解雇された宮廷錬金術師は辺境で大農園を作り上げる



レギナ、ティーゼ、メルシアに魔物を蹴散らしてもらいながら進んでいく。

「イサギさん、水源はどうでしょうか? 見つかりましたか?」

体感として二時間くらい経過した頃だろうか。ティーゼが尋ねてきた。

「……この辺りにはないですね。全体を調査するにはもう少し奥に進む必要あります」

「私が自信を持って案内できるのはこの辺りまでとなります」

なるほど。それで俺に尋ねてきたのか。

今まではティーゼの案内で迅速に魔物が少ないルートをたどってきたが、ここから先はそうはいかないということだ。

「大丈夫よ。そのためにあたしたちがいるんだもの」

レギナの言葉に同意するように俺とメルシアは頷く。

元よりティーゼの案内がなくてもやるつもりだったんだ。今更ここで中断するつもりはなかった。

彩鳥族の生活を向上させるために、できるだけ最上の選択をしたいからね。

俺たちの覚悟を聞いて、ティーゼは嬉しそうに笑った。

「わかりました。では、行きましょう」

俺たちは水源を探すために、さらに奥へと進んでいく。

洞窟の内部は相変わらず真っ暗で道はいくつも枝分かれしている。

灯りで周囲を照らしてみるが、ほとんど同じ光景だ。少し視線の向きを変えただけでどこからやってきたかわからなくなってくる。

こんな状態でもしっかりと見える獣人がいるからこそ迷いなく進めるわけで、人間族だけだと間違いなく迷子だろうな。

「あっ」

なんて思いながら進んでいると、錬金術による探査に引っかかるものがあった。

獣人族の三人は(かす)かな呟きすら見逃さない。耳をピクリと反応させて、三人が一斉にこちらを向く。

「……もしかして、水源を見つけたの?」

「ごめん。水源を見つけたわけじゃないんだ」

「なんだぁ」

苦笑しながら答えると、期待を露わにしていたレギナが肩を落とした。

ややこしい反応をしてしまって本当に申し訳ない。

「イサギさんは何を見つけられたのです?」

「マナタイトの鉱脈を発見したんです」

「えっ! マナタイト!? それ本当!?」

「ええ」

レギナを落ち着かせると、俺は錬金術を使用した。

土壁に魔力が流れ、ひとりでに砕けていく。

土塊が出てくる中に混じってゴロゴロと銀色に輝くマナタイトの塊が出てきた。

「本物のマナタイトだわ!」

マナタイトを渡してやると、レギナの表情が驚愕へと変わった。

「マナタイトの鉱脈があるだけで、大きな一つの産業になるわ!」

マナタイトとは魔力を含んでいる鉱石だ。武器や防具などの素材に使い、魔力を込めて馴染ませることで切れ味が鋭くなったり、防御力が増加したりといった効果からかなり稀少な素材であり、その鉱脈を発見したとなれば、恩恵に預かる国や街は大いに潤うことになる。

「とはいっても、ここにある鉱脈は大きなものじゃないから保障はできないよ。仮にそれほど大きな鉱脈があったとしても、食料がなければ意味がない」

大きな鉱脈があれば採掘をするために人が集まり、人が住むための建物ができ、物を売買するために商人が集まる。といった具合に発展していくものだが、これだけ過酷な環境な上に慢性的な食料不足とくれば人が集まるはずもなかった。何をするにしろ生活の基盤となる農業を整えるのが大事だ。

