「ただいまー」
翌朝、ティーゼの家で朝食を食べていると、夜の素材採取に出ていた二人が帰ってきた。
「おかえり二人とも。採取はどうだった?」
「ごめん、後でお願い。さすがに眠いから寝るわ」
「素材は工房の方に運んでありますので後はよろしくお願いします」
採取のことを聞く間もなくレギナとティーゼがフラフラとした足取りで奥の寝室へと向かっていく。
ほぼ徹夜で採取していただけあって、さすがに疲労困憊のようだ。
「メルシア、俺の方はいいから二人のお世話をお願い」
「かしこまりました」
さすがにあの状態の二人を放置するのは心配だ。
食後の片づけなどは任せてもらって、二人の世話をメルシアに任せることにする。
一人での食事を終えると、食べ終わった皿を持って台所に移動する。
今日も俺は工房で品種改良だ。
昨日である程度の素材の特性は把握できた。
今日からは実際に育てる作物に因子を掛け合わせてチャレンジしていくことにしよう。
だけど、そのためには土も耕しておかないといけない。あと平行して頼まれていたカカオの食べ方も調べないといけないし、やるべきことがいっぱいだ。
台所でお皿を洗いながらやるべきことを考えていると、不意に扉がノックされた。
返事をしながら扉を開けると、外にはリード、インゴをはじめとする彩鳥族たちがいた。
朝から押しかけてきた大所帯に驚く。
俺たちのやっていることに何か不満でもあるのだろうか? 水源を見つけて、集落まで引き込んだりと成果を上げているんだ。宴でも歓迎されていたし、文句はないと思う。
だとすると、要件はティーゼだろう。
「すみません。ティーゼさんは徹夜で採取に出かけていたので、今は眠っていまして――」
「いや、用があるのは族長ではなく、イサギに相談したいことがあってきたんだ」
「俺ですか? 何のご用でしょう?」
「……俺たちにも何かできることはないか?」
「というと、皆さんも作業を手伝ってくれるんですか?」
俺が問いかけるとリード、インゴだけでなく、後ろにいる彩鳥族たちも揃って頷いた。
「うちで作物を育てるために族長や王女様、果てには外からやってきた客人たちが頑張っているんだ。そこに暮らしている俺たちが何もしないわけにはいかないだろう? ただでさえ、お前たちには新しい水源を見つけてもらったっていう恩があるからな」
「ここは俺たちの故郷だ。だから俺たちにもやれることがあったら手伝わせてくれ!」
リード、インゴだけでなく、後ろにいる彩鳥族たちからもそのような声が口々にあがった。
自らの意思で手伝いを申し出てくれる彩鳥族たちの言葉に俺は感激した。
「ありがとうございます、皆さん! ちょうど手が足りなくて困っていたところなんです」
「だったらちょうどよかった。やることがあるなら指示をくれ」
「では、皆さんには土を耕してもらいたいので付いてきてください」
熱が冷めないうちに俺はすぐに家を出て移動を開始することにした。
が、てくてくと数歩歩いたところで俺の両肩がガッと何かに掴まれて宙に浮かぶことになる。
「わっ!」
見上げると、リードとインゴが脚で俺の肩を掴んで持ち上げて飛んでいた。
「徒歩で移動していたら時間がかかってしょうがない。耕してほしい場所を言ってくれ」
「北の山に向かう道すがらの岩礁地帯です」
「わかった。そっちに向かう」
行きたい場所を伝えるとリードとインゴがスーッとスピードを上げて飛んでいく。
今まで脚にロープを繋いで運んでもらうことや、バスケットに入って運んでもらうことはあってもこのように直接掴んで飛んだのは初めてだ。まるで、親猫に首を咥えられて移動させられる子猫の気分。なんとなく扱いが雑なような気もするが、いちいち降りて運び方を変えるのも面倒だ。
空では無力な俺は落ちないようにジッとしているのが賢明だね。
直線距離をハイスピードで進んだだけあって、あっという間に俺たちは目的地に到着。
地面に下ろしてもらった俺は耕してもらいたい範囲にロープを打ち付けた。
「ロープを引いた範囲の土を耕してください」
「結構な範囲だな」
「それだけ試行錯誤をする必要があるので。農具に関してはこちらを使ってください」
「おお、農具なんて家にないからな。助かる」
マジックバッグから大量の鍬を取り出すと、リード、インゴたちは次々と手に取っていく。
そのまま各々が散らばって土を耕してくれると思いきや、なぜかリードたちは物珍しそうに鍬を見つめたり、撫でたりするだけで作業を開始してくれない。
「どうしたんです?」
「これをどう使って土を耕すんだ?」
チャレンジしても成果が上がらないプルメニア村よりも酷い、挑戦することがバカバカしいと思えるほどの環境。彩鳥族の誰もが農業をやったことがないというのも不自然ではなかった。
「えっと、まずは鍬の使い方から教えますね」
「よろしく頼む!」
俺は大勢の彩鳥族に見られながら、実際に鍬を使って土の耕し方を教えるのだった。
●
土の耕し方を教えると、彩鳥族は持ち前の身体能力を活かしてザックザックと土を耕してくれる。
振り方こそややぎこちなさがあるが持ち前のパワーとスタミナがあるお陰で、人間族よりも遥かに早いスピードで耕すことができている。
プルメニア村で農業をした時も驚いたけど、やっぱり獣人族の秘める身体能力はすごいや。
リード、インゴたちの作業を横目に俺は錬金術を発動させた。
土を形質変化させて耕作範囲の畑を覆うように柱を立て、プラミノスという半透明素材を柱に通していってプラミノスハウスを作り上げた。
「イサギ、その透明な家のようなものはなんだ?」
プラミノスハウスを作ると、リードがおずおずと尋ねてきた。
耕しているところが急に変な家で覆われたら疑問に思うのも仕方がない。
「プラミノスハウスです。こうやって畑を覆う家を作ってやることで温度管理がしやすくなり、砂嵐などから作物を守る役割があります」
「確かにここでは流砂が舞い、頻繁に砂嵐も発生する。か弱い植物であれば、すぐに吹き飛ばされてしまうだろう。さすが農業に慣れている者は違うな」
リードの尊敬の眼差しが少しこそばゆい。
俺は一般的な環境対策をしているだけで農業について深い知見を持っているわけではないからね。
ビニールハウスでの栽培が上手くいかないかもしれないし、強度が足りなくて砂嵐で潰される可能性もある。知識が足りない分を試行錯誤で誤魔化しているだけに過ぎないのだから。
プラミノスハウスの設置が終わると、耕し作業はリードたちに任せて俺は家に戻ることにした。
俺には俺のやることがあるからね。
「お帰りなさいませ、イサギ様。どちらに行かれていたんです?」
「ちょっと他の彩鳥族に仕事をお願いしていたんだ」
今朝の顛末を説明すると、メルシアはクスリと嬉しそうに笑った。
「どうしたの?」
「イサギ様が私の村で農業を始めた時に似ていると思いまして」
「ああ、確かに。俺の改良した作物で農業できるとわかった時も、こんな風に多くの村人が押しかけてきて農業を教えることになったね」
「あの時と同じように彩鳥族の皆さんにも希望が見えたからだと思います。集落が良い方向に変わっているんだという」
「そうだったら嬉しいな」
俺たちのお陰なんて己惚れるつもりはないけど、確かに一歩ずつ前進している感触は確かにある。
このまま力を合わせて集落全体で明るい未来へ進めるといいなと心から思った。