それからというもの、悠永は時々旧校舎の裏庭へやってくるようになった。
「よう、紗里」
「大神先輩」
「悠永でいいって言っただろ」
「それはちょっと……」
彼は、鋭い強面の美形に慣れてしまえば、割と親しみやすい性格をしている。
しかし、先輩男子を下の名前で呼び捨てにするのはさすがに抵抗があった。
「はぁ。俺がいいって言ってんのに」
「私はよくないです。もうちょっと段階とかあるかと……」
「おまえ、謙虚なのか図々しいのかよくわかんねぇよな」
面白そうに笑われる。
彼のツボはよくわからないし、こうやってよく笑われるけれど、いつだって馬鹿にするような意図がないことは伝わってくる。
純粋に楽しそうなので、紗里の方も、悠永が楽しいならまあいいやと思えた。
「そうだ、これやるよ」
「……ブレスレット、ですか?」
悠永がポケットから取り出したのは、スモーキークォーツのような色味をした石がついた、華奢なブレスレットだった。
紗里の手を捕まえた悠永は、手早くそれを手首につけてしまう。
「外すなよ。ま、外れねぇけど」
「えっ」
何かの冗談かと思って試しに外そうとするが、留め金はまったく動かず、サイズもぴったりなので、悠永の言葉どおり外すことができない。
「なんですか、これ……!」
「お守り?」
なぜ疑問形なのか。紗里が尋ねる前に、悠永は立ち上がっていた。
「今日はそれ渡しに来ただけだから、じゃあな」
「あ、ちょっと、大神先輩……!」
去っていく後ろ姿を、紗里は困惑しつつ見送った。
彼の言動は、いつもよくわからない。脈絡がないし、割と勝手で自由気ままだ。
でも──……。
「……綺麗」
左手首につけられたブレスレットを見ると、何故だか悪い気はしなかった。