イサギがプルメニア村で錬金術による農業を行っている頃――


レムルス帝国の錬金課を統括しているガリウスは、皇位継承権第一位のウェイス・ドレバンシェア・レムルス皇子に呼び出されていた。

レムルス帝国の錬金課に資金を回しているのはウェイス。いわば、ガリウスの上司となる人物故に、ガリウスが定期報告を行うのはいつものことだった。

呼び出されたガリウスはいつものように定期報告を行う。

今月は特に問題もない。むしろ、イサギを解雇し、魔道具やアイテムの製作を率先して行う錬金術師を雇い入れたために生産も上がっている。褒められることはあっても、叱責されることはないだろうとガリウスは思っていた。

ガリウスからの一通りの報告を終えると、ジーッと椅子に腰かけて耳を傾けていたウェイスが口を開いた。

「ガリウス、今月はイサギについての報告がないのだが奴は何をしている?」

第一皇子であるウェイスがなぜ平民であるイサギを気にかけているのか、理解ができないし、まるで繋がりが見えなかったのだがガリウスはありのままを報告することにした。

あの生意気な平民がいなくなったことを聞けば、きっとウェイスも気を良くするに違いない。

内心でそんなことを思いながら笑みを浮かべて告げる。

「ああ、あの無駄飯食らいの平民は解雇いたしました」

「なに?」

ウェイスが満面の笑みを浮かべるだろうと思っていたガリウスは、予想とは違った反応に戸惑う。

「なぜ、イサギを解雇した?」

「帝国における錬金術師の役割は戦争のための魔道具とアイテム作成……それを最低限しかこなさず、土いじりばかりを行う彼は錬金課の足手纏い以外なにものでもありません。そもそも、尊き御方と貴族が住まう帝城に下賤な血を引く、平民がいるべきではありませんから」

「馬鹿者! お前はなんということをしてくれたのだ!」

「は?」

イサギを解雇したことについて褒められると思っただけに、ガリウスは硬直してしまう。

「イサギには錬金術によって作物を品種改良し、深刻な帝国の食料生産事情を上げるための役割を与えていたのだ! あいつの作り出した作物に確かな希望があったからこそ、余は周囲を説得して軍事費のさらなる拡大をさせたのだぞ! どうしてくれる!」

込み上げた怒りをぶつけるかのようにウェイスはテーブルを叩いた。

イサギとウェイスに面識があるとは知っていたし、数年前に興味を示していたことは知っていた。しかし、その興味が今も続いていると思っていなかったガリウスは叱責を受けて焦った。

「恐れながらイサギはそのような研究をしていましたが、奴ごときの実力で形になるとは到底思いません」

「貴様はそう言うが、余は実際に奴から提出された研究データや、城内にある実験農場を目にしたことがある。そこでは帝国と同じ土が使われ、従来の作物とは比べ物にならない速度で農作物が生産されていたぞ」

「そ、そんなバカな……」

「お前はイサギの上司であろう? 一体、部下の何を見ているのだ! この無能め!」

さらに鳴り響くテーブルの音。

相手は未来の皇帝だ。

ウェイスからすれば、自分のような地位の高い貴族でも虫けらのようなものだ。

叱責を受け、印象が悪くなるだけで未来は真っ暗になってしまう。

深刻な状態に陥ったガリウスは焦りに焦った。

少し無言の時間が経過すると、ウェイスはゆっくりと深呼吸をして、心を落ち着かせた。

「……イサギが残した研究データや実験農場の作物はないのか?」

「ありません」

イサギを辞めさせた当日にガリウスはすぐに彼が出ていったかをチェックした。

小汚くて狭い工房兼私室には跡形もなく彼の痕跡はなくなっていた。

宮廷錬金術師であれば、自作したマジックバッグを持っているのは当然だ。

たとえ大きな荷物でもマジックバッグに詰めてしまえば、すぐに荷造りは終えてしまう。

大きくて邪魔になるから残すといったことはほぼほぼない。

「チッ、それらがあれば他の奴らに引き継がせたものを……至急イサギを連れ戻すか、代わりとなる食料生産の改善案を提出しろ!」

「はい!」

ウェイスからの勅命にガリウスは即座に身をすくめながら返事をし、いそいそと部屋を退出する。

そして、しばらく城内の廊下を歩くとウェイスとのやり取りを思い出して、屈辱に身を震わせるのだった。