放課後を示す本日最後のチャイムが教室に鳴り渡り、担任の数少ない連絡事項も終え、下校となった。

 次々と部活や帰路するため教室を出て行く中、後ろの席の野球部が通り過ぎると同時にまたねとこっちへ笑みを向けた。僕もすかさず、またねと返す。

 初めて誰かにそう言った。しかし意外と、あっけなく感じる。

 不思議な感覚を味わうと彼はもう既に教室を出ていた。野球部は生徒指導の教官が顧問でもあるから急ぐのもまぁ無理ない。

 すると、廊下側から明らかにこっちへ近づいてくる足音。さっきからずっと抱えていた思考があらわとなる。

 僕の前席にて騒がしい足音を辞める。

「桑原樹生君長らくおまたせしましたぁ!」

 警官のようなポーズを取り得意な笑顔を示してきた。

 そんな表情を僕は苦い表情と口を持つ。これから言う事に少し申し訳なさと情けなさが募る。

「ごめん。やっぱり今日……」

 目を瞑って意志の弱さを見せてしまうと右腕に感触が走り、自然と言葉が止まった。開けると、彼女が鞄を持つ逆手を僕の腕に回し、優しく掴んでいた。そんな笑顔を浮かべながら。

「ほら立って行こっ! 時間は有限だよ? 急がなきゃ!」

 全くかみ合わない台詞に思わず言葉が詰まる。

「えっ…と。話聞いてました……?」

「もー立ってって言ってるじゃん。早く早くー」

 優しく掴まれたと思いきや彼女からしては想像つかない程の力で綱引きのように引っ張られ、起きあがらせた。

「朝約束したでしょー? 私今日の放課後君と過ごすって決めてるもん!」

 今すぐにでも連れ出そうとする張り切りに少しは対抗した。

「あれは場の流れって言うか、なんというか………」

 言って酷いな僕。

「ダメダメ! そんなのはルール違反! 路線変更なんてぜっーたい許しませーん!」

「…」

「私、何事も最後まで曲げないタイプだから!」

 それは僕の意志の弱さをわざと指して言ったのか。自己主張が強い彼女なら、意志が強いのも比例するであろう。

 掴んだ腕を今度は脇に引き寄せられ強い反動と共に、教室を出ていった。

 廊下中心の踊り場まで一直線に駆け出し、廊下にまだいる部活着の他クラスの生徒らに目を向けられ、今朝からもだがひどく視線というのに気になりだした。中には走る僕らを注意しそびれた先生もいたような。

