ティーゼが洞窟に水源があったことを告げると、集落はかつてないほどの賑やかさに包まれた。
他の者に伝えようと飛び立ったり、その場で興奮の声をあげたり、不思議な踊りを披露して喜びを表現する者もいた。
最初にやってきた時は物静かな集落といったイメージだったので、活気に包まれた景色とのギャップに思わず驚いてしまった。
「新しい水源が見つかったこととレギナ様たちの歓迎を合わせて、ささやかながら宴を開きたいと思うのですがよろしいでしょうか?」
「宴は好きだから大歓迎よ」
「ぜひ、お願いします」
この集落には長い間滞在することになる。ティーゼ以外の住民との交流を深めるいい機会だ。
俺たちが頷くと、ティーゼは「ありがとうございます」と礼を言い、リードやインゴをはじめとする集落の者たちに指示をして宴の準備を始めた。
「手伝ってまいります」
「あたしも暇だし」
メルシアとレギナは準備を手伝うことにしたらしい。メルシアはこういう時にジッとしているのが性に合わず、レギナは単純に体力が有り余っているのだろう。
俺は自身の体力の身のほどというものを知っているのでお手伝いは辞退する。
それにこれからやることもあるしね。
「ティーゼさん」
「何でしょう?」
「錬金術で工房を作ろうと思うのですが、建てちゃいけない場所などありますか?」
「工房ですか? 私の家であれば部屋はたくさん余っていますが……」
「寝室などはお借りしたいのですが、錬金術で調合をする時には薬品を使う時もありますので専用の工房を用意する必要があるのです」
気合いを入れて調合や品種改良を施すにはきちんとした設備が必要になる。万が一の危険や匂いなどを考えると、きちんとした工房は別に作っておきたい。
そう説明すると、ティーゼは納得したように頷いてから口を開いた。
「でしたら、私の家の付近であれば自由に使ってくれて構いません」
「ありがとうございます」
許可を貰えたところで俺は一人でティーゼの家の前へ戻る。
族長だからだろう。ティーゼの家の付近にはあまり民家が密集していないみたいなので、俺はほどよく距離が離れた岩礁地帯に移動する。
「この辺りでいいかな」
せっかくの岩礁地帯だ。これを利用した工房にしてしまおう。
俺は錬金術を発動して、岩礁地帯の岩を掘削してくり抜いて工房を作った。
玄関を開けて中に入ると、長い洞窟のような廊下が広がり、そこから枝分かれしていくように部屋があり、素材の保管庫、作業部屋といったものがある。
奥に行くにつれて内部の部屋が広くなっていく仕様でティーゼの家の内装を参考にさせてもらった。
プルメニア村よりも内装や家具も簡素だが、寝泊まりについてはティーゼの家でお世話になるつもりなのでこれくらいでいい。そのお陰で、短時間で工房が出来上がったしね。
あとは内部が壊れないように錬金術で地面、壁、天井などを補強し、呼吸がしっかりできるように空気穴も作ると完成だ。
「うんうん、いいんじゃないかな? 秘密の工房って感じでちょっとワクワクするや」
微妙に薄暗く、どこか洞窟を連想させる工房が俺の心の琴線に響いた。
簡易拠点の際に使用した家具を設置していくと完璧だ。
工房作りが終わったので外に出て、集落の広間を確認してみると人が集まり、長テーブルやイスが並べられていた。外からは彩鳥族の男が狩ったと思われる砂漠の魔物が運び込まれており、何人かで解体しているところ。
まだ宴が始まるには早いようだ。かといって体力的に手伝う余力はない。
休憩しようとソファーに腰かけると、ふと自分の身体の臭いが気になった。
一日中、洞窟を調査していたせいかどこか汗臭い。
自分ですらそう感じるのだから、獣人たちはもっと強い汗臭さを感じるだろう。
「お風呂に入るか……」
