大神先輩のお鎮め係



終業式までの一週間は、好奇の視線とさまざまな憶測、心無い噂話に囲まれて、気を抜くと涙が滲んでしまいそうだった。


──なんで霊力なしなんかが入学できたの?
──そんなの、私が一番知りたい。なんで私には霊力がないの?

──試験のときだけ死ぬ気で耐えてたんじゃね?
──違う。本当に、あの試験はなんともなかったの。

──実はコネがあるとか? 金積んで裏口とか。
──うわ、どんだけあやかしに見初められたいの? なのに澄ました顔してて笑える。
──コネも何もないし、私が磐境に来たのは、おじいさんみたいに困ってるあやかしの力になりたかったからなのに。


入学試験に使われる試霊石の力はかなり強いようで、これまで霊力ナシが試験を突破したことはなかったという。

想定すらされていなかった紗里のような存在をどう扱うのか、学校側でも意見が割れたようだが、どのみちあやかしの血が濃く力が強い生徒は特別クラス。

霊力測定で高い数値を出した人間の生徒が二年生からそこに加えられるだけで、紗里と彼らにほとんど接点は生まれない。

この一年間特に問題なく学校生活を送れていたこと、入学試験の結果は公正なものであることから、残留という結論になったと聞かされた。


紗里は後ろ盾も何もない一般家庭出身。優秀と話題だった兄も卒業して、一年生の終わりよりも状況は多少悪化するだろうなと思っていたが……これは、もっと覚悟が必要かもしれない。


──去年までは相部屋だったのに、今年は狭めの個室になった寮。

扉を締めて鍵をかけると、どっと疲労感に襲われて、紗里はよろよろとベッドに倒れ込んだ。

(……頑張らないと)

寮費も含めると、磐境学園の学費は高い方だろう。両親は『圭も紗里も特待生になってくれたから大丈夫』と笑っていたけれど、これまでに費やしてもらった額を考えると、中退なんてできない。

(あと二年。たった二年、乗り切ればいい)

そう自分に言い聞かせるのに、『二年』という響きが途方もなく長く思えて、紗里は重いため息をついた。




二年生になった紗里だが、相変わらず一般クラスだ。

クラスメイトは一年生のときより十人ほど数を減らし、いない面々が特別クラスに行ったのだとわかる。例の霊力測定での結果が抜きん出ていたのだろう。

「あの子と同じクラスって最悪。零力と一緒にしないでほしいんだけど」

あやかしとの縁狙いを隠しもしない、派手なグループの女子が、紗里を見下すように一瞥してから嘆く。

『零力のくせに』
『零力がなんで』

霊力測定の日からよく聞くようになった言葉だ。

ちゃんと聞いたわけではないけれど、使われ方からして漢字や意味は嫌でもわかった。
霊力がなかった紗里を馬鹿にして、零力(れいりょく)と言っているのだ。

「ほんと。っていうか特別クラス行けなかったの、納得いかない! あたしなら霊力に当てられたりしないし、烏丸くんと仲良くなりたかったのに!」
「だよね。校舎ごと違うから会う機会もないし。あーあ、大神先輩とか狐塚(こづか)先輩とか、近くで見たかったぁ~」

彼女たちに何か言ったところでエスカレートするだけだろうと思い、紗里は努めてなんでもないふりをして、次の授業の準備を進めた。


結局、二年生初日で紗里にまともに話しかけてきた人数はゼロ。

ひそひそと噂をして、好奇の視線を向けてくる人数は数え切れず。

無関心な人や遠巻きに見ている人もそれなりにいるようだが、彼らは紗里の存在を静かに受け入れているわけではないだろう。

積極的に加害はしないが近づきたくはない、どうでもいい、あるいは……さっさと音を上げて出ていけばいいとでも思っているのか。

紗里には知る由もないことだ。


──どこか、静かで落ち着ける場所に行きたい。


寮の個室なら一人になれるが、ずっとこもっていては気分がもっと沈んでしまう。

せめてもの救いを求めた紗里は、今は使われていない旧校舎が狙い目ではと思い、放課後にひっそりとそこへ向かうようになった。

旧校舎は厳重に鍵がかけられて入れないが、裏庭を含め、荒れないように今も管理されており、案外綺麗で静か。

ベンチに座ってぼーっとしたり、読書をしたり、勉強をしたりして過ごすのが、いつしか紗里の日常のようになっていた。また、時々用務員の老夫婦が花壇の手入れをしに来るので、それを手伝うこともあった。

