昼間のおかげかこないだよりは明るい旧校舎だが、相変わらず空気は埃っぽいし廊下はギシギシと軋んでいた。この音楽室も、怪しげな雰囲気は健在だ。
「──さて」
真っ黒なグランドピアノを囲むようにして並んでいる俺たちを確認すると、八神さんは切り出した。
「さっきの続きだけどね。奈々さん、君が言ってたのはこのピアノで間違いないね」
「はい。この蓋を開けて隅々まで探してます」
江川さんはハープを横に置いたような形の黒いボディを指差しながら言った。
「ああ、やっぱり。君が言っている蓋はピアノの響板──鳥の翼のような形のこの部分だね」
俺がハープを横に置いたような、と説明したその部分は響板というらしい。鳥の翼……まぁ、見えなくもない。
「これを覆っている黒い部分はね、蓋じゃなくて屋根って言うんだ」
「えっ!?」
「ピアノに詳しくない人はあまり知らないだろうね。普通に蓋に見えちゃうし」
屋根……確かに初耳だ。ていうかあの部分に名前があったことすら初耳である。それにしても、八神さんは何故こんなに詳しいんだろう。ピアノでも習ってたのか? 言いながら八神さんは黒い棒のようなもので開いた屋根を支える。
「この屋根はピアノの音を反響させる役割があってね。この突上棒で支えてあげれば……よし、開いた。奈々さんが探してた場所ってこの中のことじゃないかな?」
動物捕獲の罠のように開かれたピアノの内部をチラリと見ると、江川さんは小さく頷いた。
「実はピアノには一度入ると中々出て来られない秘密のスポットがあってね。おそらく、西原先生は預かったプレゼントをこっちの隙間に落としたんじゃないかと思うんだ」
八神さんは鍵盤を覆っている蓋に手を掛ける。横長の赤いフェルトをしゅるりと外すと、白と黒の鍵盤がお目見えだ。
「ほら、見える? グランドピアノの鍵盤蓋はね、開閉する時こうして本体との間に隙間が出来るんだ」
説明しながら、八神さんは再び鍵盤の蓋を閉じた。
「誰か鉛筆持ってない?」
その問いにいち早く反応したのは芳賀さんだった。ネタをメモするために使っていた赤いシャーペンを八神さんに渡す。
八神さんは借りたシャーペンを閉じた蓋の上にのせ、そのままサッと開く。すると、蓋の上にあったシャーペンはコロコロ転がり、蓋とその正面との間に出来た僅かな隙間に吸い込まれるように消えてしまった。ほんの一瞬。まるで手品のような鮮やかなイリュージョンだった。
「これが和臣さんの考えたプレゼントの隠し場所ですね? なので、おそらくプレゼントはこの隙間に入る大きさの物だと思います」
「そ、そうそう、まったくその通りです! 和臣から預かっていたのは一通の封筒でね。その中身は俺も知らないんだ。俺は言われた通りの場所に指示通り隠しただけ。俺もピアノに全然詳しくないからさ、実はどうやって取り出すのかなって疑問だったんだよ。だって、どうしたって手が届かないんだから!」
西原先生は興奮気味に言った。
「確かにそうです。この隙間に入ってしまってはどう頑張っても中身を取り出せません。でも、簡単に取り出せる方法はあるんです。今から説明しますが……自慢じゃないけど僕は体力がないんだ。ここから先はケントくんに手伝ってもらおう。ケントくん」
「ぅえっ?」
突然お呼びがかかった俺は、驚きながらもピアノに近付いた。
「実はこの鍵盤蓋はね、コツさえ掴めば誰でも簡単に外せるものなんだ。ケントくん。蓋を開けた状態にして上の曲線になってるところを手で掴んでみて」
「えっと、こうですか?」
「そうそう。そのまま上に真っ直ぐ持ち上げて。重いからゆっくりでいいよ」
言われた通りゆっくり真上に持ち上げると、蓋はストンと外れた。確かに予想していたより簡単に外せたが、この黒い蓋、マジで結構重い。八神さんが持ったら倒れるかもしれないな。
「重いから横に立て掛けておいていいよ」
八神さんに言われた通り、俺は壁側に立て掛けるように黒い蓋を置いた。
蓋を外すとピアノの内部がよく見える。おお、なんだか見てはいけないゆるキャラの中身を見てしまった気分だ。白い鍵盤の向こうには、木琴のような板がずらりと並んでいた。どうやら鍵盤と繋がっているらしい。ピアノの仕組みは複雑である。そして、その板の真ん中にぽつんと乗っているのは落としたばかりの鉛筆と、一枚の封筒。
「あっ!!」
「こ、これです! これ、俺が入れた封筒! 間違いない」
「こんな所にあったなんて……これじゃあ見つかるはずないじゃんか」
江川さんが嘆くようにポツリと言った。
「奈々さんも言ってただろう? 二人の出会いはこの音楽室で、取れない場所に落としてしまったシャーペンを取ってくれたことだって。きっと、麻衣さんはこのピアノと鍵盤蓋の隙間に落としてしまったんじゃないかな。だからきっと和臣さんはその時と同じ場所に封筒を隠したんだと思う。二人しか知らない特別な思い出だから」
「……そういえば。お姉ちゃん、分解してあっという間に取ってくれたのがカッコ良かったとか言ってたような……。なんのことか分からなかったけど、きっとこうやって蓋を外してくれたんですね」