「マナタイトの鉱脈を前にしてスルーするのは惜しいけど、イサギの言う通りね。今は水源の調査を優先させましょう」

惜しそうな顔をしていたレギナだが、すぐに気持ちを切り替えたようでスッと前を歩き出した。

さすがは第一王女。目の前で優先させるべきものが何かわかっているようだ。

そんなレギナの後ろ姿を、メルシアは何故か白い目で見ている。

「レギナ様、ポケットに入れたマナタイトはイサギ様のものなので返却をお願いします」

「ああっ!」

あまりにも自然な動きでマナタイトをポケットにしまったので、何も違和感を抱いてなかった。

よく考えるまでもなく、そのマナタイトは俺のじゃないか。

「獣王国の資源はすべてあたしのもの――なんて冗談よ! ちゃんと返すつもりだったからそんな目はしないでよ!」

三人で白い目を向けると、レギナは慌ててポケットにしまったマナタイトを返してくれた。

なんてやり取りをしながら進んでいくと、三叉路にぶつかった。

どちらの通路も先は長いようで灯りを照らしてみても奥の様子はわからない。

「どっちに行けばいいかしら?」

「……判断しかねます」

ティーゼとレギナの視力を持ってしても奥まで見通すことはできないようだ。

「メルシアは何かわかる?」

何げなく尋ねると、彼女はスタスタと歩いて拾った小石を放り投げた。

コーンコーンとそれぞれの通路で石が反響する音が響き渡る。

「……右の通路は行き止まりで、左が先に進める通路かと」

「どうしてわかったんだい?」

「音の反響具合でおおよその構造がわかります」

メルシアによると、音のぶつかり具合によってどれだけ空間の広さがあるのか、どこに障害物があるのか大まかにわかるらしい。

試しに自分で石を放り投げて音を聞いてみるが全くわからない。

「レギナはできる?」

「あたしはこういうのは苦手だから」

尋ねてみると、レギナはスッと視線を逸らした。

「種族特性を含めてメルシアさんの耳が特別に良いというのもありますが、真に賞賛するべき部分は実際に音をキャッチして地形を把握する技能と経験でしょうか」

「恐縮です」

ティーゼに賞賛されて、メルシアがやや照れくさそうな顔になる。

どうやら獣人だからといってすべての人ができるわけではないようだ。

メルシアは帝城では夜の警備もしていたと聞く。その経験もあってメルシアは周囲の気配を探るのが得意なのだろうな。

「だとすると、メルシアを先頭にする方がいいわね」

「お任せください」

先頭と最後尾を入れ替えると、俺たちはメルシアの指し示してくれた左の通路へ進むことに。

コツコツと進んでいくと、メルシアの言う通り行き止まりの気配はなかった。

こんな風にメルシアが索敵してくれるのであれば、最小限のリスクで潜っていけそうだなと考えていると、前を歩いているメルシアの足がピクリと止まった。

「この先の天井に小さな気配がたくさんあります」

「恐らくスパイダー種の魔物が待ち伏せをしているかと思われます」

スパイダー種の魔物が得意とするのは天井や壁に張り付いての奇襲だ。いくら戦闘力の高い三人がいても苦戦は免れないだろう。

なにせ相手は毒を持っている可能性が高く、ちょっとした負傷が命取りになりかねない。

「迂回はできない?」

「道をまた戻って探すという案もありますが、大きく時間がかかる上に迂回路がある保証もありません」

逆を言えば、この先が確実に下に続くルートかも保証はないのだが、そこを考えるとキリがないだろう。

「ちょっとアイテムを使ってみてもいいかな? その効果次第では楽に倒して進むことができるかもしれないんだ。失敗したら正面からの戦闘になるかもだけど……」

「いいわ。迂回を探すのは性に合わないと思っていたしこの面子なら何とかなるわよ」

提案してみると、レギナだけでなくティーゼとメルシアも同意するように頷いてくれた。

「ありがとう」

俺は礼を告げると、メルシアの真後ろに移動して魔物のいるところまで案内してもらう。

歩いて進んでいくと、天井には複眼による赤い光が無数に見えていた。

光で照らしてみると体長六十センチほどの土色の蜘蛛が、びっしりと天井に張り付いていた。



灯りを照らしたことで土色の蜘蛛たちが一斉にこちらに飛びかかってきた。

「サンドスパイダーです!」

「くるわよ、イサギ!」

「任せて!」

生理的嫌悪感が半端なく、悲鳴をあげたくなるがそれをグッと堪えて錬金術を発動。

物質変化によって土壁を生成し、目の前を封鎖。それだけでなく奥にも壁を生成し、一本道となった通路を封鎖してしまう。

サンドスパイダーたちがボトボトと壁に直撃する音を聞きながら、俺は土壁に空けた小さな隙間からボールを投げ込んだ。

投げ込まれたボールが封鎖された通路の床で破裂し、白い煙幕が広がった。

アイテムがしっかりと作動したのを確認すると、煙が逃げないように土壁の覗き穴を錬金術で閉じた。

「壁の向こうでサンドスパイダーの悲痛な声が聞こえますね」

「お、ということはアイテムに効果があるっていうことかな?」

俺の耳では壁の奥の声は拾えないが、ティーゼたちにはしっかりと声が拾えているらしい。

「さっきの投げ込んだ白いボールはなんなの?」

「簡単に言うと殺虫玉さ。シロバナっていう花の子房には昆虫や節足動物が苦手とする成分が含まれているんだ」

殺虫玉の説明をすると、レギナとティーゼが感心するような顔になった。

身近にある生活道具の活用法に驚いているようだ。

「アイテムの効果はあるようです。壁の中でサンドスパイダーの気配が消えていきます」

「なら完全に消えるまで待とうか」

アイテムの効果でサンドスパイダーは弱っているだろうが、わざわざリスクを背負って戦う必要はない。楽して安全に勝てるのであればそれが一番なのだから。

「気配が完全になくなりました」

そのまま五分ほど待機していると、気配を探っていたメルシアが静かに告げた。

どうやら通路にいるサンドスパイダーのすべてが息絶えたらしい。

「殺虫玉の成分は俺たちには無害だけど、独特な匂いがするかもだから気をつけて」

人体には無害であることを告げると、俺は錬金術で生成した土壁を崩した。

通路には白い煙が残っている。煙が充満するようにしたのだから当然だ。

「確かに独特な匂いがしますね」

「あたし、この匂い苦手かも」

強い薬物的な匂いを嗅いで、ティーゼとレギナが眉をひそめた。

錬金術師にとっては嗅ぎなれた薬品の臭いだ。

苦手というより、嗅ぎ慣れた匂いに落ち着くといっていいだろう。

メルシアも俺の補助をしているのでこの匂いには慣れており、二人とは違って涼しい顔をしている。

とはいえ、慣れていない二人にとっては不快に違いない。

「煙を払います」

ティーゼが翼に魔力を纏わせ、大きくはためかせる。

それによって風が巻き起こり、通路に漂っていた白い煙はすっかりとなくなった。

強い薬品の臭いが薄れていく。

「風魔法が使えるんですね」

獣人は身体能力が高い代わりに魔法適性が低く魔力も少なめなのだが、ティーゼが発動した風魔法は実にスムーズであり、効果も大きかった。

「ええ、他の属性魔法はからっきしですが風魔法だけは得意なのです」

やや照れくさそうに答えるティーゼ。

どうやら彩鳥族の種族特性として風属性に親和性があるようだ。

魔法が苦手な獣人とはいえ、そういった例外もあるらしい。

クリアになった視界で通路の様子を確認すると、大量のサンドスパイダーの遺骸が転がっている。

ほとんどの個体がひっくり返って脚を天井に向けていた。中にはピクピクと脚を震わせる個体もいるが、痙攣(けいれん)していてまともに動くことはできないようだ。

「全滅ですね」

「いくら殺虫玉っていっても、魔物を倒せるほどの効果を持つものなの?」

「錬金術で成分を抽出し、濃縮。さらに他の素材と組み合わせることで殺虫成分を何倍にも引き上げているからね」

「そ、そう……」

俺の解説を聞いて、ちょっとビックリといった様子のレギナ。

錬金術も使い方次第では、こういったアイテムでさえも作り出せてしまえるというわけだ。

「素材を回収するよ」

俺はマジックバッグを広げて、片っ端からサンドスパイダーを回収した。

わざわざ解体し、素材を厳選して採取しなくてもいいので助かる。

「これさえあれば洞窟に巣食うスパイダー種を一掃できるんじゃない?」

「確かにそうですね!」

「数には限りがあるし、すべてのスパイダー種に効くとは限らないから」

殺虫玉の残りは十九個。

仮にすべてのスパイダー種に絶大な効果があっても、さすがに殲滅(せんめつ)できるとは思えなかった。

「とはいえ、抜群な効果を見る限り、耐性を持った魔物でも相応の期待ができそうです」

「そうだね。惜しみなく使うつもりだよ」

アイテムをケチって大きな怪我を負いたくはないからね。

「イサギのお陰で楽ができたわ。この調子で何かあればお願い」

「うん、任せて」

直接戦闘では三人に劣るが、こういった部分での活躍なら得意だ。

倒したサンドスパイダーの素材回収が終わると、俺たちは通路を抜けて先へと進んでいく。

途中でサンドスパイダーと遭遇したが、少数だったためにレギナ、ティーゼ、メルシアの活躍であっという間に殲滅。

そうやってしばらく進んでいると、俺の調査に確かな反応があった。

「……多分、近くに水脈がある」

「本当ですか!?」

ポツリと呟いた俺の言葉にティーゼが嬉しそうな声をあげた。

錬金術による魔力浸透では明らかに土、鉱石、宝石とは違った水らしき流動的な反応があった。

ここに水源があるのは間違いない。

「で、どこにあるの?」

「もうちょっと下に降りたところにあるはず」

「では、向かいましょう!」

ティーゼが弾んだ声で言う。

水源があるとは思っていなかった場所にあったのだ。嬉しくなってしまうのも当然だろう。

実際、俺たちも嬉しい。この山に水源があるとしたら集落まで水を引っ張ってくることができる。

水を引っ張ってくることができれば生活が便利になるだけでなく、農業だって楽にできる。

このラオス砂漠で農業をするための大きな一歩だと言えるだろう。

水源のある場所まで一直線に走りたくなるが、それをグッと堪えて慎重に進んでいく。

真っすぐに伸びた通路から緩やかな下り坂へと変化した。

魔道具で足元を照らしながら下っていくと、前を歩いていたメルシアの足がピタリと止まった。

「……この先に大きな広間があり、そこに魔物がいます」

水場のあるところには生物がいるのは基本だ。何かしらの魔物がいるとは思っていた。

「数は?」

「一体です。が、かなりの大きさです。ビッグスパイダーの大きさを遥かに超えています」

ビッグスパイダーは全長三メートルを超える大きな蜘蛛だ。

それよりも遥かに大きいと言われると、想像するのが怖くなってしまう。

「もしかすると、キングスパイダーかもしれません」

キングの名を冠する魔物は軒並み強敵だ。対峙するとなると気が重いな。

「倒しにいこうか」

「あら、イサギにしては積極的じゃない?」

これまでの道程はできるだけ安全に動いていた。レギナがそう言うのも無理はない。

「ここで農業をするには水源の確保は必須だからね」

無用なリスクは回避するが、リスクを犯してでも勝ち取る必要があるのなら遠慮なくやる。

「そうですね。集落のためにも危険な魔物の存在は見過ごせません」

「私はイサギ様が行くところであればどこまでも」

「レギナは?」

「もちろん、行くに決まってるじゃない。そろそろ広々としたところで暴れたかったのよね」

獰猛な笑みを浮かべながら背中にある大剣に手をかけるレギナ。

ずっと狭い通路なせいか彼女は大剣をコンパクトに振って対処していた。しかし、大きな広間となれば、レギナも遠慮なく戦うことができる。

ティーゼ、メルシア、レギナがいるのであれば、たとえ上位個体であろうとも倒せる確率が高い。

仮に敵わないとして俺の錬金術やアイテム、魔道具を総動員すれば、撤退することだってできるはずだからね。

「よし、行こう!」

俺たちは斜面を一気に駆け下りると、そのまま魔物がいる大広間に入った。



まずは視界の確保が優先だ。

他の三人は暗闇の状態でも昼間のように見えるが、俺にとってはそうではない。さすがに手強そうな魔物を相手に片手で立ち回るのは危険だ。

俺は魔道具をマジックバッグに収納すると無属性魔法を発動し、大広間の上空に光源を打ち上げた。

白い輝きが灯り、大広間の中央に鎮座している魔物の正体が露わになる。

体長十メートルを超える巨大な蜘蛛だ。

脚の長さを合わせると、全長は倍近い大きさになるだろう。

黒光りした甲殻と毒々しい色合いの模様が特徴的だ。

「キングスパイダーです!」

「それにしてはデカいわね!」

「恐らく変異種のようなものかと! 気を付けてください!」

ティーゼの忠告を耳にして、俺たちは警戒をさらに引き上げた。

キングスパイダーってだけでも手強いのに、通常とは異なる進化をしている可能性があるらしい。

開始の一撃を放ったのはティーゼだ。

彼女は翼を広げると、自らの羽根を蜘蛛へと射出した。

極彩色の嵐が襲いかかるが、巨大な蜘蛛は避けることもせずにその身で受け止めた。

雨が終わった後に蜘蛛を確認してみると、甲殻に浅い傷を作っただけで大きな傷らしいものはまるでなかった。

「なんて硬さなのでしょう……」

ティーゼの羽根は、サンドスパイダーやビッグスパイダーを容易に貫くほどの威力があった。

それなのにこの蜘蛛にはまるで効いていないことに驚きを隠せない。

ティーゼの攻撃に反応し、巨大な蜘蛛が突進してくる。

これだけの質量を持っていると、ただ突進してくるだけで必殺の一撃となる。

一塊になっていては纏めて餌食となるので俺たちは散開するように回避。

「くらいなさい!」

レギナがこちらに振り向こうとしている蜘蛛の足に大剣を斬り付けた。

硬質な音同士が擦れ合う音。

レギナの叩きつけた一撃は蜘蛛の前脚に浅くではあるが傷をつけた。

「浅っ!」

メルシアは太ももに巻き付けたベルトからナイフを引き抜くと、すかさずそこに投げつけた。

傷口を(えぐ)る追い打ちに蜘蛛から苦悶の低い声があがった。

今までは拳や蹴りを主体として戦うメルシアの姿しか見ていなかったが、あんな風に武器を扱った戦いもできるようだ。というか、あんなところに武器を隠していたんだ。

「私たちの一撃では決定打にはならないですね」

「レギナ様を主体とし、私たちは撹乱(かくらん)や追い打ちに徹するのがよさそうです」

「そうだね」

俺たちが攻撃を仕掛けても、堅牢(けんろう)な甲殻に弾かれてカウンターを喰らってしまう確率が高い。

だとすれば、確かな一撃を与えられるレギナを中心として戦いを組み立てる方がいいだろう。

「撹乱は任せてください」

方針を決めると、ティーゼが翼を動かして舞い上がった。

ティーゼは蜘蛛に近づくと上空から極彩色の羽根を浴びせたり、発達したかぎ爪で攻撃を仕掛ける。

一撃の威力こそ低いが、絶え間なく繰り出される攻撃を蜘蛛は嫌がっている。

堪らず長い脚を振り回し、口から白い糸を吐きだすがティーゼはひらりひらりと(かわ)した。

大きく距離を取ったかと思えば、懐に入り込むような急潜行。

緩急のついた立体的な動きに蜘蛛はまるで付いていくことができない。

これまでは狭い洞窟内だったが故に飛ぶことはできなかったが、ここは空間にかなり余裕のある大広間。彩鳥族としての強みを存分に生かすことのできる展開となっていた。

ティーゼに注意が向かえば、他の仲間たちが動きやすくなる。

「足元がお留守よ!」

楽に距離を詰めることのできたレギナが大剣で脚を斬り付け、その傷をメルシアが短剣で抉っていく。

「下ばかり見ていていいのですか?」

蜘蛛の注意が足元に向かおうとすれば、ティーゼが上空からかぎ爪による一撃をお見舞い。

俺も錬金術を発動し、土の杭を生やすことで蜘蛛に攻撃をしつつ、動きを阻害する。

地上と上空からの波状攻撃がこんなにも強いなんて思わなかった。

キングを冠する魔物を相手にこんなにも一方的な展開になるとは驚きだ。

レギナの一撃によって脚だけでなく、甲殻も破壊されていく。そこにティーゼとメルシア、俺が傷を広げるように追撃をかけていくので蜘蛛の体はボロボロになっていた。

分厚い甲殻はボロボロになり、堅牢な脚も表皮を大きく胡坐れて肉繊維が露出している。

今なら殺虫玉を使えば、当てられるか?