お世話をした花壇は、些細な変化や成長を見るのも楽しい。


噂も悪口もなるべく無視している紗里がつまらなくなったのか、五月に入ったあたりから高校生活も若干マシになり、これならなんとかなるかなと、前向きな気持ちが湧いてくる。

……が、現実はそう甘くなかった。


放課後、いつものようにひっそりと旧校舎の裏庭へ向かおうとした紗里は、他のクラスの男子三人に囲まれる。そのうちの一人は、薄いけれどあやかしの血を引いていると聞いたことがあった。

「こいつだよな、零力の女」

品定めするかのような視線を向けられて、紗里は奥歯を噛み締めた。

「どうやって入学したのか知らないけど、零力のくせに居座ってるってことは、あやかしの伴侶狙いなんだろ」
「……違う」

我慢できずに、固い声で言い返す。

それが気に食わなかったのか、男子の瞳孔はきゅっと細くなった。人ではまずありえない変化だ。

彼があやかしの血縁であるという話は本当なのだとわかり、警戒心が強まる。

「違わないだろ。ほら、零力らしく酔ってサカってみろ」

下卑た笑いを浮かべる男子。両サイドを固める二人が、少し身震いする。

(もしかして……霊力をわざとぶつけてきてる……!?)

霊力が乏しい人間は、強い力に当てられると魅了され、酩酊したようにふらふらと相手に迫ってしまうと言われている。
わざとその状態に陥らせようとしているのだとわかり、紗里は後退りした。

「……最っ低」

吐き捨てるように言うと、望んでいた反応ではなかったのか、彼の表情が不機嫌そうなものになる。

「……つまんね」
「あっ、おい!」
「待てって!」

三人がどこかに行ったことを確認し、紗里は深くため息をついた。


いつも以上に慎重に、周囲を警戒しながら裏庭へ向かう。
ベンチにぐったりと腰掛け、薄曇りの空を見上げていたときだった。

不意に背後から足音が聞こえて、紗里は急いで身をかがめる。

さっきの男子たちにつけられていたのかと警戒して、植え込みの陰から足音の方を窺うが──そこにいたのは、予想外の人物だった。


まず目がとまったのは、その長身。
旧校舎の壁に手をついて歩きながらも、一九〇センチ近くありそうな大柄さがわかる。

濃いグレーのような独特の色の短髪はやや硬質。

鋭い印象ながらも、恐ろしいほどに整った顔立ちは、紗里も何度か遠目に見たことがある有名人のものだ。


──大神(おおかみ)悠永(ゆうと)

名字が示すように妖狼(ようろう)で、古くは霊峰の守り神として祀られるほどの一族だと聞いたことがある。

あやかしの中でも有数の名家で、磐境学園の三年生。
その美麗な容姿もあって、あやかしとの縁を求める生徒たち、特に女子の注目の的だ。

(なんで大神先輩がこんなところに……?)

