「イサギ様、本日は肥料を作られますか?」

森と山で素材を集めた翌日。朝食を食べ終わるなりメルシアが尋ねてきた。

「その前に工房を作ろうかと思うよ」

早速肥料作りといきたいところであるが、本腰を入れて作るのであれば今の作業場よりも、より広くて便利な工房で作った方が早い。

とはいえ、作るのは住んでいる住宅の中ではなく、少し離れたところに家を建ててそこを工房にするつもりだ。

錬金術による加工が失敗すれば、爆発で建物が吹っ飛ぶことだってあるし、加工の過程で激臭を発生させるものもある。そういった被害を最小限で済ませられるために、工房は住宅とは切り離した方がいい。

「私もお手伝いいたしましょうか?」

「いや、一人で十分だよ。メルシアは畑の作業をしてくれると助かるかな」

工房に関しては錬金術で作りあげるためにメルシアが関われる仕事は少ない。内装に関しても俺が使いやすい弄くり回すために、二人で作るよりも一人で作る方がやりやすい。

後は単純に畑の方が心配だ。

収穫してからまだ数日しか経過していないが、あの成長速度から考えると、既に第二陣の収穫期が到来していそうである。

「かしこまりました」

メルシアはこくりと頷くと畑に向かい、俺は家の裏側に回った。

既に脳内でどのような工房にするかは決めてある。自分だけの工房を持つことは夢の一つだったからだ。

作業に着手する前から俺の胸は高鳴っていた。

帝城にいた時は素材こそ手に入りはしたけど、こんな風に自由に考えたり、作れることは少なかった。

手に入れた素材で何をどんな風に作ろうと考えられることが、こんなに幸せなことだとは思いもしなかったな。

「じゃあ、早速始めようか」

まずは工房をどれくらいの大きさにするか決める。

歩き回りながら長さを測り、地面に杭を打ち、ロープでつないで敷地面積を確定させた。

夢は大きく、ドンと工房は大きくといきたいところであるが、あまり大きすぎると管理や維持が大変になる。お世辞にも俺はそれらが得意とはいえない。

メルシアに頼めば問題ないのだろうが、さすがに住宅地と工房の二つの建物の維持は彼女でも大変だろう。それに今は畑の仕事もあるし、これ以上の負担はかけるべきではない。

当初の予定通りの大きさにしておこう。

内装に関しては作業場や保管部屋などがあれば問題ないので、複雑に部屋を仕切る必要はない。

住宅と同じように木材を錬金術で加工させ、工房を作り上げていく。

しかし、今回はこれだけで終わらない。

工房に関しては建物自体の強度を上げるために煉瓦造りにする。

耐熱性。断熱性、保温性、耐久性などに優れているので非常に頼りになる。

ただこちらに関しては木材のように錬金術で変形させて組み立てるだけでは強度が不十分だ。きちんとモルタルを作って積み上げる必要がある。

モルタルに必要な材料は砂、セメント、水の三つだ。

箱の中にセメントと砂を入れる。セメントが一に対して砂は三といった割合。

錬金術を使用して二つの素材を混ぜ合わせる。

通常なら手作業だが、錬金術を使えば瞬時にムラなく混ぜ合わせることが可能だ。

こういった混ぜる作業でも錬金術はとても便利だ。

調理にも応用できるので、自宅でパンを作る時などは積極的に使用している。

メルシアには微妙な顔で見られてしまったが、便利なものは使っていくのが俺の方針だ。

セメントと砂が均等に混ざると中央に穴を作り、少しずつ水を注ぎ、また錬金術で混ぜ合わせる。ダマがなくなり、耳たぶ程度の硬さになればモルタルの完成だ。

マジックバッグから大量の煉瓦を取り出すと、外壁に沿うように煉瓦を積んでいく。

モルタルを適量取ると、積んだ煉瓦の上に塗って、その上に煉瓦を置いていく。

手作業でやると時間がかかってしまうので煉瓦にレピテーションをかけると、モルタルを塗ってドンドンと積み上げていく。

それをひたすらに繰り返すと小一時間もしないうちに外壁が煉瓦に覆われた。

「おお、煉瓦を積むだけで随分と雰囲気が出るな」

