「さて、魔道具を作るとしようか」

俺はマジックバッグから魔道具に必要な素材や魔石を次々と取り出していく。

が、ちょうどいい魔石がないことに気付く。

大魔石や中魔石はあっても、小魔石が無かったな。

「使い勝手がいいから、つい使っちゃうんだよね」

とはいっても、マジックバッグの中に入ってないだけで、工房の素材保管庫にはある。

魔石については定期売買でワンダフル商会から仕入れているからね。

保管庫に向かうために部屋を出ると、廊下にはメルシアがいた。

「あ、ごめん」

「い、いえ、こちらこそ申し訳ありません」

まだ扉の傍にいるとは思っていなかったので謝ると、彼女も慌てたようにして一歩下がった。

そんな彼女はなぜか俺が先ほど渡した宮廷錬金術師のローブを羽織っていた。

洗濯に出したはずのものをどうして彼女が羽織っているんだろう?

「これはイサギ様のローブにほつれなどがないか確認していただけです」

「……そ、そうなんだ。わざわざありがとう」

ほつれがないか確かめるために、わざわざ自分で羽織る必要があるかと言われると疑問なのだが、冷静な口調で言われると反論はできない。

でも、やっぱり自分の汗が染みついたローブを羽織られるというのは、ちょっと恥ずかしいな。

メルシアは鼻が利くし、臭いとか思われていないか心配だ。

そんな返答が怖いので、俺は特に追及することなくそのまま保管庫に向かった。

保管庫にはきちんと仕入れたばかりの各属性の小魔石が並んでおり、それらをマジックバッグに入れた。

保管庫から廊下に戻ると、メルシアは他の洗濯物の回収にでも行ったのかいなくなっていた。

まあ、変に気にするのはやめておこう。

思考を切り替えると、俺は工房に戻って魔道具作りを開始することにした。

今回作る魔道具は三種類だ。

冷風を生み出す魔道具と、水霧を散布する魔道具、それとコクロウたち用の小型送風機である。

後者は別として、前者の二つは帝城によくある魔道具で、宮廷錬金術師時代に何個も作らされた覚えがある。そんな経験もあって設計図と睨めっこする必要もなく、息を吸うように作ることができる。

まずは冷風を生み出す魔道具だ。

プラチニウムに魔力を流して、錬金術で直方体へと加工。

簡単な土台ができると、中に氷と風の小魔石を設置する。

それぞれが魔石反発を受けないように魔力回路を繋げると、冷気と風を噴出するための管を作って上部へ繋げる。

出口となる噴出口はプラチニウムを変形させることで作った。

試しに魔力を流してみると、氷魔石から冷気が発生し、風魔石から風が発生。

冷気と風が混ざり合い、管を通って噴出口から冷風が噴射された。

「……冷たくて気持ちいい風だ」

俺の家や工房だけでなく販売所、農園カフェといった室内であれば、強い効果を発揮して快適に過ごすことができるだろう。

この冷風を浴びると帝城での生活を思い出す。

夏場ではこれが何百台と設置されていたせいで、場所によっては冬のように冷えている場所もあったっけ。

そんなことにならないように、うちでは皆の意見を聞きながらしっかりと温度管理をしよう。使い方を誤って、不便になっていては本末転倒だからね。

冷風の魔道具が出来上がると、次は水霧の魔道具だ。

プラチニウムを加工して作ったタンクの中に水魔石と風魔石を設置。

水魔石からは水源となる水を、風魔石からは噴射させるための圧力がかかるように調整。

源が完成すると、ワームの皮を錬金術で加工してチューブ状にすると、プラチニウムを加工して作ったノズルを等間隔で取り付けた。

チューブの一つ目のノズルには排水コネクターを接続しておく。

これはチューブ内で水が溜まらないようにするためのパーツだ。水源として井戸から水を汲み上げておらず、別の魔道具を接続しているわけでもないので絶対に必要ではないが、これがあるだけで定期的なメンテナンス期間を大幅に伸ばせるので俺は付けることにしている。

あとはレバーで水圧調整やノズルの開閉ができるようにし、タンクと接続してやれば完成だ。

タンクに魔力を流すと、水魔石から供給された水がチューブへと流れていく。

レバーを閉めていくと風魔石により発生した圧力が増していき、チューブ内からノズルへと勢いよく出ていく。

すると、小さく加工されたノズルの先端からは霧状の水が周囲に噴射された。

「うん、ちょうどいい霧具合! 近くにいてもほとんど濡れないしバッチリだ」

水霧の中にいるにもかかわらず、俺の衣服や室内にある家具などが湿った様子はない。

細かな水の粒子であるが故に気化しているからだ。

これにより水を噴射しているのに一切濡れることはなく、周囲を涼しくすることができる。

これが水霧の魔道具の素晴らしさだ。

家の庭で使うもよし、農園での屋外作業なんかに使うといいだろう。ややその日の気温や乾燥具合によって効果が左右する面もあるが、屋外で使いやすいのがメリットだ。

ただ気化した蒸気が室内に溜まり、湿度が高くなってしまうデメリットがある。

湿度が上がり過ぎると、内部で気化できずに水滴が付着してしまう恐れがあるので室内で使う時は適度な喚起が必須だな。

水霧の魔道具が出来上がると、次は送風の魔道具だ。

こちらは他の魔道具に比べると、造りはかなり単純だ。

プラチニウムを加工して小型の三枚の羽根を作ると、スピンナー、締め付けリングを作成し、ガードリングで覆う。それを二つ作ってしまうと、コクロウやブラックウルフたちの身体に装着できるように支柱を湾曲させてベルトを作る。

