翌日。俺たちは再び洞窟にある湖にやってきた。

彩鳥族の集落で農業をするためには、ここにある水を引っ張ってくるのが必須だ。

そのために水を集落まで引っ張る必要があるのである。

湖が平地であるなら多大な労力がかかるのだが、ここにはかなりの傾斜がある。

錬金術で地面を掘削してやれば、掘削された地面へ湖の水が流れ込んでくれるはず。

俺は地面に手をついて錬金術を発動する。

物質操作は錬金術の得意分野だ。とくに砂や土、金属などは物質の特性も素直なので楽だ。

魔力によって土が掘削されて、ドンドンと深い穴ができる。

それと同時に湖に溜まっていた水が、掘削された穴へと流れ込んできた。

しっかりと水が流れ込んでくれることを確認すると、湖から流れ込んでくる水を錬金術でせき止める。そうしないと湖から水道にずっと水が流れ続けることになるからだ。

掘削作業よりも流れ込む水の量が多くなってしまうと万が一のことがあるかもしれない。

足元が濡れて見えなくなるよりも、この方がよっぽど快適で安全なのでいいだろう。

後は掘削をひたすらに繰り返すだけだ。

「すごい勢いで進んでいるのはわかるけど地味ね」

「錬金術なんてものは地味な作業や試行錯誤ばかりだからね」

錬金術を発動して、瞬時に武具を作ったり、ポーションを作ったりするのが一般的なイメージかもしれないが、それらは入念な準備と裏打ちされた経験があってこそだ。どれだけ派手に見えたとしても、錬金術師の技なんて地味な作業の積み重ねでしかない。

