「これで生活感が出てきましたね」
室内を見回したメルシアが、満足感のこもった表情で呟いた。
大きなダイニングテーブルが鎮座し、四つのイスが並んでいる。
リビングには若草色のカーペットが敷かれ、その上には大きなソファーとクッションが。
台所にはたくさんの調理器具が並び、設置された食器棚の中には用と多彩な食器が収納されていた。
小さなテーブルやイスしかなかった寂しいリビングが、一瞬にして生活感のあるものに変化した。
「すごいや! メルシアのお陰で家らしくなったよ!」
「ですね。あとは壁が寂しいので何か飾りたいのと、テーブルの上に花瓶でも起きたいところです」
俺としては既に満足できる出来栄えなのだが、メルシア的にはまだ納得できてはいないらしい。
「まあ、やってきて初日ですし、足りないものはおいおい追加していきましょう」
「そうだね」
家を一から作り直し、ある程度の内装が整った。
一日目の成果としては十分だろう。
ホッと一息つくと俺のお腹がぐーっと音を立てた。
「夕食にいたしましょうか。母から料理を貰ってきたのですぐに召し上がれますよ」
クスリと笑いながらメルシアがマジックバッグから鍋を取り出した。
実家に戻った際に、シエナが持たせてくれたのだろう。長旅を終えて疲れていたので、その気遣いがとても嬉しかった。
「ありがとう。早速、食べさせてもらうよ」
すぐに食べられると聞いて、俺はソファーからすぐにダイニングスペースへ移動。
テーブルを形状変化させて簡易鍋敷きを作り上げると、メルシアがその上に鍋を置いた。
蓋が開くと、白い湯気が上昇した。
覗き込んでみると、山菜とキノコのミルクスープが入っている。
「うわあ! ミルクスープか! いいね!」
「質素なものですみません」
「そんなことないよ。とても美味しそうだし、こういうのが食べたかったんだ」
マジックバッグのお陰で立ち寄った街で屋台料理を買って自由に食べていたが、そういった場所での料理は揚げ物や味付けの濃いものが多い。
落ち着いた場所にやってきたからには、落ち着いた料理が食べたかった。
だから、シエナがくれたミルクスープは今の俺にぴったしの料理だった。
「ありがとうございます」
「取り皿を取ってくるよ」
食器棚から食器類を持ってくると、メルシアがお玉でよそってくれる。
その間に俺はマジックバッグから付け合わせのパンを取り出した。
これで夕食の用意は完成だ。
「それじゃあ、食べようか」
「どうぞ。お召し上がりください」
俺が席について言うが、メルシアは何故か隣に立ったままだった。
「え? 一緒に食べないの?」
「……よろしいのですか?」
「ここはもう城内じゃないし、誰も文句は言われないさ」
宮廷錬金術師として働いていた頃は、メルシアが料理を作って持ってきてくれることがほとんどで一緒に食べることはなかった。
それに城内では血筋や立場というものが重要視されているので、宮廷錬金術師とメイドが同じ食卓につくなどあり得ないという風潮があったのも大きい。
でも、仕事を辞めて、帝国から去ってしまった今の俺たちにそんなものは関係ない。
「メルシアも一緒に食べよう」
「ありがとうございます、イサギ様。ご一緒させていただきます」
もう一度誘ってみると、メルシアは嬉しそうに頷いて向かい側のイスに座った。
「メルシアが対面に座っていると、なんだか新鮮だ」
「私も同じ気持ちです。なんだか隣に立っていないと落ち着かない気持ちもあります」
「さすがにそれは抑えて」
「はい。イサギ様と一緒に食事ができるのですから抑えます」
ややソワソワとしていて落ち着かない様子のメルシアだが、それ以上に食事をしたい気持ちがあるようだ。嬉しい。
「それじゃあ、改めて食べようか」
「はい!」
メルシアの準備が整ったところで、俺たちは食事にとりかかる。
取り皿に盛り付けられたミルクスープには見たことのない葉野菜やキノコ、細かくカットされたベーコンなどが入っている。