「おそらくね。……さぁ、奈々さん」
八神さんに促され、江川さんは封筒に腕を伸ばす。
「──さて」
真っ黒なグランドピアノを囲むようにして並んでいる俺たちを確認すると、八神さんは切り出した。
「さっきの続きだけどね。奈々さん、君が言ってたのはこのピアノで間違いないね」
「はい。この蓋を開けて隅々まで探してます」
江川さんはハープを横に置いたような形の黒いボディを指差しながら言った。
「ああ、やっぱり。君が言っている蓋はピアノの響板──鳥の翼のような形のこの部分だね」
俺がハープを横に置いたような、と説明したその部分は響板というらしい。鳥の翼……まぁ、見えなくもない。
「これを覆っている黒い部分はね、蓋じゃなくて屋根って言うんだ」
「えっ!?」
「ピアノに詳しくない人はあまり知らないだろうね。普通に蓋に見えちゃうし」
屋根……確かに初耳だ。ていうかあの部分に名前があったことすら初耳である。それにしても、八神さんは何故こんなに詳しいんだろう。ピアノでも習ってたのか? 言いながら八神さんは黒い棒のようなもので開いた屋根を支える。
「この屋根はピアノの音を反響させる役割があってね。この突上棒で支えてあげれば……よし、開いた。奈々さんが探してた場所ってこの中のことじゃないかな?」
動物捕獲の罠のように開かれたピアノの内部をチラリと見ると、江川さんは小さく頷いた。
「実はピアノには一度入ると中々出て来られない秘密のスポットがあってね。おそらく、西原先生は預かったプレゼントをこっちの隙間に落としたんじゃないかと思うんだ」
八神さんは鍵盤を覆っている蓋に手を掛ける。横長の赤いフェルトをしゅるりと外すと、白と黒の鍵盤がお目見えだ。
「ほら、見える? グランドピアノの鍵盤蓋はね、開閉する時こうして本体との間に隙間が出来るんだ」
説明しながら、八神さんは再び鍵盤の蓋を閉じた。
「誰か鉛筆持ってない?」
その問いにいち早く反応したのは芳賀さんだった。ネタをメモするために使っていた赤いシャーペンを八神さんに渡す。
八神さんは借りたシャーペンを閉じた蓋の上にのせ、そのままサッと開く。すると、蓋の上にあったシャーペンはコロコロ転がり、蓋とその正面との間に出来た僅かな隙間に吸い込まれるように消えてしまった。ほんの一瞬。まるで手品のような鮮やかなイリュージョンだった。
「これが和臣さんの考えたプレゼントの隠し場所ですね? なので、おそらくプレゼントはこの隙間に入る大きさの物だと思います」
「そ、そうそう、まったくその通りです! 和臣から預かっていたのは一通の封筒でね。その中身は俺も知らないんだ。俺は言われた通りの場所に指示通り隠しただけ。俺もピアノに全然詳しくないからさ、実はどうやって取り出すのかなって疑問だったんだよ。だって、どうしたって手が届かないんだから!」
西原先生は興奮気味に言った。
「確かにそうです。この隙間に入ってしまってはどう頑張っても中身を取り出せません。でも、簡単に取り出せる方法はあるんです。今から説明しますが……自慢じゃないけど僕は体力がないんだ。ここから先はケントくんに手伝ってもらおう。ケントくん」
「ぅえっ?」
突然お呼びがかかった俺は、驚きながらもピアノに近付いた。
「実はこの鍵盤蓋はね、コツさえ掴めば誰でも簡単に外せるものなんだ。ケントくん。蓋を開けた状態にして上の曲線になってるところを手で掴んでみて」
「えっと、こうですか?」
「そうそう。そのまま上に真っ直ぐ持ち上げて。重いからゆっくりでいいよ」
言われた通りゆっくり真上に持ち上げると、蓋はストンと外れた。確かに予想していたより簡単に外せたが、この黒い蓋、マジで結構重い。八神さんが持ったら倒れるかもしれないな。
「重いから横に立て掛けておいていいよ」
八神さんに言われた通り、俺は壁側に立て掛けるように黒い蓋を置いた。
蓋を外すとピアノの内部がよく見える。おお、なんだか見てはいけないゆるキャラの中身を見てしまった気分だ。白い鍵盤の向こうには、木琴のような板がずらりと並んでいた。どうやら鍵盤と繋がっているらしい。ピアノの仕組みは複雑である。そして、その板の真ん中にぽつんと乗っているのは落としたばかりの鉛筆と、一枚の封筒。
「あっ!!」
「こ、これです! これ、俺が入れた封筒! 間違いない」
「こんな所にあったなんて……これじゃあ見つかるはずないじゃんか」
江川さんが嘆くようにポツリと言った。
「奈々さんも言ってただろう? 二人の出会いはこの音楽室で、取れない場所に落としてしまったシャーペンを取ってくれたことだって。きっと、麻衣さんはこのピアノと鍵盤蓋の隙間に落としてしまったんじゃないかな。だからきっと和臣さんはその時と同じ場所に封筒を隠したんだと思う。二人しか知らない特別な思い出だから」
「……そういえば。お姉ちゃん、分解してあっという間に取ってくれたのがカッコ良かったとか言ってたような……。なんのことか分からなかったけど、きっとこうやって蓋を外してくれたんですね」
「おそらくね。……さぁ、奈々さん」
八神さんに促され、江川さんは封筒に腕を伸ばす。