殺虫玉を使えば、絶大な効果を与えられるかもしれないが、一度使ってしまえば大きく警戒されることになる。絶対に当てられるであろうタイミングで使うのが効果的だ。

攻撃を仕掛けながら考えたところで蜘蛛が上体を起こし威嚇するように脚を広げた。

複眼をギョロギョロと動かして怪しく明滅させている。

表情など全くない蜘蛛だが、俺たちの好き勝手な攻撃に怒り狂っているというのはわかった。

先程とは違った挙動に警戒すると、蜘蛛がまったくの予備動作なく跳躍した。

プレスを仕掛けてくるのかと思ったが、蜘蛛が落ちてくる様子はない。

見上げると蜘蛛は天井に張り付いていた。

体を震わせて鳴き声のようなものをあげると、天井にある穴から次々とスパイダーが出てくる。

「ちょっ、どれだけ出てくるのよ!?」

「これはマズイですね……」

穴から出てくるスパイダーの数は既に百を超えている。それくらいで止まってくれると嬉しいのだが、穴からは絶え間ない数のスパイダーが湧いて出ている。

ヘタをするとこの洞窟にいるすべてのスパイダーが集まってきているのかもしれない。

数百や千であればいいほうでヘタをすると万という数がいるかもしれない。

そうなればいくら俺たちでも多勢に無勢となって勝ち目はない。

「俺は穴を塞ぐので雑魚はお願いします!」

俺は即座に地面に手をついて錬金術を発動。

大広間に魔力を浸透させ、スパイダーが湧き出てくる穴を塞いだ。

「よくやったわ、イサギ!」

「助かります!」

穴を防ぐことで増援を食い止めることはできたが、スパイダーたちが壁を破ろうと攻撃をしたり、土を掘って別の入り口を作ろうとしている。

俺は錬金術で壁を補強、維持し、新たに作りだそうとする穴を塞ぐことに手一杯だった。

とはいえ、内部に入り込んだスパイダーの数も多かった。

レギナが大剣を振るい、ティーゼが羽根を射出し、メルシアが両手に短剣を持っているが、それでも数が多い。三人だけで支えるには辛い状況だ。

「ちょっと匂いますけど許してください!」

俺は大広間の穴を錬金術で塞ぎながら、マジックバッグから取り出した殺虫玉を周囲にばら撒いた。

殺虫玉が破裂し、白い煙が噴き出す。

「ティーゼさん、頼みます!」

俺の意図を汲み取ってくれたティーゼが風魔法を発動して、俺たちの視界を遮らないようにしながら煙を拡散させてくれる。

白い煙がスパイダーに吹き付けられると、あちこちで苦しげな声をあげてひっくり返っていく。

ただ先ほどの通路と違って密閉状態ではないせいか、効果が十分に発揮されず死に至っていない個体もいる。だが、殺虫玉の効果によって明らかに動きが悪くなっており、それらはレギナやメルシアが手早く処理をしてくれた。

殺虫玉をばら撒いたのが俺だとわかったのだろう。

天井に張り付いていた巨大な蜘蛛の複眼と目が合った。

あ、これ。襲いかかってくるやつだ。

そう認識した瞬間に蜘蛛が天井から勢いよく降下してくる。

大広間の穴を食い止めることに手一杯の俺は回避行動に移ることができない。

圧倒的な質量を伴った黒い塊がくるのを呆然と眺めていると、横合いから飛んできたメルシアが蜘蛛を吹っ飛ばした。

「イサギ様に手を出そうなど許しません」

「メルシア……ッ!」

勢いの乗ったメルシアの蹴りに、蜘蛛はお尻を大きく凹ませて壁に叩きつけられた。

さっきは武器を使っていたが、やっぱり一番得意とするのは体術のようだ。

あちこちにできた傷口から緑の体液を噴き出した蜘蛛は、脚を動かして何とか立ち上がろうとする。

が、既に脚にかなりのダメージを負っているせいか、スムーズに立ち上がることができない。

「動きを止めます!」

相手が止まっているのであれば、少しくらいは助力ができる。

俺は穴の維持の片手間として、錬金術を発動させて壁や地面を変質。蜘蛛の脚に絡みつくようにして動きを阻害する。

「とどめよ!」

そこにレギナが跳躍し、両手で振りかぶった大剣を思いっきり蜘蛛の頭へ叩きつける。

レギナの全力での一撃を急所に受けてはどうすることもできず、蜘蛛は緑の体液を撒き散らしながら地面に沈んだ。

「やったね!」

「イサギ様は少々お待ちを。私たちが残党を駆逐いたします」

「あっ、はい……」

喜びの声をあげていたのは俺だけで、メルシアとティーゼは広間に残ったスパイダーの処理をしている。レギナに至っては蜘蛛が並外れた生命力を持っていると睨んで、頭以外の場所に何度か大剣を突き刺して確実に命を奪っていた。

適切な処理によって生命活動を停止するのを確認。

「イサギ、他のスパイダーたちはどうなった?」

レギナに問われて地中や壁中を探査してみると、既にスパイダーたちはいなくなっていた。

増援がこないのであれば穴を維持する必要はない。

「……キングスパイダーが討伐されて逃げていったみたい」

俺の言葉を聞いて、レギナはがホッとしたように息を吐いた。

俺は錬金術を解除。

周囲を見渡してみると、大広間には巨大な蜘蛛と小さな蜘蛛の亡骸で溢れ返っていた。

「増援を呼ばれた時はどうなるかと思いましたね」

「ですが、イサギ様のお陰で助かりました」

「いやいや、皆が支えてくれたからだよ」

これほど強力な魔物を倒すことができたのは皆のお陰だ。誰か一人のお陰などではない。

皆の勝利と言えるだろう。

「これも回収するの?」

「牙、爪、刺、毒腺、糸袋……使えるべき素材はたくさんあるからね」

解毒ポーション、毒、アイテム、魔道具、武具への加工。

使い道はたくさんある。たくさん回収しておいて損はない。

俺はキングスパイダーやスパイダーの亡骸をマジックバッグに回収していく。

「あ、もちろん。最終的な利益はティーゼさんたちにもお裾分けします」

キングスパイダーの討伐はもちろん、スパイダーなどの討伐にティーゼも大きく貢献してくれている。マジックバッグで回収しているからといって、利益を独り占めするつもりはない。

「でしたら、ここでは手に入らない品物でいただけますと嬉しいです」

ワンダフル商会で売却できる値段を推測して金銭を渡す方法もあるが、このような土地では金銭はあまり役に立たない。ティーゼが直接品物を欲しがるのも当然と言えた。

「わかりました。集落に戻りましたら品物をお渡しします」

「助かります」

「さて、水脈を見にいこうか」

会話が一段落ついたところで水脈の調査だ。

大広間を抜けて奥の通路へ進んでいく。

すると、俺の耳でも感じ取れるほどに水の音が聞こえてきた。

そのまま進んで通路を抜けると、広大な空間に出てき、中央には湖が鎮座していた。

水面の輝きが天井の岩に反射して波打っている様子は幻想的だ。

「大きな湖!」

レギナの感嘆の声が洞内に響き渡った。

周囲に魔物の気配はない。湖の傍にいる生物は俺たちだけのよう。

まあ、傍にあんな巨大な蜘蛛が巣を作っていたんだ。

他の魔物がいたとしても近寄ることはないだろう。

「まさかここに本当に水があるなんて……」

ティーゼが湖を見つめながら呆然と呟いた。

突如として集落の近くで発見された水源にやや現実味がないのかもしれない。

しかし、目の前に広がっている光景は本物だ。

「ねえ、これって飲めるの?」

「問題なく飲めるよ」

水質については確かめている。汚染物質などは含まれていないので、このまま飲むことも可能だ。

問題ないことを告げると、レギナとティーゼが水をすくって飲んだ。

「はぁー、美味しい!」

「はい。とても美味しいです」

俺も飲んでみると水はちょうどいいくらいに冷えており、喉の奥へとスルリと通っていった。

乾いていた喉に水が染み渡る。

「これほど豊富な水源なら集落まで問題なく引っ張れそうだね」

「どうやって集落まで引っ張るの?」

「錬金術で掘削して傾斜に沿って流していくよ」

「……集落まで結構な距離があったけど大丈夫なの?」

「多めに見積もって三日かな」

「そ、そんなに早く済むの?」

「イサギ様だからできることです」

メルシアの返答を聞いて、レギナとティーゼが納得したように頷いた。

「そうかな? 宮廷錬金術師なら誰でもできることだと思うけど……」

大袈裟な表現だったので訂正してみると、メルシアが残念なものを見るような目を向けてきた。

ええ? 帝国の宮廷錬金術師だった皆これくらいできたよね? 具体的にそういった作業や魔力量を見たわけではないが、宮廷錬金術師になれたのならそれくらいの魔力量はあるってガリウスにも言われたし。

「とにかく水源が見つかったことだし、これで農業の水問題については問題ないわね?」

「うん、これで盤石な体制で農業ができると思う」

魔道具だけでは心許ない砂漠の農業だが、これだけ広い水源があるのであれば問題ないだろう。

俺たちは湖までの道のりを丁寧にマーキングしながら集落まで戻ることにした。



ティーゼが洞窟に水源があったことを告げると、集落はかつてないほどの賑やかさに包まれた。

他の者に伝えようと飛び立ったり、その場で興奮の声をあげたり、不思議な踊りを披露して喜びを表現する者もいた。

最初にやってきた時は物静かな集落といったイメージだったので、活気に包まれた景色とのギャップに思わず驚いてしまった。

「新しい水源が見つかったこととレギナ様たちの歓迎を合わせて、ささやかながら宴を開きたいと思うのですがよろしいでしょうか?」

「宴は好きだから大歓迎よ」

「ぜひ、お願いします」

この集落には長い間滞在することになる。ティーゼ以外の住民との交流を深めるいい機会だ。

俺たちが頷くと、ティーゼは「ありがとうございます」と礼を言い、リードやインゴをはじめとする集落の者たちに指示をして宴の準備を始めた。

「手伝ってまいります」

「あたしも暇だし」

メルシアとレギナは準備を手伝うことにしたらしい。メルシアはこういう時にジッとしているのが性に合わず、レギナは単純に体力が有り余っているのだろう。

俺は自身の体力の身のほどというものを知っているのでお手伝いは辞退する。

それにこれからやることもあるしね。

「ティーゼさん」

「何でしょう?」

「錬金術で工房を作ろうと思うのですが、建てちゃいけない場所などありますか?」

「工房ですか? 私の家であれば部屋はたくさん余っていますが……」

「寝室などはお借りしたいのですが、錬金術で調合をする時には薬品を使う時もありますので専用の工房を用意する必要があるのです」

気合いを入れて調合や品種改良を施すにはきちんとした設備が必要になる。万が一の危険や匂いなどを考えると、きちんとした工房は別に作っておきたい。

そう説明すると、ティーゼは納得したように頷いてから口を開いた。

「でしたら、私の家の付近であれば自由に使ってくれて構いません」

「ありがとうございます」

許可を貰えたところで俺は一人でティーゼの家の前へ戻る。

族長だからだろう。ティーゼの家の付近にはあまり民家が密集していないみたいなので、俺はほどよく距離が離れた岩礁地帯に移動する。

「この辺りでいいかな」

せっかくの岩礁地帯だ。これを利用した工房にしてしまおう。

俺は錬金術を発動して、岩礁地帯の岩を掘削してくり抜いて工房を作った。

玄関を開けて中に入ると、長い洞窟のような廊下が広がり、そこから枝分かれしていくように部屋があり、素材の保管庫、作業部屋といったものがある。

奥に行くにつれて内部の部屋が広くなっていく仕様でティーゼの家の内装を参考にさせてもらった。

プルメニア村よりも内装や家具も簡素だが、寝泊まりについてはティーゼの家でお世話になるつもりなのでこれくらいでいい。そのお陰で、短時間で工房が出来上がったしね。

あとは内部が壊れないように錬金術で地面、壁、天井などを補強し、呼吸がしっかりできるように空気穴も作ると完成だ。

「うんうん、いいんじゃないかな? 秘密の工房って感じでちょっとワクワクするや」

微妙に薄暗く、どこか洞窟を連想させる工房が俺の心の琴線に響いた。

簡易拠点の際に使用した家具を設置していくと完璧だ。

工房作りが終わったので外に出て、集落の広間を確認してみると人が集まり、長テーブルやイスが並べられていた。外からは彩鳥族の男が狩ったと思われる砂漠の魔物が運び込まれており、何人かで解体しているところ。

