……ええと、ここがそうなのかな。看板も何も見当たらないけど……合ってる、よね?

 ある女性が月野郵便局を訪れたのは、それから三日後のことだった。

 女性は暫くキョロキョロと顔を動かしていたが、意を決したように『営業中』のプレートが掛けられた扉に手を掛ける。ゆっくりと扉を開くと、緊張した面持ちで歩みを進めていった。

「いらっしゃいませ」

 中に入ると、優しそうな笑顔を浮かべた男性がすぐに彼女を迎えてくれた。彼は現代にしては珍しく、濃紺色の着物を着ていたので彼女は少し驚いてしまった。しかもその着物がえらく似合っているので思わず見惚れてしまったほどである。

「……あの、お客様?」

 不思議そうな声色に我に返ってハッとする。

「あ、す、すみません! ぼーっとしちゃって!」
「大丈夫ですよ。ええと、本日はどのようなご用件で?」

 女性は少し戸惑うように俯いたあと、ぐっと力を込めて顔を上げた。

「……失礼ですが、月野郵便局とういのはこちらで合ってますか?」
「ええ。合ってます」
「そうですか……よかった」

 答えを聞くや否や、女性は鞄から小さな箱を取り出した。

「実は、一昨日これが届いたんですけど……」

 おずおずと差し出されたそれは見覚えのある荷物だった。プレゼント用に個装された、小さなギフトボックス。

「何かお話があるんですね?」
「……はい」
「では、こちらへどうぞ」

 不安そうな彼女の心を安心させるようにやわらかく微笑むと、男は静かに歩き出した。

 カウンターの中を通って案内されたのは小さな部屋だった。扉の右上に応接室と書かれたプレートが埋め込まれている。室内には小さな机と、それを挟むようにして椅子が二つほど置いてあった。

 パタリと扉が閉まり、二人は向かい合わせで座る。ニコニコと優しそうな笑みを浮かべる目の前の男性の顔がえらく整っていることに今更気付いて、彼女の頬が赤く染まった。

「改めまして。僕は局長の月野十五と申します」
「…………中原百合です」

 その名前を聞いて月野はやはりな、と内心で思った。

 受け取った荷物を持ってここに来たのだ。何か事情があるのは間違いない。そして彼女にも、どうしても届けたいと願う大切なものがあるのだろう。ここはそういう(・・・・)場所だから。

 机に置かれたギフトボックスに目をやると、中原百合は弱々しい声で言った。

「……あの。家にこの荷物を届けてくれたのって月野郵便局さんで間違いないんですよね?」
「ええ。そちらのお荷物は確かにうちが預かり、中原さんの元へお届けしました」
「……もしかして、荷物を頼みに来たのってこの人じゃありませんでした?」

 百合は難しい顔をしながら一枚の写真を差し出す。

 それは、ポニーテールの長い髪を花の髪飾りで彩り、裾の広がったワンピースを着た可愛らしい女性と、緊張からかぎこちない笑みを浮かべている男性のツーショット写真だった。その写真は随分昔に撮られたもののようで、今では貴重な白黒写真である。

「これ、あたしの祖母なんですけど……」

 写真を見つめたまま、百合は話を続ける。

「その隣。ここに来たのって、この男性によく似た方じゃありませんでしたか?」

 百合の指差した男性には確かに見覚えがあった。つい先日この郵便局を訪れた鈴木浩。その男で間違いない。

 ……しかし。この写真の男が鈴木浩だとすると少し、いや、かなりおかしい話だ。

 だって、先日見た鈴木の姿は写真の中の姿と何ひとつ変わっていないのだから。二十代半ばの、優しそうな好青年。まるで歳を取ることを忘れてしまったかのように、容姿にまったくの変化がない。

 他人の空似、あるいは親族、血縁者。確かにその可能性も否定出来ない。だが、月野には分かっていた。この写真の人物が、先日ここに来た鈴木浩本人であるということを。

「申し訳ありませんが、個人情報ですのでお答えする事は出来ません」
「そこをなんとか……!! お願いします!」

 机に付きそうなほどの勢いで頭を下げた百合に、月野は優しく語りかける。

「何か事情がお有りなんでしょう? もし良ければお話を聞かせて頂けませんか? 力になれるかもしれません」

 ゆっくりと顔を上げ、百合は逡巡(しゅんじゅん)するように視線をさまよわせる。ふぅ、と小さく息を吐くと、ぽつぽつと話し出した。

「この荷物の中身は、すみれの花が付いた髪飾りだったんですけど……」
「髪飾り?」
「はい。ほらこれです。この写真の頭に付けてるやつ。実はこれ……祖母の形見なんです。あたし、毎日鞄に入れてお守り代わりに持ち歩いてたんですけど、何日か前にどこかに落としてしまって……」

 百合はあの日を思い出す。