「イサギ様、本日もいつもの調整をお願いします」
「わかった。見にいくよ」
朝食を食べ終わると、メルシアに頼まれた仕事をこなすべく外に出る。
五人の従業員が働き始めて一か月と半分。
従業員たちやメルシアが農業に専念して働いてくれたお陰で、うちの農園は大農園と呼ぶにふさわしい規模になっていた。
栽培される作物の種類は膨大になり、小麦畑エリア、果樹園エリア、野菜畑エリア、薬草園エリアなどと区画分けされるようになったほどだ。
さすがにこれだけ広くなってしまうと徒歩で巡回するのも大変だ。
たまにしか農園に顔を出さない俺でもこう思うのなら、毎日農園に出ているメルシアや従業員たちはもっと不便に感じているだろう。
「では、行きましょうか」
「待って。いいものを思いついた」
歩き出そうとするメルシアを止めて、俺はマジックバッグから精錬した銅を取り出す。
それを錬金術で小型馬の形に整える。
あまり大きすぎると農園の中を移動しにくくなるので小回りが利くのを重視。
柔軟な動きができるように内部に疑似筋肉繊維を加え。数多の素材を付け足していく。
さらに加速とブレーキが調節できるように足元にペダルを設置。
全体を整えると、最後に魔法文字を刻んだ魔石を体内に埋め込んだ。
「起動」
魔力を込めてキーワードを唱えると、小型馬がむくりと起き上がった。
「……これは?」
「ゴーレム馬だよ。うちの農園もかなり広くなったし、乗り物があると便利だと思ってね」
「ありがとうございます。とても助かります」
馬タイプのゴーレムが珍しいのか、メルシアが物珍しそうに見ている。
帝城では人型のタイプしかいなかったので、動物型のゴーレムを見るのが初めてなのだろう。
錬金術師の間ではゴーレム品評会などという、自分の作ったゴーレムの力を誇示する催しがあるが、そこでもほとんどが人型のゴーレムだ。
多分、王族と貴族に仕えるには人型のゴーレムであるべしといった妙な文化があるんだろうけど、俺としては良きパートナーでいれば形は気にしないけどね。
乗り降りしやすいようにゴーレム馬に鞍をつけると、俺はマジックバッグから追加分の素材を取り出す。
「あっ、素材が足りないや」
自分が乗る分のゴーレム馬を作ろうと思ったが、肝心の素材が少し足りない。
「では、イサギ様がお乗りください。私は走りますので」
「いや、さすがにそれは申し訳ないよ」
なんてメルシアが提案してくるが、その案には賛同できない。
メルシアの身体能力なら問題なく走って付いてこられるだろうけど、それは鬼畜過ぎる。
そんな光景を見た従業員たちもドン引きすること間違いないだろう。
「それなら二人用にしちゃおう」
幸いなことに素材は少しだけある。もう一頭作れるだけの量はないが、ゴーレム馬を少し大きくするには十分だ。
錬金術を発動して、俺はゴーレム馬のサイズを大きくする。動力となる魔石は元々強めにしていたので、二人乗りになったくらいでも問題はない。
「メルシア、後ろに乗って」
ゴーレム馬にまたがると、メルシアに手を差し伸べる。
躊躇しながらも手を伸ばしてくるメルシアの手を取って、俺の後ろに乗ってもらった。
「ゴーレムだから問題ないだろうけど、万が一のためにどこかに掴まっておいて」
普通の馬と違ってこちらの予期せぬ動きはしない。が、バランスを崩してしまった時や転倒しそうになった時のためにどこかに掴まっておいた方がいい。
「で、では、失礼いたします」
そう告げると、メルシアが俺の腰に両手を回してきた。
軽く肩に手を乗せたりする程度だろうと思っていたので、予想以上の密着に驚く。
妙に甘い匂いがするし、柔らかいものが背中に当たっている気がする。
メルシアって俺よりも身体能力が高いけど、腕はこんなにも細くて柔らかいんだな。
「うん? なんかゴロゴロ音が鳴ってる?」
どこから出ているのか不明だが、ゴロゴロと低い音が鳴っている気がした。
思わず周囲を見回してみるが動物は勿論のこと、俺たち以外の姿は見えなかった。
じゃあ、この低い音はどこから鳴っているのだろう? 朝食は食べたばかりでお腹が鳴っている音ともまた違う。
「き、気のせいでしょう。イサギ様、作物の調整をお願いいたします」