 それでも女に引っ張られながらついて行くだなんて、なんと情けない男に過ぎん。

 門を出るまで彼女は度々友人らと軽い挨拶を交わしていた。

 腕にいる僕の存在も気づき、戸惑う顔など浮かべられ、余計羞恥が増していった。

 これを想定していたからこそ、断りたかったのもある。

 彼女のような学校でひと気は目立つ存在が、僕なんかと共にいるだなんて想定をも遥かに超える程、そして考えれば不自然極まりないことだ。

 彼女に解放されないまま、門を過ぎ通りに出る横断歩道をへと進み信号を待つため立ち止まった。下校中で生徒らが大勢いる中、いつまでも離さない彼女にようやく声を掛けた。

「そろそろ離してもらえないかな。視線で身が持たない」

「おっとそうだったね。ごめんごめん」

 何故ここまで無意識だったということか。ようやく解放はされたが安堵なんてことができない。

「変な話、どこかに行くってことであってるよね」

「ご名答! 私の超絶おすすめなとこに今から行きます!」

 彼女の超絶と着くほどのおすすめなんて、想像もつかない。

 楽しみにしててなんて空に浮かんだ晴れ模様のような笑顔で言われると、こっちはもう後戻りできなくなってしまう。しばし今だけ自分に少し目を瞑るということにしよう。

 それは無に近い何も思わず、期待もせずと。

 彼女に着いていくがまま通学路でも使う、観覧車が搭載された大型駅を抜け、そのすぐそこにある市電に乗り、この前祭りがあった繁華街方面へと向かっていった。



「うわぁ~! 美味しそ~!!」

 目の前に置かれた、白銀の世界、に向かって彼女は笑みも頬も零れ落ちそうな程、はしゃいだ口調を持った。

 僕らは繁華街へと市電で行き、その中心のアーケード内に存在する、飲食店へと入った。

 店内はお洒落なウッドデッキやら、綺麗で小さめな照明やインテリアも存在しまるで隠れ家の喫茶店のよう。

 向かい合わせとなってテーブル席に着き、そのテーブルに置かれた料理、スイーツこれこそが、彼女の期待を膨らました。

 ここの看板メニューである透明グラスに漫画盛な程量のある、白銀の世界。

 通称『しろくま』と呼ばれる雪山を表すかのような真っ白と柔らかいかき氷。トッピングとして上から練乳がかけられ、頂上にサクランボ、そしてその周りにいちご、ミカン、フルーツカットなど贅沢な盛り合わせ。また小豆も使い、名前通り白熊の表情を描かれている。

 ふわふわとした柔らかい氷が口の中で溶けていって、練乳とフルーツの甘さがハーモニー!と彼女が食べながら一人漫談のように楽しそうに説明してくる。

 コンビニとかでもカップアイスとしても人気を誇るが、それとはまるで別物。

 彼女が次々取っ手を長めとしたデザートスプーンを使いすくい出し、小さく開けた口に運ぶ。その朱色とした唇が少し色が変わるかのように冷たいのだろう。口に入れたスプーンを抜き出すと、頬に手を添えながらなんとも言える幸せ顔をほころびた。

