「まぁ結局のところさ。こういう選択肢になるわけですよ」
「ん? 何がだゴシュジン?」
「いやこっちの話だ」
ギルドで起こした騒動の後。
一度宿へと戻った俺は、三人娘に軽く説明をした後、一人ずつと街を見て回るという計画を立てた。
それは何故かというと。
人間の営みを知ってもらう――――とかよりも、遥かに前の段階。
そもそもの話。こいつら一人一人を知らなければ、どんなことを教えて良いのかも分からないのである。
そのことに気づいた俺、大天才ドリー・イコンは……控えめに言って、天才だと思う。
いやマジでマジで。そこに気づくとは天才じゃない? 俺、ヤバくない?
「ゴシュジンはヤバいぞ。研ぎたての棍棒の臭いがする」
「え!? ソレは本格的にヤバくない!?」
「うん。ヤバい。はまりそうなほどイイ匂い」
「誉め言葉だったことに衝撃を受ける俺」
ううむ価値観。
あと研ぎたての棍棒の臭いってどんな匂いだ。少なくとも人間が発して良い匂いでないのは間違いない。
「まぁ自分を持ち上げるのはさておきだ……。とりあえず今日の夕方くらいまでは、ベルと街をぶらつこうと思う」
これもじゃんけんによる決定だ。一番手はベルになったらしい。平和的な解決方法で非常に素晴らしいと思う次第です。
「知っているぞゴシュジン! これは、デートっていうヤツだ!」
「あはは。そうだなぁ。デートみたいだな」
頭を軽く撫でてやると、ごろごろと喉を鳴らし嬉しそうにしていた。
周囲の人も「あら娘さんかしら」「仲の良い親子ねぇ」みたいな視線を向けてくれている。
そう……。堂々としていれば、誤解は受けないのですよ! ここで「デ、デートぉ!?」みたいなリアクションをするから、誤解を受けロリコンとして報告される……などというベタな展開になってしまうのだ。
「平常心だ」
いや。というよりも。
平常心を保とうと身構えるのではなく、仲の良いヤツと普通に遊びに行く……みたいな感覚でいれば大丈夫。
俺も楽しいしベルも楽しい。それで済むはずである。
「デート! デート! ゴシュジンとデート!」
「ははは。ベルは元気だなぁ」
てくてくと元気に歩く彼女の後を、のんびりとした足取りで俺もついていく。
夕方。活気のある街並みを二人で賑やかに歩くのはとても楽しい。
「デート! デート! 楽しいデート!」
「うんうん」
歌うように元気な言葉を発するベル。
こうしていると無邪気な子供だなぁ。
「楽しいデート! 愉快なデート!」
「うんうん」
「デートの後にはランチ! ランチの後にはコウビ!」
「うんッ!?」
「楽しいコウビ! 愉快なコウビ!」
「ベルストップ!」
ベルの身体を抑え込もうとするももう遅かった。
周りの笑顔を向けてくれている人たちの目が、一気に不審者を見る目へと変化していく。
「……誤解ですヨ?」
「ん? ゴシュジン、この後コウビしないのか?」
「しません!」
「でもオスとメスがデートするのは、コウビをするためなんだろ? だからゴシュジンもベルをデートに誘ったんじゃないのか?」
「ちげーよ!! ……はっ!?」
周りの笑顔を向けてくれていた人たち! 違いますから! 俺はそういう男ではありませんから!
「でもこういう時にどんな言い訳をしても無駄だということは知っている。……なので!」
「お?」
「逃げの一手です!」
俺はベルの身体を抱え上げ、その場から一気に逃げ出した。
通報される前にコトを起こす。それがこういう事案のときに助かる、唯一の方法なのだ!
「ゴシュジン、いきなり小走りしてどうした? コウビの前の軽い運動?」
「全……、力……、だ……よ……ッ! はぁ、はぁ……、」
走り去ってエリアを変えて。
ベンチに項垂れ一息つく。
お前……。カンベンしてくれよ……。
「そ、そういう言葉をみだりに使うんじゃない……」
「なんでだ?」
「何でって……、それは……、えー……」
卑猥だから。とか、そういった説明も難しいな……。
本来子作りとは、生物にとっては普通の行為だ。幼女と行うのがヤバいというだけで。
しかしそうか……。ベルは野生生物だから、子供を作るっていう概念は知ってるんだよな、後の二人と違って。
「何でダメなんだ?」
「何で……。え? 何で……?」
言葉に詰まり、口元に手を当てて考え込む。
「うーん……? あれぇ?
そういえば、『エロいことを表立って言ったらダメ』ってコトに、ちゃんとした理由なんて考えたこと無かったなぁ」
ここに来て新たな発見をしてしまった。
……いや、ちゃんと頭良いヤツなら説明できるんだろうけど。正直身体も疲弊していて、真っ当に考えることが出来ない。
「でもまぁ……。一つだけ分かっていることがある。
いいかベル。この世界ではな、お前みたいな子と交尾をする、もしくはしたい大人を、『ロリコン』というんだ」
「ロリコン」
「そうだ。そしてロリコンは――――まぁ俺は別に居てもいいとは思うんだが、世間一般ではあまり褒められたことではないんだ」
「そうなのか。ロリコンは大変だ」
「そう。ロリコンは大変なんだ。日夜色々なものと戦い、そして己の欲望に打ち克つ猛者たちなんだぞ」
説いていてだんだん意味わからなくなってきたが。
まぁいい。続けよう。
「俺がベルと交尾をしていると周囲に勘違いされたら、俺は国の偉い人、もしくはヤバい人に連れて行かれるんだ。そうなるとベルたちとは離れ離れになっちまう」
「そんな奴ら殺して奪い返す――――あ、」
「そうだ。ニンゲンはむやみやたらと殺しちゃダメだって言ったろ?」
「む~……、そ、そうかぁ……」
倫理性を解いたり、一般常識の必要性をうまく伝えることは出来ないけれど……。これなら事の重大性が、少しは伝わってくれるだろうか。
「ゴシュジンと一緒にいられなくなるのは……、嫌だ」
「そっか。うん、俺もだよ。
だからベル、そういうコトを表で言うのは無しにしてくれ」
「そっか~……。難しいぞ」
まぁ追々なと俺は言って、ベンチから立ち上がる。
「いきなりは無理だろうから、徐々に慣れていってくれ。誰だって最初は分かんないことだらけだ」
俺がそう言うとベルは、「そっか」とキバを見せて笑った。
健康的な肌の色も相まって――――それはまるで、太陽のような笑顔だった。
「…………、」
「ん? どうしたゴシュジン?」
「い、いや……、大丈夫だ」
いけねぇいけねぇ……。
俺も日夜大変な猛者たちに、目覚めそうになっちまったぜ。
これは油断できませんな……。