メルシアがプランターに土を入れて、試作二百五十二番の肥料を撒いた。
成長することを考えて、先に誘引するための支柱を刺しておく。
「では、ピーマンの種を植えます」
「ああ」
こくりと頷くと、彼女は土をかき分けて種を撒いていく。
優しく土を被せると、ジョウロでゆっくりと水をかけた。
品種改良したピーマンと、試作肥料の効果によって土からひょっこりと二枚葉が出てくる。
急成長はそこで止まることなく、グングンと茎と葉を伸ばしていき一番花を咲かせる。
花が枯れるとぷっくらとした身が出てきて、徐々に膨らんでいく。
そして、十分なサイズのピーマンになると成長はピッタリと止まった。
「成長が止まった!」
「茎、葉共に異常な成長は見られません。帝国式肥料と同じ効果が確認できています」
「ということは……」
「完成です」
「やった! ようやくできた!」
工房で肥料作りに没頭すること三週間。
ひたすらに因子の調整をし、素材を掛け合わせる日々。
何度も失敗を繰り返しながら一歩ずつ前に進んでいった。時には迷走し、遠回りしたりもしたけど、ようやく作り上げることができた。
「村の周辺で採れる素材だけを使っているから、これで安定して肥料を供給できるよ」
「ということは、これからもプルメニア村でも農業ができるのですね」
メルシアが感極まったような顔で言う。
プルメニア村で農業を実現し、安定した食料生産を行うことは彼女の夢だった。
その大きな夢のための一歩を踏み出すことができて嬉しいのだろう。
俺も帝国では成しえなかったことの一つができて嬉しい。
「あっ、でも錬金術師がいないから俺しか作れないっていう問題があるかも」
プルメニア村に錬金術師は俺しかいない。
つまり、俺に何かあったりすると肥料を生産することができなくなる。
これからの村の農業を考えると、これはちょっとリスクが高い。
「もしもの時は、どこかの街の錬金術師にレシピを渡して作ってもらえばいいかな?」
プルメニア村にはいないが、獣王国のどこかには錬金術師がいるはずだ。
「街の錬金術師ではレシピを渡されても、技術不足で再現できない可能性があります。私の目から見て、素材の処理や魔石の加工は高度なものだと感じました」
己惚れるつもりはないが、俺は元とはいえ宮廷錬金術師だ。
街の錬金術師のレベルでは再現できないというメルシアの指摘はあり得るかもしれない。
「え? だとしたら、もっと作りやすい肥料を考えないといけないのかな?」
一瞬、そういった案を考えてみるが、街の錬金術師がどのようなレベルなのか俺にはわからない以上、レシピの改良の仕様がなかった。
数分ほど他の案を考えてみたが、疲弊した脳では良案を思いつくことはない。
「まあ、そちらについてはおいおい考えることにしましょう。これはイサギ様だけの問題ではなく、村全体の問題でもありますから」
「そうだね」
メルシアの言う通りだ。今はとにかく肥料が完成したことを喜び、難しいことはまた今度考えることにしよう。
「せっかく外にいることですし、お散歩でもしませんか? イサギ様が肥料を作っている間に村は大きく変わったんですよ?」
「本当? じゃあ、ちょっと散歩しようかな」
ベッドで横になりたい気持ちもあったが、最近はずっと工房に籠りきりだった。
健康にも配慮して軽く身体を動かした方がいいだろう。その方が後でぐっすると眠れそうだ。それに大きく変わったと言われては気になるしね。
俺はメルシアに誘われて、散歩に繰り出すことにした。
●
家から村の中心部へと歩いていくと、変わった部分はすぐにわかった。
「うわ、すごく畑が増えてる……ッ!」
プルメニア村にやってきたばかりの時は、道以外にだだっ広い平原しかなかった。
しかし、それらの空き地は俺が品種改良をした作物を分けることによって、大いに開墾されて畑になっている。
トマト、キュウリ、ナス、キャベツ、ジャガイモ、小麦、トウモロコシ、あらゆる食材が実っており、あちこちで収穫作業が行われていた。
「イサギ様が品種改良した作物を分けてくださったお陰です」
「とはいえ、三週間でここまで広がるとは……」
「次々と実る作物が嬉しくて皆が奮起しました」
視界に広がる畑と世話をする村人たちを見て眩しそうに眼を細めるメルシア。
さすがは身体能力の高い獣人。ひとりひとりのマンパワーがすごいな。
農業をやっている村人たちの表情は明るい。
土が痩せこけており、決して農業をすることができない。
諦めていたからこそ農業ができるのが嬉しいのだろう。村人たちは嬉々として作物の世話をしているように見えた。
「あっ、イサギさんだ!」
「イサギさんのお陰で俺たちでも作物を育てることができましたよ!」
「こんなに美味しい食事ができたのは久しぶりです。本当にありがとうございます!」
呑気に畑を眺めていると、村人たちがやってきて口々にお礼を言ってくれる。
食に困っている人たちを助けたいがために作り上げた作物だ。
皆の役に立ったようで本当に嬉しい。頑張って作った甲斐があったというものだ。
「見てください! このトマト! とても皮に張りがあって色艶がいいんです!」
「このキュウリとても重量感があってイボがしっかりしてるんです! 街で売っているものよりも瑞々しくて美味しいんです! それに食べると力がみなぎって元気になります!」
「当然です。そうなるようにイサギ様が作ったのですから」
自慢げに見せてくる作物を見て、メルシアが当然と言った風に言い放つ。
彼女の冷静な対応に村人たちはキョトンとした顔になった。
さすがに今のは塩対応過ぎたのではないだろうか?
「そりゃそうだ! この作物たちはイサギさんが作ったんだからな!」
「こりゃ一本取られた!」
心配になったのも束の間。村人たちは陽気に笑いだした。
「イサギさんのお陰でこれだけ獲れるようになったんだ! うちで育てたトマトを是非持っていってくれ!」
「俺のキュウリも!」
「私のナスも!」
感謝の気持ちを伝えるためか、村人たちがこぞって作物を渡してくれる。
誰もかれもがコンテナ単位で渡してくるので抱えることはできない。だからといって固辞するのも憚られたので素直に受け取る。持ちきれない分はマジックバッグに収納することにした。
収穫した食材を渡すと、村人たちは満足したのかそれぞれの畑に戻っていった。
「夕食は皆さんから頂いた食材で作りましょうか」
「うん。せっかくだしそうしよう」
空はとても澄んでおり、白い雲が悠々と泳いでいる。
今日は絶好のお散歩日和だ。