品種改良した作物を村人たちに分けることによって、プルメニア村では農業ブームがきていた。今までロクに育たないからと放置されていた土地が、ドンドン耕されている。

そんな中、俺とメルシアはより土を掘りやすいように改良した鍬や、作物を育つための肥料を与えたりなど支援していた。

「このまま順調にいけば、多くの食材が収穫できそうです」

長年夢見ていた光景だけあって嬉しいのだろう。土を耕す村人たちを見て、メルシアが穏やかな笑みを浮かべる。

そんなメルシアに水を差すようで悪いが、現状には大きな問題がある。

「うん。でも、このままじゃいけない部分もあるんだよね」

「何かご心配なことでも?」

俺の呟きを聞いて、メルシアが怪訝な顔になる。

「今、俺たちが使っている肥料は帝国の肥料を改良したものなんだ」

「……つまり、数年後には今ほどの成長率は期待できないということですか?」

「うん、このままでいけばだけどね」

俺たちの畑や村人たちが使っているのは、帝国の肥料を改良させたもの。

マジックバッグには数百トン入っているのですぐに無くなることはないが、数年後には底を尽きてしまうだろう。それまでにプルメニア村で生産できる新しい肥料を作らなければいけない。

もちろん、肥料がなくても俺の作物は育つが、収穫するなら美味しくて栄養たっぷりなものの方がいいに決まっている。

「そうですね。いつまでもイサギ様の懐から与えてばかりでは根本的に解決したとは言えませんから」

商人に頼って帝国の肥料を買い付ける選択肢もあるが、プルメニア村が本当の意味で自立して豊かになるには、ここの材料で作り上げるのが一番だ。

「そんなわけで、この村で使われている肥料を集めたいんだ」

「かしこまりました。知り合いの農家に声をかけて肥料を分けてもらってきます」

支援している村人の中には農家の人もいる。

俺とメルシアは手分けして農家や元農家の人に声をかけて、使っている肥料や使っていた肥料を片っ端から集めていくことにした。

「……薄々予想していたけど、やっぱり少ないね」

「やせ細った土地のせいで農業をしている方も少ないですから」

午前を費やして集まった肥料は、たったの三種類だった。

この村は土が痩せているせいか、農業に向いていないのだ。

ロクに農業も行えない土地で、豊かな肥料が存在するはずもなかった。

現在では過去に試した肥料の中でいい感じのものを共有し、栽培できるものを細々と作っている感じらしい。

「ベースとしての素材はこれらでいいとして、もうちょっとこの村にある素材を集めたいかな」

錬金術は素材を加工し、変質させる技術だ。

良質な素材があればあるほど、選択肢は増えていき、より良質なものへと変えられる可能性が高くなる。これらを改良するためにもう少しこの村独自の素材が欲しい。

「でしたら、森に入るのがいいでしょう。あそこならば、様々な素材が手に入ります」

「わかった。じゃあ、ちょっと行ってくるよ」

「私も同行いたします」

方針が決まり、素材を集めに行こうとするのだが、何故かメルシアが付いてこようとする。

「えっ? メルシアも? それは危ないんじゃないかい?」

「ご安心ください。私はメイドです」

「いや、身の安全とメイドに何が関係あるのさ?」

これは冗談なのだろうか? 真顔で告げられると冗談なのか判断しかねる。

クールな印象の強いメルシアならば、なおさらだ。

「メイドであれば、主を守るくらいの戦闘力は当然有しているということです」

首を傾げる俺にメルシアは堂々と言った。

「そういうものなの!?」

「はい。そういうものです」

ええ? 帝城にいる他のメイドはとても戦闘ができるようには見えなかったんだけど。

メルシアの身体を眺めてみるも、とても戦えるような身体には見えない。

まあ、それは俺も同じなんだけど、本当に大丈夫なのだろうか?

「昔から森には何度も入っております。案内役がいれば採取もスムーズです」

俺の心配など不要とばかりに淡々と告げるメルシア。

「そりゃ、助かるけど危なくなったらすぐに後ろに下がるんだよ」

「いえ、前に出ます」

「なんで!?」

「主をお守りするのがメイドの使命なので」

キリッとした顔で告げるメルシア。

本当に大丈夫なのだろうか。

もし、魔物と遭遇することがあれば、俺が率先して対処することにしよう。





プルメニア村から徒歩で小一時間ほど歩いて平地を越えていくと、緑豊かな森にたどり着いた。

「獣王国だからか帝国とは植生が微妙に違うね」

俺が見てきた植生といっても、帝国の周囲や道中での景色と少ないものであるが、一目で違うとわかるほどに違った。

やたらと高い木々が生えていたり、葉っぱの形が見たことのないものが多い。

それに木の実や果物も色鮮やかで奇妙な形をしているものがたくさんある。

この星型の木の実とか、なんなのだろう?

「自然内の競争が激しく、動物だけでなく植物までも独特な進化をしていますから。その星型の木の実などは、触れると酸が出るので触れないでください」

「はい」

メルシアにさりげなく注意されてサッと手を引っ込める。


【アシッドスター】

獣王国南部の森に自生している植物。

星のような形をしており、斑模様が浮かんでいる。

ゴツゴツとした表面とは裏腹にとても柔らかく、迂闊に握ると内部にある酸が飛び出す。

酸にかかってしまった場合はすぐに水で洗い流し、治療する必要がある。


錬金術師に備わった力で鑑定してみると、メルシアの言う通り危ない木の実だった。

「危ない木の実だね」

「きちんと水で洗い流し、加工すれば水筒の代わりにもなるので便利な植物です」

酸を蓄えることができるからか、水分には強いらしい。

「面白いから採取しておこう」

「では、私が支えておきますね」

メルシアが下から丁寧にアシッドスターを持ち上げて、俺は採取用のハサミで茎を切る。

パチンと音が鳴ると、アシッドスターは綺麗に切り離された。

「酸はどうされますか?」

「採取しておきたい! 何かに使えるかもしれないし!」

錬金術で酸性分を強化すれば、より凶悪な強酸液にすることができるし、除草液の材料として使えるかもしれない。どのようなものでも素材になることがあるので、ピンときたものはできるだけ採取するようにしている。

アシッドスターを慎重に持って軽く針を刺す。

すると内部に蓄えられていた黄色い酸性液が落ちてくるので採取瓶に入れる。

これで採取は完了だ。採取瓶とアシッドスターをマジックバッグに収納。

「いやー、やっぱり実地での採取は楽しいな!」

「帝国ではあまりさせてもらえなかったのですよね?」

「そうなんだよ。素材の採取なんて騎士団や冒険者に任せればいいって言われてやらせてもらえなくて。こうやって実際に素材を見て、向き合うことで閃くこともあるっていうのに」

宮廷錬金術師になれたお陰で素材が勝手に集まってくるようになるのはいいことだが、身動きがとりづらくもなってしまった。だから、こうして自由に採取に赴けるのは実に楽しい。

見習い錬金術師の頃を思い出すようだった。

アシッドスターを採取すると、俺とメルシアは奥へ進んでいく。

当然、森の中なので舗装された道などはないが、頻繁に採取に出入りしているからか地面は踏み固められていて歩きやすい。

とはいえ、ロングスカートにフリルのエプロンを付けた状態で歩きやすいわけじゃないんだけどな。

前を歩くメルシアは相変わらずメイド服だ。これで本当に戦えるのだろうか。

訝しんでいると、メルシアの足がピタリと止まった。

「ッ! イサギ様、魔物です!」

視界にはまったくそれらしい存在はいない。

が、ジッと止まって気配を探ってみると、確かにそれらしい気配があるのがわかった。