まだ宴が始まるには早いようだ。かといって体力的に手伝う余力はない。

休憩しようとソファーに腰かけると、ふと自分の身体の臭いが気になった。

一日中、洞窟を調査していたせいかどこか汗臭い。

自分ですらそう感じるのだから、獣人たちはもっと強い汗臭さを感じるだろう。

「お風呂に入るか……」

水が貴重な場所でお風呂なんて贅沢のように思えるかもしれないが、俺は水魔法が使えるし魔道具だって使える。オアシスの水を使っているわけでもないし、自分で使うくらいいいだろう。

俺は錬金術を発動し、空き部屋に岩の湯船を作る。

そこに水と火の複合魔法を使い、湯船いっぱいにお湯を注いだ。

あっという間に浴場内が湯気に包まれる。

俺は纏っていた衣服を脱ぎ捨てると、速やかに身体を洗って湯船の中に飛び込んだ。

「ふうー、気持ちいい」

温かなお湯が全身を包み込む。

調査で歩き回り、むくんだ足の筋肉がゆっくりとほぐれていくようだ。

気温の高いラオス砂漠にいても、温かいお湯に浸かるというのは心地いいものなんだな。

ただ長時間浸かっているとやっぱり暑く感じるので、お湯の温度を下げて水風呂にすると、とても快適だった。

火照った身体から熱が奪われるのが気持ちいい。

とはいえ、あまり長時間浸かっていると風邪を引いてしまいそうだ。

ちょうどいいところで水風呂を切り上げると、タオルで水分を拭って予備の衣服とローブを纏った。

お風呂を堪能し終わる頃には、集落の広間も賑やかになっており、テーブルなどには料理が並び始めていた。

そろそろ向かっておくべきだろうと考えて玄関を開けると、そこにはメルシアとレギナがいた。

恐らく、ティーゼから話を聞いたか、匂いの残り香を辿ってここまで来たのだろう。

「呼びにきてくれたのかな?」

声をかけるとレギナがスンスンと鼻を鳴らして、俺の臭いを嗅いできた。

「いい匂いがするわね?」

皮肉のような言葉にメルシアのように視線を逸らすと、彼女はどこか羨ましそうな視線をジーッと向けてくる。

二人が求めていることは言うまでもないだろう。

「どうぞ。入ってください」





レギナとメルシアがお風呂に入ってサッパリしたところで、俺たちは宴の会場である広間にやってきた。

広間では多くの長テーブルが設置されている。その上には見たことのない砂漠料理が並んでおり、かぐわしい香りが俺たちの胃袋を刺激した。中には食べられるのかもわからない植物や不気味なものもあったが、それも異国の情緒があって実に興味がそそられる。

あちこちで(かがり)()が焚かれているのは、単純に薄暗くなってきたからだけというわけでもなく、寒暖差の激しい夜の気温に備えたものなのだろう。いつもなら少し肌寒い時間帯だが、篝火のお陰で温かい。

「さあ、こちらに座ってください」

ティーゼに手招きされて、俺たちはイスへと座った。

「今日、見つかった水源はライオネル陛下の命によってやってきた第一王女レギナ様、錬金術師のイサギさん、メイドのメルシアさんの活躍のお陰です。新たなる水源発見の感謝と、御三方の来訪を心から祝して乾杯!」

「「乾杯!」」

ティーゼが族長しての口上を述べると、広間に集った彩鳥族が応答するように声をあげた。

それが宴開催の合図らしく、そこからは各々が好きに目の前の食事に取り掛かり始めた。

俺たちもそれにならって食事に手をつけることにした。

テーブルの上には見たことのない料理が数多く並んでいる。

見たことがあるのはスコルピオの塩ゆでくらいなものだ。

「この緑色の分厚い葉っぱのようなものはなんでしょう?」

ドドンと目の前に置かれているだけあって、俺もそれが気になっていた。

「ウチワサボテンです」

「サボテンって砂漠に生えていたあのトゲトゲの奴よね?」

「はい。そうです」

驚くレギナの言葉にティーゼはこくりと頷いた。

遠目に生えているのを何度も目にしていたが食べられるんだな。

刺々(とげとげ)しい見た目から食べようとは思わなかったが、ここではご馳走の類に入るらしい。

表面に刺のようなものは一切なく、こんがりと焼かれている。

塩、胡椒、バターなどで炒められているのか、とてもいい香りだ。

ナイフで食べやすいように切り分けて食べてみる。

「美味しい!」

見た目はいかにも苦そうなものであったが、食べてみると口の中で強い酸味と甘みが広がった。

決して嫌な酸っぱさではなく、程よい酸味。たとえるならピクルスのような味だろうか。それに微かに粘り気のようなものがある。

「ほどよい甘みと酸味がいいですね」

「不思議な味! 意外と食べ応えがあって悪くないわね!」

メルシアとレギナもサボテンステーキを気に入ったようで、次々と切り分けてはパクパクと口に運んでいた。

このコリコリとした独特な食感が癖になるんだよな。

サボテンステーキを食べ終わると、次に気になったのがお皿に積み上げられた大きな肉たちだ。

香辛料で味付けがされているのか、どれもスパイシーな香りが漂っている。

「これは何の肉かしら?」

(すな)蜥蜴(とかげ)砂牛(すなうし)のお肉です」

どうやらその二種類の生き物がこの周辺で主に狩れる動物になるらしい。

まずは砂蜥蜴の脚肉を手に取ってみる。

縞模様の皮がついており、ちょっと見た目が生々しいが宴として出されている料理だ。臆することなく口にする。

(かじ)ってみると中のお肉は綺麗なピンク色で身はとても柔らかい。

「あっ、鶏肉みたいで美味しい」

塩、胡椒でしっかりと味付けされてり、あっさりとした砂蜥蜴の旨みとよく合う、

砂蜥蜴の肉を食べると、次は砂牛と呼ばれる赤身肉だ。

こちらは砂蜥蜴とは違い、数々の香辛料で味付けがされているようで、先ほどからスパイシーな香りを放っている。嗅いでいるだけで胃袋を刺激するようだ。

おずおずとフォークを伸ばして食べてみると、舌を刺すような辛みが口内を満たした。

「辛っ!」

「イサギさん、お水をどうぞ」

あまりの辛さに(むせ)ていると、ティーゼがサッと水の入ったコップを差し出してくれた。

遠慮なくコップを貰うと、俺は一気に水を飲みほした。

「ありがとうございます、ティーゼさん」

「いえ、礼を言うのはこちらです。イサギさんたちのお陰でこういった時に気軽に水を差し出せるようになったのですから」

そうか。北の山に水源が見つかるまでは、少し離れたところにあるオアシスが唯一の水源だったからな。できるだけ水を消費しないように節約に努めていたのだろう。

しかし、近くに第二の水源ができたこともあり、今までのように切り詰める必要がなくなった。

周囲にいる他の彩鳥族も実に楽しそうだ。飲んでいるのはエールやワインといった酒ではない。

ただの水だ。だけど、そのただの水を遠慮なく飲めるというのが嬉しいのだろう。

楽しそうにする彩鳥族を目にしながら俺はもう一度砂牛を食べる。

「大丈夫ですか?」

先程、辛さで咽たからだろう。ティーゼが心配の声をかけてくれる。

「もう大丈夫です」

刺すような辛みが口内を(じゅう)(りん)した後に強い旨みが溢れた。

力強い砂牛の肉の旨みと香辛料の味付けが非常に合っている。

辛い。だけど、もっと食べたいという気持ちが止まらない。

「これイケるわね!」

レギナは砂蜥蜴の肉よりもこっちが気に入ったようですごい勢いで食べている。

「私は砂蜥蜴の方が好みです」

反対にメルシアは砂蜥蜴の肉が気に入ったらしく、小さな口を動かして上品に食べていた。

二人とも食の好みがわかりやすい。

砂漠を横断してきたけど、俺たちがまだまだ遭遇していない生き物がたくさんいるんだな。

帝城にいれば、大抵の素材は集めることができたけど、実際に外に足を運んでみるとまだまだ知らない素材がたくさんある。世界には俺の知らないことばかりだ。

「次は豊かな食料で皆を笑顔にしてやりたいな」

「イサギ様ならきっとできます」

「そのためにも明日からまた頑張ろうか」

夜の厳しい寒さに耐えきれなくなるまで、その日の宴は続いたのだった。



イサギたちがラオス砂漠にて祝宴を上げている頃。

帝国では獣王国へ進軍するための準備が着々と進められていた。

侵略するにはとにかく物資がいる。

その物資を効率良く運ぶ役目を持っているのはマジックバッグだった。

なにせ一切の手荷物になることなく、見た目以上の物を詰め込むことができる便利なバッグだ。

荷物が少なくなれば兵士の負担は軽くなり、重量が減れば馬の疲弊も軽減することができる。

結果として兵士たちの進軍速度も上がるというわけだ。

そのため錬金術師課統括長であるガリウスは宮廷錬金術師たちの作ったマジックバッグの進捗の確認に向かっていた。

「ガリウス様! お疲れ様です!」

ガリウスが錬金術師の作業室に入ると、宮廷錬金術師たちが作業の手を止めて一斉に頭を下げた。

「そういうのはいい。で、マジックバッグの生産状況はどうだ?」

「こちらになります」

ガリウスの問いかけに眼鏡をかけた金髪の宮廷錬金術師長が歩み寄り、成果物となるマジックバッグを積んでいるテーブルに案内した。

「おい、どうなっている? マジックバッグの数がまったく足りていないぞ? 俺が作れと指示をした数は二百だ。これではその半分にも達していないではないか」

テーブルの上に載せられたマジックバッグの数は三十ほど。宮廷錬金術師が総動員で取り掛かった結果がそれである。

「申し訳ありません。なにぶん、軍用魔道具の生産に時間を取られており作業時間が確保できないもので」

「何を言っているのだ? 前回の侵略では私の要求したノルマを揃えてみせたではないか! 私をからかっているのか!?」

「あれはイサギが一人で作ったものです」

ガリウスがドンッとテーブルに拳を打ち付ける中、錬金術師長はきっぱりと告げた。

「バカを言うな。たった一人で作れるわけがないだろう」

「本人によるとポーションを使用し、一週間睡眠を摂ることなく作ったそうです」

「だったらお前たちもそれをしろ。イサギ程度でできるのであれば、お前たちなら余裕でできるだろう?」

「無理です。私たちには不眠不休でいられるポーションの作り方なんて知りませんから」

仮に作れたとしてもここにいる錬金術師たちはやらないだろう。不眠でいられるポーションを服用したとしてもそれは身体を誤魔化しているだけに過ぎない。それだけ身体を酷使したツケは後になって必ず本人に返ってくる。いくら宮廷錬金術師といえ、そこまで準ずる覚悟の者はいなかった。

