「夕食ができました」

リビングで読書をしたり、目を瞑ったりとゆったりしていると、メルシアのそんな声が響いた。

ダイニングテーブルに移動すると、そこにはスコルピオ料理が並べられていた。

「スコルピオの唐揚げです」

「スコルピオだね」

「スコルピオだわ」

思わずそんな感想を漏らしてしまうくらいに並んでいる料理はスコルピオだった。

解体されたスコルピオの腕、脚、胴体、尻尾が茶色い衣を纏って積まれている。

通常のサソリであれば、そのまま全身を揚げればいいのだが、スコルピオは体長八十センチとかなり大きい。全身を揚げるのでは熱が通らないので、部位ごとに分けて揚げたのだろう。

唐揚げの見た目に圧倒されているとメルシアが台所から大きな鍋を持ってきた。

「こちらはスコルピオの鍋です」

蓋を開けると、ふんわりと湯気が立ち上る。

鍋にはスライスされたスコルピオの胴体が入っており、キャベツ、キノコ、ネギ、水菜などといった具材が入っていた。

「こっちは普通に鍋っぽいや」

「スコルピオって茹でると赤くなるのね! 見た目も鮮やかで綺麗だし、美味しそうだわ!」

唐揚げのインパクトに比べると、こちらは見た目が控え目だ。

熱を通されて赤くなった殻はカニやエビのようで普通に美味しそうだ。

「それじゃあ、まずは唐揚げから食べてみようか」

「え、ええ」

席につくと、それぞれが唐揚げを手にする。

俺は腕を選び、レギナは尻尾を選び、メルシアは胴体の部分を選んだようだ。

まずはこういったものに慣れている俺とメルシアが唐揚げを口に運ぶ。

パリパリッと殻を噛み砕くような食感。

「うん、美味しい」

「身はやや小さめですが、しっかりと旨みが詰まっていますね」

殻の内部には柔らかな身が詰まっており、内側からジュワッとエビのような旨みが出てくる。

噛めば噛むほど旨みが広がり、パリパリとした食感と相まって癖になる。

そんな俺たちの様子を見て、レギナが意を決したような顔になって唐揚げを口にした。

レギナは一口目を食べるとカッと目を見開き、レギナはすぐに二口目、三口目と唐揚げに齧り付いていく。

「レギナ様、お味はいかがでしょう?」

「予想以上だわ! まさか、スコルピオがこんなに美味しいとは思わなかったわ!」

おずおずとメルシアが尋ねると、レギナは驚きと興奮の入り混じった顔で答えた。

「帝国でもサソリは食べたことがありますが、スコルピオはそれ以上の美味しさですね」

「動物か魔物かって違いもあるだろうけど、過酷な環境に身を置いているからだろうね」

動植物の中には栄養源が摂取できなくなると、僅かな栄養を体内に溜めたり、自らの体内で作り出す個体もいる。それと同じ原理でスコルピオの身には旨みが詰まっているのだろう。