 そんな様子を目の前に、まだと中々手を付けていない僕。それに気づいた彼女は、スプーンを置いた。僕を見た途端、目を丸くしつつ小首を傾げた。

「あれ………もしかして好きじゃなかった?」

「いやとんでもない。ただ店で食べるのは初めてで。こんなに豪勢だとは思わなかっただけ」

「そうだよね、ここ人気だから。てっきり私君の口に合わないかと思っちゃった」

「そんな事ないよ」

「そかそか、なら良かった」

 それに補足としてふぅと、安堵を示すよう胸をなでおろしたその様子は、意外にも真剣に考えてたんだと思う。

「でもちょうどよかったぁー。私お祭りでもかき氷食べ損ねちゃったしラッキーと言えばラッキー! 不幸中の幸いと言えばいいかな。君はあの日何食べたぁ?」
 
 確かにあの日彼女はかき氷を食してないほど量が地面に散っていた。

「イカ焼き……」

「あっ、そっち系? イカ焼きも美味しいよね。歯ごたえとかね……というか君は誰とお祭り行ってたの…?」

 話の流れで当然のように返す感じに訊いてくる。彼女が普段人と関わりが多い理由はこれがきっかけか。でも流石に一人で祭りなんておかしいと思う。

「さぁ、誰と行ったんだろうね」

「えぇまさかの他人事? あっもしかして好きな人いるとか!」

「変なこじ付けしないの。三つ上の兄と」

「へぇ、そうなんだ。君お兄さんいるんだ」

「いっつも一人だしむしろ孤独を歩もうとしてそうな感じだから、家でも無口な一匹オオカミなのかと思ったてた

「異論も肯定も何もないけど、今酷い事たくさん言ったね」

「そんな事ないよぉ。ちなみに私は一人っ子。またの名を愛娘」

 彼女が嬉しそう今度はサクランボを食べる。その弾む笑顔は、本当にほっぺが落ちそうだ。

「愛娘って、それを自分で言う時点で不適なのでは…?」

「あっ、またそんな事! でも私ワガママだから、お母さんもお父さんも良く育てれたなぁとは思った!」

「うん知ってる、君はワガママな人だ」

「ちょい! まーた人の話にそうやって! まだ私が喋っているでしょうが君にまだ発言権はない!」

「ようするに話を纏めると…君がそれを食べたかったってことでいい…?」

 一々声のトーンが激しい彼女に、指すと突然のようにスプーンを皿に落とした。

「え?! いや………ち、違うもん! 何言ってるの君は、全く! 失礼しちゃうなほんとに!」

「ここは普通のかき氷と断然違う私のワガママじゃなくて、君にどうしてもお礼がしたくて、おススメしたく来たんです! そう! 間違いない!」

 必死さあふれ動揺した彼女は、今食べたサクランボかのように頬を紅潮させ、又誤魔化すよう膨らませた。

 まさに図星の姿。

「まぁいんだけど。僕甘い物好きだし」

 事実そう。だが極端に甘いカルディショップなどで売っている菓子類は苦手でもある。

 会話が長引き目を下に向けると氷山が少し溶け始めている。

 それを見て僕も慌てて、やっと食べ始める。食べた感想は彼女に近い。金属スプーンで更に冷たさが生まれ、外の熱さを解消してくれるほどキンキンに冷えあがったソフトな氷が練乳やミカンと絡まって甘さを更に引き立たせた。

 美味い。そう思いながら感触を味わい、遂口がとろけてしまいそうだった。

「そうなんだ! 意外ー!」

 彼女が机に肘を乗せその上顎を乗せながら僕の食べる姿をまじまじ見てこられ、食べづらくもなりスプーンを止めた。

「そしたら君は甘党男子兼ギャッパー(?)なんだ」

「急にどうした。僕は甘党だけど、韻を踏むことはできないよぉ」

 よくわからない彼女の発言に、今だけ冗談として付き合う事にした。

「そうじゃないよぉう!」

 彼女は口を尖らすとともにボイスパーカッションのスクラッチを真似した。

「ギャップがあるとかって言うでしょ? 私、そゆ人を略してギャッパーって呼んでる!」

 一瞬口がポカンと開いてしまう。しまいにはその言動に思わず口に残ったかき氷が出てきそうなほど、むせてしまいそうな苦笑いをこぼしてしまった。

「それは凄い略し方だ。君のオリジナルさに思わず魅了されてしまったよ」

 次に運ぶと、頭に瞬時痛感という刺激を覚えてしまう。甘さが夏の風物詩と言わんばかり、身体を涼ませた。

「というか…僕と白熊が合わさってギャッパーってのが誕生したその経緯は?」

「えー? うーんとね…」

 彼女がスプーンを口に運ぶのを辞め、天井を見つめ出した。上げた顎に指を添える感じでトントンと拍子し考え込む様子。上手くわかっていないようにしか見えない。

「だってー、まず君っていつも一人で何考えてるかわからないし」

「それと甘党なのがギャップに重なる?」

 本来ギャップというのは、その人の人柄からは想像もしないや似合わないなんていう例もあるだろう。僕の見た目なんて普通さあふれるはずなのにそれが甘党と照合される理由が見つからない。

「まぁそーだね! 私君の事よく知らなかったし、それでもってこの前もそうだけど。意外って言うか予想と違うっていう、感じかな」

 まさに適当にも感じるが、自分でも上手くは整理できていないようだ。でも否定はできない。

 確かに彼女のような子が、これだったり、パンケーキやらとそんな洒落たような雰囲気あるようなものを好むと違和感を抱かない。

 だってほら。斜め前のテーブル席に居座る、同じ高校でも学年バッジが違う、恐らくか下級生であろう女子四人組での来店客も、僕らと同じのをテーブルに置かれていた。

 それを見て彼女のように興奮したり、映えと言わんばかりスマホで、カメラマンのようにこった角度を見計らい、写真を収めてもいる。彼女も最初届いたとき、数枚のスマホで収めていた。