引き続き警戒しつつ様子を窺っていた紗里は、彼の様子がおかしいことに気づいた。

どこか具合が悪いのか、足取りはふらついていて、旧校舎の壁を支えに歩いているような状態だ。頬は紅潮していて、表情は険しい。

(熱でもあるのかな)

心配になって、身を隠すのをやめ、立ち上がる。
すぐさま、悠永の視線が紗里へと向けられた。

「……っ、近づくな!」

鋭く言われて、紗里は身をすくませる。
しかしその直後、彼がふらついたかと思うとがっくりと膝をついたので、慌てて駆け出した。

「だ、大丈夫ですか……!?」

そばにしゃがみ込んで、肩を軽く揺する。
返事は舌打ちだけで、濃灰の髪の間から、満月のような黄金に染まった虹彩が紗里を睨みつけた。

「……っ」

あまりの迫力に気圧されそうになるけれど、こんなに具合の悪そうな人を放っておくわけにもいかない。

「すみません、ちょっと失礼します」

手の甲で彼の額に触れると、明らかに高い体温が伝わってくる。

「待っててください、すぐ先生を呼んでくるので!」

紗里は弾かれたように立ち上がり、駆け出そうとしたが──その手を、しっかりと掴まれて動けなくなった。


「いや、いい」
「でも……!」

彼の手から逃れようとしても、力強く手首を掴まれておりびくともしない。

「呼んだところでどうしようもねぇ。じっとしてれば治る」

先ほどよりも色が落ち着き、金混じりのグレーになった虹彩。
彼の言葉は本当だろうと判断して、紗里は手を振り払おうとするのをやめた。

「それなら……あそこにベンチがあるので、横になってください。私は水かスポーツドリンクを買ってくるので」
「いらん。おまえもこっちに来い」
「えっ」

幾分かしっかりした足取りでベンチに向かう悠永に引っ張られ、紗里も着席する。

「……本当に、大丈夫なんですか?」
「ああ」

何か考え事をしているのか、難しい顔の悠永は、やがて紗里の手を離す。しかし五秒ほどして眉間に皺を寄せると、再び手を掴んだ。

「あの……?」

怪訝そうな顔で手をじっと見られ、落ち着かない。

困惑している紗里をよそに、悠永は手を握ってみたり、自分の額に当てたりして、「ん……?」と、また何かを考え込んだ。

「おまえ、零力だったやつだろ? なんともないのか?」

零力という言葉で反射的に渋い顔になる紗里だが、彼には馬鹿にするような感じがなく、純粋な疑問として尋ねられたとなんとなく察する。

「なんとも、とは」
「今、こうしてて」
「……? 別に、なんともないです」

強いて言うなら、よくわからない状況に困惑はしている。
けれど、異常などは特にないので、紗里は首を横に振った。

「へぇ。じゃあ、もうちょいこっち」

手招きされて、よくわからないままに近づいた紗里の身体は、あっという間に悠永の大きな身体に包まれた。

──抱きしめられている。

そう理解して、困惑を通り越した紗里は、軽いパニック状態に陥った。

「あ、ああああの……!?」
「うるせぇ。なんだこれ……」

この状況が一体なんなのか聞きたいのは紗里の方だ。

しかし、加害してくるつもりはなく、何かを確かめているような彼の様子を感じ取り、沈黙と硬直を選んだ。


謎のつぶやきを最後に無言になった悠永は、やがて、ふぅ、と長めに息を吐く。

(あれ……? なんだか、大神先輩の熱が下がってるような……?)

制服の薄いシャツ越しに感じる体温に意識を集中させたことで、抱きしめられていることを余計に強く意識してしまい、紗里の頬に熱が上る。

これでは、顔を見られたときに、サカッてるだのなんだのと言われかねない。

霊力測定からの数々の嫌なことを思い出し、なんとか平常心を取り戻したころ、「よし、大丈夫な気がしてきた」と言って悠永は紗里をようやく解放したのだった。



(なんなんだろう、この状況……)