支柱の内部に動力源となる無属性魔石を設置すれば完成だ。

魔力を流すと、二つの三枚羽根が勢いよく回転して風を噴射する。

羽根の回転する音もうるさくないし、十分な涼しさを得られる。

「うん、これなら問題ないだろう」

ただ他のブラックウルフの分を考えると、かなりの数を生産しないといけない。

それが大変だけど、暑い中でも警護してくれていることの方がもっと大変だ。

ブラックウルフたちのためにも頑張って作ろう。





翌日。魔道具をすべて完成させた俺は、早朝からメルシアを伴って販売所にやってきた。

今日も日差しが強く、気温もかなり高い。

昨日の気温は太陽の気まぐれなどではなく、本格的な夏の到来を実感させるものだった。

早めに魔道具を作っておいたよかった。

「まずは入り口に設置しようか」

「はい」

マジックバッグから水霧の魔道具を取り出すと、俺とメルシアは設置作業に入る。

邪魔にならない裏口にタンクを置くと、そこからチューブを伸ばして入り口の屋根になっている上部へと設置。

こういった魔道具の設置作業は帝城でもよくやっていたので手慣れたものだ。

「よし、早速動かして――」

「イサギ様、ちょうどいい実験体がやってきました」

メルシアに肩を突かれて振り返ると、販売所に向かって歩いてくるネーアが見えた。

農園に向かう前に更衣室で着替え、今日の仕事を確認しにきたのだろう。

ネーアはこちらに気付いた様子はない。

「わかった。彼女に体験してもらおう」

俺とメルシアはクスクスと笑うと、即座に裏に回って身を隠す。

すると、ネーアが販売所に入ろうとして入り口に近づいてくる。

彼女が水霧の魔道具の存在に気付くことはない。

魔道具は入り口の上部にチューブを通して目立たないように設置している。

気付かないのも無理はない。

吹き出しそうになるのを堪え、俺はネーアが入り口をくぐろうとしたタイミングでタンクに魔力を流した。

タンクから供給された水がチューブを通っていき、入り口にいるネーアへと水霧が噴射される。

「にゃー!?」

突然の水霧にネーアが驚きの声をあげ、飛び跳ねるように後ろに下がった。

「なんか急に水が噴き出したんだけど!?」

「あはははは!」

「ふっ、ふふふ」

ネーアの反応が面白く、思わず笑い声をあげてしまった。

堪え切れなかったのは俺だけじゃなかったらしく、隣で息を潜めていたメルシアも笑っていた。

「にゃー! 二人の仕業だね!」

当然、このタイミングで笑い声をあげれば、誰が犯人かはわかるわけで、警戒した猫のように耳と尻尾を逆立てたネーアがやってくる。

「新しく作った魔道具の感想を聞きたかったんです」

「普通に見せてくれればいいじゃん! あんな風に急に水がブシャーって噴き出してきたら驚くよ!」

「そこはネーアの驚く反応が見たかったので」

「にゃー」

メルシアの堂々とした悪戯心の吐露に、ネーアは毒気を抜かれてしまったようで呆れた顔になった。

「で、開発した魔道具って言ってたけど、これはなんなの?」

「昨日言っていた涼をとるための魔道具です。こうやって水を霧状にして噴射することで、周囲の気温を下げることができます」

「これが涼しいことは理解できるけど、こんな風に水を撒いたら店の前がビチャビチャになるんじゃ――あれ? なってないね?」

ネーアが視線を落としながら言うが、木製の床はまったく濡れた様子がない。

触れてみても湿気すら感じないだろう。

「細かい水の粒子なので、地面に到達する前に気化するんです」

「き、気化?」

メルシアの解説を聞いて、ネーアが小首を傾げた。

こういった専門用語は研究者や錬金術師などの一部の者にしか伝わらないので仕方がない。

「消えてなくなってしまうことです。ネーアの懸念しているようなことにはなりませんし、衣服が濡れるようなこともありませんよ」

「本当だ。ずっと下にいるけど、服や肌が濡れたりしない! 冷たくて気持ちいいー!」

ネーアが両手を広げて思いっきり水霧を浴びながらはしゃいだ。

これだけ喜んでくれると、こちらとしても作った甲斐があるというものだ。