水が貴重な場所でお風呂なんて贅沢のように思えるかもしれないが、俺は水魔法が使えるし魔道具だって使える。オアシスの水を使っているわけでもないし、自分で使うくらいいいだろう。
俺は錬金術を発動し、空き部屋に岩の湯船を作る。
そこに水と火の複合魔法を使い、湯船いっぱいにお湯を注いだ。
あっという間に浴場内が湯気に包まれる。
俺は纏っていた衣服を脱ぎ捨てると、速やかに身体を洗って湯船の中に飛び込んだ。
「ふうー、気持ちいい」
温かなお湯が全身を包み込む。
調査で歩き回り、むくんだ足の筋肉がゆっくりとほぐれていくようだ。
気温の高いラオス砂漠にいても、温かいお湯に浸かるというのは心地いいものなんだな。
ただ長時間浸かっているとやっぱり暑く感じるので、お湯の温度を下げて水風呂にすると、とても快適だった。
火照った身体から熱が奪われるのが気持ちいい。
とはいえ、あまり長時間浸かっていると風邪を引いてしまいそうだ。
ちょうどいいところで水風呂を切り上げると、タオルで水分を拭って予備の衣服とローブを纏った。
お風呂を堪能し終わる頃には、集落の広間も賑やかになっており、テーブルなどには料理が並び始めていた。
そろそろ向かっておくべきだろうと考えて玄関を開けると、そこにはメルシアとレギナがいた。
恐らく、ティーゼから話を聞いたか、匂いの残り香を辿ってここまで来たのだろう。
「呼びにきてくれたのかな?」
声をかけるとレギナがスンスンと鼻を鳴らして、俺の臭いを嗅いできた。
「いい匂いがするわね?」
皮肉のような言葉にメルシアのように視線を逸らすと、彼女はどこか羨ましそうな視線をジーッと向けてくる。
二人が求めていることは言うまでもないだろう。
「どうぞ。入ってください」
●
レギナとメルシアがお風呂に入ってサッパリしたところで、俺たちは宴の会場である広間にやってきた。
広間では多くの長テーブルが設置されている。その上には見たことのない砂漠料理が並んでおり、かぐわしい香りが俺たちの胃袋を刺激した。中には食べられるのかもわからない植物や不気味なものもあったが、それも異国の情緒があって実に興味がそそられる。
あちこちで篝火が焚かれているのは、単純に薄暗くなってきたからだけというわけでもなく、寒暖差の激しい夜の気温に備えたものなのだろう。いつもなら少し肌寒い時間帯だが、篝火のお陰で温かい。
「さあ、こちらに座ってください」
ティーゼに手招きされて、俺たちはイスへと座った。
「今日、見つかった水源はライオネル陛下の命によってやってきた第一王女レギナ様、錬金術師のイサギさん、メイドのメルシアさんの活躍のお陰です。新たなる水源発見の感謝と、御三方の来訪を心から祝して乾杯!」
「「乾杯!」」
ティーゼが族長しての口上を述べると、広間に集った彩鳥族が応答するように声をあげた。
それが宴開催の合図らしく、そこからは各々が好きに目の前の食事に取り掛かり始めた。
俺たちもそれにならって食事に手をつけることにした。
テーブルの上には見たことのない料理が数多く並んでいる。
見たことがあるのはスコルピオの塩ゆでくらいなものだ。
「この緑色の分厚い葉っぱのようなものはなんでしょう?」
ドドンと目の前に置かれているだけあって、俺もそれが気になっていた。
「ウチワサボテンです」
「サボテンって砂漠に生えていたあのトゲトゲの奴よね?」
「はい。そうです」
驚くレギナの言葉にティーゼはこくりと頷いた。
遠目に生えているのを何度も目にしていたが食べられるんだな。
刺々しい見た目から食べようとは思わなかったが、ここではご馳走の類に入るらしい。
表面に刺のようなものは一切なく、こんがりと焼かれている。
塩、胡椒、バターなどで炒められているのか、とてもいい香りだ。
