ケビンに連れられて謁見室に入る。

視線の先にある玉座には、獣王であるライオネルが座っていた。

先ほど出会った時の肌の露出の多い服装とは違い、かっちりとした正装に身を包んでいる。

衣装には装飾が施されており、頭には王冠が載っていた。

俺とメルシアを見ても気安い笑みを浮かべることはせず、王として相応しい凛々しい表情を浮かべている。

公私の差が激しくて笑ってしまいそうになるが、謁見室には大勢の兵士が並んでおり厳粛な空気に包まれている。さすがにライオネルを見て、噴き出すようなことは絶対にできないな。

笑わないようにライオネルから視線を外して、カーペットの上を歩くことに集中する。

言葉を交わすのに程よい距離まで到達すると、俺とメルシアは敬意を表すかのように片膝をついて目線を下にした。

「表を上げよ。そなたたちは私が招いた客人だ。そのようにかしこまる必要はない」

「ありがとうございます」

素直に受け止めて立ち上がるべきか迷ったが、メルシアが立ち上がる様子がなかったので視線を元の位置に戻すにとどめた。

「遠いところをよく来てくれた。私の自己紹介は不要だろうが、本日は妻も同席をしている故に、まずは紹介をさせてくれ」

「ぜひに」

「はじめまして、獣王ライオネルの妻のクレイナといいます」

紅色の長い髪をアップでまとめており、豪奢なドレスに身を包んでいる。

頭頂部にはライオネルと同じ虎の耳が生えており、胸元には大きく生地を押し上げるほどに豊かな実りがあった。優しげな瞳も相まってどこか母性を感じさせる王妃だ。

「プルメニア村より参りました錬金術師のイサギです」

「イサギ様の身の回りのお世話や、助手をしておりますメルシアと申します」

「獣王国での生活が短いせいか不作法があるかもしれませんが、どうかご容赦をください」

道中、メルシアとコニアから一通りの作法は教わっているが、付け焼刃ではどうしてもボロが出てしまう。申し訳ないが、そこは目こぼしをしてもらうしかない。

「さて、イサギを呼び出したのは手紙にも記した通り、()(きん)の件での礼を告げたかったからだ。イサギが作ってくれた作物は獣王国の各地で瞬く間に成長し、食料に苦しむ民の命を救った。獣王として、数多くの民を救ってくれたことに深く感謝する」

ライオネルだけでなく、クレイナも深く頭を下げた。

公式の場で王と王妃が頭を下げたことに俺は慌てる。

「頭をお上げください。獣王様と王妃様が私などに頭を下げるなど……」

「それくらいのことをイサギはやってくれたのだ。今回の飢饉、我らの力ではどうあってもすべての民を救うことはできなかったからな」

そう述べるライオネルの表情からは忸怩(じくじ)たる思いが滲み出ていた。

民を思うライオネルだからこそ、自分の力で何とかしたいと思っていたのだろう。

王と王妃が頭を下げてまで感謝してくれたのだ。あまり謙遜しては逆に失礼になるだろう。

俺はこれ以上の謙遜はやめ、素直に受け止めることにした。

「ありがとうございます。身に余る評価を頂けて光栄です」

「民を救ってくれたイサギには感謝の証として褒美を与えたい。ぜひとも受け取ってくれ」

ライオネルが指を鳴らすと、後ろの扉から獣人たちが大きな包みを抱えて入ってくる。

獣人たちは俺たちの目の前までやってくると、大きな包みを一斉に広げた。

包みの中には大量の金貨だけでなく、金、銀、銅をはじめとする宝石類や、マナタイトなどの特殊鉱石類などがあり、他には獣王国にある稀少な素材らしきものや、武具の類が収められていた。

「こんなにも受け取ってもよろしいのでしょうか?」

「感謝の証だ。ぜひ受け取ってくれ」

これだけの資金があれば、ワンダフル商会に頼んで良質な魔石や素材を集めてもらうことができそうだ。農作業用のゴーレムを改良したり、魔道具を改良したり、資金と素材が不足していたために手を出すことができなかったものが色々と作れそうだ。

などと考えていると、傍からすすり泣きのようなものが聞こえた。

視線をやると、隣にいるメルシアが涙を流していた。

「メルシア、どうして泣いてるんだい?」

「それは嬉しいからです」

「嬉しい?」

「私はイサギ様の素晴らしさをわかっておりますが、帝国にいた時は誰もがそれに気付かず歯がゆい思いをしておりました。ですから、私はイサギ様が正しく評価される姿を見ることができて嬉しいのです」

メルシアの言葉が(おお)袈裟(げさ)とは言えないくらいに帝国では階級や人種による差別、不正が横行していた。上の者の責任は下の者が取り、下の者の成功は上の者が取り上げる。それが当たり前だった。

幼少期からそんな環境で過ごしていた俺は慣れていたが、メルシアはずっと納得がいっていなかったのだろう。

「そうだね。こんなのは帝国じゃあり得なかったことだよ。だから、ここに連れてきてくれたメルシアには感謝してるさ」

俺の心からの言葉にメルシアは嬉しそうに笑みを浮かべるのであった。





「よし! これで堅苦しい公務は終わりだな!」

ライオネルから貰った報酬をマジックバッグに収納し終わると、彼は途端に王冠を外し、正装のボタンを二つほど開けて、玉座に深く腰かけてリラックスし始めた。

「……あなた」

「もういいだろう? イサギたちとは知らぬ仲ではないのだ。ここからの話は自然体でやった方がいい」

クレイナが(たしな)めるも、ライオネルは(うっ)(とう)しそうにローブを脱いで控えている兵士に投げ渡していた。威厳を戻すつもりがないことを悟り、クレイナとケビンが深くため息を吐いた。

