翌朝、俺とメルシアはダリオとシーレを大農園に案内することにした。

工房を出て、販売所の前までやってくると、既にダリオとシーレは準備を整えて待っていた。

「おはようございます!」

「おはようございます」

近寄ると、ダリオが大きな声で挨拶をしてくれた。

とても元気なのはいいが、もうちょっと声量は抑えてもらいたい。

だけど、本人に悪気がないだけにちょっとだけ言いづらかった。

シーレはダリオが大声を出すことを予期していたのか、両耳を手で覆って守っている。

しれっとこういうことができる辺り、世渡りが上手なのかもしれない。

昨日は二人とも料理人服だったが、今日は動きやすい私服へと変わっている。

大農園の見学に向かうためだろう。こうして私服姿を見ると、プルメニア村の村人に溶け込んでいるように見えて微笑ましい。

「昨日はよく眠れたかい?」

「はい、お陰様でぐっすりと眠れました!」

「久しぶりにきちんとしたベッドで眠れたし、お風呂も用意してくれたから」

ダリオとシーレの顔色はすこぶる良い。お世辞などではなく、ゆっくりと身体を休めることができたようだ。

「それはよかった。早速、大農園に向かおうか」

「お願いします!」

雑談もほどほどに切り上げて、ダリオとシーレと合流すると俺たちはそのまま大農園へ。

とはいっても、販売所のほぼ目の前なのですぐに到着となる。

柵扉を解錠すると、入ってすぐ傍のところにある厩舎に向かった。

厩舎といっても馬が飼育されているわけではない。俺が錬金術で作り上げたゴーレム馬がズラリと並んでいる。

「これは?」

「ゴーレム馬です。園内はとても広いので、これを使って移動します」

実演するために俺がゴーレム馬に(またが)ってみせ、メルシアがゴーレム馬の扱い方を二人に説明すると、それぞれがゴーレム馬に跨り、走らせ始めた。

「これ、すごく楽しい」

「う、うわわわわわっ!」

シーレは難なくとコツを掴んで適度な速さでゴーレム馬を走らせたが、ダリオは明らかにスピードの出し過ぎだった。

「ダリオさん、右足のペダルを踏み込み過ぎです。落ち着いて右足の力を緩めるか、ゆっくりと左足のブレーキを踏み込んでください」

などとアドバイスを送るが、ダリオはすっかりと慌ててしまっているのかとても実行に起こせる状況ではなかった。

近づいて止めようにもダリオが強くペダルを踏み込んでいるために、迂闊に近づくことができない。ヘタをすれば、猛スピードで駆け回るゴーレム馬に跳ね飛ばされることになるだろう。

