルシーにも勧め、出来上がったばかりのジャガイモのソテーを食べる。

口の中いっぱいにほんのりと甘みのあるジャガイモの味が広がった。

熱を通されたばかりのジャガイモはとても熱く、口の中で転がしていくうちに崩れた。

「うん、美味しい!」

「味の方も問題ありませんね」

「うちの村で育てているものより味が段違いだ」

ジャガイモを食べたケルシーは驚いている様子だった。

やせ細った土で育てられた故に、この村で育てられたジャガイモは味が薄いようだ。

錬金術で強化した肥料、痩せた土地でも十分に育つように改良された俺のジャガイモと違いが出るのは当然と言えるだろう。

「……それに不思議と力が湧いてくるような?」

過去にメルシアが食べた時もそうだったが、一口食べただけで気付くとは獣人というのは感覚が鋭敏なのだとわかる。

「改良を加えたジャガイモには、食べることで活力が得られるように調整もしているので」

「そんなことができるのか。錬金術というのは本当にすごいのだな」

とはいっても、ちょっとした疲労回復効果や活力アップ程度だ。

その気になれば、もっとパワーアップできるように調整もできるが、日常的に口にする食材にそこまでの強化は必要ないだろう。

ほんの少しバターをつけて食べると、さらに美味しい。塩、胡椒を軽く振りかけて食べると、これまた美味しかった。

ちょうど昼時とあってか俺たちは、あっという間にジャガイモのソテーを平らげた。

メルシアが調理器具を洗いに家に戻ると、座っていたケルシーがおもむろに口を開いた。

「イサギ君が錬金術で改良した作物なら、この村でも育てることができるのか?」

「できます。できなくても、育てられるようにします。それが俺の仕事ですから」

そのために俺はプルメニア村にやってきた。

ならば、この村が豊かになるように力を尽くすまでだ。

「そうか。ならば思う存分にやってみてくれ。困ったことがあれば、俺が力になろう」

「ありがとうございます!」

錬金術に懐疑的だったケルシーだが、この村の畑でジャガイモを育てた上げたことで有用性を認めてくれたようだ。村長がバックアップしてくれるのであれば非常に心強い。

「では、早速お願いがあります!」

「なんだね?」

「畑をもっと広げてもいいですか? ジャガイモを安定して供給するのは勿論、他にも色々と改良した作物があるので育ててみたいんです」

「構わん。そのためにここの家をイサギ君に譲ったんだ。この辺りには他の村人もいないから好きにしてくれていい」

「ありがとうございます! では、ドンドンと作りますね!」

ケルシーからさらなる開墾許可を貰ったので、俺は嬉々としてゴーレムに命令して畑を作らせることにした。