プラスチック製の球体に、精製水とグリセリンを7:3ぐらいの割合で入れる。そこに好きなラメパウダーやホログラムを入れ軽く混ぜ、さっき作っていたフィギュア付きの台座を、球体にしっかりと付けて蓋をすればスノードームの完成だ。

 ちなみに、ラメが舞い落ちるスピードをゆっくりさせたい場合はグリセリンの量を多くしたり、逆に早くさせたい場合は水の量を足してみたりと、分量は自分好みに調整していいそうだ。俺は慣れてないので言われた通りにやるけれど。

「皆さん! そろそろ完成してきた頃でしょうか? 思い出の夏をしっかりスノードームに詰めて下さいね!」

 どうやら、参加者のほとんどが完成しているらしい。周りでは完成したスノードームの写真を撮ったり感想を言い合ったりと盛り上がっている。

 せっかく作ったので、机の上に並んだ六つのスノードームを紹介しよう。

 まず真田さん。真田さんは赤い金魚が入ったスノードームを作っていた。水色と緑のアクリルアイス、白いホログラムが涼しさを演出し、愛嬌のある赤い金魚が可愛らしい。
 金魚のフィギュアをあえて接着せず液体の中に浮かべることで、動かすと本当に金魚が水の中を泳いでいるみたいに見える。プラスチックの球体を金魚鉢に見立てたというアイデアはさすがだ。

 次にツカサさん。夏といえば肝試しが一番最初に浮かんだらしく、スノードームの真ん中には白いシーツを被ったような定番のお化けのフィギュアが一体。その隣には頭にリボンを付けたシーツお化けが一体。どうやらカップルらしい。動かすと、黒、金、銀のラメがゆっくりと舞い落ちる。

「ちょっとハロウィンっぽくなっちゃったかな。テーマに合ってないよね」
「いやいや。夏は肝試しも定番ですし有りだと思うッス」
「本当? ありがとう」

 言いながら、真田さんはツカサさんの作品を凝視していた。憧れの人の作った物を目の前で見られるのが嬉しいんだろう。

 次はトオルさん。彼女のスノードームはとにかく美しかった。夜空に輝く満天の星空を切り取ったかのようにきらめくスノードーム。水に着色を施しているのか、全体が紺と紫を混ぜたような色をしている。金色のラメパウダーやグリッターがまるで天の川のようだ。しかも、星の形をした大きめのホログラムが入っていて、動かすとそれが流れ星に見えるのだから驚きだ。織姫と彦星を思わせる和服の男女のフィギュアが可愛らしい。

 ……いや、普通にすごくない? 素人とは思えない出来栄えなんですけど。真田さんもすごく気に入っているようで、さっきから「トオルさんのそれ良いッスね。マジで綺麗ッス、マジで」と大絶賛している。

 まぁ、俺と姉ちゃんのは本当に大したことないので軽く流そう。俺はスイカとバッド、姉はビーチパラソルと浮き輪のフィギュアを貼り付け、あとはカラフルなラメパウダーを散らした感じだ。二人とも家族で行った海をイメージして作ったのである。……はい、恥ずかしいから次に行こう。

 大トリはそう、八神さん。彼が何を作ったかはちょっと説明しにくいのだが、頑張って伝えようと思う。
 八神さんのスノードームには朝顔のフィギュアが入っている。青と紫色をしたキレイな朝顔だ。その前には、小さなリスのフィギュアとちょっと背の高いウサギのフィギュア。……ここで「ん?」と思った人も多いだろうが、最後まで言わせてほしい。さらにもう一体あるフィギュアは袴姿の女の子である。

 お分かり頂けただろうか。この男、スノードームの中でサマーウォーズを再現しやがったのだ。いや、確かに最初に頭に浮かんだって言ってたけども! 確かにあれは夏のイメージだけども! 俺も夏になると繰り返し映画見るけども! まさかアバターで揃えてくるとは思わなかった。

 しかも、液の中に全色のホログラムを入れそのキラキラをアバター代わりにし、OZ(オズ)の世界観まで出そうとするこだわりっぷりである。そこそこ上手いのが腹立たしい。もういい加減どっかから怒られろ!!

「トオルさんのこれ良いッスね。ロマンチックで女性に人気出そう」
「ありがとうございます。今度、このデザインを元に何か作ろうと思ってるんですよ」
「あ、いいッスねそれ。ならサイズ小さくしてピアスとかどうッスか?」
「それなら樹さんの金魚もピアスにしてみたらどうです? 私そのデザイン一目で気に入っちゃって。もしアクセサリーとして売ってたら迷わず買います。だって歩くたびに揺れる金魚とかめちゃくちゃ可愛いですもん!」

 真田さんとトオルさんが何やらハンドメイド談義で盛り上がっている。二人とも生き生きしていて、なんだか楽しそうだ。

 最後に参加者全員で記念撮影をし、およそ二時間のワークショップは無事終了となった。

 エアコンが効いて涼しかったビルを出ると、むせ返るような暑さが俺たちを襲う。もうすぐ夕方だというのに太陽はまだまだ元気そうだ。

 真田さんは憧れのツカサさんと、トオルさんは姉……もといサナさんと話し込んでいる。隣をチラリと見た俺は「あ、ヤバい」と焦りを覚えた。八神さんの顔色と死んだようなあの目、エネルギー切れ三分前の表情だ。用意してきたマグボトルの中身はもう空だし、何か食べ物を口にしないと非常にまずい。姉にアイコンタクトを送ると、異変を察知した彼女はすぐ動き出した。

「皆さんこの後ご予定ありますか? もしなかったらお茶でもしていきません?」
「いいですね!」
「せっかくだから行きましょう。八神さん達もご一緒に……って八神さん、顔色悪くありません!? 熱中症ですか!?」

 漂白剤で着け洗いしたタオルを凌駕する八神さんの顔色に、ツカサさんが驚いて駆け寄る。

「あー、()()()()は体調崩しやすいんです。何かお腹に入れて少し休めば元気になるんで心配しないで下さい」
「じゃあ急いで店に行きましょう!!」

 俺たちはビルから目と鼻の先にある大手コーヒーショップ店に入った。八神さんを先に座らせ注文を済ませる。とりあえずこの店で一番甘そうなチョコチップ入りホイップアイスココアを選んでおけば間違いないだろう。あとは野菜も気軽に取れるサンドウィッチでいいか。ケーキがいいって駄々をこねられるかもしれないけど、抑止力となる姉ちゃんがいるから大丈夫だろう。

 ご自由にお取りくださいと書かれたコンディメントコーナーからガムシロップを六個、心の中で謝罪しつつ頂いて席に持って行く。

「どうぞ八神さん」
「……ア、アリガト」

 八神さんは貰ってきたガムシロップを迷うことなく手に取ると、機械のように次々と入れていく。俺と姉ちゃん以外の三人はその奇行に目を丸くしていた。

 胸焼けしそうな茶色い液体をチューチューとストローで吸い始めたのを見て、胸を撫で下ろした。よし、一先(ひとま)ずこれで安心だろう。安堵する俺の頭の中にはスイカの皮にかぶりついて汁をすすっているカブトムシ虫が浮かんだ。