農園を設立してからは敷地内に籠ることが増えたので、敷地外に出ることがとても新鮮だ。

花畑は東方面にあるので本日進む先は中心地ではなく東方向。

「天気がいい中、歩くのは気持ちがいいね」

「うむ、我も人里を堂々と歩くことができて実に気分がいい」

上機嫌に尻尾を振りながら歩くコクロウだが、俺が言っていることとは大きく意味合いが異なるように感じた。

村全体に存在を周知され、受け入れられているコクロウたちだが、無暗に歩き回ることは認められていないので、こうやって農園の外を歩くことができて嬉しいのだろう。

少なくとも人間族が多く住む街や村ならば、魔物が付近をうろつくなど絶対にありえない光景だ。帝都で長年住んでいた俺の感覚では未だに少し慣れない。

桟橋を渡って道を歩いていくと畑や民家の姿はなくなり、だだっ広い並木道へと変化。

そこをさらに奥へ進んでいくと、花畑へとたどり着いた。

「着きました。ここが花畑です」

「うわー、想像よりもずっと広くて綺麗だ!」

視界では色鮮やかな花々が咲き誇っていた。しかも、それが地平線の奥までだ。

プルメニア村の近くにこんなに広大な花畑があるなんて知らなかった。

「スンスン……花の香りだな」

「そりゃ、花畑だからね」

真顔で当然のことを言うコクロウに思わず突っ込む。

これだけたくさんの花が咲いているのに、他の香りがしたらおかしいと思う。

頓珍漢なことを言うコクロウを放置して、俺は傍にある花を観察する。

「この黄色い花はなんていうんだろう?」

「ガンザニアです」

「じゃあ、こっちの彩り豊かな丸い花は?」

「トリスナーという花です」

などと尋ねてみると、メルシアはすらすらと答えてくれる。

故郷の花だけあって熟知しているようだ。

俺には花に含まれている成分がわかるだけで名称はサッパリだ。

素材になる花は知っていても、こういった普通の花のことは何も知らないんだな。

他にもグラデーションがかった艶やかな花や、丸みを帯びた白や赤など彩り豊かな花、筒状の淡い青色の花弁を密集させた花といった様々な種類のものがある。

どれも皆違ってとても綺麗だ。

「ここにある花は摘んでも大丈夫?」

「良識的な分であれば」

好奇心に身を任せる前に尋ねてみると、ちょっとくらいならば問題ないようだ。

俺はガンザニアと呼ばれる黄色い花を摘み取ると、錬金術を発動させた。

「ガンザニアの花びらが青色に……!」

「錬金術で色素成分を変質させたんだ。メルシアにあげるよ」

「えっ?」

色素を変化させたガンザニアを手渡すと、メルシアがきょとんと驚いたような顔をした。

「ごめん。迷惑だったかな……?」

急に花を渡すなんて気障な行いをしたのでドン引きされてしまったのだろうか。

ずっと錬金術一筋だったので、こういった男女の機微が俺にはわからない。

「あっ、いえ違います! イサギ様はご存知ないと思いますが、ガンザニアを異性に贈ることには少し特別な意味があったので驚いてしまいました」

「えっ! ちなみにその特別な意味を聞いても?」

「内緒です」

慌てて花言葉の意味を尋ねると、メルシアは悪戯っぽい笑みを浮かべた。

「……なんか怖いから返してもらってもいい?」

「ダメです。これはイサギ様から頂いたものですから、もう私のものです」

意味をわからずに渡してしまったのが怖くて取り返そうとするが、メルシアはそれを守るように胸元でガンザニアを抱えてしまった。

さすがに女性の胸元に腕を突っ込んで取り返すような乱暴な真似はできないので諦めるしかなかった。

ガンザニアの花言葉の意味はなんなのだろう? 従業員に聞くとからかわれそうなのでシエナにでも今度聞いてみよう。

「おい、我はそろそろ腹が減ったぞ」

などと考えていると、花畑をうろついていたコクロウからそんな要望が。

「はいはい。それじゃあ、少し早いけど昼食にしようか」

昼食を食べるには少し早いが、コクロウがごねると面倒なので早めに昼食を摂ることにした。

花畑の傍にある木の周りがちょうどいい感じにスペースが空いているので、マジックバッグから取り出したシートを敷いてそこに座った。

「今日はサンドイッチです」

メルシアが持ってきたバスケットを開くと、中にはぎっしりとサンドイッチが詰まっていた。

肉と野菜を挟んだものや、ポテトや野菜だけを挟んだものと様々な種類のものがあるようだ。パンの種類も三角形のものではなく、ホットサンドのように火を通したものや、ホットドッグなどもあり非常に凝っていた。

