「大道さん?起きてます?」
「保那くん…」

大学病院内の1室。私と七海は大道保那と書かれたプレートが壁にかけられた部屋の扉で顔を覗かせていた。大道さんは横になって寝ていて目線を私達がいる扉の方に向ける。

「七海、連れてきましたよ」

私がそう言って後ろにいた七海を前へ進めると大道さんの表情が晴れた。七海は恐る恐る大道さんの近くの椅子に座る。私も同じように七海の隣に座った。

「身体起こしますか?」
(うん)

大道さんが小さく頷いたのを確認して私は電動式のベッドのボタンを操作して上半身を上げた。大道さんの変わり果てた姿に七海は既に泣きそうになっていて目を潤ませている。七海が最後に会った時よりも痩せているし、身体には管が何本も繋がっている状況だ。気を抜けば私も涙を流しそうになってしまう。それくらい弱々しくなっているのだ。

「保那、くん……」
「大道さん。3人揃いましたね」
(うん。ありがとう)
「…七海とやっと話せました。きっかけをありがとうございます」
(ううん。こちらこそ)
「今日は妹さん達は来られました?」
(ううん)
「それじゃあ来るまで疲れない程度に居ますね」
(うん)

七海は黙ってしまっていて会話は私と大道さんだけで繰り出される。涙は流してないものの、きっと何を話せばいいのか迷っているはずだ。私はそっと七海の背中を優しく摩った後、いつものようにタブレットを出してスイーツ紹介を始める。

「この前紹介出来なかったので、今日は少し多めにあります。でも何個かは前に話したものと似ていますけれど…。まず1つ目が…」

2人に見えるように画面を向けながら私が調べたスイーツを次々と紹介していくと俯いていた七海も見てくれるようになって少しずつ目を輝かせている。大道さんも同じようにジッと私の話を聞きながら見てくれて好みのものが出ると表情を緩ませてくれた。全てのスイーツが紹介し終わった頃には30分経っていて暗かった部屋の雰囲気も明るくなっていた。七海もいつも通りのコミュニケーション能力が戻ったのか途中途中に大道さんに「美味しそうだね!」と話しかけていて私も安心しながら見ていて、次は七海に話題でも振ろうかなと考えていると、病室の扉が横に開く。私と七海は後ろを向くと大道さんのお母さんと妹さんが荷物を持って立っていた。

「美湖さん、来ていたんですね」
「はい。30分くらい前に…」
「いつもお見舞いに来てくれて本当にありがとうございます。息子も影月さんが来ると凄く喜んでいるので」

そうなのかとチラッと大道さんを見ると照れたように私から視線を外した。なんだか私まで照れ臭くなってお母さん達の方に向き直る。

「そちらの方は別のお友達さんですか?」
「はい。私と同じ大学で大道さんとも仲のいい子です」
「はじめまして。小日向七海です。よろしくお願いします」
「はじめまして。保那の母です。隣にいるのは保那妹です」

私と大道さんを除いた3人はペコペコと頭を下げて挨拶をしていた。すると大道さんのお母さんが、思い出したように私の方を見る。

「あの影月さん、少し…」
「はい…?」

手招きされて私は椅子から立ち、お母さんの後ろをついて病室から出る。何気に初めて2人で話すので緊張して心音が不規律に動き始める。同じ階にある多目的スペースにお母さんの隣に並びながら行くと、先客がいて年配の方がお喋りをして病院内での数少ないコミュニケーションを取っていた。私達はそこから少し離れた窓際にある椅子に向かい合って座ると、真剣な表情をしたお母さんは私に向かってこう言った。

「保那のことで相談があるの」
「相談、ですか?」

嫌な予感しかしなくて冷や汗が身体から出るのがわかった。

「保那の病気のALSは完治は難しいのは前話しましたよね」
「はい。私の方でも色々と調べています」
「ありがとう。…最終的に、呼吸するための筋肉も動かなくなって呼吸不全に陥るそうです。先生からの話だと今の医学では延命治療しかできないらしくて。それに加えて保那は進行が他の人よりも凄く速い。今も私達の前では見せようとしませんが、とても辛そうにしていると看護師さんの方からよく聞きます」
「そう、なんですね」
「そこで影月さんに相談です。保那に人工呼吸器を付けるべきでしょうか?」
「えっ…」
「…言葉が足りてませんね。今はまだ付けてませんけど人工呼吸器を付けるか付けないか選べるんです。付ければ寿命は伸びます。しかし付けなければ…」
「勿論、付けます!でないと大道さんが…!」
「私も付けたいです。1秒でも長く保那の側に居たいから。でも、そうすると保那が辛くなる時間が増えてしまう。ALSになった人達の中にはこういう風に思うことがあるそうです。辛いから死にたいと」

テーブルを挟んで反対側にいるお母さんに向かって身を乗り出す。冷や汗が私の身体を伝った。耳を塞ぎたい話なのに塞ぐことすら忘れてしまう。耐えていた涙が一筋、私の頬を流れた。