ナイフで食べやすいように切り分けて食べてみる。
「美味しい!」
見た目はいかにも苦そうなものであったが、食べてみると口の中で強い酸味と甘みが広がった。
決して嫌な酸っぱさではなく、程よい酸味。たとえるならピクルスのような味だろうか。それに微かに粘り気のようなものがある。
「ほどよい甘みと酸味がいいですね」
「不思議な味! 意外と食べ応えがあって悪くないわね!」
メルシアとレギナもサボテンステーキを気に入ったようで、次々と切り分けてはパクパクと口に運んでいた。
このコリコリとした独特な食感が癖になるんだよな。
サボテンステーキを食べ終わると、次に気になったのがお皿に積み上げられた大きな肉たちだ。
香辛料で味付けがされているのか、どれもスパイシーな香りが漂っている。
「これは何の肉かしら?」
「砂蜥蜴と砂牛のお肉です」
どうやらその二種類の生き物がこの周辺で主に狩れる動物になるらしい。
まずは砂蜥蜴の脚肉を手に取ってみる。
縞模様の皮がついており、ちょっと見た目が生々しいが宴として出されている料理だ。臆することなく口にする。
齧ってみると中のお肉は綺麗なピンク色で身はとても柔らかい。
「あっ、鶏肉みたいで美味しい」
塩、胡椒でしっかりと味付けされてり、あっさりとした砂蜥蜴の旨みとよく合う、
砂蜥蜴の肉を食べると、次は砂牛と呼ばれる赤身肉だ。
こちらは砂蜥蜴とは違い、数々の香辛料で味付けがされているようで、先ほどからスパイシーな香りを放っている。嗅いでいるだけで胃袋を刺激するようだ。
おずおずとフォークを伸ばして食べてみると、舌を刺すような辛みが口内を満たした。
「辛っ!」
「イサギさん、お水をどうぞ」
あまりの辛さに咽ていると、ティーゼがサッと水の入ったコップを差し出してくれた。
遠慮なくコップを貰うと、俺は一気に水を飲みほした。
「ありがとうございます、ティーゼさん」
「いえ、礼を言うのはこちらです。イサギさんたちのお陰でこういった時に気軽に水を差し出せるようになったのですから」
そうか。北の山に水源が見つかるまでは、少し離れたところにあるオアシスが唯一の水源だったからな。できるだけ水を消費しないように節約に努めていたのだろう。
しかし、近くに第二の水源ができたこともあり、今までのように切り詰める必要がなくなった。
周囲にいる他の彩鳥族も実に楽しそうだ。飲んでいるのはエールやワインといった酒ではない。
ただの水だ。だけど、そのただの水を遠慮なく飲めるというのが嬉しいのだろう。
楽しそうにする彩鳥族を目にしながら俺はもう一度砂牛を食べる。
「大丈夫ですか?」
先程、辛さで咽たからだろう。ティーゼが心配の声をかけてくれる。
「もう大丈夫です」
刺すような辛みが口内を蹂躙した後に強い旨みが溢れた。
力強い砂牛の肉の旨みと香辛料の味付けが非常に合っている。
辛い。だけど、もっと食べたいという気持ちが止まらない。
「これイケるわね!」
レギナは砂蜥蜴の肉よりもこっちが気に入ったようですごい勢いで食べている。
「私は砂蜥蜴の方が好みです」
反対にメルシアは砂蜥蜴の肉が気に入ったらしく、小さな口を動かして上品に食べていた。
二人とも食の好みがわかりやすい。
砂漠を横断してきたけど、俺たちがまだまだ遭遇していない生き物がたくさんいるんだな。
帝城にいれば、大抵の素材は集めることができたけど、実際に外に足を運んでみるとまだまだ知らない素材がたくさんある。世界には俺の知らないことばかりだ。
「次は豊かな食料で皆を笑顔にしてやりたいな」
「イサギ様ならきっとできます」
「そのためにも明日からまた頑張ろうか」
夜の厳しい寒さに耐えきれなくなるまで、その日の宴は続いたのだった。