 確かにこれが好みだとしても、男が一人来店し、黙々食べるのは気恥ずかしいことだ。それこそ後ろの席の子のような性格でないと勇気も度胸もかなり重視。

 なるほどねと僕も適当に返し再びスプーンですくおうとすると、また彼女の声で止められた。

「いっつも一人でいる理由なんてあるの?」

 その突発な質問に自然とスプーンを皿の上に置いた。

「特にないよ。ただ僕にとって一人って人生においても結構有効的なんだと思うんだ。人に流され、流されず。勿論集団でやる時はその場に従って沿っ。でもそこに居続けるのは僕は苦手だ。それを屈する事なんてないからストレスなんて何一つ感じないからね」

 一人というものは気が楽だ。正直家意外で僕は口を開く事が数少ない。そもそも家でも自発的に会話を造ったりもしない。兄から一方的に振られるだけで特に話題を発信することもないのだ。無気力とも言えるこの人間性が僕の本来の姿形だ。

 余計な思考もなく過ごせるという事になる。

 だからって友人の存在を否定しているわけではない。それでも今まで生きている中で不自由なことも困ったことも特にあるわけでもなかった。

「まぁ君の言う通り一人って結構活用豊富だと思うね。私も家で一人の時はDVD見たりゲームしたりするし。でも友達と過ごすことも悪くはないんだと思うけどな」

「急に説教でもするのかと思ったよ。けど君の顔の広さには圧倒されるよ。ここに来るまで僕は前代未聞な羞恥を晒してしまったよ」

「あはは~。それはそれはごめんなさーい…」

 不意につかれ、スプーンに名いっぱいかき氷を山盛りにすくい、誤魔化し程度に急いで食した。

 零れ落ちそうなそれを口に運んだ途端、さっきのような昇天しそうな明るい表情と違い、一気に転落。頭を押さえだした。

「うーん……頭キーン…………痛ーい…」

 塞ぎこむように抑え、唇をかなり揺らした。

「ほら、言わんこっちゃない」

「でも美味しぃ………いたっ!」

「………」

 ものの数秒で忘れまた味覚を優先した彼女は、天然寄りの馬鹿なのだと悟り呆れてしまうほど言葉が出なかった。

 数秒程、しかめた顔を取ったが、おさまった。

「あっそーそー、そいえばさぁ私起きた時なんか知らないお姉さんいたんだよね!」

 スプーンを向けながら訊いてきて行儀が欠ける。しかし記憶が薄い分やはり驚かせてしまったのだろう。

「そうなんだね」

「えぇ、君が言ったんでしょ…? てか言ってたもん!」

「うん。そだよ。一々わかってるなら言わなくていいから」

「だよねー! 君がどーしても、どーしてもだよ? この哀愁漂う乙女の命救ってほしい! って土下座でお願いしてたって!」

「そんな丹念込めたわけでもないけど……君が万が一目を覚ました時、同じ女性がいた方が、気が楽になるかと思ったからさ」

「気遣いいい! そもそも君がいたのにびっくりだったけど」

「それは返すよ。君があんな姿でいるなんて想像もつかなかった」

「じゃあこれで私もギャッパー入り?」

 咄嗟にテーブルに腕を乗り上げ、首を伸ばしながら興味深々に訊いてきた。

「それをギャップでまとめるのはだいぶ不謹慎だと思わない?」

「そだね…てか溶けちゃうから食べよっ」

「うん」

 僕らのかき氷は、会話のせいで既に皿の淵まで水嵩が増してるほどだった。少し溶けて水っぽい触感だがこれはこれでまた乙なんだと思う。

 そしてお互いかき氷を完食した。

 テーブルに裏になっておかれた伝票を軽く見通し、財布を鞄から取り出した僕。

「あぁ! ダメダメ」

 彼女が咄嗟にテーブルに身を乗り出し、財布を取り出そうとする僕の手を抑えてきた。

「君が払ったりなんてしたら、お礼になんないじゃない! ここに来た理由言ったでしょお礼がしたいからって!」

