神代の終わりに鍛造された魔剣。
ぼんやりとその単語だけが頭に入ってきただけで、正直それが何を示しているのかは分からない。
神の時代の剣なんて、おとぎ話存在だ。
勇者や魔王という単語ですらも、そこに足を突っ込みかけているというのに。それよりも更に、もっともっと昔の話。
その時代に、物質として、もしくは概念として生まれ落ちたのが、魔剣ヴァルヒナクトなのだ――――と仮定して。
「だから何だって話なんだが……?」
「まぁ、分かったからと言って、攻略の糸口にはなりませんわよねぇ……」
俺は頭を抱えつつ、ルーチェは臨戦態勢をとりつつ、そんな会話を交わす。
そしてそんな折、突如としてこちらへ、魔剣が一本飛来してきた。
「旦那様ッ!」
パン! と、軽くルーチェは腕で弾く。
ん……? 軽い動作で弾けた? ヒナを?
「いいえ……。本体ではありませんわ」
「本体って……、あ、アレは!」
剣が飛来してきた方向を見やると、そこには、人間のカタチをしたヒナが宙に浮いていた。
いつもと同じサイズの、小さな幼女の姿――――だが、決定的な違いがいくつもある。
一つは、今までと持っている剣のサイズが違う。
デザインはさほど変わっていないものの、自身の身長ほどの大きさまで膨らんだ大剣を、両の手に二本携えていた。
二つ目は、纏っている魔力。
これまでの戦いでは、静かな気配を発するのみだったはずだが――――今はベルもかくやと言わんばかりに、激しい闘気を纏っていて。
先ほどモンスターを殲滅せしめた時と同じく。
何本もの疑似魔剣が、ヒナの周囲をひゅんひゅんと旋回していた。
そして三つ目に。
俺を、俺たちを。
敵として見ている、闇の目だ。
眼鏡は無い。
俺たちの間を遮るものは何もなくて。
ただただ殺気に満ちた瞳が、俺を射貫いていた。
「――――ヒナ」
俺は。
俺はどうしたら……、
「何にせよ。戦況は三対一ですわ旦那様」
凛としたルーチェの声で、はたと我に帰る。
俺の顔をしっかりと見上げて、小さな幼女は続けた。
「我々二体と一人で、彼女、魔剣ヴァルヒナクトを鎮静化する。それが最大目標でかまいませんわよね?」
「……おう」
俺を物の数に入れないでくれと言いたいが、流石にこの状況で口にするのは憚られた。
今はどんな奴の力でも借りたいだろう。
居ないよりはマシくらいだろうけれど、やれることはやってやる。
俺の頷きを聞いて、ルーチェは「かしこまりましたわ」とつぶやいた、後。
神妙な顔つきで戦場を見て、言葉を続けた。
「ただ――――いざとなったら、逃げてくださいませ」
「いや、それは……」
「それが、我々の願いですわ。おそらく、ヒナも含めて」
「……」
俺に救われたと言ってきた、謎の概念幼女たち。
けれどその根底にあるのは、俺の役に立ちたいとか、そういうコトの更に先に――――今度は俺の命を救いたいというのがあるのだろう。
偶然とはいえ、俺はこいつらの命を救ったかたちとなる。だから。
最大限の恩返しのカタチとは、俺の命を救うコトなのだ。
自分たちの、
命に代えても。
「…………けど、俺は」
一旦言葉を区切ってから。
意を決して、彼女に言う。
「俺は……、そんな自己犠牲、頼んでないからな!」
「旦那様……」
お前らが死んでも俺のせいじゃない。……なんて、強いメンタルは持ち合わせていない。
この状況でそんなことを言えるヤツが居たら、感謝なんて受けて良い立場じゃねぇよ。
俺はそんな上等な人間じゃないけれど。
それでも、一度こいつらとパーティを組むと言ったんだ。
だったら、何もできなくても、何の役にも立たなくても。
――――見届けないと。
そして、救えるのなら救わないと。
「頼んだ、ルーチェ! ベルとヒナと、帰って来てくれ!」
「かしこまりましたわッ!」
そう勇ましく返事をしたルーチェは、ダンッと地面を蹴って戦いに加わった。
俺では彼女らの力になれない。
戦いを目で追うことすらも難しいかもしれない。
だからせめて……、
「ちゃんと……、見届けてやるからな……!」
俺は。
絶対にこの場所から逃げないと。
腹をくくった。
わたしの。
いやな ところ を しげき しない で。
「うらぁ! 止まれヒナッ!」
「――――、」
空気を割いて、ベルアインは飛んでくる。
私目掛けて一直線。
軌道も動作も丸わかり。――――だが、それを回避できる手段はない。
あまりにも力強く、素早い一撃を、私は何とか受け止めていなし返した。
「じゃま……、しないで」
おにいちゃんのところへ行かなければならないのだ。