「だったら睡眠時間を削って生産数を増やせ!」

「仮に私たちの仕事時間を増やしたとしても課せられた数を増やすのは物理的に無理ですよ」

「なぜだ?」

「マジックバッグは錬金術による高度な空間拡張によって出来上がり、一つ作成するだけでとんでもない魔力が必要になるので大量に作ることが無理なんです」

「イサギは一人でやってみせたではないか? なぜ貴様たちが束になってもできない?」

「……あいつは卑しい平民ですが魔力量が多く、さらに魔力回復速度もずば抜けていました。本当にムカつくことですが、私たちが束になっても奴の魔力総量には敵いません」

ガリウスの問いかけに錬金術師長は深いため息を吐きながら真実を吐露した。

イサギ、イサギ、イサギ……どこに行っても奴のせいで綻びが出る。

解雇してやったというのに、その名前を耳にしない日はなくガリウスの心は日に日に荒んでいくばかりだ。あいつの名前を聞くだけで心がざわついて不愉快な気持ちになる。

「ガリウス様が連れてきた錬金術師たちも軍用魔道具しか作ることができませんし、以前のような生産数は無理です。生産数を下げることを提案いたします」

「黙れ! これはウェイス王子の命令なのだ! これは絶対に変えることはできない! 用意できなければお前たちの首はないものと思え!」

本当のところは追い詰められたガリウスがウェイスに対して安請け合いしたに過ぎないのだが、ここにいるガリウス以外の者がそれを確かめる術はない。

「……はい」

ウェイス王子の命令と言われてしまえば、いくら貴族である宮廷錬金術師たちといえど断ることはできない。

首を横に振ってしまえば、自身の職だけでなく実家にまで影響が出る恐れがあるからだ。

「三日後にまた様子を見にくる。必ず生産数を上げておけ」

こくりと頷く錬金術師長を確認したガリウスは(いら)()たしげに扉を開けて、作業室を出ていった。

「錬金術師長、どうします?」

「あんなこと言われましたけど無理ですよね?」

完全にガリウスの気配がなくなったところで、宮廷錬金術師たちは集まり口々に不安を吐露する。

「……マジックバッグの容量を減らせばいい」

「え? でも、そんなことしていいんですか!?」

「俺たちが命令されたのは規定数のマジックバッグを作ること。収納容量まで具体的に指示されてはいない。そうだろう?」

錬金術師長の言葉に誰も反論する者はいなかった。

そうでなければ、指示された数を生産することなど物理的に無理な話なのだから。



翌日。俺たちは再び洞窟にある湖にやってきた。

彩鳥族の集落で農業をするためには、ここにある水を引っ張ってくるのが必須だ。

そのために水を集落まで引っ張る必要があるのである。

湖が平地であるなら多大な労力がかかるのだが、ここにはかなりの傾斜がある。

錬金術で地面を掘削してやれば、掘削された地面へ湖の水が流れ込んでくれるはず。

俺は地面に手をついて錬金術を発動する。

物質操作は錬金術の得意分野だ。とくに砂や土、金属などは物質の特性も素直なので楽だ。

魔力によって土が掘削されて、ドンドンと深い穴ができる。

それと同時に湖に溜まっていた水が、掘削された穴へと流れ込んできた。

しっかりと水が流れ込んでくれることを確認すると、湖から流れ込んでくる水を錬金術でせき止める。そうしないと湖から水道にずっと水が流れ続けることになるからだ。

掘削作業よりも流れ込む水の量が多くなってしまうと万が一のことがあるかもしれない。

足元が濡れて見えなくなるよりも、この方がよっぽど快適で安全なのでいいだろう。

後は掘削をひたすらに繰り返すだけだ。

「すごい勢いで進んでいるのはわかるけど地味ね」

「錬金術なんてものは地味な作業や試行錯誤ばかりだからね」

錬金術を発動して、瞬時に武具を作ったり、ポーションを作ったりするのが一般的なイメージかもしれないが、それらは入念な準備と裏打ちされた経験があってこそだ。どれだけ派手に見えたとしても、錬金術師の技なんて地味な作業の積み重ねでしかない。

