──どこか、静かで落ち着ける場所に行きたい。


寮の個室なら一人になれるが、ずっとこもっていては気分がもっと沈んでしまう。

せめてもの救いを求めた紗里は、今は使われていない旧校舎が狙い目ではと思い、放課後にひっそりとそこへ向かうようになった。

旧校舎は厳重に鍵がかけられて入れないが、裏庭を含め、荒れないように今も管理されており、案外綺麗で静か。

ベンチに座ってぼーっとしたり、読書をしたり、勉強をしたりして過ごすのが、いつしか紗里の日常のようになっていた。また、時々用務員の老夫婦が花壇の手入れをしに来るので、それを手伝うこともあった。

お世話をした花壇は、些細な変化や成長を見るのも楽しい。


噂も悪口もなるべく無視している紗里がつまらなくなったのか、五月に入ったあたりから高校生活も若干マシになり、これならなんとかなるかなと、前向きな気持ちが湧いてくる。

……が、現実はそう甘くなかった。


放課後、いつものようにひっそりと旧校舎の裏庭へ向かおうとした紗里は、他のクラスの男子三人に囲まれる。そのうちの一人は、薄いけれどあやかしの血を引いていると聞いたことがあった。

「こいつだよな、零力の女」

品定めするかのような視線を向けられて、紗里は奥歯を噛み締めた。

「どうやって入学したのか知らないけど、零力のくせに居座ってるってことは、あやかしの伴侶狙いなんだろ」
「……違う」

我慢できずに、固い声で言い返す。

それが気に食わなかったのか、男子の瞳孔はきゅっと細くなった。人ではまずありえない変化だ。

彼があやかしの血縁であるという話は本当なのだとわかり、警戒心が強まる。

「違わないだろ。ほら、零力らしく酔ってサカってみろ」

下卑た笑いを浮かべる男子。両サイドを固める二人が、少し身震いする。

(もしかして……霊力をわざとぶつけてきてる……!?)

霊力が乏しい人間は、強い力に当てられると魅了され、酩酊したようにふらふらと相手に迫ってしまうと言われている。
わざとその状態に陥らせようとしているのだとわかり、紗里は後退りした。

「……最っ低」

吐き捨てるように言うと、望んでいた反応ではなかったのか、彼の表情が不機嫌そうなものになる。

「……つまんね」
「あっ、おい!」
「待てって!」

三人がどこかに行ったことを確認し、紗里は深くため息をついた。