「よし、早速肥料を作ろうかな」

「お手伝いいたしますね」

工房が完成したので肥料づくりに取り掛かることにした。

錬金術で大きな木製の丸テーブルを作り上げると、メルシアが麻布を被せた。

それから麻袋の紐を解いて、テーブルの上に肥料を出した。

「こちらがプルメニア村で生産されている三種類の肥料です」

「ありがとう」

メルシアが行ってくれる仕事は、こういった雑用だ。

錬金術師の研究は素材の確認、掛け合わせ作業になるので、こうやって素材を取り出してくれる助手がいると錬金術に集中できるので非常に楽で助かる。

この三種類の肥料に、森と山で採取した素材を掛け合わせて帝国式と同じ、あるいはそれ以上の肥料を作り上げるのが俺たちの目標だ。

肥料作りの作業に取り掛かる前に、俺はメルシアに尋ねる。

「三種類の肥料の性質を強化して、育てた作物の方はどんな感じ?」

手始めに素材を加えることなく、錬金術で性質を強化しただけの状態でどれくらい育つかという実験を行っている。

「やはり、イサギ様が帝国で作ったものに比べると、大きく劣ります。詳しい成育データはこちらの書類に纏めてあります」

口頭で端的な結果を聞きながら、渡された書類を確認する。

メルシアの言う通り、プルメニア村で生産されている既存の肥料では厳しいようだ。

俺が品種改良をした作物でこの成長率ならば、並の作物には微々たる効果しかないだろうな。

「……うん、やっぱり他の素材を掛け合わせた方がいいね」

今の肥料だけでは限界がある。根本的に材料を見直すか、大胆に素材を加える方がいいだろう。

「そうなると時間がかかりそうですかね?」

ゼロから作り上げるのであれば、何年単位での時間が必要となるが、俺は既に帝国式の肥料を完成させている。それらの経験とデータを元にすれば、以前のような莫大な時間はかからないはずだ。それに付け加え、今回は材料がいい。