「そんな風に掘って、洞窟が崩れたりしないものなのでしょうか?」

「崩れないように調整してやっているからその心配もないよ」

「そうでしたか。ならば安心です」

洞窟にある湖から集落まで無軌道に掘削してしまえば、地盤が崩落してしまう可能性が高い。

そうならないように事前に錬金術で岩盤の硬度などを調査し、適切なルートを計算しているのでティーゼの心配しているような事態にはならない。

さらに掘削するだけでなく、土や石を圧縮して硬度を増幅させているのでちょっとやそっとの災害ではビクともしないだろう。

「俺は作業に集中するから周囲の警戒は任せるよ」

キングスパイダーを討伐したとはいえ、洞窟の中にはたくさんの魔物がいる。

掘削作業中に襲われてしまっては困るので魔物への対処は任せることにした。

「そのために付いてきたんだしね」

「イサギさんのお手を止めることのないように尽力いたします」

レギナがこくりと頷き、ティーゼから期待に満ちた眼差しが向けられる。

俺の作業の進み次第で集落に水が届くであろう日数が変わるのだ。気合いの入りは一番だった。

やや重い期待の視線から逃げるように俺はメルシアに顔を向けた。

「それじゃあ、メルシアは付いてきて」

「はい」

事前にルートを計算しているとはいえ、掘削した穴の中は暗い上に何があるかわからない。

掘った先に魔物の巣があるなんてこともあり得るので、メルシアにも付いてきてもらうことにした。

掘削した穴に入り込むと、遅れてメルシアがサッと降りてくる。

メルシアは音もなく着地をすると、光魔道具を掲げて掘削した穴、もとい水道内を照らしてくれた。

「じゃあ、進んでいくよ」

メルシアが頷くのを確認し、俺は錬金術で掘削して水道を掘り続けることにした。





錬金術で土を掘り進めていく。真下ではなく斜面に沿うように斜め下へ。

事前に地図に記したデータを元に掘り進める。

何時間、掘り進めたことだろう。僅かな光源だけを頼りに進んでいると、時間間隔がわからなくなってくる。

「掘り進めてから何時間くらい経った?」

「六時間ほどになります」

振り返って尋ねると、メルシアから冷静な返答がきた。

「……山の麓近くまで掘り進めているわけだし順調だね」

錬金術で地質を調査すると、それくらいの位置まで掘り進めていることがわかった。

「痛っ」

身体をほぐそうと伸びをしていると、不意に頭痛が走った。

魔力欠乏症による初期症状だ。より魔力を消耗して、症状が進むと倦怠感、頭痛などが酷くなり、眩暈(めまい)や吐き気なんかもプラスされる。

魔力量には自信がある方だけど、六時間ぶっ続けで掘削をし、周囲の土を圧縮して硬化するのは魔力の消費が大きいな。

「イサギ様、大丈夫ですか?」

後ろから前を照らしてくれているメルシアが心配げな声をあげる。

「大丈夫。ちょっと魔力が減ってきただけだから。ポーションを飲めば回復するよ」

そう言ってマジックバッグから魔力回復ポーションを取り出した。

真っ青な液体を飲むと爽やかな甘みが口内に広がり、身体の内側にある魔力がじんわりと回復していくのが感じられた。

「よし、これでいける」

さっきのようなハイペースは無理だが、これだけ魔力が回復すれば掘り進めることができる。

「イサギ様、作業を中断いたしましょう」

作業を再開しようとした俺だが、メルシアに止められた。

「ええ? 魔力も回復したから問題ないよ?」

「もう三度目ですよ? こんな方法を続けていれば、イサギ様の身体が持ちません」

「でも――」

「でもじゃありません。イサギ様のお体の方が大事ですので」

なおも作業を続けようとした俺だが、かなり真剣な顔をしているメルシアに言われて中断することにした。

これは本気で怒っている時のメルシアだ。

帝城で何度も徹夜をしていた時もこんな風に怒られたっけ。

思えば、今すぐに集落に水を引かないと誰かが死ぬというわけでもない。

メルシアの言う通り、俺がそこまで身を削る必要はなかった。

「わかった。少し休憩して元気になったら作業を再開することにするよ。それで魔力が少なくなったら今日の作業は終わりにする」

「……それならよろしいかと」

俺の言い分に満足したのか、メルシアは表情を緩めた。

俺がその場で腰を下ろすと、メルシアもゆっくりと隣に腰を下ろした。

「イサギ様、魔道具の魔石交換をお願いできますか?」

言われて視線を向けると、彼女が手にしている魔道具の灯りが弱まっていた。

どうやら中にある光魔石の魔力が少なくなってきているようだ。

「待ってて。今、光魔石を取り出すから――」

マジックバッグに手を入れたところで、急に周囲が暗くなった。

「わっ、暗くなった」

「……申し訳ありません。もっと早くお声がけするべきでした」

「いや、メルシアは悪くないよ。夢中になっていた俺が悪いだけだし」

メルシアは集中している俺に気を遣ってくれただけだ。彼女は悪くない。

「にしても、本当に真っ暗だ」

「私はイサギ様の姿がよく見えますけどね」

「こんな闇でも視界がハッキリ見えるってすごいや」

自分一人だと確実にパニックになっていただろうな。メルシアに付いてきてもらって本当に良かった。闇の中でも平気で動ける仲間がいるだけで随分と心強い。

「とりあえず、光魔石を交換するよ」

マジックバッグから光魔石を取り出し、動力の切れてしまった魔道具へと手を伸ばした。

「ふにゃっ!?」

「あれ? なんか取っ手が柔らかい……っ?」

俺の作ったランタンの取っ手にしてはえらく柔らかい。上質な絹のような手触りだ。

なんだこれ。ずっと触っていたいくらいに手触りがいい。

「い、イサギ様、それは魔道具ではなく、私の尻尾です……ッ!」

あまりの手触りのよさに夢中になって触っていると、メルシアからそのような申告が上がった。

どうやら俺は魔道具と間違えて、メルシアの尻尾を握っていたらしい。

「えっ? ああっ! ごめん!」

慌てて手を離す頃には暗闇に少し目が慣れてきたのか、魔道具らしいシルエットがぼんやりと見えた。

自分で作った魔道具だけあって、俺は暗闇の中でもスムーズに光魔石を交換。

魔石が交換されて強い光が放射されると、腰を抜かした様子のメルシアがいた。

普段のクールな表情とは一転し、頬を赤く染めて荒い呼吸をしている。

暗闇の中でメルシアが色っぽい表情をしているせいか、いけないことをしてしまった気分。

なんだか知らないけど、猛烈に謝るべきだという気持ちが湧いてきた。

「あの、本当にごめん。暗くて何も見えなくて……」

「……イサギ様に悪気がないのはわかっています。でも――」

「でも?」

「そういうのはまだダメです……」

「は、はい……」

獣人の女性の尻尾を男が触るってどのような意味があるんだろう。

そんなことを今正面から尋ねるわけにはいかない。

俺はそれ以上の追及は控えることにした。


そのようなアクシデントがありつつも、掘削作業を続けること三日。

俺たちは北の山の洞窟にある湖から彩鳥族の集落へと水を引くことに成功した。



集落に水を引くことができた翌朝。俺たちはティーゼの家に集まっていた。

「集落に水を引くことができたけど、次はどうするの?」

朝食を食べ終わるなりレギナが尋ねてきた。

「砂漠の素材採取だね!」

「砂漠にある素材とは具体的に何を示すのでしょう?」

「何でもですよ。植物、動物、魔物……あらゆる生物から素材を集めるんです」

農業の基盤となる水源の確保ができた以上、あとは土壌と育てるべき作物の品種改良を行うのみだ。

通常なら土を耕して作物を植えるところだが、それでは育たないのがラオス砂漠という過酷な環境。この環境に適した改良を施してやらないといけない。そのためにはこの砂漠にある素材が必要だった。

「わかったわ。なら、砂漠へ向かいましょう!」

これからの方針が決まったところで俺たちは準備を進めることにした。

砂漠まではティーゼがバスケットで運んでくれるとのことなので、俺たちはバスケットに乗り込んで移動をする。

ティーゼの家の前から出発し、そのまま集落を超えて、ラオス砂漠へ。

集落の周りは岩礁地帯だったが、小一時間もしないうちの周囲の景色は砂漠へと変わった。

「この辺りから歩いて調査しよう」

そのように言うと、ティーゼはこくりと頷いてバスケットを地上へと下ろしてくれた。

メルシアがロープを解くと、バスケットをマジックバッグへと収納した。

「おっ、サボテンだ!」

ふと視線を向けると、目の前には大きなサボテンが直立していた。

俺はサボテンに近づくと、ピンセットを用意して生えている棘のひとつひとつを丁寧に採取していく。

針の採取が終わると、枝分かれした果肉にナイフを差し込んで切り落とす。これも採取だ。

「こちらのサボテンは食べられるのでしょうか?」

「一応食べられますが、ウチワサボテンほど美味しくはありません。苦いが強いので」

後ろでは首を傾げるメルシアにティーゼが答えている。

どうやらサボテンだからといって何でも食べられるわけではないようだ。種類によって味の良し悪しがあるらしい。

「素材採取って本当に何でもいいのね」

サボテンの素材を夢中になって採取していると、レギナがちょっと呆れた顔で言う。

砂漠の素材採取にきたのに、いきなりありふれたサボテンを採取しているものだから気が抜けたのだろう。

気持ちはわかるが、レギナは俺の品種改良にとってどれだけ現地での素材採取が重要かわかっていないようだ。

「サボテンだって貴重なサンプルなんだよ?」

「どうして? 砂漠ならどこにでも生えているものじゃないの?」

「極度に雨量が少なく、乾燥しており、寒暖差の激しいラオス砂漠。こんな厳しい場所でどこにでも生えているっていうことが実はすごいことなんだよ?」

「確かに! 通常の植物であれば、この灼熱のような気温で枯れ果てているところです!」

俺の言っていることの意味がわかったのか、ティーゼがハッとした顔になって言った。

「えっと、つまりどういうこと?」

ティーゼはすぐに理解したが、レギナはまだちょっと理解が及んでいないようだ。

「このサボテンはここで生き抜くための何かしらの性質を宿しているんだ。そうでないとここでは生き抜くことができないからね。寒暖差に強かったり、少ない水を長期間貯蓄する術を持っていたり。それらの性質はここで農業をする作物の糧になると思うんだ」

「……なるほど。イサギの言っている意味がようやくわかったわ。確かに言われると、このサボテンっていう植物はすごいわね」

細かく説明すると、レギナはようやくサボテンという素材がどれほど有益かを理解できたようだ。

レギナの目つきが真剣なものになる。

通常の植物であれば、ラオス砂漠では生き抜くことはまずできない。しかし、サボテンはこのような環境でも絶滅することなく、ありふれた植物として根付き、生存している。

それがどれだけすごいことか。

当然、それはサボテンだけでなく、他に棲息しているスコルピオ、スパイダーといった魔物も同じことだ。

彼らはこの厳しい環境に適応することによって生き抜いている。

それらの因子はここで育てるための品種改良にきっと役立つ。俺はそう(にら)んでいた。

だからこそこの砂漠ある素材はできるだけ採取しておきたい。

「だったら、あっちにあるサボテンも採取しましょう!」

レギナが駆け出した先には、真っ赤な体表をしたサボテンが生えている。

こちらにあるサボテンとは色も形も違うので、まったく違う種類のものだとわかった。

が、錬金術師としての眼力で素材の構成を読み取っていくと、そのサボテンが危険であることがわかった。

「レギナ様、危険です!」

ティーゼが警告の声をあげた。

それによりレギナは足を止めるが、既に赤サボテンの攻撃範囲に入っていたらしい。

赤サボテンは身を震わせると、その身に生やしている棘を全方位に射出させた。

赤サボテンの特性を読み取っていた俺は、即座に錬金術を発動して周囲にある砂を操作。

赤サボテンを覆ってやると、射出された刺はすべて砂に吸収された。

やがて錬金術を解除すると砂と共に針も地面に落ちた。

「ビックリしたー。近づくだけで無差別に棘を撒き散らすだなんて」

などと呑気に呟くレギナは俺たちよりも遥かに後方にいた。

どうやら赤サボテンが棘を射出するまでの一瞬で、あそこまで退くことができたようだ。

恐ろしい反射神経と身体能力だ。

「気を付けてください。肝が冷えます」

「ごめんごめん。ちょっと採取することに意識がいき過ぎちゃったわ」

たははと苦笑するレギナを見て、ティーゼがしょうがないとばかりにため息を吐いた。

「にしても、おっかないサボテンだ」

「そちらは炸裂ニードルといいまして外敵が近寄ってくると、棘を無差別に撒き散らす習性があるんです」

「また近づいたら棘を発射してくるのでしょうか?」

「いえ、棘が生えてくる小一時間くらいは無防備になります」

メルシアが尋ねると、ティーゼが首を横に振った。

「なら今のうちに採取しちゃおうか」

一度、棘を放出すると無害になるのであれば恐れる必要はない。

俺たちは遠慮なく炸裂ニードルに近づいて、先ほどのサボテンと同じように素材を採取した。

炸裂ニードルを採取すると、周囲に採取する素材がなくなったので俺たちは素材を求めて歩いていく。

しかし、辺り一面は砂景色のみで生き物らしい姿はまるで見つからない。

「……生物がいないわね」

「だだっ広い砂漠ですから」

これだけ広大な砂漠なんだ。集落からちょっと移動したところに魔物がわんさかいるはずもないだろう。

「私が上空から索敵してみます」

ゴーレム馬にでも乗って採取する場所を変えようかなと思っていたところで、ティーゼが空に飛び上がった。

洞窟内は狭かったが故に大広間以外ではほぼ飛ぶことはなかったが、空間に制限のない砂漠であればティーゼは思う存分に翼を活かせる。

宙に上がったティーゼは円を描くように旋回(せんかい)

