多くの村人が調理や準備を手伝ってくれたお陰で、日が暮れる前に宴の準備が整った。

中央広場には多くの村人が集い、テーブルには多くの料理が並んでいる。

野菜と香辛料をふんだんに使ったポトフにミネストローネ、たくさんの野菜と肉を使った炒め物、焼きトウモロコシ、生野菜サラダ、小麦粉を薄く伸ばして焼いたチャパティにローストチキンなどと。

俺が提供した作物だけでなく、狩人が持ってきてくれた肉や、各家庭が持っている秘蔵の食材や香辛料なども合わさっていた。

普段食べられることのない豪勢な料理らしく、集まっている村人たちはとても興奮しているようだった。腰を下ろしている獣人たちの尻尾がブンブンと揺れていた。

俺も美味しそうな料理を前に涎を垂らしてしまいそうな勢いだ。

「イサギ君、ちょっと来てくれるか?」

「はい」

彩豊かな料理を眺めていると、ケルシーに呼ばれたので前に出る。

「今日は急な呼びかけにもかかわらず集まってくれて感謝する。食料に乏しい我が村でこれだけ豪勢な食材が集まったのは、先日越してきたイサギ君が錬金術によって作物を育てあげてくれたお陰だ」

ケルシーは威厳を感じさせる口調で述べると、村人たちが歓迎するように拍手をしてくれて口々に感謝の言葉を述べてくれる。

それらが落ち着くと、ケルシーはポンと俺の背中を叩いた。

どうやらここで自己紹介をしろということらしい。

いきなりハードルが高い。だけど、村人たちに顔と名前を覚えてもらういい機会だ。

「はじめまして、錬金術師のイサギです。先日この村に越してきたばかりで、わからないことも多いですが、何卒よろしくお願いいたします」

「硬い!」

少しバカ丁寧過ぎたようだが、ケルシーの突っ込みのお陰で広場では笑いの声が上がった。

「食材はまだまだありますので今日は思う存分食べてください!」

「そういうわけだ! プルメニア村に加わった新たなる住民を歓迎して乾杯!」

「「乾杯!」」

ケルシーが杯を掲げると、村人も同じように杯を掲げた。

あちこちで杯がぶつかり合う音が響く。

俺はケルシーやシエナと乾杯し、声をかけてくれる村人たちと乾杯を交わす。

一通り杯を交わして元の席に戻ろうとしたら、なぜか他の村人が座って食事を始めていた。

遅れてやってきた人が座ってしまったのだろうか。

「イサギ様、こちらが空いております」

どうしようかと悩んでいると、メルシアから声をかけられた。

周りにはネーアや同じ年齢くらいの女性が多くいるが、そこ以外に空いているところも見当たらないので素直にお邪魔することにした。

「料理は取り分けておきました」

「ありがとう」

席に座ると、メルシアによって一通りの料理が取り分けられていた。

甲斐甲斐しいのはいつも通りであるが、ネーアをはじめとする村人たちの視線が妙に生暖かいのが気になった。

とはいえ、今はそれよりも料理だ。

目の前の深皿には豪快にカットされた具材が入ったポトフがある。もうもうと白い湯気を上げており、とても美味しそうだ。

匙ですくって口に運ぶと、ニンジンとタマネギの甘みが口内を満たした。

「うん、美味しい」

ごろりとしたジャガイモがほろりと崩れ、スライスされたキノコから豊かな風味が吐き出される。大きなウインナーからはしっかりとした肉の味を感じ、ほのかに混ざった胡椒がピリッと味を引き締めていた。

「ニャー! こんなに野菜たっぷりのスープは久しぶり!」

「普段は多くても三種類程度だし、節約して屑野菜を使うことも多いもんね」

すぐそばではネーアをはじめとした獣人たちが料理を食べてそんな感想を漏らしていた。

俺の育てた食材で皆がこんなにも喜んでくれて嬉しい。

「でも、この宴が終わると、またいつもの食事に逆戻りなのか」

しかし、一人の村人の言葉でどんよりとした空気に包まれる。

これだけ豪勢な料理を食べられても、明日にはまた貧しい食事に戻ってしまう。

そう思うと憂鬱になってしまうのもしょうがないだろう。

だが、俺がやってきたからにはそんな生活を送らせはしない。

「安心してください。俺が品種改良をした作物であれば、この村でも栽培することができるんです。痩せた土地でもしっかりと育ち、寒さや病気にも強い。そんな作物の種を皆さんにお分けします」

品種改良した作物を俺だけが独占しても意味はない。

この村に住んでいる村人が各々で育て上げ、収穫できなければ、各家庭の食料レベルが上昇したとは言えないだろう。

だから、俺はこの村の人たちにも品種改良した作物を育ててほしいと思っている。

「でも、それは錬金術師のイサギじゃないと育てられないんじゃないの?」

「急激に育てるには錬金術による調整が必要ですが、錬金術師じゃなくても短期間で収穫することは可能です」

元々これらの作物は誰でも栽培できるように改良したものだ。錬金術師がいないと作れないのでは意味がない。

「じゃあ、あたしでもできるの?」

「はい。きちんと手入れをしてあげればネーアさんでも育てられます」

ネーアの質問に答えると、周囲で聞いていた獣人たちがどよめきの声を上げた。

「ですから、もう一度皆で作物を育ててみませんか?」

「それが本当なら夢のようだ。だが、君はこの村にやってきたばかり。どうして俺たちにそこまでしてくれる?」

改めて問いかけると一人の獣人が言った。

品種改良をした作物を育ててみたい気持ちはあるが、やってきたばかりの俺がどうしてここまでしてくれるのか不思議でならないのだろう。

獣人の疑問にメルシアがムッとして立ち上がろうとするが、俺は静止させた。

「俺は孤児です。赤ん坊の頃に帝都の教会の前に捨てられ、配給される僅かな食料を奪い合い、それでも足りずにお腹を空かせながら過ごしてきました。だから、空腹の辛さは知っています。生きてきたからには誰だってお腹いっぱいに美味しい料理を食べたいじゃないですか」

どんなに強い人でも、どんなに偉い人であっても空腹は等しく訪れる。

貧しい食事をすれば心が荒み、なんのために生きているのかわからなくなる。

そんな苦しい思いは誰にもしてほしくない。

だから、俺は錬金術師となってからも、食材の研究をしていた。

より多くの人が美味しい食べ物を食べられるために。

「……すまない。君を疑うようなことを言ってしまって」

「いえいえ、俺が逆の立場でも同じ疑問を抱きますから」

「イサギ君が品種改良したという作物の種を譲ってくれ。食卓が豊かになるなら俺も農業をやってみたい」

「俺も俺も! 山や森の恵みにも限りがあるしな!」

「私も農業をやってみたいわ!」

質問をしてきた獣人がそう言うと、次々と獣人たちが集まってきて種を求めてきた。

「落ち着いてください。種はたくさんありますから!」

俺はもみくちゃにされながらも村人に種を分け与えた。

すべての村人は農業を始めるわけではないが、これだけ大人数の村人が農業を始めれば十分に食料がいきわたるようになるに違いない。これでプルメニア村の食料事情は大幅に改善されるだろう。

「よし、プルメニア村の新たな希望に乾杯だ!」

ケルシーの音頭に村人たちはさらなる熱を帯びた声で答えた。