すっかり調子が良くなったらしい悠永に手を掴まれたまま、紗里はひたすらに困惑していた。
一方の悠永はといえば、面白そうに紗里を見ている。

「おまえ、本当になんともないのか?」
「先輩の方こそ、なんともないんですか?」
「治った」

先程まで四〇度くらいありそうな高熱だったのに、五分足らずでなんでこんなにケロッとしているのか。あやかしの力というのは計り知れない。

「んで、気分は」
「なんと言えばいいのか……びっくりしましたし、よくわからなくて、びっくりしてます」
「驚いてんのはとりあえずわかった」

軽く吹き出すように笑った悠永は、「けど……」と言いつつ、紗里の頬へと手を伸ばす。

些細な表情の変化も見逃すまいとしているのか、ぐっと顔を近づけ、目を真っ直ぐに見られるので、緊張からか心臓が大きく跳ねた。

「……まともそうだな」

すっかり濃灰色に戻った目が、面白そうに少し細められる。

『ほら、零力らしく酔ってサカってみろ』

不愉快な出来事を思い出して渋い顔になった紗里は、頬を掴んでいる手を押しやった。

「私、霊力がなくても、正気を失って迫ったりしません。馬鹿にしないでください」

睨むようにして言うが、悠永はまったく気にした様子はなく、「やっぱりおまえ、零力のやつだよな」と頷いた。

「……そうですけど」
「名前は?」
「白沢紗里です」
「しらさわさり……噛みそうな名前だな」

丁寧に名前をなぞり、悠永は柔らかく笑う。
ともすれば失礼な発言だが、馬鹿にされてるわけではないことはわかるので、不愉快ではなかった。

そういえば小さいころ、『しらしゃわ』や『しゃり』など噛んでしまう子も結構いたなぁと思い出して、紗里は少し懐かしくなる。

「なんでこんなとこにいたんだ?」
「静かで落ち着くので……。先輩こそ、なんでここに来たんですか?」
「旧校舎なら人気がねぇから、やり過ごせるかと思って。……俺のことはいい。おまえのこと。いっつもここにいんのか?」
「そうですね、割と。教室だと落ち着いて勉強できないですし、寮に引きこもるのもちょっと」
「ふぅん。じゃあな」
「えっ」

脈絡のない会話をしたかと思うと、悠永は気が済んだように、さっさと去っていく。

(本当に、なんだったんだろう……)

最初から最後まで意味がわからず、紗里は呆然とその背中を見送った。




◇◇◇


周囲を警戒しつつ旧校舎のエリアを出た悠永は、足取り軽く進んでいた。

(あれが、〝零力〟の白沢紗里か)



何か毒物──というより、症状からして媚薬の(たぐい)だろう。何かしらの強力な薬物を盛られたことに気づいた悠永は、症状が収まるまでどこかに潜んでやりすごそうと旧校舎裏へ向かった。

そこで彼女の姿を見た時は、薬を盛ったのはまさかこいつか?と思ったが、心配しか読み取れない表情を見て、すぐにそうではなさそうだと気づく。

しかし、同時に焦り出した。

(こいつ、確か、霊力がないって騒ぎになってた……?)

悠永とはまったく違う意味で一躍有名人になってしまった紗里。悠永も噂を耳にし、遠目にだが姿を見たことがあったので、顔くらいは知っていた。

(クソ、こいつが今の俺に近づいたら当てられる──!)

悠永の力はただでさえ強い。まして、今は薬の影響で力の制御がしきれていない状態だ。

力を抑える装飾具は身につけているものの、完璧ではない。

霊力が相当強い特別クラスの生徒やあやかしですらも、悠永の力が強く漏れ出ると影響を受けることがある。霊力がない彼女ではひとたまりもないはずだ。

「……っ、近づくな!」

怒鳴ると、くらっと目眩がした。
思わず膝をついた直後、「すみません、ちょっと失礼します」と、少し低めの涼やかな声が耳に届く。

離れろと言いたいが、もはや手遅れだろうか。

彼女の意思に関わらず、酩酊したように迫らせてしまうのかと思うと、薬を盛った犯人にも、気づかずにどこかで摂取してしまった自分にも、ますます腹立たしさが湧いてきた。

ところが……彼女に酩酊している様子はなく、心配そうな表情のままで額へと手を伸ばす。
さらには、ひんやりとした手が触れた途端に熱がすっと引いたので、悠永は驚きに目をみはった。

(……? なんだ、今のは……)

