砂漠素材をたくさん採取してきた俺たちは、集落にある工房へと戻ってきた。

目の前のテーブルにはウチワサボテン、爆裂ニードル、デザートウルフ、砂漠苺、ナツメヤシ、デーツ、砂牛、()(ばく)(ばった)、ガゼル、砂蛙、砂蜥蜴、ジャッカロといったラオス砂漠に生息する動植物、魔物の素材が並べられていた。

「結構な数の素材が集まりましたね」

「うん。後はこれらをひらすら解析して品種改良を試していくだけさ。まあ、それが気の遠い話なんだけどね」

「あたしたちに手伝えることはある?」

メルシアと俺は顔を見合わせて苦笑していると、レギナが尋ねてくる。

ここからの作業は錬金術によるものがほとんどだ。素材の下処理なども含めて、助手は一人で十分なのでレギナとティーゼがこの場で手伝える作業はない。しかし、二人にやってほしいことがないわけではなかった。

「レギナとティーゼには続けて砂漠の素材を集めてほしいかな。ここにあるのが砂漠の素材のすべてってわけじゃないだろうし」

それなりの数の素材が集まっているが、ここにある素材だけでは品種改良をするのに足りない可能性もある。他にも素材があるのであれば、是非ともかき集めてきてもらいたい。

「わかりました。でしたら、私たちは引き続き素材を集めてきます」

そう頼むと、ティーゼとレギナはこくりと頷いて工房を出ていった。

今からもう一度砂漠に赴いて素材を採取してくれるようだ。

「イサギ様、こちらで育てる作物に目星はつけておりますか?」

「うん。ひとまずナツメヤシ、小麦、ブドウ、ジャガイモを栽培してみたいと思う」

本当ならばトマト、キュウリ、キャベツ、ナスといった野菜なんかも栽培してみたいが、元々自生している地域が違うためにラオス砂漠の気候に耐えることができない。

「ナツメヤシ、ジャガイモは理解できるのですが、小麦にブドウですか?」

「実は小麦とブドウのどちらも乾燥、暑さや寒さに強い食べ物なんだよね。小麦が栽培できれば主食の一つになるし、ブドウは乾燥させれば干しブドウにできるし、ワインだって作れる」

品種改良を施すのであれば、ナツメヤシのような既に砂漠で生息できている植物に調整を加えるか、ラオス砂漠の環境に強い作物を改良してやる方がいいだろう。そう考えての選定だった。

とはいえ、すべてが環境に適しているわけではないので改良は必須だ。ブドウなんかは水はけの良さが必要になるし、その辺りはきちんと調整する必要があるだろう。

あと個人的な事情を加えるとすれば、それらの食材が一番扱い慣れているからだったりする。

小麦とジャガイモは救荒作物的なところがあるので一番研究していたし、ブドウはとびっきり美味しいものをメルシアにプレゼントするために鬼のように研究したからね。扱い慣れたものであれば、新しい環境にも適合させやすいと思った。

「理解いたしました」

事情を説明すると、メルシアは納得したように頷いた。

「では、素材の下処理をしていきます」

「お願いするよ」

メルシアがウチワサボテンや炸裂ニードルを手にすると、タワシで擦って棘を回収しはじめた。

そんなメルシアの作業を横目に俺は砂牛、ガゼル、砂蜥蜴などの砂漠で出会った魔物や動物の解剖作業をし、それぞれの身体の仕組みなどを確認していく。

「うん、やっぱり面白い仕組みをしているなぁ」

「そうなのですか?」

「この砂牛の背中には不自然なほどに膨らんだコブがあるでしょ? そこにはたくさんの脂肪が詰まっていてエネルギー源としているだけでなく、体温調整をする役割も担っているみたいだ」

他にもガゼルは尿を排出するに当たって、水分が含まれた尿を排出するのではなく、尿を濃縮して尿酸の塊へと変えて排出し、水分は一切体の外に出さない仕組みをしている。

これによって摂取した食べ物に含まれる微量な水分を無駄なく摂取しているのだろう。

砂蜥蜴の体表には円錐形の小さな刺が生えている。これは外敵から身を守るためだけでなく、結露によって生じた水滴を集め、口へ水が流れるような仕組みになっているようだ。

「厳しい環境の中で生きているだけあって、皆様々な進化をしているのですね」

「うん。そのお陰で他の土地で生きている動植物や魔物よりも遥かに因子が強いよ。これらの因子を抽出し、作物に上手く掛け合わせることができれば、ここで育てるのも不可能じゃないはずさ」

