私の住むワルダード王国は、ほぼ気候が一定で農業も盛ん、山から採れる銀や鉄などの鉱物資源も豊富で、国民は貧困とは縁もなく皆穏やかで親切。ちょっと他の国と違うのは、この国の民は人族ではないことぐらいか。
 獣族、エルフ族など様々な種族が混在して暮らしているこの国では現在、竜族である父、ローゼン・ワルダードが治めている。
 周囲を圧倒するオーラ、四十歳ではあるが竜族の男性は三十歳前後の年齢で外見の成長がほぼ停止するため、現在の父は子供の頃から変わらず恐ろしいほどの美丈夫だ。
 艶のある長い銀髪と海のような透明感のある青い瞳、整った目鼻立ち、耳に心地良いバリトンボイス。普段は冷ややかな顔つきではあるが、そのクールなところも最高に素敵だと淑女からはもっぱらの評判らしい。
 王妃である母が私を産み、産後の肥立ちが悪く亡くなってからも、ずっと独り身を貫いている。いつも母以外の妻など考えたこともないと言っているので、きっと母のことを本当に愛していたのだろうとは思う。それは良い。愛を貫く、大変素晴らしく結構な話である。

 だがしかし。
 それが母にとても良く似た私への盲目的な愛情に繋がっているのが、娘としては大変問題なのである。



「エヴリン、誕生日おめでとう」
「ありがとう父様」
「…………」
「──ありがとうパパ!」
「うむ」

 公の場では言わないが、屋敷内や二人きりの時にはパパと呼ばないと機嫌が悪い。いつまでも子供扱いをしたいのだろう。
 私も流石に十七歳にもなってパパと呼ぶのは恥ずかしいのだが、無視してパパ呼びをしないと何日も拗ねる。そして仕事でも機嫌が悪いままなので、大臣やお付きの騎士から「姫様、お願いですからここは一つ大人になって」という懇願をされるので致し方なくといったところである。
 大人にならなければならないのは父だと思うのだけど。

「お前もとうとう十七歳か」
「そうね。そろそろ結婚も考えないといけない時期ね」
「何を言う! まだまだ子供じゃないか!」
「……あのねえパパ」

 私はため息を吐く。

「分かっているでしょう? 私たちの種族、女性が子供を産めるのが二十五歳までだって」

 二百年三百年、長寿であれば五百年は生きる私たち竜族は、体の老化が若いうちに止まる。男性であれば三十歳、女性は二十五歳である。事情は分からないが一番体力的にベストな状態で止まり、その後の長い人生を生きるのだけど、若いままが良いことばかりではない。
 成長が止まるということは、女性が妊娠してもお腹の子供が育たないということなのである。そのため、十七歳の成人になってから二十四歳までの七年間の間に結婚をして妊娠・出産しないとその後、子供は望めなくなってしまうのだ。
 他の種族も年齢こそ違えど概ね似たような出産可能期間が存在するため、正直言えば私も早々に結婚相手を探さねばならない年頃なのである。

「……分かってはいる」

 また無駄に見目麗しい顔に悲壮感を漂わせるが、本気でそう思っているかは疑わしい。婚期を逃したら娘とこれからも二人で楽しく暮らして行けるとか思ってそうで怖い。
 そりゃ父は大好きだし愛しているが、私にだって愛する旦那様や産まれた子供と幸せに暮らしたいという希望はあるのである。

「大体、孫の顔も見られないって言うのは、跡継ぎどうこうよりも悲しくないのパパは?」
「……孫……っ!」

 拳を握りしめ、切ない顔を浮かべる父を周囲の淑女たちが見たら、

「何て憂いのあるお顔かしら……色気が溢れてるわねえ」
「後光が射しているよう」

 などと言って顔を赤らめるのだろうが、単に娘を嫁に出すのを嫌がっているだけの娘バカである。未だに母の肖像画を見ながら楽しそうに語っているし、たまに泣いてるし、情緒不安定なことこの上ないのだが、確かに愛情だけは無限大である。適度という言葉は父の辞書にはないのだ。
 ちなみに私たちは頑丈な体ではあるが外傷などに強いだけの話で、内臓系の疾患は普通の人間と同じだ。なので長命とは言っても健康なら若い見た目で長生き出来るよ、というだけの話だ。

「確かに……孫が産まれたら可愛いだろう、エヴリンの子なら尚更だ。……だが、そこらのろくでなしを婿にするのは嫌だ。せめて上級魔族でなければ認めん」
「あら、上級魔族だろうが下級魔族だろうが、私が好きになった人でなければ結婚しないわよ? パパではなく私に決定権があるのだから」
「……それは……」
「パパに決められた相手と結婚して不幸になったら、パパ責任取れるの? 娘を不幸にするパパなんて当然嫌いになるわよ私?」
「ぐっ」