「それは君がこの前かき氷を食べ損ねた分も込めてでしょ。流石にあんなのご馳走してもらうのは悪いよ…」

 盛り付けもかなりあったからこそ、カップアイスとはまるで差が付く言い値。
 
 一人分で野口英雄が一枚羽ばたくほどだ。

「だーめ! 絶対ダメ! 今日は君にお礼をする日なんだから何があっても私が払います! 君に拒否権ありません!」

 自分で言うほど彼女という人は、意志というのか頑固強いというのか。またはこれが礼儀だというのか。

「…ならそうさせてもらう。ほんとにありがとう。ご馳走様」

 これ以上繰り返すのなら下がるしかないと渋々思った。初めて家族以外の誰かにご飯(?)をごちそうしてもらい、ましてやクラスの女子なんかに。

 ここまで来てなんというか、少し情けなくも感じるし寧ろ腑に落ちない。

 彼女が僕の分のも合わせて会計を済ました。

 彼女は満足そうに美味しかったと笑顔で述べる。その細いウエストには似合わないとも言える程、掌で軽く腹を弾いた。

 その後特に彼女が一方的に会話を振るとともに、アーケード内を抜ける事に。

 天井が高い通りが多く西日が差し込めないが、空の青さは雲と共に薄まり、既に夕暮れを時を表していた。

「君バスー?」

 自分の影を追いかけながらも僕より一歩先にし、振り返って訊いてきた。

「うん。いつもバスだよ」

「奇遇ー! なら途中まで一緒だね!」

「そなんだ」

 路線もそもそも彼女の帰路なんて知らないが、方法は同じのようだ。

 駅まで歩く道のりの途中、彼女もいや僕も見つけであろう場所があった。

「あー!」と、突如声を上げた彼女は声のままある方向を指した。

「私が倒れた現場じゃーん!」

 通りがかる場所は、繁華街からそこの一昨日あった祭りの場所。屋台も何も無く、空しいとも言える程、ただの神社と広場となっていた。

「事故現場みたいな言い方しないでよ…」

 彼女のケラケラとした笑い声が、外壁に停まった蝉に勝負するほどだった。横顔から見えるその笑みは、まるでその日の事を全て流すかのように。

「でもやっぱ君凄いね。あんなのそうそうできることじゃないよ」

「…凄いなんて思うわけない僕の行動なんて当たり前の事にすぎないんだからもう…」

 辞めてと言いたかった。それは僕を僕が戒めているのと同じなのだから。僕はこれ以上何も思いたくない。

「どうして…」

 横一列かのように並ぶ彼女が、突如大股で前に出て振り向いた。

「どうしてそんな、不満な顔しちゃう?」

 心配そうな顔を浮かべ聞く姿に思わず自分の表情に気づいた。そんな顔していたのかそれが今だけだったのかようやくなのかわからない。自分でも表情の変化なんて一切気づかず、頬の力みなどの神経も、全く感じなかった。

 どうやら本当に嫌気が指していたようだ。だからと言って、顔にまで表すだなんて、あまりにも自分が幼稚すぎる。

 でも今それに関して答えることはできない。

 答えるということは、つまり彼女の事を想って感傷した人がいたから。その現実を突き詰めてしまうのは彼女にとってもいい気なんてものはない。

 何があっても言ってはいけないと思う。世の中にはいくつもの知らない方が良いことがある。知らないうちが幸せなんて知らぬが仏の格言でもある。だから知らなくていいんだ。

 中々口に出す言葉が見つからず迷子となって完全に黙り込んでしまう。そんな僕に彼女は問いかけた。

「じゃあさ。みんながみんな、それをできたと思う?」

 彼女の小さな微笑みに思わず日和ってしまう。それは…と言うも言葉が見つかるが、それもすぐ詰まってしまう。

 彼女はそれに「でしょ?」と、すかさず小首を傾げた。

 確かにあの場であんな率直に動いてた人間は、僕だけであった。皆動揺なのか動けなかった。あの二人も、僕が一声かけた。でもその心情を理解できるのは、それを一度は経験したんだ。