しかし、心地よい手はすぐに離れてしまう。

「待っててください、すぐ先生を呼んでくるので!」
「いや、いい」

反射的に、彼女の手を掴んでいた。

(ただ、少し体温が低くて気持ちいいだけじゃない。やっぱり……こいつに触れると、楽になる気がする)

試しに抱き寄せてみると、くらくらとしていた頭や身体から熱が徐々に抜けていくような心地がする。

楽になったことで余裕ができ、霊力を集中させて薬の影響を排除すると、悠永はほっと息をついた。



(霊力がないと普通は強い力に当てられるもんだが、あいつはゼロすぎて何も感じ取れないのか? でも、あの心地よさはなんだ)

紗里との会話や、その時々の様子を思い出すと、興味が尽きない。

背中に少しかかるきれいな黒髪。派手な美貌ではないが、優しく整った顔立ち。
白い撫子のような繊細で楚々とした雰囲気があるが、かといって弱々しい印象はなく、むしろ意思は強そうな印象を受けた。

「……紗里」

よろよろと旧校舎を支えに歩いていたときは、妙な薬を盛ってきた犯人を必ず突き止めて、二度と関われないようにしてやると怒りに燃えていたのに、今やすっかり悠永の関心は紗里へと移っていた。



いつものように放課後を旧校舎の裏庭で過ごしながら、紗里はぼんやりと花壇を眺めていた。

大神悠永とここで出会ったのは、つい一週間ほど前のこと。
しかし、当然と言えば当然なのだが、あれ以降悠永の姿は一度も見ていない。

あの出来事は白昼夢か何かだったのか……一つ思い当たりがあるとすれば、あの男子に嫌がらせで霊力をぶつけられたことだ。

あのせいで、何か変な幻でも見たのかもしれない。

「はぁ……勉強でもしよう」

近ごろ集中力を欠いていたので、しっかりしないとと自省し、紗里は課題を取り出した。

「……紗里」
「ひゃっ!?」

急に肩を叩かれ、紗里は飛び上がる。
笑いながら隣に座ってきたのは──。

「お、大神先輩……」

幻でなければ、二度目ましての悠永だった。

「元気だったか」
「はい、一応……」

相変わらず、ひどい言葉を投げかけられたり事実無根の噂をされたりはしているが、もはやそれは日常のようになっている。

気分が沈むこともあるけれど元気ではあるので、紗里は頷いた。

「そうか。ちょっとこれ触ってみろ」

悠永が鞄から取り出したのは、なんだか既視感がある水晶玉とメーターだった。
霊力測定器をぐっと簡素化したような見た目に、思わず紗里は渋い顔になって身を引く。

「なんですか? これ」
「開発中のやつを借りてきた。特性とか細かいことはわかんねぇけど、霊力だけ簡易的に測れる」

やはりそうかと、ますます紗里の眉間に皺が寄った。
測定器に触れ、高校生活が一変したあの日は、トラウマのようになっている。

「痛くねぇから、ほら」

促されて渋々水晶玉の部分に手を触れるが、メーターの針はピクリとも触れない。
わかりきっていた結果なのに、悠永は首を傾げる。

「本当に零力なのか」
「……そうみたいですね」
「でも、入学試験はパスできたんだろ。それに、この間の俺に近づいても平気だった」
「……なんで入学できたのかも、霊力がないのかも、私にはわかりません。入学の試霊石では本当に目眩なんてしなかったし、おじいさんの家に行く時も迷ったりしなかったし……霊力があるって思ってたのに……」

「おじいさんの家?」と聞かれ、紗里はかつての出来事を話した。

悠永は静かに話を聞き、腕組みをする。

「霊力が少ないと、普通は耐性もなくて、簡単に惑わされる。おまえの場合はなさすぎて逆に影響も受けないとか……? でも、それだけじゃない感じがするんだよな」

紗里が逃げないことを確かめるように、ゆっくりと伸びてきた悠永の手は、優しく頬に触れてから離れていった。