なんて考察はほどほどにして俺は腕以外の部分も食べてみる。

胴体の部分は腕に比べると殻と身が少し柔らかい。胴体はしなやかな動きを求められるので筋肉のつき方が違うせいだろう。

単純な旨みでは腕にやや劣るが、内臓などの苦みもあって腕とは違った美味しさがあると思った。

尻尾は殻がパリパリとしていて、他の部位と比べると一番食感としての楽しさがある。

腕や胴体に比べると、身が少ないものの凝縮された甘みがあった。

どの部位にも美味しさに違いがあって面白いものだ。

「お次は鍋といきますか」

茶碗を用意すると、メルシアがそれぞれ取り分けてくれる。

「殻は取ってお召し上がりください」

「ありがとう」

熱を通して身が少し縮んでいるからだろうか。スコルピオの身は殻からあっさりと外れた。

ぷっくらとしたピンク色の身を食べてみる。

「柔らかくて美味しい!」

「唐揚げとはまた違った上品な味ね!」

「なによりもスープがいいね」

「ええ、このスープが本当に美味しいのよ」

ほんのりと甘く、それでいてスコルピオの旨みもしっかりとある。それらをキャベツ、キノコ、ネギ、水菜などの具材がたっぷりと吸い込んでいる。

さっきの唐揚げが豪快な旨さだとすると、こちらは上品な美味しさといえるだろう。

飲むとホッと息を吐きたくなるような優しい味がいい。

「味付けはスコルピオから取った出汁を使用しており、そこに少しのハーブや調味料を加えただけですよ」

メルシアはなんてことがないように言っているが、その少しの味付けが難しいのだと俺は思う。

そうやって和気藹々(あいあい)と話しながら食事を進めると、あっという間にスコルピオ料理はなくなった。

「まさかスコルピオがこんなにも美味しいとは思わなかったわ」

「お口に合ったようでなによりです」

「調理してくれてありがとうね、メルシア」

「どういたしまして」

お礼の言葉を言うと、メルシアが嬉しそうに微笑んだ。

いくら食べられるとはわかっていても、初めての食材をこれだけ美味しく仕上げられるのはメルシアの技量があってこそ。

俺とレギナじゃ、絶対にこんなに美味しい料理はできないだろうな。

「ラオス砂漠の夜をこんなにも快適に過ごしているなんて父さんも思わないでしょうね」

「帰って話したらライオネルも驚くかな?」

「ええ。きっと驚くこと間違いないわ。次は俺も同行するなんて言い出しかねないかも」

「さすがにそれは遠慮したいかな」

俺は錬金術師であり、本業は研究だ。今回のような過酷な実地研究はできれば、ほどほどなくらいにしたいものだ。





朝日が昇ると同時に出発し、日が落ちる頃には拠点を設営して身体を休める。

そんな風にレギナの案内でラオス砂漠を三日ほど進むと、一面の砂景色から徐々に岩場やサボテンなどの植物が増えていき、さらに進んでいくと大きな湖が視界に飛び込んだ。

「ここは?」

「オアシスよ!」

ゴーレム馬から降りたレギナが凝り固まった筋肉をほぐすように伸びをした。

俺とメルシアもゴーレム馬から降り、初めてのオアシスを観察する。

オアシスの周りには木や植物が生えており、砂漠の動物たちが水面に顔を突っ込んでいた。

砂漠とは思えないほどに長閑な光景だ。

「久しぶりに砂と岩とサボテン以外の景色を見た気がする」

「色彩が豊かというのは素晴らしいですね」

ここにくるまでずっと同じような景色だったので、青や緑といった色彩を見ることができて嬉しい。

人間、同じような景色ばかりを見ていると心が摩耗するものだと思う。

深呼吸をすると乾いた空気の中、僅かに湿った空気が混じっている。

オアシスの水を手ですくってみると、冷たい上に透き通っていて綺麗だった。

そのまま顔を洗ってみると冷たくて気持ちがいい。火照った身体から熱が吸収されていくようだ。

「イサギ様、タオルです」

「あ、ありがとう」

突発的な行動だったのに準備が早い。

俺がオアシスの水で顔を洗うという行動は読まれていたのだろうか。

などと思いながらメルシアに手渡されたタオルで水気を拭った。

「普通だったら一目散に水を補給するところなんだけどね」

俺たちが呑気に顔を洗っているのを見て、レギナが苦笑した。

普通なら我慢に我慢を重ねて水を節約するので、オアシスを目にした途端に水をたくさん飲んだり、補給するだろうな。

しかし、俺たちにはマジックバッグがある。水をけちることなく摂取しながら進んでいるために特別に喉が渇いているなどということはなかった。

「マジックバッグがあるから心配は無用だね。水だけならこのままでも数年は生活できるよ」

「マジックバッグって本当に便利だわ」

特に水は生命線とあってか、マジックバッグの中で大量に保管している。

さらに水の魔道具や魔法という補助も加えれば、数年は水の心配がないと言えるだろう。

マジックバッグさまさまだ。