「失礼いたします」
談笑して時間を潰していると、メルシアがお茶を持って入ってきた。
「苦みの中に微かな甘みがあって美味しいのです。これはなにを使っているのです?」
「近くの森で採れるクコの葉を煮出しております」
「クコの葉! 煮出すとこんなにもいい味になるとは知らなかったのです。あとで買います」
メルシアからお茶の情報を聞き出すと、コニアはメモ長を取り出してメモした。
商人として気になるものはチェックしないと気が済まないのだろう。商人らしい。
「ねえ、メルシア。ワンダフル商会ってどんな商会?」
彼女がメモに夢中になっている間に、俺は傍にいるメルシアに小声で尋ねる。
帝都の商会事情は知っているが、獣王国の商会についてはサッパリだ。
「獣王国の中でも屈指の大商会です。王都に本店を構えるだけでなく、様々な街に支店を構えおり、従業員のすべてが犬系獣人で構成されています」
「大商会じゃないか」
そんな大商会の商人が俺に何の用なんだろう?
「すみません、お待たせしたのです」
「私に商談があるとのことですよね?」
「はい。私はここ最近、良質な作物が急激な勢いで広がっているのに気付きました。実際にそれらの作物を食べてみると、獣王国で栽培されているものよりも遥かに美味しく、力がみなぎってくるのです」
コニアの言う良質な作物というのは、間違いなく俺が品種改良を加えたものだろう。
「広がったそれらの作物は通常のものよりも成長率が高い上に、季節外れのものまで栽培できるほどです。その不思議な作物の出所を探ってみると、プルメニア村だということに気づきました」
「そして、作物の供給源は私だと気付いたわけですね?」
「そうなのです!」
ここ最近は村でもたくさん栽培されるようになり、他所の村にも売りにいっているほどだ。
ちょっと調べればプルメニア村で作られており、錬金術師である俺が配ったものであるのはわかるだろう。特に口止めもしていないし、したところで防げるものでもないしな。
「プルメニア村の作物を買い取った他の村などでも栽培は行われていますが、ここの作物ほどの出来栄えにはなりません」
「それは当然です。私はここの土に合わせて作物に錬金術で改良を施し、調整していますから」
安直に買い取った作物で栽培をしても、同じレベルのものは出来ない。まあ、それでも普通の品種よりも優秀なので、それで満足する人はいるだろう。
「やはりそうなのですね! まさかとは思いましたが、錬金術で農業をされているとは驚きなのです!」
「錬金術師といえば、魔道具やアイテムを作るイメージがありますからね」
錬金術で農業をやっているのは俺くらいのものじゃないだろうか。
「構造を変化させる錬金術の力で、作物に品種改良を加えているのですね?」
「そんな感じです」
さすがに企業秘密なので詳しいことまでは言えない。
だが、錬金術と聞いて、すぐにその発想にたどり着けるのはすごいな。
可愛らしい見た目をしているが、頭の回転も速くて発想も柔軟だ。
さすがは大商会に所属する商人なのだと感心した。
コニアのような弟子がいれば、プルメニア村の肥料問題も安心なんだけどな。
「それで本題なのですが、わたしの所属するワンダフル商会にイサギさんが作った作物を定期的に卸してもらえませんか?」
などとぼんやり考えていると、コニアが率直に言ってきた。
錬金術をする上で色々とお金は必要だし、欲しい素材はたくさんある。
プルメニア村周辺で素材を集めるにも限界はあるし、いつか商会とのコネは欲しいと思っていた。その相手が獣王国の中でも屈指の商会とあれば、この上ない良縁だろう。
大商会ということでお金や信頼もあるし。
「それは構いませんが、条件があります」
「お聞きするのです」
「私は錬金術師です。素材なくして物を作ることができません。できれば、私が欲しいといったものを優先的に仕入れ、届けてもらいたいです」
「そのくらいでしたらお安い御用なのです! ワンダフル商会の力があれば、獣王国内で手に入らない素材はないといっても過言ではないのです!」
「では、王国以外の素材は?」
