何気なく訊いてみると、智歌はまた何も返してこなくなった。
たぶん智歌は、まだ俺に隠していることがあるのだろう。自分の想いだったり、俺には分からない真実だったり、彼は俺に言いたいことがあるのだろう。
 それでも智歌が言いたくないのなら、それでよかった。ちゃんとちぃを連れてきてくれさえすれば、それ以上、俺は彼から何も望まない。
「智歌。ごめん、何でもない。お前のこと俺、信じるから」
その言葉は彼にとって酷だったかもしれない。言ってすぐ申し訳なかったけれど、その言葉に込めた俺の気持ちに迷いも不安もなかった。
「ごめん。翔奏。一ついいか?」
突然、智歌は気持ちを押し殺したような低い声でそう訊ねた。俺はその低さに驚いて、言葉を失った。
「俺、お前に黙ってたことがあるんだ」
「何?」
淡々と続ける智歌の言葉に、辛うじて出た声は掠れていた。
「俺、ちぃが石段で転んだとき、病院に運んだのは、俺なんだ。倒れているちぃを抱き起したとき、最後にあいつ、お前の名前を言ってた」
予期せぬ言葉に息が詰まった。頭が真っ白になって、その中でじんわりと昔の光景が浮かび上がる。
 あの夏の日の階段。そこに横たわるちぃを見て俺は逃げ出した。そこに智歌がいたというのだろうか。
「智歌。それどういう」
「だから大丈夫だ。じゃあ絶対連れて行くから、頑張れよ。俺もいろんな気持ち断ち切るから」
智歌はそれ以上、俺に問わせる時間を与えなかった。
 そして、その声は、笑っていた。
 どうしてそんなふうに笑えるんだよ。
自分の気持ちを断ち切るって、どういう意味なんだよ。
 声に出して訊きたくても、喉に引っかかって出ない。
でも、その答えに、俺はすぐに辿りついてしまった。
 智歌は、自分の気持ちを犠牲にして、嘘を吐いてきた自分を許してもらおうとしているのだ。
 俺はとっくに許してるのに、そんなことしなくていい。智歌もちぃにちゃんと気持ちを伝えればいいのだ。
「智歌! お前もちぃに」
「翔奏。どうして俺は今まで深桜に何も言わなかったと思う?」
落ち着いた智歌の声は、どこまでも穏やかで深い声だった。
「俺が気持ちを伝えても無駄だからだ。あの時、ちぃは俺じゃなくて、翔奏の名前を呼んだんだ。全部言わなくても分かるだろ?」
それはつまり……。