はてさて。
そんなワケで――――ここからは久々に、本格的なダンジョン探索である。
「……うし、行くかぁ~」
朝五時。
朝もやの中、眠たい目をこすりつつも探索準備を終え、俺たちはクエストギルドへと向かった。
前々から目をつけていた、短時間で終わるダンジョン探索。
それに挑んでみようと思う次第だ。
「ただその分……、ランクは高いんだよなぁ」
ランクは。俺も十五年ぶりとなるAである。
若いころに一度だけ、体験として連れて行ってもらったきりだ。しかも最後まではお供していない。
「つまり未知のゾーンなワケだが……」
「大丈夫でしてよ、旦那様」
「おにいちゃんのことは私たちが守るよ」
「大暴れ! 楽しみだなー!」
……プラチナクラスが三名もいるのだ。頼もしいですよね。
まぁ、罠解除やフロアのマッピング、危機察知なんかは俺がやるので、たぶんゆっくり進めば問題ないだろう。
「ゆっくりでも大丈夫なの? 出来れば一日で終えたいんだよね?」
ヒナからの言葉に俺は「あぁ」と頷いて答える。
「このダンジョン、出てくるモンスターが上級なだけで、フロア自体は狭いし、地下三階までしか無いらしいんだよ」
だからモンスターさえサクサク倒せれば、五時間もかからないのではなかろうか。……まぁ勿論、そのモンスター討伐が大変なのだが。
「昨日ルーチェとクエストから帰ってきて、改めて剣を確認したんだけどさ。思った以上に魔力が減ってるんだな」
昨日までは六十パーセントくらいは残っていたのだが、夜帰ると三十パーセントを切っていた。
これは流石に減りが早いと思い、明日にでもクエストに行かなければと思った次第だ。
そんな折。
先日三人娘の件で図らってくれた受付のお姉さんが、交換条件をお願いしてきたのだ。
なんでも、ダンジョンの調査隊の報告で、異常なランクを示した場所があると。
話を聞いてみると、ナグウェア地方では珍しい、Aランク相当のダンジョンなのだという。
確かにそんなところへ行かせられるのは、プラチナランクを三人も引き連れている俺のパーティくらいのものだろう――――ということで、理外も一致しこのダンジョンにやってきたのだ。
勿論、栄養補給のことは伏せているけど。
「う~ん。だけど私たちも気づかなかったなあ、魔力切れ。
もうちょっとこの環境に慣れないとだめだね……」
「そうかもしれませんわね」
「むずかしいぞ」
ちょっとだけややこしい話なのだが。
どうやら魔力が必要なこの三人娘。上級の魔力であればあるほど、長持ちするらしい。
この間まで居たダンジョンのモンスターらがC~Bランク。そいつらを大量に倒したとしても、そこまで長くはもたないと。
「人間種で例えると、一食をちょっと多めに食べ過ぎた、くらいかなぁ?」
「なるほど……。確かにそれじゃあ、二日は持たないな」
けれどAランク以上となってくると、一週間以上はもつらしい。
コレは量ではなく、質なのだとか。
「食べ物の例えから外れてしまいますけれど……、これまでのBランクモンスターを『野宿』だとしたら、Aランクモンスターは『暖炉のある温かい寝室』くらいの違いがありますの」
「だから質の良い魔力を取り込めば、お腹もすかないし、ある程度自分で回復・吸収もできるようになるんだよ」
「そういうもんなのか……」
BランクとAランクのモンスター。その間には、めちゃくちゃ差がある。
そしてこれは、ダンジョン探索にも言えることなのだ。
E~Dは駆け出しで、Cランク~B+ランクくらいまでが、一般~やや強いくらいの冒険者ラインとされている。
だがB+よりも上のランク。――――つまりはAランク以上となると、難易度が跳ねあがる。
「人によっては、Bランクの倍に上がると言うやつもいるくらいでなぁ。
それくらい、AランクとA以下のランクには、明確な差があるんだよ」
今思えば……、ユミナはもうちょっと上のランクでもおかしくないなぁ。
俺がそこまで説明すると、ベルがふぅんと頷いた。
「なるほどな? Bランクがゴシュジン一人分だとしたら、Aランクはゴシュジン三人分くらいかもしれないのか。二人分じゃなくて」
「おにいちゃん一人分がBランクだとして、お兄ちゃんの手が二本追加される……くらいでは収まらないってことだね」
「旦那様の体積が三倍くらいになる……くらいの感覚な可能性もありますわね」