しばらく、周囲を索敵していたティーゼが下降してきながら言う。

「七百メートル先にある砂丘を越えたところにデザートウルフの群れがいます」

俺たちの位置からは砂丘の傾斜によって何も見えないが、上空からはデザートウルフと呼ばれる魔物が目視できたらしい。

「行きましょう! 倒してデザートウルフの素材を手に入れるのよ!」

などとそれらしいことを言っているレギナだが、ただ身体を動かしたいだけというのは明白だった。

わかりやすいレギナに苦笑しながらも俺たちはティーゼに先導してもらって前に進むことに。

小高い砂丘を登った先はちょっとした岩場となっており、砂に同化するかのような黄土色の分厚い毛皮を纏ったオオカミたちが寝転んでいた。

数は十体。岩にできた影によって猛暑を凌いでいるようだ。

砂漠に順応しているように見える魔物でも暑いものは暑いらしい。

「こちらにはまだ気付いていないようですね」

メルシアが僅かに顔を出しながら呟く。

砂丘がちょうどいい具合に俺たちの姿を隠しており、風が吹いていないお陰で匂いも流れていないからだろう。

風が吹き、こちらが風下になってしまえば瞬時にバレる可能性がある。

「俺が砂を操ってデザートウルフを拘束するよ」

優位が台無しにならない今のうちに仕掛けるべき。

瞬時に判断した俺は錬金術を発動して、デザートウルフたちを拘束した。

砂丘から宙に舞い上がったティーゼが極彩色の羽根の雨を降らせる。

異常事態を察知したデザートウルフたちは砂から抜け出そうとするが、魔力によって圧縮された砂の塊に拘束は容易に抜け出すことはできず、半数以上が羽根を生やして沈んだ。

残りの三体は運良く砂の拘束を逃れたものや、岩が(しゃ)(へい)になって難を逃れることができたものだ。

三体のデザートウルフは分厚い毛皮をなびかせながら猛スピードで砂丘を駆け上がってくる。

レギナとメルシアは砂丘を駆け下りて交錯したかと思うと、三体のデザートウルフが血を流して倒れた。

「周囲に魔物の気配はありません」

空から周囲を見渡しながらのティーゼの言葉。

「討伐完了だね」

「さすがはイサギ様です」

「イサギの錬金術ってつくづく反則ね」

「大抵の相手に先手を取ることができますからね。私のように空を飛ぶことができれば別ですが……」

「周囲にある砂が錬金術で容易に操作できるからね。砂漠じゃなかったら、こんなに自由に動かすことはできないよ」

さらさらとした細かい砂の粒だからこそ、このように流動性がある操作ができるのだ。

プルメニア村のような粘着質のある土壌では、自由自在とはいかないだろう。

他にデザートウルフが隠れていないことを確かめると、俺は意気揚々と素材の確認をする。

「なるほど。この長い体毛で身体が砂に入るのを防ぎ、体温を調節しているのか……」

ウルフの魔物にしてはやけに体毛が長いと思っていたが、そのような役割があるようだ。

やっぱり過酷な砂漠を生き抜いているだけって、ここに棲息している魔物はいいいサンプルになる。

毛皮の特性を確かめると、俺はデザートウルフたちをマジックバッグへ収納した。

振り返るとメルシアが岩場を覗いている。

「何か見つけたのかい? メルシア?」

「苺らしきものを見つけました」

近寄ってみると岩の傍に植物が生えており、苺のようなものが自生している。

「砂漠苺です。美味しそうな見た目をしていますが毒を持っています」

遅れてティーゼがやってきて言う。

確かに構成を読み取ってみると、強い毒が含まれているようだ。

俺は砂漠苺を摘み取ると、そのままひょいと口に入れる。

そんな俺の姿を見て、レギナとティーゼがギョッとする。

「何してるんですか!?」

「ちょっ! ティーゼが毒って言ってたのに聞いてなかったの!?」

「大丈夫! 錬金術で毒は抜いてるから!」

二人が吐かせようとしてくるので俺は慌てて説明する。

口に入れる前に錬金術で砂漠苺に干渉し、内部にある毒素だけを抽出した。

毒素がなくなれば、ただの苺も同然だ。

「それならそうと早く言ってよ」

「ごめん。つい癖で」

「イサギ様、砂漠苺のお味はいかがです?」

二人とは違い、メルシアはこんな光景にも慣れているのか特に慌てたりする様子はない。

冷静に味の感想を尋ねている。

「すごく美味しいね。厳しい環境で育っただけあって栄養を蓄える術を持っているんだろうね」

「私も一つ頂いてもよろしいでしょうか?」

「いいよ」

錬金術で毒素を抜いた砂漠苺を渡すと、メルシアは小さな口を開けて頬張った。

「美味しいです。砂漠苺の濃厚な甘さと強い酸味がとてもいいです」

砂漠苺を食べて頬を緩ませるメルシア。

そんな彼女の様子を見て、レギナとティーゼがごくりと喉を鳴らした。

「……本当に毒は抜けているのよね?」

「抜けてるよ。仮に残っていたとしても、この程度なら既存の解毒ポーションで解毒できるよ」

猛毒や複合毒であれば、既存のポーションでは対応できないが幸いにして砂漠苺は弱毒性だしね。

「じゃあ、少し貰ってもいい?」

「……私もお願いします」

丁寧に説明すると、レギナとティーゼがおずおずと手の平を差し出してきた。

手の平に砂漠苺を載せると、二人は顔を見合わせてからおっかなビックリと言った様子で口にした。

「美味しい!」

「まさか砂漠苺がこんなに美味しいなんて……」

砂漠苺の美味しさに驚きの表情を浮かべる二人。

「ですが、イサギさんがいないと食べることはできないんですよね……」

砂漠では甘味は貴重だ。ティーゼが残念に思う気持ちもわかる。

「俺が集落にいる間は解毒してあげますので採取したら持ってきてください」

「ありがとうございます! 集落の皆のためにたくさん摘んでいかないと!」

ティーゼが嬉しそうに笑って、自生している砂漠苺を採取する。

自分が食べるためでなく、集落の皆に食べさせてあげたいと思うところが彼女らしいと思った。



素材を採取しながら砂漠を移動していると遠目に緑地らしきものが見えてきた。

「小さいオアシスね」

「本当だ」

ティーゼの集落の傍にあるものに比べると、かなり小さいがしっかりと綺麗な水が溜まっている。

周囲には草木の他に木々が生えている。

「随分と背丈の高い木だね?」

特に気になったのは生えている木々の中で、ひと際高い背をしている木だ。

樹高二十メートルくらいあり、たくさんの羽根状の葉と楕円形の黄色い実をぶら下げている。

「ナツメヤシという木ですね。ぶら下がっている木の実はデーツといいます」

ナツメヤシを見上げながらティーゼが詳しく教えてくれる。

このデーツとやらは、そのまま食べてもよし、乾燥させて保存食にしてよし、酒、シロップ、食酢などに加工してもよしという万能の調味食材でもあり、この砂漠で安全に手に入れられる貴重な甘味であるらしい。

「へー、それだけ便利なら農業ができた際は積極的に育ててもいいかもしれないね」

元からラオス砂漠で自生している木だけあって、乾燥した空気や暑さには耐性があるのだろう。

使い道も多く、保存食にもなるために増やして損になる食材ではなさそうだ。

「ぜひ、そうして頂けますと嬉しいです!」

「とはいっても、品種改良が上手くいけばですけど……」

ナツメヤシであれば、そのまま植えても育ってくれそうだが品種改良が上手くいく保障はない。

そのために今は少しでもサンプルになりそうな素材を集めるとしよう。

「申し訳ありませんが採取を手伝ってもらってもいいですか? 普段、この辺りまでは足を運ぶことは少ないもので……」

「そうなの? ティーゼの翼があれば、集落からそこまで遠いってわけでもないと思うけど?」

空を飛ぶことのできる彩鳥族であれば、それほど時間もかからないだろうし、滅多に足を運ばないという言葉が少し不思議だった。

「この辺りは赤牛族の縄張りとの境界線になります。無用な(いさか)いを起こさないために、ここ最近は近寄らないようにしているのです」

「そういうわけだから、ずっと近寄らないでくれたらよかったんだがなぁー」

ティーゼの言葉に納得して頷こうとすると、突如として知らない男性の声が響いた。

声のする方へ振り返ると、そこには巨大なトマホークを手にした男が立っていた。

砂漠の魔物の革を利用した野性味のあるジャケットを羽織っている。

驚くべきは二メートル近くを誇る大きな体躯と、頭頂部から生えた牛のような角だろう。

後ろにいる同じような格好をした男たちも同様に牛のような角が生えている。

「キーガスですか……」

「よお、ティーゼ」

気安い男の口調にも驚いたが、それよりも驚いたのは誰に対しても丁寧な口調をしているティーゼが敬称を付けなかったことだ。男性を見る目もどこか嫌そうである。

「……誰?」

「彼はキーガス。赤牛族の族長です」

レギナの質問にティーゼがきっぱりと答えた。

どうやら彼らがラオス砂漠に住むもう一つの氏族。赤牛族のようだ。

ジャケットや革鎧などに赤の模様こそ入っているが、身体的特徴に赤い部分はない。

一体どういう特徴があって赤牛族という種族名が付いているのやら。

「何をしにきたのですか?」

「見ての通り、狩りが終わったからオアシスで休憩をしようと思ってな」

「でしたらそっちの方で休んでいてください」

ティーゼがきっぱりとキーガスとの距離を置く。

食料などの資源を巡り合って、何度も争いを起こしていることもあり、顔を合わせたくもないだろう。

「そうしたいところだが、今日はえらく珍しい仲間を引き連れているから気になってよ」

キーガスの視線が俺たちの方へと向く。

彩鳥族と赤牛族しかいないとされる砂漠に、まったく別の種族の獣人と人間族がいれば気になるのも当然か。

「まさか他所の種族と手を組んで資源を独り占めしようなんてことは考えてねえよな?」

「そんなことは考えていません」

「じゃあ、こんなところで何をコソコソしてやがる?」

「あたしたちが何しにやってきたのか気になっているようね!」

ティーゼとキーガスが睨み合う中、レギナが堂々と前に出る。

「……ライオネルの娘か」

「レギナよ。覚えておきなさい」

「で、何をしにきたっていうんだ?」

「イサギ、説明をお願い」

ええっ!? そこまで堂々と言っておきながら詳しい説明は俺任せなの!? 