「頼まれれば努力はするのですが、さすがにそこまでの保証はできないのです」
質問を加えると、胸を張っていたコニアが自信なさげの様子で言う。
さすがに国外の素材となるとワンダフル商会でも難しいらしい。こちらについては軽く感触を確かめるための質問なので問題ない。逆にいい加減なことを言わず、素直に難しいと言ってくれて好感触だった。
帝城にいた時でも国外の素材は手に入れにくかったし、やはり国外となると難しいのだろう。
「承知しました。国内でも素材を仕入れてくれるのであれば、問題ありません」
「ありがとうなのです! イサギさんたちの畑では、どのくらいの量を安定して卸すことが可能で?」
ふむ、最近は農業に関してはメルシアに任せているので細かい部分は把握していない。
チラリと視線を向けると、メルシアはこくりと頷いて前に出る。
「現状での収穫量はこれくらいとなっています」
スッと差し出しされた紙に目を通してみると、そこには畑で育てている作物の一覧と一週間ごとの収穫量が表示されていた。
「実際に出荷できる作物の数値はあるのです?」
「イサギ様が改良を加えた作物は不出来なものがほとんどありません。収穫量と出荷量の数値に差はほぼ無いです」
「……それはすさまじいのです」
メルシアの回答を聞いて、コニアが目を丸くした。
通常の農業であれば、市場に流すのに相応しくない大きさだったり、歪な成育をしてしまったものが出てしまうものだ。
しかし、俺が錬金術で改良を加えた作物に、そんなものはほぼない。
収穫量=出荷量なのだ。
「一週間ごとに出荷できるのは驚異的な速さなのですが、もう少し出荷量を増やすことは可能です?」
ジーッと書類を見ていたコニアが顔を上げて尋ねてくる。
「畑作業に従事しているのがイサギ様、私、イサギ様の作り出したゴーレムのみなので、これ以上増やすことは難しいです」
「そうだね。農作業ばかりに時間を取られたら本末転倒だし」
今は少ない人員の中で負担にならないように加減して作物を育てている状態だ。
農業にもっと力を注げば、出荷量を上げることはできるが、俺とメルシアがそれ以外のことをできなくなってしまう。
他の作物の品種改良に、別種類の肥料作りだけでなく、今まで作れなかった便利な魔道具やアイテム作りなどなど。俺にはやりたいことがたくさんある。
本格的に農家として傾倒するのは早い。
「でしたら、人員を雇って畑の管理は任せればいいのでは?」
コニアのあっさりとしたアドバイスに俺とメルシアは雷に打たれたような気分になった。
「確かにイサギ様が農作業に従事する必要はありませんね。コニアさんの言う通り、畑は任せてしまい、イサギ様は錬金術に専念して頂いた方がいいかもしれません」
「成育で俺が手を入れないといけない部分は微々たるものだし、それ以外の作業は任せてもいいのかもしれないね」
なんでこんな単純なことに気づかなかったのだろう。今までこき使われる側だったからだろうか? 誰かを雇って仕事を任せてしまうなんて発想がまるでなかった。
「プルメニア村では土地も余っているし、いっそのこと大きな農園にしちゃうのも悪くないかも」
「大農園ってやつなのですね!」
「大農園! いいですねそれ!」
コニアの思いついた大農園という言葉がとてもしっくりときた。
「大農園で品種改良した作物をたくさん作って出荷してウハウハ!」
「ワンダフル商会はそれを各地に売りさばいてウハウハ! 互いに大きな利益が出ること間違いなしなのです!」
悪い顔をして笑い合う俺とコニアを見て、メルシアがちょっと呆れている気がするが気にしない。
細々とお金を稼ぐのでもいいと思っていたが、大きく稼ぐことができるチャンスがあるなら掴むべきだ。
研究にお金がかかる錬金術師にとって、お金はいくらあっても足りないくらいだからね。
「人員についてはどうされるのです? 足りなければ、うちから人材も派遣するのですよ?」
「まずは村で人員を募集してみます。もし、それで足りない時はお願いするような感じで」
「わかったのです」
こうして俺は商人のコニアと出会い、大農園を設立することに決めた。