母親はひまりを養うために懸命に働いた。
 対してひまりはというと、不登校になっていた。
 人殺しという事実がひまりが他人と接触する際に、大きな障壁となった。血で汚れた手で誰かに触れることが出来なかった。というよりは己の汚れた手を嫌悪した。
 時間経過によって治るだろうと楽観視していたが、それは小学校に入っても治ることはなく、次第に人と会うことが嫌になった。
 ひまりは次第に学校に行く回数を減らしていく。でもそれはそれでいいのではないかとも思っていた。世界を見れば、別にそういう人だって多くいるのだから。
 そうしていた小学二年のある日、同級生の一人の少女は、教室で突っ伏していたひまりに言った。
「ねぇ、ひまりちゃん」
 声をかけられ、顔を上げる。
「どうしたの?」
 少女はうーん、やっぱりさ、と前置きをした。
「ひまりちゃん、おかしいよ」
 脈絡もなく告げられたその言葉は、全くの悪意を含んでいなくて、だというのに、どんな悪口よりもひまりを傷つけた。
 それでも心は大人だと言い聞かせて、どうして? と訊く。
「だってひまりちゃん。みんなからわざと離れてるでしょ? みんなで仲良くしなきゃ。ね? できるならやらなくちゃ」
 彼女の言葉はいつだって純粋で、だからこそ刺さる。ひまりは、そっか、と小さく言った。
「ごめんね」
 それは彼女に対してであり、「高木ひまり」になれない自分にでもあり、何より得るはずだった幸福のかたちを壊してしまった母親への謝罪だった。
「本当にごめん」
 これ以上そこにいると、私は壊してしまいそうで。あの日のように、その全てを。
 それからひまりは家に籠った。
 意志とは関係なく身体が拒絶をして、学校に行けなくなったのだ。
 母親はひまりが学校に行かなくなった理由を聞かなかった。いつか話してくれることを待ち続けた。
 人との接触を断てば、多少はましになるかもしれない。そんな根拠のない楽観を続けているうちに、年月はあっという間に過ぎていった。

 二〇一二年、四月。ひまりは中学校に入学した。