匙ですくい上げて口に運ぶと、ミルクの甘みを帯びたスープが口内を満たした。
「うん、美味しい!」
素直な感想を述べると、メルシアが少しホッとしたように笑みを浮かべた。
「この葉野菜は見たことがないけど、なんていう食材?」
「キルクク草といって、この辺りの森でよく生えている野草です」
ほうれん草のような味だが、茎にしゃっきりとした食感が残っており食べると面白い。
葉っぱの部分はしっかりと煮込まれているお陰でとても柔らかかった。
煮込んでも炒めても美味しい食材らしいので、この村では重宝されている野草のようだ。
キノコは旨みをたっぷりと吸い込んでおり、歯を立てると豊かな旨みと共に甘さを感じられた。時折、ベーコンの味が感じられ、優しいミルクの味と肉の塩っけが非常に合っている。
付け合わせのパンは保存用の硬パンではあるが、温かいミルクスープに浸せば柔らかくなって食べやすい。
ミルクの甘みと野菜の旨みをたっぷりと吸い込んだパンは、それだけでご馳走だ。
「ふう、お腹いっぱいだよ」
「お口に合ったようでなによりです」
そうやって夢中になって食べ進め、お代わりを三杯したところでお腹が膨れた。
やっぱり日常的に食べるなら、こういった家庭的な料理がいいや。
「お皿を洗いますね」
「いや、後片づけは自分でするよ。そろそろ日が暮れるし、メルシアはお家に戻った方がいいよ」
窓の外は茜色に染まっている。
いくら地元とはいっても、夜遅くにメルシアを帰すわけにはいかない。
それにメルシアも久しぶりに故郷に帰省したんだ。
ご両親もゆっくりと彼女とお話したいだろう。早めに帰してあげる方がいい。
「いえ、私は帰りません」
「え? じゃあ、ここに泊まるってこと?」
「泊まるというより、住み込みでイサギ様にお仕えするつもりです」
尋ねてみると、メルシアが俺の予想を越えることを言ってきた。
「メイドが住み込みで主にお仕えすることはおかしくありませんよ?」
「一般としてはそうだけど、ここは帝城じゃないし、俺はもう宮廷錬金術師でもなんでもないよ?」
「はい。ですので、思う存分イサギ様にお仕えすることができます」
嬉しそうに語るメルシアの言葉を聞いて、空いた口がふさがらない気分だった。
そうきたか。どうやらメルシアの意思は硬いらしい。
「でも、メルシアが寝泊まりするための部屋の準備が……」
「既に二階の空き家に荷物は運び込んでおります」
そう言われて二階に移動してみると、空き部屋にはしっかりとメルシアのベッドをはじめとする私物が運び込まれていた。
どうやら俺の渡したマジックバッグを利用して、ちゃっかりと準備を整えていたようだ。
相変わらず仕事が早い。
「……ダメでしょうか?」
メルシアが不安そうにこちらを見上げながら言う。
元々一人で住むには広いくらいだったので、メルシアが住むくらいは問題ない。
「俺としては嬉しいし助かるよ」
研究に没頭すると日常生活が疎かになる俺にとって、メルシアが住み込みで働いてくれるのは願ってもいないこと。
「本当ですか! ありがとうございます!」
「ただ、ご両親が何か言ってこないか心配なんだけど……」
具体的にはメルシアを溺愛していたケルシー。
嫁入りの誤解していた時は、すごく怖い顔をしていた。
そんな親バカな父が同年代の男と同居することを認めるだろうか?
「母の許可は貰っています」
うん、あの人はそういうところ面白がりそうだから許可する気がした。
「ケルシーさんは?」
「……そちらはおいおい何とかします」
尋ねてみると、メルシアが視線を逸らしながら言った。
「そういうわけで、お皿を洗いますね」
ジーッとした視線で見つめると、メルシアはそそくさとお皿を回収して台所に向かった。
どうやら肝心のそちらに関しては説得できていないようだ。様子からみると、ちゃんと話を通しているかも怪しいな。
「メルシア! 帰ってこい! イサギ君と同棲なんて父さんは認めんぞ!」
大丈夫なんだろうか、と心配していると案の定ケルシーが家に乗り込んできたのだった。