中心部にある村長の家から東に移動すること二十分。

俺とメルシアはあてがわれた空き家の前で立ち尽くしていた。

目の前に立っているのは一階建ての木造建築。

造り自体は他の村人とほとんど代わりないが、屋根の一部分が剥がれている。

壁にいくつもの穴が空いており、伸び放題の雑草や蔦が絡みついていた。

はっきり言ってボロ家だ。住めないこともないが、進んで住みたい環境かと言われると否だろう。

「……これは思っていた以上に年季が入っているね」

ケルシーとシエナがやけに申し訳なさそうにしていると思ったら、そういうことだったのか。

ふと視線を隣にやると、メルシアは怒りで身体を震わせていた。

「イサギ様をこんなボロ家で生活させようとするなんて許せません。ちょっと父に文句を言ってきます!」

「別にいいよメルシア」

「ですが、このような生活できるかも怪しいような家はイサギ様に相応しくありません」

「住みにくいんだったら作り変えればいいんだよ。それが錬金術師ってものさ」

「イサギ様がそうおっしゃるのであれば……」

俺がきっぱりと告げると、メルシアは気持ちを抑えてくれた。

「それに自分の力で家を作ってみるって夢の一つだったんだ」

宮廷錬金術師とはいえ、帝城では何かと制約が多かった。特に俺は孤児院出身の平民ということもあって、何かと目をつけられていたので尚更だ。

でも、ここではそんな風に俺を押さえつける人や、うるさく言ってくる人もいない。

だったら、俺の錬金術で理想の家を作ってやろうじゃないか。

「まずは一旦家をバラしちゃおう」

素材が良質であれば、そのまま利用して作り変えることができるのだが、ここまで劣化していると再利用は不可能だからね。

俺はボロ家に近づいて手で触れた。

魔力を流して重要な支柱を変質させると、支えがなくなってしまいひとりでに家は崩壊した。

錬金術を使えば、こういった解体工事もお手のものだ。

「解体した木材は私が退けておきます」

「お願いするよ」

解体した木材をメルシアは軽々と持ち上げて端に置いていってくれる。

摩耗しているとはいえ、民家に使用していた木材だ。

かなりの重さがあるはずだが、メルシアにとっては大して重い物ではないようだ。

「じゃあ、俺は雑草の除去をしようかな」

中途半端に木材の撤去を手伝うよりも別の作業を選択。

このまま家を建てるには、周囲にある雑草があまりにも邪魔だ。

除草しておかないと次々と生えてくる雑草や蔦なんかに悩まされる恐れがある。

そうなる前に対処しておくのが賢明だ。

こんな時に役立つのが錬金術で作った液体除草剤だ。

元々薬屋で販売されていたものを買い、錬金術で成分を変質させることによって、除草成分や即効性を大幅に強化したハイブリッド除草剤。

俺は除草剤の入った瓶の蓋を開けて、まき散らす。

すると、周囲に生えていた雑草が茶色く変色し、スーッと音を立てて枯れた。

俺が除草している間にメルシアも廃木材を片付けてくれたようで、民家の周りは綺麗な更地になっていた。

「よし、それじゃあ家を建てよう」

錬金術で家を作るのは俺の夢の一つだ。帝都にいた頃から何度も脳内で妄想していた。

既に理想の家の設計図は頭の中でできている。

後はそれを実行するだけだ。

俺はマジックバッグから建築に必要な木材を取り出す。

勿論、これはただの木材ではない。

トレントと呼ばれる植物型の魔物の素材、トレント木材だ。

トレント木材は魔力を通すことで耐久性が高くなる。普通の木材よりも割れや反りが起こりにくく、非常に便利な素材だ。

それを錬金術で意のままに変形。

土台を作り上げると、浮遊魔法のレピテーションを使ってトレント木材をドンドンと積み上げる。

ひたすらにそれを繰り返すと小一時間。

「よし、家の完成だ!」

気が付けば、俺の目の前には立派な二階建ての家ができていた。

作っていくうちに色々な案が湧いてきて、作っては修正を繰り返していたので時間がかかってしまった。

扉を開けると、ゆったりとした玄関がお出迎え。

トレント木材の優しい香りに包まれる。

「なんだかうちの玄関と似ていますね?」

「内靴で過ごすのが心地よかったから取り入れることにしたんだ。メルシアの家の玄関を参考にさせてもらったよ」

「なるほど」

帝国の文化であれば室内でも外靴のまま過ごすので、玄関にゆとりを持たせる必要はない。

だけど、内靴で過ごす文化を取り入れたので、靴の履き替えをするためにしっかりとスペースを取った方がいいと思ったのだ。

廊下を進んでいくと広いリビングとダイニングスペースがある。

「とても素敵な内装ですね」

「ちょっと張り切り過ぎちゃったよ」

「イサギ様がどのように過ごしたいのか伝わってきます」

リビングを歩き回りながらメルシアが微笑む。

幼い頃からの妄想が詰まっているだけに少し恥ずかしい。

一人で悠々と暮らすことを考えると、少し広過ぎるかもしれないが、客人を招いて過ごすことを考えればちょうどいい塩梅だと思う。

ダイニングスペースの奥には台所があり、ゆったりと料理が作れるようになっている。

ただでさえ自炊しないのに台所が狭いと余計にやる気が削がれるからね。

さらに奥には応接室、浴場、脱衣所、洗面室、トイレ、簡易工房などが設置されている。

二階には自分の寝室や、来客用の寝室などを用意しており、残りは書庫や素材を保管するための倉庫で占められている。

ところどころ空き部屋もあるが、実際に生活をする上で埋まることだろう。

錬金術を行うための簡易工房を作ってあるが、そこではちょっとした素材の加工や変質をさせるためだけのスペースだ。本格的な作業場については後日じっくりと作ることにする。