赤をベースにブラウン、ピンクを織り交ぜたブレンド煉瓦を使っているだけに、様々な色合いが見えていてとても綺麗だ。

積み上げた時から既にアンティークな雰囲気が出ている。とてもいい感じだ。

「さて、次は内装を仕上げていこうかな」

外壁が上手くいくと内装も凝りたくなる。立派な外観をしているのに、中に入った瞬間にガッカリなんて風にはなってほしくないからね。

そういうわけで気合を入れて内装も錬金術で整える。

壁は漆喰。ただ完全な真っ白じゃなく、オフホワイトなベージュ色。温かみを持たせながら明るさを維持。暖炉を設置する予定の場所には耐火煉瓦を積み立て、内装にもアンティークな雰囲気を取り入れる。床は木材の材質を変えて、深みのある色合いのものにしてやった。

大きな作業台やイスなどの家具を設置し、錬金釜、試験管、ビーカーなどの錬金道具を配置すれば内装は一通り整った。

「うんうん、錬金術師の工房らしくなったじゃないか!」

帝城では狭い倉庫しか与えられなかった。しかも、寝室と兼用。

それがプルメニア村にやってきた途端、広い住宅と大きな工房を作り上げられるようになった。これだけでもこっちにやってきた甲斐はあるというものだ。

一から作り上げた自分の工房に強い達成感と感動を覚える。

瓶を保管するための棚やレシピを保管するための本棚、休憩用のソファーなどと足りないものはあるが、そういったものはおいおいと追加していけばいいだろう。

「イサギ様、メルシアです。入ってもよろしいでしょうか?」

内装を見渡して浸っていると、玄関の扉をメルシアがノックした。

この感動を共有したかった俺はすぐにメルシアを招き入れた。

「外壁も綺麗でしたが、内装もとても綺麗ですね」

「でしょ? 樹脂の比率を変えることによって壁の明度を低くして、眩しさを抑えているんだ。こうすることで光の反射率が変わって、眩し過ぎない暖かみのある色になるんだ。それに一部分の壁にも煉瓦を取り入れることで内装にもアンティークな雰囲気を取り入れてみたよ」

工夫した点を語ってみると、メルシアは微笑みながら頷いて聞いてくれた。

錬金術師ではない彼女には、専門的な部分はわからないと思うが、耳を傾けてくれただけで嬉しかった。

「おめでとうございます。ようやくイサギ様に相応しい工房が手に入りましたね」

「ありがとう。これなら思う存分研究ができそうだよ」

帝城で与えられていた工房は狭すぎて物理的にできない研究もあった。

しかし、新しく作った俺の工房は帝城のものよりも何倍も広い。

これならスペースを気にする必要もないし、今までできなかった研究もいっぱいできる。

これからの錬金術師生活を妄想するだけで口元が緩んでしまうな。

「こちらも家具などは私が手配しても構いませんか?」

「うん、お願いするよ」

そういった内装を整えるのであれば、美的感覚がより優れているメルシアにやってもらった方がいい。そこに関しては自宅の方で証明されている。彼女に任せれば、この工房に合うような家具を見繕ってくれるだろう。

「あっ、できれば仮眠用のベッドがあれば置いてほしいかな」

「それは却下します」

ついでに要望を伝えると、メルシアはにっこりと笑いながら否定した。

「なんで!?」

「こちらにベッドを運び込んでしまうと、イサギ様は自宅に戻るのを面倒くさがって工房で寝てしまいますから」

「えー!」

「ごねたってダメですよ。こればかりは譲れません」

俺は仕事に没頭すると私生活を疎かにする傾向がある。長年、一緒に仕事をしていただけあって、俺がどんな風な生活を送るかメルシアはよくわかっているようだ。

ベッドが難しいなら仮眠用にソファーでも設置しておこうかな。

なんて考えていると、俺の考えを見透かしたのかメルシアがグッと近寄って言う。

「イサギ様が健康的な生活をおくるためにも、きちんとご自宅で就寝なさってくださいね?」

「わ、わかりました」

微笑みながらの圧の込もった言葉に俺は頷くのだった。