私は。何としても。
あのひとのやくにたたなければならない。
「手荒くいきますわよッ!」
更に上から、今度はルーチェリエルの打撃だ。
全概念体重を乗せた、拳による物理の一撃。
とてつもない衝撃が、私の身体を襲った。
「ぎぃ……ッ!」
「この――――やろうですわぁぁッ!」
なんとか無理やり弾き返すも、今ので大剣の一本が砕けてしまった。
そしてその衝撃で地面へと叩きつけられる。
「ほん、と、に……、」
すごいなぁと。
私は思う。
こんなすごい力を、おにいちゃんのために使ってあげられる。
こんなすごい力を、あのひとに見せられる。
「いい……なぁ~…………」
わたし も べんり に。
つかって もらいたい なぁ。
「……ッ!」
瓦礫を乱雑に蹴とばしながら、私はターゲットを探した。
土煙で周囲が見えない。
気配はあっちの方だと分かるのに、繋がってるのは分かるのに。
目で見えないと、こんなにも不安だ。
「おにい、ちゃん……」
旋回している剣を、全て地上へと降らせた。
数を撃てば当たるかもしれない。
私は、こんなにも強いんだ。
こんなことも出来るんだ。
分かる?
分かってくれる、かな?
「ころしてみれば……、わかってくれるかな」
一本一本が、致命傷でしょ、ニンゲンにとっては。
だから。
だから、だから、だから。
あなたを殺すことのできる、私を褒めて――――
「ぐっ……、な、なに……」
右手を見ると。
砕けたのは剣だけではなく、私の腕部分もだった。
まるでニンゲンの身体のように、血を流していて。
「これ、が……、」
人間なのだろうか。
私は人間として、あの人の傍で生きるのだろうか。
生きて良いのだろうか。
「そんなの……、分かりませんわよ」
「そうだぞ、ヒナ」
煙が晴れて。
二体の姿が、そこにはあった。
彼女たちは。私と同じように。
肌は破れ、血を流し、身体を痛めて、そこに立っていた。
その姿はヒトで。
でも、ヒトじゃないかもしれなくて。
剣で、魔法で、竜で、おにいちゃんは、ヒトで。
「う……、あ、ぁ、ぁ、」
私は。迷ったから。
ベルちゃんとルーチェちゃんの顔を、見上げる。
自然と私の装備には。
眼鏡が戻っていたことに気づいた。
そうして。
つんざくような。
おにいちゃんの声が、きこえる。
大量の剣の一本は、俺の元へと飛来する。
ルーチェやベルにとって。それはなんのことも無い一本。
本気を出さずともはじき返すことのできる、ただの魔剣に過ぎないだろう。
けれど、俺にとっては、絶体絶命の一撃だ。
刺されば致命。
受ければ即死。
天より降り注ぐその凶刃は、確実に俺の生命を奪うだろう。
「だ、から……ッ!」
奪われないためには。
こちらも反撃をするしかない。
「うぉ、お、お、お、お……ッ!!」
お守り代わりに握りしめていた、剣を。
眼前へと掲げる。
敵モンスターの攻撃を受ける時と同じ動作。しかしながら、邪気を帯びた魔剣の前では、並みの剣では太刀打ちできないだろう。
砕かれ、
折れる。
そう―――普通ならば。
「おぉぉぉッ!!」
けれど今、このときに限っては。俺の剣は普通ではない。
アイツらに吸わせるだけの魔力が、このフロアに居た大量のモンスター分だけ、蓄えられている。
「あとは……!」
――――交点を、見誤るな。
流星にも似た軌道は止まらない。中空を滑るように、空気を切り裂きやってくる。
衝突まであと、一メートル、五十センチ、二十センチ、三センチ、そして、
「うっっっ…………らぁぁぁぁあああッッ!」
剣と魔剣はかち合う。
ビィン! と、金属ではないような音が響いた。
おそらく魔力同士がぶつかったからなのか、それとも魔剣だからなのか。何にせよ、俺の身体は弾き飛ばされず、飛来してきた魔剣だけを、何とかいなすことに成功した。
「うッ……、ぎ、」
けれど突如として、両腕に痺れアリ。
肘の下からじくじくと熱が上がってくる。
「いってぇぇぇぇぇッッッ!!」
時間差で、先ほどの魔剣の魔力が一気に襲い掛かってきた。……うお、めっちゃ痛いぞこれ。
「で、でも……、なんとか無事だった……な……」
腕どころか全身に伝わっていく痛みに顔をしかめつつも、俺はどうにかこうにか、この足で立っていることを確認する。
……いやマジで。絶体絶命の状況を終えたあとだから、自分が立っているのかどうかが分からなくなっていたのだ。
荒げた息は、しばらく収まりそうにない。
けれど――――無事である。
それは、今の一瞬で十分理解できた。
だから……だったら!