「いや、そんなことはないよ。今回は良質な魔石がたんまりとあるし」

テーブルの上に取り出された魔石を手に取る。

メルシアが倒してくれたディアブルの魔石。今回の採取で一番良質な魔石だ。

「私にはわかりませんが、それほど良質なのですか?」

「帝国でこれを仕入れようものなら、これ一つで銀貨二十枚をかかるよ」

プルメニア村周辺に出没する魔物は強力な個体が多い。そのお陰か魔石も大変質が良いのだ。

「それほど高価なものなのですね。こちらでは街で売っても銀貨一枚程度にしかなりませんが……」

「帝国の宮廷錬金術師が知ったら発狂する言葉だね」

研究熱心な者なら、これだけで獣王国への移住を希望してしまいそうだ。

錬金術は素材なくして仕事はできない。皆が想像している以上に、良質な素材を仕入れるのが大変なのだ。

「この程度の魔石なら獣王国ではありふれてるってことかな?」

「国全体かまでは不明ですが、少なくともこの辺りに住んでいる者であれば、誰にでも手に入れることができます」

「誰でもって……魔石が良質な分、魔物も強かったと思うんだけど――あ、すみません。なんでもないです」

話している途中でメルシアが「そんなに強い魔物でしたっけ?」みたいな顔で首を傾げていたので切り上げる。苦戦していた俺が惨めになる。

メルシアの口調からして彼女が特別強いからって感じではなさそうだな。

となると、戦闘の心得がある村人なら余裕で退治できるのか。

改めて獣人族の戦闘力の高さに戦慄する思いだ。

そんな良質な魔石だが錬金術師がいないせいか、ここでは加工されることはなく近くの街で売られて生活費の足しにされている。

こんな良質な魔石を銀貨一枚に変換するなんて勿体ない。

それだったら思い切って肥料の材料にしてしまおう。

魔石の良質な魔力を元に、他の素材を掛け合わせて性質に変化、あるいは強化を加えれば、肥料は出来上がるはずだ。

「とりあえず、肥料に魔石を加えてみるよ。メルシアは実験用のプランターを用意してくれ」

「わかりました」

指示を出すと、メルシアはすぐに動き出した。

彼女が外からプランターを取ってくる間に、俺は自分の作業にとりかかる。

「まずは魔石の魔力を調整」

魔石には無秩序な魔力が内包されている。方向性のないエネルギーをそのまま利用するのは難しいので、まずは加工しやすいように魔力を平均化させる下処理が必要だ。

しかも、魔力の質や方向性は各魔石によって違うので、それを見極めながら平均化させなければいけない。

見習い錬金術師にとっては難しい作業だが、俺は元とはいえ宮廷錬金術師。このくらいの作業であれば、鼻歌を歌いながらでもできる。

ササッと魔力の質を確認すると、それに相応しい魔力処理を施していく。

魔力の平均化が終わると、次は魔力以外の不純物を抜く。

すると、手の平に乗っていた魔石が三回りほど小さくなり、澄んだ紫色の輝きを放ち始めた。

不純物が除去された証拠だ。

「加工された魔石は本当に綺麗です」

いつの間にプランターを取って戻ってきたのか、メルシアが隣でうっとりしたように呟いた。

「帝国の貴族には魔石を装飾品として身に着けていた人もいたしね」

膨大な魔力を秘めた魔石を敢えて利用せず、装飾品として身に着けるのがステータスになるらしい。貴族たちのそういった考えは理解できないけど、加工された魔石が美しいというのには同感だった。

「この魔石をどのように使われるのですか?」

「砕いて肥料に混ぜる」

加工した魔石を錬金術で砕いて肥料へと混ぜた。

「…………」

うっとりとしていたメルシアが言葉を失くしていた。

「……なんかごめんね?」

「いえ、魔石はあくまで素材なのでお気になさらず……」

と口では言っているものの耳と尻尾は垂れ下がっており、しょんぼりとしていることがわかった。

落ち着いたら、魔石を加工して彼女に装飾品でもプレゼントしてみようかな。

などと考えながら、混ぜ合わせた肥料に魔力を流して馴染ませる。

そこに繁殖力の強い因子を持った繁茂草、虫害に強い因子を持つテラリア、分解力を向上させる因子のあるゲンジダなどといった森で採取できた素材を掛け合わせる。

「よし、試作肥料の完成だ」

「早速、試してみましょう」

メルシアと一緒にプランターに土を入れ、そこに試作肥料を混ぜる。

そこに品種改良したルッコラの種を撒き、土を被せて水をかけた。

すると、ルッコラはすぐに芽を出した。

ルッコラの芽は葉っぱを茂らせてグングンと成長していく。

「おおっ!」

ルッコラはグングンと茎や葉っぱを肥大化させていく。

帝国式の肥料と同じ効果が現れたことに俺たちは喜んだが、異常な成長速度に徐々に顔を曇らせた。

「……イサギ様、さすがにこれは成長速度がおかしいのでは?」

「すごい成長力だよ!」

まさかここまでの成長力を見せるとは思わなかった。

一体、どこまで伸びていくんだろう?

「あ、あの、さすがにこれ以上は壁や天井が抜けてしまいますが、よろしいので?」

好奇心から呑気に成長を見守っていると、メルシアが冷静に言った。

その言葉に我に返った俺は急いでルッコラに近づいて、錬金術を発動。

ルッコラの構造を読み取って、因子を分解してやる。

すると、成長していたルッコラはピタリと成長を止めて朽ち果てた。

自分が錬金術で作ったものだ。

どこを乱してやれば、自壊するかは誰よりもわかっている。

「危なかった。好奇心で工房を潰すところだったよ」

「想像以上の成長率でしたね。繁茂草の因子が強かったのでしょうか?」

「それもあるし、良質な魔力による相乗効果もあったんだと思う。これからは魔石に内包されている魔力を抜く、あるいは適切な魔力を内包した魔石を選定した方が今後も作りやすいかもしれないね。やるべきことはたくさんあるよ」

既存の素材の掛け合わせだけでも無数にあるし、採取したけどまだ使っていない素材もたくさんある。ここからはそれをひとつひとつ試していき、もっとも効果と効率がいいものを選択しなければならない。

「根気のいる作業だけど頑張ろう」

「はい。微力ながらお手伝いさせていだたきます」

こうやって二人でひたすらに改良を重ねる作業は、帝城にあった狭苦しい工房での作業を思い出す。

少し懐かしく思う気持ちはあったが、自分の工房で作業する方が何倍も快適だな。