「うん……。余計わかりにくくなるから、俺で例えるのはやめようか……」
例えたほうが分かりやすいときもあるけれど。
これ、絶対分かりにくいわ。
そして……あれ以来変化の無い、俺のプレートのランクも、今どうなってるのか不明なままだからな。余計分かりにくいことになる。
「まぁとにかくまとめると、だ。
お前らの魔力を潤沢に回すには、Aランク以上のモンスターから魔力を吸収するのが、一番効率が良いってことだな」
「そういうことですわね!」
元気に答える三人に対して、俺もよしと改めて気合いを入れなおす。
戦力の部分としては問題ないが――――それ以外の部分は、俺の出来にかかっている。
こいつらを上手く指揮できるか。それに尽きる。
「行こう。いざ、A級ダンジョンへ!」
さてさて。このダンジョンで、何が待ち受けているのやら。
未知のランクに不安を感じつつも……、俺は三人の強さを再び目にできるということに、期待を膨らませていた。
――――喉が、かわいていた。
ダンジョンの天井から垂れてくる僅かな水音に、やや意識を持って行かれそうになる。
いく度の緊張を超え、ひりつく空気を引きずり、それでも颯爽と私は歩き続けていた。
颯爽とというよりも、毅然……と見せかけた態度で、と言う方が正しいか。
私、ユミナ・クライズム含むレオスパーティは。蓄積された疲労により、もう必要最低限の会話しか行えていなかった。
「……レオス、この先はまたトラップの山のようだ。迂回しよう」
「あ、…………あぁ」
答える口調に覇気はない。
薄光するダンジョンの壁に身を預け、レオス含む四人のパーティメンバーは、ため息と共に腰を下ろした。
現在ダンジョンの八階層目。
確実に進んではいる。が、休憩を挟むのも多くなってきていた。
無理もない。最長で四日ほどだと思っていた道程だが、五日目を迎えた今、まだ終わりは見えて来ないのだ。精神的にも参ってきているだろう。
二週間以上かかるようなクエストを体験している者もいないらしいし。仕方がないともいえる。
私も一息つき、魔物除けを設置しつつ休憩に入ることにした。
「……ふぅ」
持参した携帯食料も、残りわずかだ。魔物除けはまだもつが……、このペースだと、最終階層へたどり着くのも、ギリギリとなってしまうだろう。
Bランクに上がったときに受けた師匠からの教えでは。Cランク以下とクエストに赴くさいは、多めに魔物除けを持って行った方がいいとのことだった。
――――なるほど。確かに。
肉体的疲労もそうだが……、精神的疲労。それが大きい。
まともな食事を何日も取れていない状況。
しっかりと身体を清められない日々も続く。
極度の緊張の中、先の見えない道を歩く。それも未知の強さを持つモンスターが出現する可能性がある道を、だ。
ダンジョン内は閉鎖的で、どこまでいっても同じような景色。
それに慣れてきている者ならばいいが……、彼らは背伸びをしてここに来ている。
モンスターの強さだけなら、私が力になってやれる。
しかし、それ以外の……、指揮の部分となると、難しい。
それにはリーダーによる統率力が必要となってくるが……。
「レオス、大丈夫か?」
「あ、あぁ……。だい、大丈夫……だ。休んだら、すぐに立ち上がる」
「いや、すでに魔物除けは張ってある。このまま六時間、しっかりと休憩をとろう――――」
出来るだけ刺激しないよう声をかけたが、レオスは私の言葉を遮り、怒号を飛ばしてきた。
「はぁ!? てめぇ、何を勝手なことをしてンだよッ!? リ、リーダーに断りもなく、休憩の指示を出してんじゃねぇ……!!」
「いやしかし、現にきみも……、」
「オレは少し座ってただけだッ!
……チッ、無駄に魔物除けを使いやがってッ!」
「……すまない」
乱雑に私から手を離し、彼はそのまま横になってしまった。
遠巻きに見ていた三人も、こちらを一瞥し……、再びがくりと項垂れる。
「私も……、休むか」
ダンジョンに入る前は、まだ些かまともな性格だったような気もするが。
Bランクの私を仲間に入れるために猫をかぶっていたのか、それとも追い詰められて、負の部分が色濃く出てしまったのか。
何にせよ――――体力以上に、精神的な部分が危険だ。
「なんとか……、踏ん張るしかないか」
鎧を軽くほどき、私も横になる。
普段はぜんぜん気にならないのに。
今だけは何故か、朝日が恋しいと思った。