俺にはまだ、やらなきゃいけないことが、あるだろう。
土埃の中。
アイツらは今、どうしているのだろうか。分からないけれど。
伝えなければならないことが、ある。
俺の気持ちを。
きちんと。
「……すぅ、」
息を大きく吸い込んで、ベルにもルーチェにも……そしてヒナにも聞こえるような大声で、
とても情けないことを。
叫ぶ。
「俺に重荷を背負わせるなぁぁぁぁッッ!!」
俺は。
そんなに心が丈夫じゃない。
いつ折れるか分からない。
だから――――
「だから――――、三人とも、生きて帰ってきやがれぇぇぇぇッッ!!」
広いフロアに。
情けないオッサンの声だけが、こだまする。
「ヒナぁぁぁぁ! 聞いてるかぁぁぁぁ!?」
徐々に晴れていく土埃の中。
小さな……吹けば飛ぶような、幼女のシルエットを確認する。
俺はそいつ目掛けて、大きな声で、思いを伝えることしかできない。
「お前の事、大事だぁぁぁッ! 一緒に居て楽しいから! だから、元に戻ってくれぇぇぇぇッ!!」
前に俺はこう言った。
俺たちはパーティを組むんだから。
いっぱいっぱい、迷惑をかけていい。
「俺が悪かったのかもしれない! そっちが悪かったのかもしれない! 正直今、俺には理由が見えてないから分からない!」
今日のことも。
今までのことも。
もしかしたら明日起こるかもしれない大事件だって。
いつの日か、笑い話にできる時がくる。……かもしれないから。
「だから、教えてくれ! お前の事、お前らの事!」
俺もアイツらのことを、知りたい。
パーティを組むんだから。ちゃんと知っておきたいんだ。
「だから――――」
土埃が晴れて、はたと目が合う。
そこには。黒い髪の、大きな眼鏡をかけた、
穏やかな空気を持った、一人の……小さな女の子が、涙ぐんでいた。
「帰って……、いっぱい話そう」
「おにい……ちゃぁん……!」
大粒の涙は、遠目から見ても、温かみを持っていると分かる。
傍らに立つ二人に支えられ、ヒナは元の意識を取り戻したのだ。
「わた、し……は……、」
泣きじゃくるヒナを、ベルとルーチェは笑顔で抱き留めていた。
なんとか……、なったのか、な……。
「しかしほんとに……、我ながら……」
呟きながら、腰をすとんと落とす。
はぁ、はぁ、と、息すらも整わない。
「なっさけねぇ~……」
大声を出しただけで息切れする。
このフロアに入って、何分だろう。まだ一時間も経ってないんじゃないか?
けれど。
もうこのオッサンはな。
精神的には満身創痍だし、大声出しただけで疲れるし、鍛えても鍛えても衰えていくしで、大変なんだ。
こんな男……、三人居ないと、守り切れないと思うぞ?
「苦労するぞ~……、あいつら……」
緊張感から解放され、肩の力が抜けていく。
大きくため息をついて――――俺は。
「支えてやんねぇと、な……」
いっそうアイツらと共に過ごすことを、胸に誓うのだった。