 知っていたからこそ二の舞なんて事は絶対阻止しなければと決意を胸に自然と動いた。思考よりも身体が反応していた。

 それにまじまじと見つめてくる彼女にようやく口が開いた。

「みんながみんなできるとは思わ、ない…?」

 何故か疑問形。しかし信憑性を確かめるためだ。

「そだよ! 私は多分君には特別な何かが存在するんだと思う!」

「そんなものあったら自分の為に使うさ」

「あら、意外とケチなんだ」

「うるさい、自分だってそうだろ。人を幸せにするにはまず自分を幸せにしないといけないんだ」

 そして僕の口調を絶やさず、意志を徹底的に固め、そのまま主張した。

「でもこれだけは言っておく。僕がやったことは絶対特別だなんて思わない。ただやるべきことやっただけに違いないからほんとに」

「もぉーわからずやー。それはもう謙虚なんてもの通り越して頑固だよぉ…………」

 微笑んだ表情から一気に、不屈のように不貞腐れ始め口を尖らし頬まで膨らましてきた。そんな顔されるとかえってこっちが軽く目を逸らすことしかできないのだ。

「でもね」

 しばし彼女を見れない中少しトーンの低く感じつつ、高い声で、軽い沈黙となった場を切り出した。

「私は当たり前なんかとは絶対思わないよ」

 胸に手を当て、優しく目も瞑る。共に口角をわずか三日月のようにし。

「私が昨日、そして今日と。こうして一日の始まりを迎えれて、生きているってのを実感できるのは君のおかげでもある。さっき食べたしろくまだってそう。君がもし私を助けてくれなかったら、どうなってたなんて誰にもわからない。だから、そんな謙虚もいいけど少しは認めてもいいんじゃないかな?」

「……………」

「どうしたの…?」

 黙視していた僕に、彼女は手を後ろに回しながら首を伸ばして覗いてきた。

 それにてまた現実へと引き換えされる。

「あ……いや別に…なにも」

 遂動揺が激しく自分ですら隠せない程。口元を手で塞ぎ軽く目も逸らしなんとか堪えた。

 すると完全にそれを怪しまれ彼女は横に一歩移動し、僕の目線に合わせてきた。そして今度は反対へ、僕が目をむく。するとまた彼女も同じ方へ。まるで反復横跳びかのように、瞬時に横移動し、反動によってスカートを軽く靡きながら目線を身体ごと追ってきた。

「真似しないでよ!」

「そっちが真似してきてるんだろ。人の顔をじろじろと」

「あー! その様子はあれだなぁ? せっーかく今私いいこと言ったと思ったのに聞き逃ししたでしょ! だからそんな」

「そんなことはないよ。ちゃんと聞いてた」

 むしろしっかり鼓膜にまで通したからこそだぞ、と言ってやりたいくらい。僕が真剣に受け答えしたおかげ、その弁明を解けた。

「君ってホント無気力な人だけなのかと思ってた」

「それに間違いないはない」

 いざ言われると意外と胸に刺さる。彼女は極端だが時々正論を言う人なのか。しかしそれに悪気はない。

「でもそうじゃない」

「え…?」

「今日君と話してみて、一つわかったんだ。面白いこと以外にも」

「それって僕の人間性という意味で? 面白さほど僕には欠けるものはないよ」

「そっ! 君は面白い人間だ! だって面白い人間は自分で面白いなんて言わないもん! でも君は意外と話しをしてる際 ‟カクシゴト”を持つんだって事も私は思った!」

「別に隠し事なんて…」

「はい嘘ー! してましたー! さっきもだけど、教室でもだよね。私が気づかないとでも思った? 君のその後ろめたい感じとかさ! 私そこまでニブチンじゃないんで!」

 そのいつまでも覗いてくる微笑みを軽く残しつつもニヤニヤとしていた。

 どうやら既に見抜かれていたらしい。やはり僕は、わかりやすい人間なのかもしれない。

 そして彼女と今日初めてまともな会話を交わして彼女の人間性も少しわかってしまった。その一部として、鋭い人だということを。今更ごまかそうとしても時すでに遅し。余計怪しまれそうだし、話し上手になればいいんだ。