「う、うん。わかったよ」
なんだかメルシアの顔が妙に赤いけど、いつまでも家の前にいるのは不毛だし、いい加減志仕事に向かうべきだ。
俺はゴーレム馬を走らせることにした。
●
ゴーレム馬を走らせると、あっという間に野菜畑にたどり着いた。
断続的に聞こえていたゴロゴロとした音だが、ゴーレム馬を走らせていると聞こえなくなった。ゴーレムが不調というわけでもないし不思議だな。
野菜畑にやってくると、ロドスがゴーレムたちと一緒に収穫した野菜を箱詰めしていた。
ワンダフル商会に卸すための野菜を纏めているのだろう。
俺たちの存在に気付いたロドスが、首にかけているタオルで汗をぬぐってやってくる。
「イサギさん、メルシアさん。おはようなんだな」
「おはよう、ロドス」
「おはようございます」
野菜畑を主に管理しているのはロドスだ。
勿論、管理しているのは彼一人だけでなく、俺の作り出したゴーレムたちがいる。
さすがにこれだけ広大な畑を一人で管理するのは不可能だからな。
除草や虫の駆除、単純な収穫作業などの単純作業をゴーレムに任せ、細かい指示出しや作業はロドスが行っている形だ。ネーア、リカルド、ラグムント、ノーラも同じような形でそれぞれの区画を管理している。
そして、その全体の統括をメルシアがしてくれているというわけだ。
「……この馬は?」
「移動用に新しく作ったゴーレム馬だよ。試運転が終わったら農園に配備して、皆が使えるようにできればと思ってるんだ」
「それは助かるんだな。だけど、このサイズじゃおいらは厳しいかも……」
ロドスの顔はのんびりとしたものだが、どこかシュンとしているように見える。
彼の体型は縦にも横にも大きい。
ゴーレム馬なので馬力はかなり高く、重量は問題ないが物理的に座れる面積が足りないだろうな。
「その時はロドスが乗れるようにオリジナルのサイズを作っておくよ」
「ありがとうなんだな!」
特別仕様を作ることを伝えると、ロドスは嬉しそうに笑った。
やっぱり彼も乗ってみたかったらしい。
普通のゴーレム馬よりも素材は多く使うが従業員のためだからな。必要経費だ。
「今日は視察と調整をしにきただけだから俺のことは気にせず」
「わかったんだな」
ロドスを仕事に戻らせると、ザーッと野菜畑を見て回る。
トマト、キュウリ、ナス、ニンジン、タマネギ、キャベツ、レタス……品種改良に成功した作物もかなり増えたお陰でとても種類も賑やかだ。それぞれの畑ではゴーレムがコンテナを押しながら鋏で器用に収穫している。
プルメニア村にやってきた時は、食料事情が改善できればいいなどと漫然と思っていたが、まさか自分がこんなに大きな農園の主になるなんて思ってもいなかったな。
この農園を見れば、プルメニア村がロクな作物も育たない不毛な土地だとは誰も思わないに違いない。
感慨深く思いながら俺が向かっているのは、半透明の膜で覆われたプラミノスハウスだ。
こちらでは魔道具がいくつも設置され、しっかりと温度管理が行われている。
日差しの強い外と違って、こちらは実に適温で過ごしやすいや。
プラミノハウスで育てている作物はトマトやキュウリ、ナスと外で育てているものと変わりないが、ここでは俺が定期的に錬金術で手を加えている。
他の作物と違って勝手に育つわけでなく、手間暇がかかるがその分味はかなり美味い。
今日もそれぞれの作物を確認すると、作物の調子に合わせて錬金術で調整。
成長速度に敢えて減衰をかけることでじっくりと成長させて、さらなる味の向上と栄養の集約を図らせる。さらに糖度が増加するように調整をかけて、さらに甘みが感じられるように変質。
「よし、これで問題ないかな」
「お疲れ様です。次は果物畑に向かいましょう」
「わかった」
それぞれの調整が終わると、俺とメルシアはゴーレム馬に乗り込む。
すると、またしても後ろでゴロゴロと音が鳴る。
チラリと後ろを確認してみると、ピッタリと音が止んだ。
「どうされました?」
「いや、なんでもないよ」
不思議に思いながらゴーレム馬を走らせると、やっぱりとゴロゴロとした音が鳴った。
何の音なのか本当にさっぱりわからない。