 涙目で娘が反抗期みたいなアピールをされても困る。
 それに上級魔族だの中級魔族だの、たかが歴史と国への貢献などの兼ね合いで勝手に決まっているだけだ。格がどうとか私には良く分からない。
 それに……。
 私は心の中で一人の男性を思い浮かべていた。
 結婚したい相手は実は決まっているのである。父には内緒だけど。



 私には、ずっと子供の頃から好きな人がいる。
 中級魔族で吸血鬼族のグレン・カーフェイだ。私の二つ上。
 黒髪に赤い瞳の整った顔立ちに一九〇センチを超える大柄の体。一六七センチの私よりも頭一つ以上は大きい。そして心も大らかでとても優しい。現在は騎士団で働いている。
 小さな頃は沢山遊んで貰ったりしたが、大きくなって来ると男女であることもそうなのだが、一応私はこの国の姫という立場なので、気軽に野山を駆け回るなどということが出来なくなってしまった。はしたないそうだ。探検したり野山を走り回るのって楽しいんだけどな。
 国王だの姫だの言っても、竜族が上級魔族の中でもトップの長い歴史があって、有事の際に上に立つ者が頑健な体であった方が役に立つからというのが最初に決まった要因らしく、それからは問題がないのでそのままズルズルと国王を代々続けているだけだ、と祖父が言っていた。

 ちなみに祖父母たち年寄り世代の人たちは皆、仕事を引退すると山の山頂付近にあるパラディという町で自給自足で暮らす決まりになっており、祖父母も父に即位させるといそいそとパラディに引っ越して行った。
 まあ年寄りとは言っても見た目は若いままの人たちなのだが、ワルダード王国の住民は基本のんびりと暮らしたい人間が多いので、真面目に一定期間働いて子供たちが独立したり、仕事も後継者が育ったりすると、

「よーし引退だー」

 とパラディに引っ込み、老後の人生を楽しく好きなように過ごすという流れが出来ている。
 そして何故かパラディの村には大きな塀で囲いがされており、こちらから訪問するというのは病気や死亡など特殊な事情でない限り許可はされないので、村の様子を知る人間は殆どいない。
 祖父母たちも会いたくなればあちらからやって来るし、来て欲しい時には事前に手紙を送ってお願いしている。恐らく俗世間の面倒事はもう関わりたくないのだろう、というのがこちら側の概ねの意見である。

 まあ祖父母たちの話はともかく、私だ。

・結婚はしたいか → したい
・好きな人はいるか → いる

 この分かりやすい状況であれば、普通はじゃあプロポーズすればいいだろうとなるが、私は王女なのである。自分からプロポーズなどもってのほかなのだ。
 あくまでも相手からのプロポーズや縁談を待たなければならない。
 だが、父は私を溺愛する余りに男性を見る目が異常なまでに厳しいし、私へ向ける愛情が尋常ではないことは周囲の未婚男性は大抵知っている。 そのため、事情を知らない少数の人がうっかり縁談を持ち込むぐらいで(それも父が速攻で理由をつけて却下する)、現在の私は結婚適齢期にも関わらず男性の影が全くない。
 私も誰でも良い訳ではないし、出来ることならグレンが婚姻を申し込んでくれないかと切に願っていたりするのだが、このままでは行き遅れになる気配が濃厚な気がしてきた。

「……メメ」
「はいエヴリンお嬢様」

 私は自室でお茶を飲みながらメメに話し掛けた。
 メメは私の乳母兼専属メイドでオロチ族の人間だ。赤ん坊の頃からお世話になっていて第二の母のように頼り切っている。メメは普段は大変物静かで仕事の出来る綺麗な人なのだが、怒ると瞬時に肌がうろこ状になったりする。大抵は私を心配するあまりの怒りだったりしたのだが、小さな頃はそれが分からず自分が怒らせたとだーだー泣いた記憶がある。

「私、このままだと生涯独身になりそうな気がするの」
「まああのご様子ですと、あと四、五年は難癖つけてエヴリンお嬢様を殿方から遠ざけそうでございますねローゼン陛下は」
「二十二、三歳になってから結婚したとしても、せいぜい子供が産めても一人でしょう? 私は子供が大好きなのよ。愛する旦那様の子供は沢山欲しいじゃないの」
「さようでございますね。確かに子供は可愛いです」

