「すみません、イサギさん。外からやってきた商人が作物を買いたいっておっしゃっています」

「またか」

工房で研究をしていると、玄関までやってきたノーラが声を上げた。

ミレーヌの自由市で果物を売ってからうちの農園の噂が急速に広まり、多くの村人や商人がプルメニア村に訪れるようになった。

「メルシアはどうしたんです?」

農園のことはメルシアに丸投げしている。

今では彼女の方が全体の状況を把握しているので、俺に頼るより彼女を頼った方が確実だ。

「薬草園の確認に行ってるらしく、すぐに捕まらない様子でして……」

申し訳なさそうに耳をへにゃりとさせるノーラ。

兎の獣人なせいか妙な庇護欲のようなものがそそられる気がした。

「なるほど。なら、俺が対応するしかないね」

個人的な売買であれば、メルシアの定めてくれた価格表に従って従業員が対応することが可能だ。

しかし、商人ともなると村人や行商人とは規模が段違いだ。

そこに交渉も加わってくると従業員だけで対処するには荷が重い。

従って、俺やメルシアのような農園の状態を大まかに把握しているか、肩書きのある者が対応する必要があるだろう。

「すみません、ただいま戻りました。商人の件は私が対応しますので」

作業を中断して出ていこうとすると、ちょうどメルシアが戻ってきた。

他の従業員から聞いたのか、急いで戻ってきたらしい。

「わかった。それならメルシアに任せるよ」

頷くと、メルシアはホッとした様子ですぐに外に向かっていった。

「うーん、外からお客さんが買いにきてくれるのは嬉しいけど、俺やメルシアが度々対応しなくちゃいけないのは問題だな」

農園を作ったのは俺が錬金術の仕事に専念するためだ。それなのに俺がこうして呼び出されていては意味がない。

なんとかしたいとは思うが良案が思いつかない。

こういった時は現場で働いている者に実際に聞いてみるのが一番か。

幸いにして目の前にいるのは従業員の中でも比較的理知的なノーラだ。いい意見が出てくるかもしれない。

「どうすれば、作物を購入しにきた客の対応が楽になると思います?」

「きちんとした販売所を作るっていうのはどう?」

尋ねてみると、ノーラは少し考えた後に述べた。

「うちの農園って外部からのお客さんを受け入れる場所がないじゃないですか? ですから、作物を買おうにもどこで買えるかわからず、とりあえずイサギさんやメルシアさんに声をかけるんだと思います。きちんと販売所があって作物が並んでいれば、お客さんもそこで買えるとわかるのではないでしょうか?」

「確かにそれもそうですね」

うちの農園では特に販売所のようなものを作っていない。それは外部から客が買いにくることを想定していなかったからだ。

しかし、実際には作物が評判になって遠方からわざわざ買いにくる人たちが出る始末。

ノーラの言う通り、きちんと外部からの客を受け入れるための場所を作るべきかもしれない。

きちんとした販売所があれば、お客もそっちに向かうだろうし、大まかなルールさえ設けておけば従業員でも売買の対応ができるだろう。

今回のような商人の急な来訪があってもメルシアがすぐに対応できなくても、応接室のような場所で待機してもらえれば済む話だ。

「よし、メルシアと相談して売り場を作ってみるよ」

「作る時は従業員の休憩スペースや着替え室なんかも作ってくれると助かります」

農園もかなり広くなったし、これからの季節はドンドンと暑さが厳しさを増していく。

彼女の要望通り、ただの売り場とだけ機能する施設ではなく、従業員も活用できる仕組みだと労働効率がアップしそうだな。

「わかった。作る際は取り入れてみるよ」

「あと、販売所での対応や事務処理なんかは私に任せていただけると嬉しいです!」

ずいっとこちらに身を乗り出しながら言ってくるノーラ。

付け加えるように言っているが、彼女の本命はこちらと言わんばかりの様子。

元々、実家でも事務作業を手伝っていただけでなく、計算なども得意だ。

肉体労働にあまり得意ではないので、こういった役割に付きたいのだろう。

「貴重な提案をしてくださりましたし、その際はノーラさんを推薦してみます」

「ありがとうございます!」

そう伝えると、ノーラは深く頭を下げ、軽快な足取りで仕事に戻っていった。

それと入れ替わるようにしてメルシアが戻ってくる。

「ただいま戻りました」

「お帰り。商人との交渉は無事に済んだ?」

「交渉の方は特に問題もなく」

「んん? それ以外に何か問題があるのかい?」

メルシアの含みのある言い方に引っかかりを覚えた俺は尋ねてみる。

「はい。先ほどの商人から聞いたのですが、どうやらあちこちで凶作が続いているようです。うちの作物が美味しいという評判以外にも、豊作なところから作物を買い上げる動きが商人の中では活発化しているのだとか」

凶作というと、長雨や日照不足、冷夏などにより成長に適する環境が続かなかった。

自然災害などに見舞われた。

害虫や細菌などの影響を受けて育てることができなかった。

などの要因によって著しく作物の生産が落ち込んだ状態のことだ。

「凶作ってそんな雰囲気あった?」

プルメニア村でいつも通り過ごしていたが、そんな空気は微塵も感じたことがない。

「プルメニア村で育てている作物のほとんどはイサギ様が品種改良を施したものであり、それに加えて良質な肥料があるので何も影響を受けなかったのだと思います」

「あっ、冷静に考えればそれもそうか。そうならないように改良したんだし」

日照不足、乾燥、湿気、虫害、病害なんのそのというコンセプトで品種改良を加えているんだ。ちょっとやそっとの悪環境に見舞われても、俺の作物が安定して育つのは当然のことだった。