「実は前も似たようなことがあったんだ。その時まるで君と同じ事を言われてそれを遂思い返しちゃってさ」

 なぜか、彼女に合わせるかのように、ほんの少しだけきっと自分にしか気づかないであろう程の思い出しを鼻で笑うくらいに浮かべた。

 それでも目だけは、全く笑ってはいなかった。

「ぷっ…!」

 暗くなった雰囲気に、突如日が昇るかのよう彼女が溜め込んだ空気を漏らしたかのような擬音を出す。
 
 彼女を見ると、口元に手を添えながらクスクスと変な顔して笑い始めた。

 いつも教室全体まで響かせる爆笑とも言える品のない大声とは違い、夕日のように眩しくも感じてしまう微笑みを駆使したまま普段から考えるとまるで似合わないようにも感じるその表情の良さから似つくほどでもあった。

 これもまた初めて見る彼女の一面。でも上手く言うと、違う。

 その小馬鹿にされるような感じに、僕の顔からは、軽く熱がこもり出してしまった。

「なんだよその態度。あまりにも失礼だと思わないのか?」

 いくら大人しく笑うとはいえ、なんだか嘲笑われたような気分で僕を害した。

「ごめんごめん…!でもだって君がほんとに真剣すぎてビックリしたんだもん!」

 ほんのり浮かんだ透き通るほど透明な涙をすくいつつ、ツボにはまったかのようにまだ笑い声が収まらなく、むしろ高まる。

 初めて誰かにそれに関して口を開いたがそんな様子を見て、心に余裕ができたような気がする。いわばすっきりとは言いたくはないが少し浄化されていく。

 小馬鹿にされているはずなのに何も不快を感じることがなくなる。不思議にも感じてしまうよほんと。そんな笑顔だからこそ、クラスでも好かれているのであろうか。僕とは土俵が違う人間だとよくわからされる。

 数秒経ってようやくツボも抑えたか、涙目になりながらも笑い声は口に吸い込まれるよう消えて行った。

「へぇ~。そうなんだねっ。そんな事があったんだ、その人は勿論女の子?」

「どうしてそう思うの?」

「そりゃーだってそんな切羽詰まったような表情。私の名推理上、ズバリ初恋でもある女の子でしょう…!って。まぁいわゆる………」

「女の勘ってやつさ!」と、決め台詞かのように声のトーンを落としつつウインクをし、歯並びよくホワイトニング効果があるかのような真っ白とした歯を見せつけ、西部劇に出るような渋いハードボイルドのような男の表情を取った。