いつものことなのだろう。謁見室に整列している兵士たちも、しょうがないといった風に苦笑していた。

「イサギとメルシアも、いつも通りにしてくれて構わないぞ」

「とか言いつつ、気安い言葉をかけた瞬間に首を飛ばすようなことはございませんよね?」

「なんだそれは? 鬼畜の所業ではないか」

「帝国の一部の貴族にはそういう行いをする者がいましたので」

帝国貴族にはいるんだ。平民にも優しく寛大なフリをして、相手が油断し、大きな不敬を働いたところで首をはねるという奴が。

「ええい、この俺がそんなみみっちい真似をするか!」

「ですよね」

これは冗談だ。おおらかで器の大きいライオネルがそんなことをするはずがない。

まあ、帝国貴族の話は冗談じゃないのが怖いところだが。

「しかし、こちらにたどり着くのがかなり早かったな! こちらにたどり着くのに、少なくともあと十日はかかると思っていたが、一体どうやって時間を縮めたのだ?」

玉座の上で胡坐(あぐら)をかいて前のめりで尋ねてくるライオネル。

ソワソワといた様子からずっと気になっていたんだろう。

「ゴーレム馬? あれはそこまで走れる乗り物だったか?」

ライオネルは一度農園にやってきて、ゴーレム馬を体験している。

「長距離移動用に改良したものを使いました」

「そんなものがあるのか!? 欲しいぞ、イサギ!」

「ライオネル様のために、ご用意していますよ」

「本当か!?」

ライオネルなら欲しがると思っていたので、特別なゴーレムを用意していたりする。

ライオネルから爛々(らんらん)とした視線を向けられる中、俺はマジックバッグからゴーレムを取り出した。

それは道中に稼働させたゴーレム馬とは違い、獅子を模したゴーレムだ。

「おお! 気高き獅子ではないか! 獣王である、この俺に相応しい! これもゴーレム馬と同じように走るのか!?」

「走れます。ゴーレム馬よりもやや魔石の消耗が激しいのは難点ですが、ゴーレム馬よりも遥かに馬力が高いです」

ちょっとしたデメリットを告げるがライオネルはまったく気にした様子がない。それどころか嬉しそうに獅子ゴーレムに跨っている。そのはしゃぎっぷりは新しい玩具を貰った子供のようだ。

「あなた、さすがに謁見室で乗り回すのはおやめになってくださいね?」

「……あ、ああ、わかってる」

渋々といった様子で獅子ゴーレムを降りていることから、クレイナに注意されなければ間違いなくすぐに乗り回していただろうな。

「ちなみにクレイナ様にもお土産をご用意していますよ」

「なにかしら?」

さすがにライオネルだけにお土産を渡して、王妃には何もありませんというのも失礼だしな。

クレイナが嬉しそうに顔をほころばせる中、俺はマジックバッグからいくつもの木箱を取り出した。

メルシアと共に木箱の蓋を開けると、そこには農園で作ったイチゴ、リンゴ、バナナ、モモ、スイカ、オレンジなどの果物が入っている。

「果物!」

「うちの農園で作ったものです。マジックバッグで保存していたので、穫れたてといっても過言ではありません」

「早速、召し上がりましょう!」

「おい、そっちはいいのか?」

クレイナの言葉に、ライオネルが抗議する。

「あなたは一度夢中になると止まらないじゃありませんか。文句があるならあなたは食べなくて結構ですよ? これは私へのお土産ですから」

クレイナがそう言い放つと、ライオネルはすぐに黙り込んだ。

文句はないから自分も果物を食べたいという意思表明だろう。

さすがは王妃だ。ライオネルの扱いをわかっているな。

クレイナの命により、獣人兵士が木箱からそれぞれの果物を手に取った。それからじっくりと果物を観察し、スンスンと鼻を鳴らして匂いを嗅ぐ。

なんとも緩い試食会ではあるが、一応は王と王妃が口に入れるもの。何か異常がないか念入りに確認しているのだろう。

やがて問題ないことが確認されると、兵士が腰からナイフを抜いてリンゴの皮を綺麗に剥き始めた。リンゴの皮が剥けると、最後の毒見として一人の兵士がリンゴを口に入れた。

「うまっ!」

「おい、毒見役が口にしたものをいきなり呑み込んでどうすんだよ」

通常、この手のものは毒がないか舌で確認したり、しっかりと()(しゃく)して確かめるものだ。

それなのに普通に食事するかのように食べてしまえば、同僚に突っ込まれるのも無理はない。

「もう毒見は十分だろう。早く皿に盛り付けてこちらに持ってこい」

ライオネルに催促されると兵士たちは慌てて毒見を済ませ、皮を剥いたリンゴをお皿に盛り付けた。

運ばせたお皿を受け取ると、クレイナとライオネルがフォークで口へ運んだ。

シャクリとリンゴを咀嚼する音が謁見室に響く。

リンゴを口いっぱいに放り込むライオネルと、一口一口噛みしめるように食べるクレイナの食べ方が対照的で面白い。

「相変わらず、イサギの農園で育てた果物は美味いな!」

「ええ、本当に美味しいです」

「ありがとうございます」

ライオネルだけでなく、王妃であるクレイナの舌をも満足させることができたようでホッとした。