 メメも王宮で文官として働く同じオロチ族の夫がおり、可愛い双子の女の子がいる。

「──ですが、グレン様はどうでしょうかねえ」

 ぽつりと呟いたメメの言葉に私は動揺した。

「なっ、何でグレンの話になるのよ?」
「おや、てっきりグレン様との結婚のお話なのかと。違いましたか?」
「……いえ、違わないけれど」
「小さな頃からグレン様大好きでございましたものねえ。いつも後ろについて歩いてて。背中に引っ付いているのをローゼン陛下が見つけてすぐペリペリ剥がしたりしていたのを思い出しますわ。ローゼン陛下も腹立たしいお気持ちだったでしょうが、職務中ずっと子供と遊んでいる訳にも行きませんものね。それに『同世代の子供たちと遊ぶのも人格形成には大切だ』などと壁に向かって棒読みで仰っているのも何度か聞きましたが、あれはきっと自分に言い聞かせておられたんでしょうね」
「──全く記憶にないわね」

 男性に抱き着くなど、女性としてあるまじき行為ではないか。子供だったとは言え無意識にそんなことをしていたとは。私は赤面した。

「まあお子様の時の話でございますからね。──ただ、もしグレン様がエヴリンお嬢様のことを好ましく思っていたとしても、彼は私と同じ中級魔族ですし……」
「別に中級だって良いじゃないの。彼は素敵な人よ」
「問題は、吸血鬼族ということでございますよ」
「まあ……それは確かに問題なのよね」

 長年の異種族との婚姻などもあって血が薄まったせいなのか、現在の吸血鬼族の人たちは別に人から血も吸わない。レアなステーキなどは大好きだが、温和で争いごとも好まないタイプばかりだ。
 ……ただ、昼間が物凄く弱い。
 当然ながら太陽の光で灰になるとか溶けるとかはないのだが、体力も落ちてしまい、すぐ睡魔に襲われ眠ってしまう、完全な夜型なのである。なのでグレンも夜勤専門だ。

「国を治める次期の国王が、昼間は執務も出来ずにぐーすか眠ってしまうのは、種族の問題としても些かよろしくはないのではないか、と。国交的なお話にもなりますけれども」
「そうなのよね……」

 交易で人間の国とのやり取りもある訳で、昼間に国王が眠っているような国は、種族の特性とはいえ流石に大問題だろう。他国との関係が悪化すれば、昼間に戦争を仕掛けられたらかなりマズいことになりそうだ。

「……まあ、彼が私と結婚したいと思っているかも分からないものね」
「さようでございますねえ。今悩んでいても仕方のないことですわ」

 私はため息を吐くと、友だちにも相談してみようかしら、とぼんやりと考えるのであった。



「ゾア!」
「エヴリン、久しぶり~♪」

 親友のゾア・モーランは上級魔族のエルフ族である。私より一つ上なのだが、上級魔族の中でも屈指の長命種族のため、見た目は私より幼く見えるが、中身は私より相当しっかり者である。プラチナブロンドの長い髪と金色の瞳がお人形さんのようで大変可愛らしい。ちなみに銀狼族のキアル・ソーラー(二十歳)という騎士団の婚約者がいる。今年中には結婚予定だ。

「どうしたのそんな悩み多き乙女みたいな顔して?」
「悩み多き乙女だから相談したいんじゃないの」

 お茶に誘ったゾアは、私の愚痴をふんふんと聞いてくれた。

「──つまりは結婚適齢期に入ったのに、父親が結婚なんてまだまだ早いとか言うし、グレンはプロポーズどころか自分を好きかどうかも分からない、特性から万が一相思相愛だとしても、国を治めることは難しそうと。こういうことで良いかしら?」
「ま、まあそういうことね」
「バカじゃないのエヴリン」

 いつものごとく、見た目から想像も出来ないほどの一刀両断ぶりである。

「で、でもねゾア」
「あのねえ、父親ってのは、娘がどんな出来た結婚相手連れて来ても嫌がるもんなのよ普通は。それに陛下は王妃様を亡くされてて、一人娘なのだから当然でしょ?」
「だけど過保護って言うか、愛情過多って感じで」
「嫌われるより良いじゃないの。ただそんなことは問題ではなくて、一番の問題はグレンの気持ちじゃない。エヴリン一人で悩んでたところで、相手が何とも思ってない、ただの幼馴染み感情だった場合、彼の迷惑でしかないじゃないのよ」
「あ……」