「そんな風に掘って、洞窟が崩れたりしないものなのでしょうか?」

「崩れないように調整してやっているからその心配もないよ」

「そうでしたか。ならば安心です」

洞窟にある湖から集落まで無軌道に掘削してしまえば、地盤が崩落してしまう可能性が高い。

そうならないように事前に錬金術で岩盤の硬度などを調査し、適切なルートを計算しているのでティーゼの心配しているような事態にはならない。

さらに掘削するだけでなく、土や石を圧縮して硬度を増幅させているのでちょっとやそっとの災害ではビクともしないだろう。

「俺は作業に集中するから周囲の警戒は任せるよ」

キングスパイダーを討伐したとはいえ、洞窟の中にはたくさんの魔物がいる。

掘削作業中に襲われてしまっては困るので魔物への対処は任せることにした。

「そのために付いてきたんだしね」

「イサギさんのお手を止めることのないように尽力いたします」

レギナがこくりと頷き、ティーゼから期待に満ちた眼差しが向けられる。

俺の作業の進み次第で集落に水が届くであろう日数が変わるのだ。気合いの入りは一番だった。

やや重い期待の視線から逃げるように俺はメルシアに顔を向けた。

「それじゃあ、メルシアは付いてきて」

「はい」

事前にルートを計算しているとはいえ、掘削した穴の中は暗い上に何があるかわからない。

掘った先に魔物の巣があるなんてこともあり得るので、メルシアにも付いてきてもらうことにした。

掘削した穴に入り込むと、遅れてメルシアがサッと降りてくる。

メルシアは音もなく着地をすると、光魔道具を掲げて掘削した穴、もとい水道内を照らしてくれた。

「じゃあ、進んでいくよ」

メルシアが頷くのを確認し、俺は錬金術で掘削して水道を掘り続けることにした。





錬金術で土を掘り進めていく。真下ではなく斜面に沿うように斜め下へ。

事前に地図に記したデータを元に掘り進める。

何時間、掘り進めたことだろう。僅かな光源だけを頼りに進んでいると、時間間隔がわからなくなってくる。

「掘り進めてから何時間くらい経った?」

「六時間ほどになります」

振り返って尋ねると、メルシアから冷静な返答がきた。

「……山の麓近くまで掘り進めているわけだし順調だね」

錬金術で地質を調査すると、それくらいの位置まで掘り進めていることがわかった。

「痛っ」

身体をほぐそうと伸びをしていると、不意に頭痛が走った。

魔力欠乏症による初期症状だ。より魔力を消耗して、症状が進むと倦怠感、頭痛などが酷くなり、眩暈(めまい)や吐き気なんかもプラスされる。

魔力量には自信がある方だけど、六時間ぶっ続けで掘削をし、周囲の土を圧縮して硬化するのは魔力の消費が大きいな。

「イサギ様、大丈夫ですか?」

後ろから前を照らしてくれているメルシアが心配げな声をあげる。

「大丈夫。ちょっと魔力が減ってきただけだから。ポーションを飲めば回復するよ」

そう言ってマジックバッグから魔力回復ポーションを取り出した。

真っ青な液体を飲むと爽やかな甘みが口内に広がり、身体の内側にある魔力がじんわりと回復していくのが感じられた。

「よし、これでいける」

さっきのようなハイペースは無理だが、これだけ魔力が回復すれば掘り進めることができる。

「イサギ様、作業を中断いたしましょう」

作業を再開しようとした俺だが、メルシアに止められた。

「ええ? 魔力も回復したから問題ないよ?」

「もう三度目ですよ? こんな方法を続けていれば、イサギ様の身体が持ちません」

「でも――」

「でもじゃありません。イサギ様のお体の方が大事ですので」

なおも作業を続けようとした俺だが、かなり真剣な顔をしているメルシアに言われて中断することにした。

これは本気で怒っている時のメルシアだ。

帝城で何度も徹夜をしていた時もこんな風に怒られたっけ。

思えば、今すぐに集落に水を引かないと誰かが死ぬというわけでもない。

メルシアの言う通り、俺がそこまで身を削る必要はなかった。

「わかった。少し休憩して元気になったら作業を再開することにするよ。それで魔力が少なくなったら今日の作業は終わりにする」

「……それならよろしいかと」

俺の言い分に満足したのか、メルシアは表情を緩めた。

俺がその場で腰を下ろすと、メルシアもゆっくりと隣に腰を下ろした。

「イサギ様、魔道具の魔石交換をお願いできますか?」

言われて視線を向けると、彼女が手にしている魔道具の灯りが弱まっていた。

どうやら中にある光魔石の魔力が少なくなってきているようだ。

「待ってて。今、光魔石を取り出すから――」

マジックバッグに手を入れたところで、急に周囲が暗くなった。

「わっ、暗くなった」

「……申し訳ありません。もっと早くお声がけするべきでした」

「いや、メルシアは悪くないよ。夢中になっていた俺が悪いだけだし」

メルシアは集中している俺に気を遣ってくれただけだ。彼女は悪くない。

「にしても、本当に真っ暗だ」

「私はイサギ様の姿がよく見えますけどね」

「こんな闇でも視界がハッキリ見えるってすごいや」

自分一人だと確実にパニックになっていただろうな。メルシアに付いてきてもらって本当に良かった。闇の中でも平気で動ける仲間がいるだけで随分と心強い。

「とりあえず、光魔石を交換するよ」

マジックバッグから光魔石を取り出し、動力の切れてしまった魔道具へと手を伸ばした。

「ふにゃっ!?」

「あれ? なんか取っ手が柔らかい……っ?」

俺の作ったランタンの取っ手にしてはえらく柔らかい。上質な絹のような手触りだ。

なんだこれ。ずっと触っていたいくらいに手触りがいい。

「い、イサギ様、それは魔道具ではなく、私の尻尾です……ッ!」

あまりの手触りのよさに夢中になって触っていると、メルシアからそのような申告が上がった。

どうやら俺は魔道具と間違えて、メルシアの尻尾を握っていたらしい。

「えっ? ああっ! ごめん!」

慌てて手を離す頃には暗闇に少し目が慣れてきたのか、魔道具らしいシルエットがぼんやりと見えた。

自分で作った魔道具だけあって、俺は暗闇の中でもスムーズに光魔石を交換。

魔石が交換されて強い光が放射されると、腰を抜かした様子のメルシアがいた。

普段のクールな表情とは一転し、頬を赤く染めて荒い呼吸をしている。

暗闇の中でメルシアが色っぽい表情をしているせいか、いけないことをしてしまった気分。

なんだか知らないけど、猛烈に謝るべきだという気持ちが湧いてきた。

「あの、本当にごめん。暗くて何も見えなくて……」

「……イサギ様に悪気がないのはわかっています。でも――」

「でも?」

「そういうのはまだダメです……」

「は、はい……」

獣人の女性の尻尾を男が触るってどのような意味があるんだろう。

そんなことを今正面から尋ねるわけにはいかない。

俺はそれ以上の追及は控えることにした。


そのようなアクシデントがありつつも、掘削作業を続けること三日。

俺たちは北の山の洞窟にある湖から彩鳥族の集落へと水を引くことに成功した。