「ええ、イサギ様ならばきっとできます」

俺たちはラオス砂漠の新しい素材を間に夢中になって研究を進めるのだった。





「イサギ! 言われた通り、他の素材も採取してきたわよ!」

工房に夕日が差し込み、気温が下がってきた頃合い。

砂漠の採取を終えたらしい、レギナとティーゼが扉を開けて入ってきた。

「ありがとう。空いているテーブルに置いてくれると助かるよ」

「わかったわ」

指示をすると、レギナとティーゼが外からたくさんの素材を運び込んでくる。

見たこともない魔物の素材や植物の素材がいっぱいだ。朝、昼の時間を使ってかなりの素材を採取したつもりだったが、広大なラオス砂漠にはまだまだたくさんの素材があるようだ。

「……というか、かなり数が多いね? どうやって狩ったの?」

ドンドンと魔物を中心とした素材が運び込まれていく。

広めに作ったはずの作業場が素材だけで埋まってしまいそうだ。どんな狩りのやり方をすれば、これほどの数の魔物を狩れるというのか。

「移動と索敵は全部ティーゼにやってもらって片っ端から魔物を狩っていったわ」

「……かなりのハイペースで私は付いていくので精一杯でした」

「お疲れ様です」

胸を張って答えるレギナとどこか引き()った笑みを漏らしながらのティーゼ。

軽く話を聞いただけで中々に無茶な狩りをしているとわかった。それに付き合わされるティーゼが一番大変だろうな。

「ねえ、イサギ。この植物が何かわかる?」

レギナがテーブルの上にある素材の一つを手にして聞いてきた。

黄色い楕円形をした木の実。片手ほどの大きさがあり、木の実にしてはやや大振りだ。

「木の実っぽいんだけど殻が硬いのよね」

レギナが拳を当てると、黄色い木の実はコンコンという音を立てた。

皮というより、硬質な殻のようなものに覆われているようだ。

「私も初めて見るものでわからなく、イサギさんであれば何かわかると思いまして……」

ティーゼが初めて見る素材って一体どれほど遠い場所まで探索してきたのやら。

少し呆れを抱きつつも、新しい素材に興味を示した俺は木の実を調べてみる。

「これはカカオというそうです。殻の中に豆が入っており、加工することで独特な甘味が出来上がるそうです」

具体的に何ができるのかまではわからないが、錬金術師として素材の構造を読み取った上でそう判断ができる。これは紛れもなく食料だ。

「へー、これって食べられるんだ!」

「これは大きなお手柄だよ。よく見つけてきてくれたね」

「そ、そう? 力になれたなら嬉しいわ」

現状、ナツメヤシ以外にこの地に自生していて育てられそうな植物はなかったが、カカオが加わることによって栽培できる可能性の高い作物が一つ増えたことになる。

「このカカオというのは、どのように加工すれば食べられるのでしょう!?」

「すみません。すぐにはわかりません。品種改良と並行しながら調べさせてください」

「そうですよね。すみません。新しい食材が増えたことが嬉しくてつい……」

「ティーゼは甘いものに目がないものね」

「確かにデーツもせっせと集めていましたし」

「お二人ともからかわないでください!」

ティーゼの拗ねたような顔を見て、俺たちは笑った。

「さて、少し休憩したらあたしたちはもう一度採取ね」

「休憩したら採取って、これからもう夜になりますよ?」

ラオス砂漠の夜は日中の暑さが幻なのではないかと思うほどに冷え込む。その上、夜は魔物が活性化する時間帯だ。そんな時に採取に出るなどリスクが大きすぎる。

「だからですよ。夜になると昼とはまた違った動物や魔物が姿を現しますから」

「あたしたちは品種改良を手伝うことはできないんだもの。やれることは全部やっておかないとね。良質な作物を育てるためにもサンプルは少しでも多い方がいいでしょ?」

心配する気持ちはあるが、二人にそこまでの覚悟があるのであれば止めるのは野暮だろう。

代わりに俺は感謝の言葉を述べて、マジックバッグから取り出した瓶を渡す。

「よかったらこれを持っていって」

「これは?」

「ホットポーションだよ。飲むと身体の中からじんわりと温かくなるよ」

俺が錬金術で使ったポーションだ。ショウガ、唐辛子、アカラの実などを調整し、体温を引き上げる効果がある。これを飲めば極寒の砂漠でも昼間のように動き回ることができるだろう。

「ありがとう。助かるわ」

「ありがとうございます」

「無理だけはしないように」

ホットポーションを手にして工房の外に出ていくレギナとティーゼを見送る。

「さて、俺たちも頑張りますか」

「はい!」

俺の呟きにメルシアが元気よく応えてくれた。

レギナとティーゼの頑張りに負けないようにしないと。