まあ、レギナはこういった事情を纏めて話すのは苦手そうだし、別にいいんだけど……。

「錬金術師のイサギと申します。レギナ様に代わって、俺たちがここにやってきたワケを説明します」

俺は前に出ると、()(ろん)な視線を向けてくるキーガスに説明する。

ライオネルに頼まれ、資源争いをなくすために食料事情を改善しにきたことを。

「この砂漠に農園を作るだと?」

「はい」

こくりと頷いた瞬間、キーガスだけでなく後ろにいる男たちから嘲笑があがった。

「乾いた空気、降らない雨、日中は灼熱の空気が渦巻き、夜には凍てつく風が吹きすさぶ……こんな大地でできるわけねえだろ?」

砂漠で農業をするのが過酷なのはわかっている。

けど、こうも真正面から言われると、ちょっとだけイラついてしまう。

だけど、言い返すことはできない。なぜならばまだ実際に砂漠で育つ作物を作ったわけではないからだ。なんの確証もない中でできるなんて無責任なことは言えない。

キーガスのもっともな指摘に言い返すこともできずにいると、後ろから大きな声があがった。

「できます! イサギ様であれば……ッ!」

「そうよ。イサギは父さんが認めた錬金術師なのよ? できるに決まってるじゃない!」

だけど、確証もない中、胸を張って言い張るメルシアとレギナがいた。

「はぁ? 暑さで頭が狂っちまってんのか? ……おい、ティーゼ。お前は別に信じてねえんだろ? 王族の命令だから仕方なく道楽に付き合ってるんだよな?」

「私は信じておりますよ。イサギさんであればこの砂漠であっても作物を育てることが可能だと」

「はぁ? お前までそんなことができるって思ってるのかよ? 信じられねえぜ」

ティーゼの揺るがぬ様子にキーガスは面白くなさそうな顔になる。

「でしたら結果で示してみせます。ラオス砂漠でも作物を育てるのが可能だということを」

キーガスと俺は初対面だ。俺が錬金術でどのようなことができるかも人柄もわからない。

だとしたら結果で示すしかない。

メルシア、レギナ、ティーゼが信じてくれているんだ。本人である俺が弱気でどうする。

確証がないなんて情けないことは言っていられない。

皆の生活を豊かにするためにやるんだ。

ライオネルに頼まれて長旅の果てにここにやってきたが、ようやく真の意味で覚悟が決まった気がする。

「ほお、面白いじゃねえか。そこまで言うならやってみろよ。まあ、無理だとは思うがな」

キーガスはニヤリと笑うと、くるりと背を向けて歩き出した。

それに続く形で他の赤牛族の男たちも付いていく。

「何よ、人のやろうとしていることをバカにしてムカつく奴等ね」

「イサギ様が品種改良に成功した暁には、彼らは私たちに泣きつく羽目になるのですから問題ありません」

キーガスたちの後ろ姿を見ながらレギナとメルシアが言った。

傍目にはメルシアの方が冷静なようには見えるが、付き合いの長い俺には彼女の腸が煮えくり返るほどの怒りを抱いていることがわかった。

俺もキーガスの物言いには多少イラっときたが、俺以上に怒ってくれている人がいると落ち着くものだ。

「まずはそのためにも成果を出さないとね」

「ええ。この先に色々な魔物が棲息している場所があるので案内しますね」

「お願いします」

オアシスで休憩を挟むと、俺たちは引き続きサンプルとなる砂漠素材を集め続けることにした。



砂漠素材をたくさん採取してきた俺たちは、集落にある工房へと戻ってきた。

目の前のテーブルにはウチワサボテン、爆裂ニードル、デザートウルフ、砂漠苺、ナツメヤシ、デーツ、砂牛、()(ばく)(ばった)、ガゼル、砂蛙、砂蜥蜴、ジャッカロといったラオス砂漠に生息する動植物、魔物の素材が並べられていた。

「結構な数の素材が集まりましたね」

「うん。後はこれらをひらすら解析して品種改良を試していくだけさ。まあ、それが気の遠い話なんだけどね」

「あたしたちに手伝えることはある?」

メルシアと俺は顔を見合わせて苦笑していると、レギナが尋ねてくる。

ここからの作業は錬金術によるものがほとんどだ。素材の下処理なども含めて、助手は一人で十分なのでレギナとティーゼがこの場で手伝える作業はない。しかし、二人にやってほしいことがないわけではなかった。

「レギナとティーゼには続けて砂漠の素材を集めてほしいかな。ここにあるのが砂漠の素材のすべてってわけじゃないだろうし」

それなりの数の素材が集まっているが、ここにある素材だけでは品種改良をするのに足りない可能性もある。他にも素材があるのであれば、是非ともかき集めてきてもらいたい。

「わかりました。でしたら、私たちは引き続き素材を集めてきます」

そう頼むと、ティーゼとレギナはこくりと頷いて工房を出ていった。

今からもう一度砂漠に赴いて素材を採取してくれるようだ。

「イサギ様、こちらで育てる作物に目星はつけておりますか?」

「うん。ひとまずナツメヤシ、小麦、ブドウ、ジャガイモを栽培してみたいと思う」

本当ならばトマト、キュウリ、キャベツ、ナスといった野菜なんかも栽培してみたいが、元々自生している地域が違うためにラオス砂漠の気候に耐えることができない。

「ナツメヤシ、ジャガイモは理解できるのですが、小麦にブドウですか?」

「実は小麦とブドウのどちらも乾燥、暑さや寒さに強い食べ物なんだよね。小麦が栽培できれば主食の一つになるし、ブドウは乾燥させれば干しブドウにできるし、ワインだって作れる」

品種改良を施すのであれば、ナツメヤシのような既に砂漠で生息できている植物に調整を加えるか、ラオス砂漠の環境に強い作物を改良してやる方がいいだろう。そう考えての選定だった。

とはいえ、すべてが環境に適しているわけではないので改良は必須だ。ブドウなんかは水はけの良さが必要になるし、その辺りはきちんと調整する必要があるだろう。

あと個人的な事情を加えるとすれば、それらの食材が一番扱い慣れているからだったりする。

小麦とジャガイモは救荒作物的なところがあるので一番研究していたし、ブドウはとびっきり美味しいものをメルシアにプレゼントするために鬼のように研究したからね。扱い慣れたものであれば、新しい環境にも適合させやすいと思った。

「理解いたしました」

事情を説明すると、メルシアは納得したように頷いた。

「では、素材の下処理をしていきます」

「お願いするよ」

メルシアがウチワサボテンや炸裂ニードルを手にすると、タワシで擦って棘を回収しはじめた。

そんなメルシアの作業を横目に俺は砂牛、ガゼル、砂蜥蜴などの砂漠で出会った魔物や動物の解剖作業をし、それぞれの身体の仕組みなどを確認していく。

「うん、やっぱり面白い仕組みをしているなぁ」

「そうなのですか?」

「この砂牛の背中には不自然なほどに膨らんだコブがあるでしょ? そこにはたくさんの脂肪が詰まっていてエネルギー源としているだけでなく、体温調整をする役割も担っているみたいだ」

他にもガゼルは尿を排出するに当たって、水分が含まれた尿を排出するのではなく、尿を濃縮して尿酸の塊へと変えて排出し、水分は一切体の外に出さない仕組みをしている。

これによって摂取した食べ物に含まれる微量な水分を無駄なく摂取しているのだろう。

砂蜥蜴の体表には円錐形の小さな刺が生えている。これは外敵から身を守るためだけでなく、結露によって生じた水滴を集め、口へ水が流れるような仕組みになっているようだ。

「厳しい環境の中で生きているだけあって、皆様々な進化をしているのですね」

「うん。そのお陰で他の土地で生きている動植物や魔物よりも遥かに因子が強いよ。これらの因子を抽出し、作物に上手く掛け合わせることができれば、ここで育てるのも不可能じゃないはずさ」

「ええ、イサギ様ならばきっとできます」

俺たちはラオス砂漠の新しい素材を間に夢中になって研究を進めるのだった。





「イサギ! 言われた通り、他の素材も採取してきたわよ!」

工房に夕日が差し込み、気温が下がってきた頃合い。

砂漠の採取を終えたらしい、レギナとティーゼが扉を開けて入ってきた。

「ありがとう。空いているテーブルに置いてくれると助かるよ」

「わかったわ」

指示をすると、レギナとティーゼが外からたくさんの素材を運び込んでくる。

見たこともない魔物の素材や植物の素材がいっぱいだ。朝、昼の時間を使ってかなりの素材を採取したつもりだったが、広大なラオス砂漠にはまだまだたくさんの素材があるようだ。

「……というか、かなり数が多いね? どうやって狩ったの?」

ドンドンと魔物を中心とした素材が運び込まれていく。

広めに作ったはずの作業場が素材だけで埋まってしまいそうだ。どんな狩りのやり方をすれば、これほどの数の魔物を狩れるというのか。

「移動と索敵は全部ティーゼにやってもらって片っ端から魔物を狩っていったわ」

「……かなりのハイペースで私は付いていくので精一杯でした」

「お疲れ様です」

胸を張って答えるレギナとどこか引き()った笑みを漏らしながらのティーゼ。

軽く話を聞いただけで中々に無茶な狩りをしているとわかった。それに付き合わされるティーゼが一番大変だろうな。

「ねえ、イサギ。この植物が何かわかる?」

レギナがテーブルの上にある素材の一つを手にして聞いてきた。

黄色い楕円形をした木の実。片手ほどの大きさがあり、木の実にしてはやや大振りだ。

「木の実っぽいんだけど殻が硬いのよね」

レギナが拳を当てると、黄色い木の実はコンコンという音を立てた。

皮というより、硬質な殻のようなものに覆われているようだ。

「私も初めて見るものでわからなく、イサギさんであれば何かわかると思いまして……」

ティーゼが初めて見る素材って一体どれほど遠い場所まで探索してきたのやら。

少し呆れを抱きつつも、新しい素材に興味を示した俺は木の実を調べてみる。

「これはカカオというそうです。殻の中に豆が入っており、加工することで独特な甘味が出来上がるそうです」

具体的に何ができるのかまではわからないが、錬金術師として素材の構造を読み取った上でそう判断ができる。これは紛れもなく食料だ。

「へー、これって食べられるんだ!」

「これは大きなお手柄だよ。よく見つけてきてくれたね」

「そ、そう? 力になれたなら嬉しいわ」

現状、ナツメヤシ以外にこの地に自生していて育てられそうな植物はなかったが、カカオが加わることによって栽培できる可能性の高い作物が一つ増えたことになる。

「このカカオというのは、どのように加工すれば食べられるのでしょう!?」

「すみません。すぐにはわかりません。品種改良と並行しながら調べさせてください」

「そうですよね。すみません。新しい食材が増えたことが嬉しくてつい……」

「ティーゼは甘いものに目がないものね」

「確かにデーツもせっせと集めていましたし」

「お二人ともからかわないでください!」

ティーゼの拗ねたような顔を見て、俺たちは笑った。

「さて、少し休憩したらあたしたちはもう一度採取ね」

「休憩したら採取って、これからもう夜になりますよ?」

ラオス砂漠の夜は日中の暑さが幻なのではないかと思うほどに冷え込む。その上、夜は魔物が活性化する時間帯だ。そんな時に採取に出るなどリスクが大きすぎる。

「だからですよ。夜になると昼とはまた違った動物や魔物が姿を現しますから」

「あたしたちは品種改良を手伝うことはできないんだもの。やれることは全部やっておかないとね。良質な作物を育てるためにもサンプルは少しでも多い方がいいでしょ?」

心配する気持ちはあるが、二人にそこまでの覚悟があるのであれば止めるのは野暮だろう。

代わりに俺は感謝の言葉を述べて、マジックバッグから取り出した瓶を渡す。

「よかったらこれを持っていって」

「これは?」

「ホットポーションだよ。飲むと身体の中からじんわりと温かくなるよ」

俺が錬金術で使ったポーションだ。ショウガ、唐辛子、アカラの実などを調整し、体温を引き上げる効果がある。これを飲めば極寒の砂漠でも昼間のように動き回ることができるだろう。

「ありがとう。助かるわ」

「ありがとうございます」

「無理だけはしないように」

ホットポーションを手にして工房の外に出ていくレギナとティーゼを見送る。

「さて、俺たちも頑張りますか」

「はい!」

俺の呟きにメルシアが元気よく応えてくれた。

レギナとティーゼの頑張りに負けないようにしないと。