 おまけに指遊びで作った拳銃を空にあげていて、尚更そう感じる。

「そう、なんだ」

「で、で! 女の子?」

 随分と食い気味に、首を伸ばしてまで訊いてくる。しかし答えても利害はないと考えた。

「うんっ。君の思うように女の子というのは間違いない」

「そかそかー。君はやっぱすごいねっ。いつも見るクラスでの様子とは全く想像つかない程ギャッパーで、そしてとってもいい人でもある」

「いくらなんでも買い被りすぎなのでは?」

「そうかな? でも……」

「なに?」

 彼女が少し足元の影を見始めた。そしてパッと首を上げそ夕日を見たまま。

「その子もきっと君に感謝してる。生きる希望を与えてくれたって」

 彼女はほんと大袈裟な人だ。生きる希望何て、与えれたわけ思わない。僕はその人を涙で、汚した。きっとその人は死に、いたりたかったのだろうから。

 駅まで戻り、着くころには、バスが来るまで残り十分程度だった。

「じゃあここでお開きということで。今日はありがと」

「うん………あっ言い忘れた! 待って待って、ちょい待って!」

 最後の意外にもしっくりくるリズムに乗せた言動は僕の気をひいた。いやその前に彼女が僕の制服の裾を軽く摘まんでいることが分かった。

「どしたの?」

 そう聞くと彼女は袖を掴まない方の腕に持つスマホの画面を僕に向けたまま。

「桑原君の連絡先欲しい…! 交換したい!」

 ついさっき振りに名で呼ばれ、見るとチャットアプリの画面が表示されていた。

「まぁ…いけど」

 ここまで先に用意されダメなんてことは言えなかった。

 僕もチャットアプリを開き、赤外線で交換したのち彼女のアカウントが僕の画面に表示された。

「ありがと!」

 そう言われるが今はそっちに目を向けるところではなかった僕。自分の画面をひたすら黙視していた。

「どうしたの?」

「いや、家族以外連絡先持つの初めてだったから遂変に感じて」

「えへへー。そーなんだなぁ。なら私が一番乗りかぁ!」

「事実そうだね」

「フフ。じゃあ私、もうバスきちゃうから!」

「うん」

「それじゃまた明日!」

「うん。また明日」

 彼女がそのまま自分が乗るバス停へと急ぎ足で進む。僕も向かおうと背を返すと、途端呼ばれた。

 振り返ると彼女が風に靡かれた横髪と、スカートが揺れたまま大袈裟にこっちに向かって手を振ってまた走っていった。それを見た後、僕も少し急ぎ目でバス停へと向かった。

 晩飯も済ませ、自室にこもる。これが僕の当たり前な日常だ。明日の準備も終われば、趣味の一つである小説を読んだりする。でも今日はそんな気分ではなかった。

 解放感あるベッドに大の字となり、脇本にスマホを置く。いつでも就寝準備万端だ。そいしているとスマホのブザーが鳴った。

 目を向けると、白熊を奢ってもらったクラスメイトからの一通が届いていた。中身を開封する。

『やっほー! 早速送っちゃった! どおどお初めてのメールは。なんだか、初々しくて健気にも感じるでしょ? てか今日ありがとうね。君のギャッパーとしての素質があることも知れたし、何より私君と白熊食べれてよかったです(絵文字)』

 会話だけでなく文でも口が多い。しかし途中に入れるスタンプなどで読みやすいのを感じた。僕も途端返事を考える。

『こちらこそ。ご馳走様。美味しかったよ』

『君に喜んでもらえてよかった! これからもよろしくね桑原樹生君! おやすみ!』

 僕もおやすみと返すと、彼女が最後可愛げのある犬のスタンプを送ってきて返さなくていいとみてスマホを元位置の戻した。

 しかしさっきまでの就寝気分が少し失せたことに気づく。ベッドから起き上がり、自然と廊下へと出た。その音に部屋から顔を出した兄の言葉も耳にせず。気づいたらふらり駐輪場へと向かっていた。

 昼間とは違い、明るさなんて入らない。低い天井に一つ吊られたテントランプにだけ照らされ、ここら一体がまるで西洋の民話に出てくるようなレトロチックな倉庫にも感じた。マフラーのメッキやらタンクの光沢とした輝きがここらで一番目立つ。

 僕はハンドルに触れようと、唾を飲み込み、手を伸ばす。しかし近づくごとに嫌な鼓動が邪魔してくる。

 たったその距離を僕には果てしなく遠いと感じてしまう。

 指先が触れたその瞬間既に身は引いていた。

 まるで静電気かのような反応。またしても一瞬だが鮮明にあの表情が映し出される。

 僕は――――――――まだ気を許すことなんてできなかった。