そんな中、傍にいたメルシアがダリオのゴーレム馬へと近づく。

「メルシア、危ないよ!?」

「心配はいりません、イサギ様」

俺の声にメルシアは平然と答えると、駆け寄ってくるゴーレム馬を前にして跳躍。

暴走状態になっているダリオの後ろに飛び乗ると、ダリオの足を蹴って退かし、的確な力加減でブレーキを踏んだ。

すると、ゴーレムの馬のスピードが落ちて、ゆっくりと停止した。

「……なに今の?」

「シーレさんでもああいうのはできたりします?」

「いや、無理だから」

「ですよね」

同じ獣人だからといって、メルシアのような身のこなしができるわけではないようだ。

薄々と思っていたが、やはりメルシアの身体能力は獣人の中でも別格のようだ。

「お怪我はありませんか?」

「お陰様で無事です。あ、ありがとうございます」

ぺこりと頭を下げるダリオの姿に怪我らしいものはなくて安心した。

従業員や村人も含めて、あっさりとゴーレム馬を乗りこなしていたものだから油断した。

中には操縦が苦手な人もいるだろうし、しっかりと配慮しないとな。

「ダリオは鈍くさいから、こういうのに乗らない方がいい」

「……うっ」

シーレのハッキリとした物言いにダリオはショックを受けているようだが、自覚があるのか反論はしなかった。肩を落とし、尻尾がへにゃんとしている。

「ひとまず、ダリオさんは俺の後ろに乗りましょうか」

「ぜ、ぜひ、そうさせてもらえたらと……」

先ほどの暴走でゴーレム馬が少しトラウマになったのだろう。

ダリオは頷くと、俺のゴーレム馬の後ろに跨った。

「その方法がありましたか……ッ!」

そんな光景を見て、メルシアが衝撃を受けたような顔で呟いた。

「どうしたの、メルシア?」

「いえ、なんでもありません」

尋ねてみたがメルシアは回答を濁し、自らのゴーレム馬に乗り込んだ。

まあ、別に気にするほどのことでもないか。

「それじゃあ、大農園の中を案内するので付いてきてください」

準備が整うと、俺はペダルを踏み込んでゴーレム馬を走らせる。

続いてシーレがゴーレム馬を走らせ、その後ろをメルシアが付いてくる。

しばらく道を進んでいくと、大農園の野菜畑が広がった。

「うわあ、すごい……ッ! 食材がこんなにもたくさん!」

「こんなにも広い農園は初めて」

真後ろからダリオとシーレの感嘆の声があがった。

料理人である二人から褒められると嬉しいものだ。

「こちらは大農園の野菜区画となります。錬金術で品種改良された様々な野菜が栽培されています――なんて概要を説明するより実際に近くで見てもらった方がいいですね」

「なんかすみません」

まずはザッと農園全体を回ろうと思ったが、ダリオから近くで見たいというオーラを感じ取ったのでここらで降りることにした。

意思を汲み取ると、ダリオが恥ずかしそうにしながら頭を下げる。

あぜ道でゴーレム馬から降りると、目の前にはキュウリ畑が広がっていた。

青々としたキュウリの苗が空へと伸びており、形のいいキュウリがいくつも生っている。

「わっ、キュウリだ!」

「普通のキュウリよりも生っている数が遥かに多い」

「改良して、従来のものよりも収穫を増やせるようにしましたから」

「錬金術って、そんなこともできるのね」

とはいっても最初からできたわけじゃない。

研究を重ね、徐々に収穫できる量が増えるように試行錯誤したのだ。

今、育っているキュウリは最初に植えた苗よりも一・五倍くらい収穫量があるんじゃないかな。

とはいえ、まだまだイケる気がするんだよな。もっといい因子を組み込めば、二倍くらいの収穫量を目指せる気がする。

「あっ、イサギさんだ」

なんて思考の渦を漂っているとキュウリの葉や(つる)をかき分けて、ネーアが姿を現した。

メルシアと仲が良い(おさな)()(じみ)であり、うちの農園の従業員だ。

今日のノルマである収穫作業をしていたのだろう。

「どしたの? 畑の視察?」

「いえ、農園カフェで働いてくださるお二人を案内しているところです」

「おお! ということは君たちがコニアさんの連れてきた料理人なんだ!」

ダリオとシーレを見るなり、ネーアが人懐っこい笑みを浮かべた。

「はじめまして、ダリオといいます」

「シーレです」

「はじめまして! あたしはネーア! よろしくね!」

「「よろしくお願いします」」

「お、おお。なんだかキッチリしてるね」

キッチリと挨拶をするダリオとシーレにやや驚き気味のネーア。

前の職場では上下関係に厳しかったのかもしれない。

「農園カフェが開いたら、二人にはぜひとも美味しいランチやお弁当を作ってもらいたいな!」

「ランチはわかりますが、お弁当が充実するとネーアさんは嬉しいのですか?」

「うん! もちろん、店に行ける時は店で食べるけど、農作業なんかをしているとそんな余裕がない時もあるからね。自分で作れたらいいんだけど、あたしは料理が苦手だし、そもそも朝が早いお弁当を作る気にもならないから」

少し気恥ずかしそうにしながら生活事情を語ってくれるネーア。

基本的に作業が安定しているうちの農園だが、たまに収穫期がいくつも重なってしまう場合がある。そういった時にゆっくりと農園カフェまで足を伸ばすことは難しい。仮にできたとしても、作業が押している中ゆっくりとくつろぐのは心理的に難しいに違いない。

サッとお弁当を取り出して、すぐに食事できる方が望ましいだろう。

「お弁当販売は盲点でした。貴重なご意見をありがとうございます」

「役に立ったならよかったよ。それじゃあ、あたしは作業に戻るから」

ダリオとシーレに頭を下げられ、ネーアはあっさりと収穫作業に戻った。

多分、ちょっと気恥ずかしかったんだろうな。

そんなネーアの心中をメルシアも察していたのか、クスリと笑っていた。

「ネーアさんの他にも従業員は四人ほどいますが、残りの方たちとはおいおい顔合わせができればと思います」

「四名? これだけ広いのにたった四名だけなんですか?」

「ああ、獣人の従業員が四名というだけで、実質的にはもっとたくさんの従業員がいますよ」

ダリオとシーレが小首を傾げる中、俺は畑の奥にいたゴーレムを呼び寄せた。

「これって、もしかしてゴーレムですか!?」

「はい、俺が錬金術で作った農作業用のゴーレムです。大農園の中には至るところにゴーレムがいて収穫作業を手伝ってくれているんです」

「こんなにも精緻な動きができるゴーレムは初めて見た」

錬金術師のことをあまり知らない二人でも、ゴーレムについての知識はあったようだ。

世間では錬金術師=ゴーレムを作れるみたいなイメージが大きいからね。

「獲れ立ての野菜です。味見でもいかがです?」

「ありがとうございます!」

「食べる」

ゴーレムが収穫していた籠を差し出すと、ダリオとシーレはひょいと手を伸ばしてキュウリを食べた。

「美味しい! こんなにも瑞々しくて、しっかりとした旨みのあるキュウリを食べたのは初めてです!」

「……曲がり、色むら、果形に一切の崩れがない。すべてがこの品質かと思うと恐ろしいわね」

キュウリを食べた瞬間、ダリオが感激し、シーレが真面目な表情で感想を漏らす。

高級レストランで働いていた料理人が、目の前でそう評価してくれると嬉しいもので、こちらとしても自信がつく。

「メルシアも食べる? 水分補給にもいいよ」

「いただきます」

籠から拝借した一本をメルシアに手渡し、俺もキュウリを食べる。

パリッとした小気味のいい音が響き、口内で豊富なキュウリの水分と旨みが弾けた。

瑞々しいながらもしっかりとしたキュウリの味がある。とても歯切れも良く癖も少ない。

ドレッシングなんて必要ないくらいの美味しさだ。

「うん、外で(かじ)ると気持ちがいいね」

「暑くなってきた今の季節にピッタリです」

小さな口を動かしてポリポリと食べるメルシア。

可愛らしい耳と尻尾もあってか、なんだか小動物っぽいな。

「ここまで食材が良いと、もう手を加えないのが最上なんじゃないかって思うわね」

「わかります」

どこか遠い目をしながらしんみりと呟くシーレとダリオ。

「いや、それじゃ困りますよ?」

料理人が手を加えない方がいいなんて言ってしまうと、本当にどうしようもなくなってしまう。

「冗談。そこを何とかするのが私たちの役目だから」

「この美味しさをより活かせる料理を作ってみせます!」

先ほどの遠い目から一転し、シーレとダリオの瞳には熱い炎が宿っていた。

きっと、この二人なら美味しい料理を作ってくれる違いない。

二人の作った料理を食べるのが楽しみだ。