「とりあえず、一休みしようかな。家具を設置したいから手伝ってくれる?」

「お任せください」

帝城で使っていたベッド、ソファー、イス、テーブルなどをマジックバッグから取り出すと、それらを設置していく。

「こうやって見ると、帝城に住んでいた頃の俺って全然家具を持っていなかったんだな」

「あのような倉庫に押し込まれれば、仕方のないことかと」

宮廷錬金術師には城内に部屋は勿論、工房だって与えられる。

しかし、ガリウスをはじめとする城務めの貴族に疎まれていたせいか、俺に与えられたのは古びた倉庫だった。

僅かなスペースを有効活用するために、結果として俺の持っている家具は最低限の物だけだった。

「足りない物は私が実家から――」

メルシアが言葉を発していたが、途中で耳がピクリと動いて玄関に向かった。

後ろからついていくと、扉を開けた先には呆けた顔をしたシエナが立っていた。

「ねえ、メルシア。この村にこんな立派な家ってあった!?」

「イサギ様が錬金術で住みやすいように作り変えました」

「すみません。勝手に改装しちゃって」

「それはまったくいいの。でも、錬金術を使うと、こんな短時間でリフォームできるものなの!?」

「イサギ様だからこそできるのです」

「……うちもリフォームしてもらおうかしら?」

誇らしげに語るメルシアの言葉を聞いて、シエナは神妙な顔でうなっていた。

できないこともないが、今はそれよりも農業を優先したいので落ち着いたらということで。

「急に押しかけちゃってごめんね。すぐに生活できるようにお掃除でも手伝おうと思ったのだけど、これなら必要はなさそうね」

苦笑するシエナの手にはカバンがあり、いくつもの掃除道具が見えていた。

どうやら俺たちがスムーズに生活できるように手伝いにきてくれたらしい。

「いえ、お気持ちだけで十分に嬉しいですよ」

結果として掃除の必要はなくなったが、こういった時に手助けしてくれる人がいるというだけで嬉しい。

帝都にいた頃はメルシア以外に誰も助けてくれる人はいなかったからね。

「ねえ、ちょっと家を見せてもらってもいい?」

「どうぞ」

自分の家に誰かを招くというのは、家を作ったらやってみたかったことの一つだ。

錬金術師として作り変えた家を、第三者がどう思ってくれるかも気になる。

「わー! すごいわ! とっても素敵じゃない!」

リビングにやってくるなりシエナは目を輝かせながら言った。

「特に台所が広いのがいいわね! でも、戸棚がこの高さだと、メルシアちゃんが使うにはしんどいかしら?」

「メルシア、ちょっと手を伸ばしてくれるかい?」

「……背伸びをすれば届きます」

「もう少し位置を低くするよ」

魔力で変形させて食器棚の位置を下げてみる。

「これなら私でも楽に収納できそうです」

「よかった」

今度は背伸びをする必要もないようだ。

俺だけが使うのであれば元のままでも問題ないが、台所はメルシアも使って料理を作ってくれる可能性が高い。

メルシアの方が使う頻度は高いだろうから、彼女に合わせておくのが得策だろう。

「他に気になるところはある?」

尋ねてみると、メルシアとシエナが台所を動き回る。

まな板を置いて包丁を構えてみたり、二人で通路をすれ違ってみたり。

「うん、他は問題ないんじゃない? 器具さえそろえば、うちの台所よりも立派よ」

「はい。今のところ問題なさそうです」

「なら良かった」

使い心地が悪かったのは戸棚だけで、他は問題ないようだ。

「貴重なご意見ありがとうございます」

「いえいえ」

こういった細かい点で至らないのは俺が料理をしないからだろう。

これからはもうちょっと料理をしてみようかな。

「母さん、使わない家具や生活道具があれば、こちらに運び込んでもいいですか?」

「いいわよ。使っていないお皿なんかがあるから持っていっちゃって」

「俺も手伝おうか?」

「いえ、イサギ様は旅でお疲れでしょうし、ゆっくりしていてください」

俺も付いていこうとしたが、メルシアにやんわりと止められた。

どうやら俺が疲れていることはお見通しみたいだ。

「なら、マジックバッグを使うといいよ」

「ありがとうございます。助かります」

マジックバッグさえあれば、どんなに大きなものや重いものでも楽に持ち運びできる。

これさえあれば、人手はほとんどいらない。

マジックバッグを渡すと、俺はメルシアとシエナを見送り、ソファーで一休みすることにした。