道理でうちの村では凶作なんてキーワードを耳にしないはずだ。

「凶作が広い範囲で起こりますと作物が市場に出回らなくなってしまい、需要が供給を上回ることで価格が上昇します。目端の利く商人は、今後もうちの農園の噂を聞きつけて買い付けにくることが増えるでしょう」

凶作によって今後も外からの買い付けが増えるのであれば、なおのこと販売所の設置は急がれるべきだろう。

「なるほど。その件も少し関係することなんだけど、少し相談があるんだ」

「なんでしょう?」

俺は先ほどノーラに提案された販売所の設置についてメルシアに相談してみる。

「とても良いと思います」

結果としてメルシアも大賛成のようだった。

メルシアが即決するということは、彼女もどう対処するか困っていたことなのだろう。

早急に手を打つことができて良かった。

「ただ、作るとなるとイサギ様の大きなご負担になってしまいますが……」

「大丈夫。錬金術を使えばすぐに作れるから。農園に必要なことなら手を貸すから、気楽に頼ってくれていいよ」

「ありがとうございます」

メルシアの許可も下りたことなので、俺は早速販売所の建設に着手することにした。

まずは大まかに設計図を書く。

建物は一階建てにしよう。

農園の作物を売るだけでなく、その場で食べて一休みできるようなスペースもあるとなおいい。ミレーヌでやった時のようにジュースも売ってもいいだろう。

外部からのお客だけでなく、村人たちの憩いの場の一つになってくれると嬉しい。

奥には作物を保管する倉庫や冷暗所を設置し、従業員たちの事務室や休憩室を作る。

従業員は現状五名だが、販売所を作るに当たって増員する必要があるだろう。

現場からも増員を望む声が上がっているし、事務室や休憩室は余裕を持った造りにしておこう。

あとは要望のあった着替え室や給湯室、トイレなんかの細々とした必需施設を追加していくと、大まかに販売所の設計図が完成した。微妙に食い違ったところがあっても土地は余っているし、錬金術でどうとでも調整できるので問題ないだろう。

設計図が出来上がったところで場所の選定に移る。

人を招き入れる場所であれば、農園内よりも外が望ましい。

作物を育てている場所に部外者を無暗に入れるのは防犯的にも衛生的にも機密的にも良いことじゃないからな。そんなわけで販売所の立地は農園の外となる。

農園の外になると、それほど場所の指定に困らない。

家や工房から少し離れた道に面している平地に建てることに決めた。

ロープを敷いて販売所の面積、おおまかなスペースの区切りをつけると、マジックバッグから建築に必要な木材や鉄材なんかを取り出す。

レピテーションで建築材をドンドンと積み上げると、錬金術で変質、加工させて接合させていく。

それをひたすらに繰り返すと、小一時間も経過しないうちに立派な販売所が出来上がった。

「うわー! 遠目に見てたけど、もう完成したんだ!」

「相談したのはつい先ほどですのに凄まじいですね」


「オレたちの事務室や休憩所もあるんだよな!?」

完成した販売所を見上げて満足していると、すぐ後ろからネーア、ノーラ、リカルドをはじめとする従業員たちが勢ぞろいしていた。

販売所が出来上がったので見にきてくれたらしい。

「ねえねえ、中を見てもいい!?」

「どうぞ」

興奮した様子のネーアの言葉に頷くと、従業員たちはぞろぞろと販売所に入っていった。

「イサギ様、お疲れ様です。タオルとお水です」

「ありがとう」

メルシアが差し出してくれたタオルで汗を拭うと、水分補給をする。

ただの水ではなく、レモン水のようだ。

レモンの爽やかな酸味が心地よい。汗をかいた体内に染み込むようだった。

「ふう、俺たちも中を確認しようか」

「はい」

小休止が終わると、俺とメルシアも販売所の中へ。

販売所の床は綺麗な木材となっており、壁は清潔感を演出するために漆喰を使用してみた。

そのままでは寂しいので、木材を加工して陳列棚をいくつも並べてみる。

「イサギさんが棚を作ってる!」

「販売所の雰囲気がとても出てきたんだな」

ちょっとした小道具を作る度に、従業員たちが喜んでくれて嬉しい。

天井は高く、三角屋根の形に添うようにカーブを描いている。

上部には窓ガラスを取り付けており、暖かな光が店内を照らしてくれる。

「この辺りが心地いいから休憩所にしちゃおう」

錬金術を使って、日光が当たる部分にイスやテーブルを配置していく。

すると、早速ネーアが日当たりのいいイスに座った。

「あたし、もうここから動きたくない。ずっとここにいる」

テーブルに突っ伏して心地よさそうな顔をするネーア。

まるで日向ぼっこをしている野良猫のようだった。

心地よさそうにしているネーアを横目に、新鮮な果物をカットしたり、ジュースを提供するためのカウンターを設置。ミレーヌの自由市で屋台をやったので、どのくらいのスペースが必要か参考になったので何事も経験だな。

これなら農園の作物を味わってもらうことができる。

販売所がもっと人気になったら休憩所を拡大して、農園の作物を使った小料理屋みたいなにできると面白いかもしれない。夢が広がるな。

「イサギさんはいらっしゃいますかー?」

販売スペースの視察が終わり、奥にある従業員専用スペースを見に行こうとしたら入り口の方から声がかかった。

聞き覚えのある声に振り返ると、コニアと大柄の獣人がいた。

……誰だろう?