俺は分厚いハムにレタス、トマトなどが挟まったノーマルなサンドイッチを選んだ。

「我の分もよこせ」

「はいはい」

コクロウが催促してくるので俺と同じものを取り皿に載せてやった。

準備が整ったところで早速とサンドイッチを頬張る。

肉厚なハムがとてもジューシーだ。濃厚な肉の脂をパンがしっかりと吸収している。

レタスはシャキシャキとしており瑞々しく、トマトは果物のように甘くて程よい酸味をしている。

「うん、さすがはうちの農園で採れた野菜だね」

「イサギ様が改良したものは野菜だけでも美味しくいただけます」

そうコメントをするメルシアは分厚いトマトにキャベツだけが挟まった野菜サンドを食べていた。まさにあれはトマトを主食としたサンドイッチだろう。

うちのトマトの美味しさを考えると、十分にサンドイッチの主役を張れる美味しさだからな。

「おい、スイカサンドはないのか?」

「いや、さすがにそんなものは――」

「ありますよ」

「あるの!?」

コクロウから無茶な要望がきたと思ったが、メルシアはサンドイッチとして作っていたようだ。

「スイカとヨーグルト、クリームを挟んだスイーツ風と、塩で味付けしたスイカにスライスチーズ、レタスを挟んだノーマル風となります」

バスケットからコクロウの取り皿にサンドイッチを取り分けながらメルシアが説明する。

本当にあったよ。しかも二種類も。

鮮やかなスイカの赤い身が、肉厚なトマトやハムのようにも見える。

意外とサンドイッチとしての見栄えは悪くない。むしろ、彩り鮮やかで美味しそうだ。

「イサギ様もおひとつ食べてみますか?」

「うん、もらうよ」

シンプルにどんな味か気になる。まずはスイーツ風のものから。

横から見ると赤白二色。こういうボーダー柄のシャツを着ている人が帝都にはいたような気がする。

なんてどうでもいいことを思いながらパクリと食べてみる。

爽やかなスイカの甘みとヨーグルト、クリームの甘みが実にマッチしている。

「あっ、美味しい」

「当然だ。スイカが挟んであるのだから美味いに決まっている」

作ったわけでもないのに何故か偉そうにしているコクロウ。

口回りにスイカが付着しており威厳もあったものではない。

「私も作ってみて驚きましたが、意外とパンに挟んでみても合うんですよ」

「でも、ここまで美味しくできるのはメルシアの技術があってだよ。俺だったらスイカと何を合わせたら美味しく食べられるなんてわからないし」

仮に同じようにスイカを使ったサンドイッチを作れと言われても、同じように作れる気がしない。これはメルシアの調理技術と優れた味覚があってこそ完成したサンドイッチだろう。

「ありがとうございます。嬉しいです」

なんて素直に賞賛すると、メルシアはくすぐったそうに笑った。

帝都で出てきたような砂糖菓子のような甘いお菓子は苦手だが、このスイーツ風スイカサンドはいい塩梅の甘みだ。これだったら甘いものが苦手な人でもあっさりと食べられるだろう。でも、メルシアの言った通り、おかずというよりかはスイーツだな。

スイーツ風を食べ終わると、次はノーマル風サンドを食べてみる。

スイカのシャキシャキ感と食パンのふんわり感の組み合わせが楽しい。

スイカに塩をまぶされて甘じょっぱくなっているが、それをスライスチーズとレタスが見事に受け止めていた。

「うん、こっちも美味しい」

サンドイッチに合わなさそうに思えたスイカだが、食べてみると意外とイケるもんだ。

「あー! もうお弁当広げて食べてるー! あたしたちも混ぜてー!」

「お腹空いたんだなー」

スイカサンドを食べ終わると、ちょうどネーアをはじめとした従業員たちがやってきた。

どうやら午前中の仕事は終わったようだ。

「思っていたよりも早かったね」

「はい。もう少し多く仕事を割り振るべきでした」

「え?」

「いえ、なんでもありません。追加のシートをいただけますか?」

「う、うん。わかったよ」

メルシアの言葉の意味がわからなかったが、言われるままにマジックバッグからシートを広げた。

この日は、従業員を合わせた皆と花畑でゆっくりとした時間を過ごした。