 そうだ。私は本当にバカである。小さな頃から優しくして貰っているからと言って、彼が私を好きである保証などなかったわ。

「告白でもしてみたら? 私だってキアルに告白したわよ? あの酒飲んで仲間内でワイワイするのだけが楽しいってアホを恋愛脳にするまで大変だったけど、今は何とか私との時間も大切にするようになったわ」
「──告白? いやいや、私王女なのよ一応」
「……ああ、そうだったわね。どうも子供の頃から冒険ごっこだの木登り対決だの、男の子顔負けの遊びっぷりが印象に残っているものだから、王女という感覚がいつも希薄なのよねえ」
「…………」
「今は確かに大人しく振る舞ってはいるけれど、エヴリンあなた、お茶会とかより外で剣を振り回したり狩りに行ったり、洞窟探検とか山登りみたいな方が好きでしょう?」
「まあ……嫌いではないわね」
「刺繍したり洋服縫ったり、お菓子作ったりお洒落をするとか、そういった淑女的なこと、今はやってるのかしら?」
「やって、はいないわね。細かいの苦手で……あ、でも教養とかマナーとかはもちろん学んだわよ?」

 ゾアがテーブルにバン、と音を立てて手を置いた。

「そんなの当然でしょう! あのね、いくら竜族でたまたま美人でスタイルも良く育とうが、野山を駆け回るのが大好きな野性味あふれる王女と結婚したいって男性がそんなに沢山いると思う? エヴリンは剣だって無駄に強いんだし、男としてのプライドずたずたよ」

 確かに返す言葉もない。
 趣味でやっていたのに、本来の負けず嫌いが発動してせっせと鍛錬していたら強くなってしまった。
 男性に勝てるのが嬉しくてまた鍛錬したら、竜族の筋力と頑健さもあいまって騎士団でも大抵の男性の手合わせで引けを取らない実力がついてしまったのである。いくら鍛えても見た目はごつくならないのが竜族の特性で、そこは女としてはとても感謝しているのであるけども。
 グレンは夜しか仕事に来ないので手合わせしたことはないし、彼に見られるのが嫌だったので、昼間しか剣は持たないと決めている。

「……グレンはもっと大人しい淑女の方が好きかしら?」
「知らないわよ、私はグレンじゃないのだから。ただ、エヴリンにはいつも優しかったから、それなりに好意は持っているとは思うけど」
「そう? そうかしら?」
「ただ騎士団の仕事は天職だって前にも言ってたし、騎士辞めて次期国王になりたいかっていうとどうかしらねえ? ──そもそもあなたと結婚したいとまで思っているかどうか……ああエヴリン、そんな死んだ魚みたいな目をしないでちょうだい。私が悪いみたいじゃないのよ」
「やっぱり諦めるべきかしらね……」

 こんなレディーとしてはかなりガサツな、しかも王女を妻にしたい男性なんてそうそういないだろう。でも、グレン以外の人と結婚なんて考えたくないのよね……。
 どんよりとした私を眺めていたゾアは、ぽんぽんと肩を叩いた。

「王女であるあなたからは言えないのは分かるわ。……だから、国王陛下に婿募集をして貰えばいいんじゃないかしら?」



【グレン視点】

「おいグレン」
「……ん? キアルか。どうした」
「どうした、じゃねえよ。どうしたんだよボーっとしやがって」
「ボーっとしてたか? 悪かった」
「いつも夜勤の時は元気なのに最近おかしいぞ」
「ほら……とうとうだな、と思って」
「何がだよ?」
「──エヴリン姫が十七歳になったじゃないか」
「あー、そうだな。……んで?」

 俺はムッとした。

「んで? とは何だよ。竜族の女性の結婚適齢期じゃないか。いや正式には来年だけど」
「いや、それは知ってるよ。だからそれがどうかしたのか?」
「聞いてたのか今の話を? エヴリン姫が適齢期ってことは、誰か婿になる奴が現れるってことだ」
「それって俺らの仕事に何か関係あるか?」
「……いや、ないが」
「そういやお前も十九歳になったんだっけか。吸血鬼の一族って男の適齢期いつまでだっけ?」
「十八歳から四十歳だ」
「長いなー。ああ、だからのんびりしてるんだなまだ相手も探さずに。俺は二十歳から三十歳までだぞ。もう嫁は決まっているからいいが」
「ゾアか。彼女はエルフ族だからえーと……」
「十八歳から三十三歳までだ」
「そうだ。十五年もあるだろう? 竜族のエヴリン姫なんて十八歳から二十五歳のたった七年間だぞ?」
「短いよなあ。だけど王族で上級魔族だし、一人娘だから早く結婚して子供作らないとだよな」
「そうだ。だから困るんだ」
「何でグレンが困るんだよ?」
「ここしばらく争いごとがない」
「──は?」
「立派に働いて功績を上げることもできない」
「お前出世したかったの?」
「違う。いや、出世したいというか、認められたいというかだな」
「……もしかしてエヴリン姫と婚姻をするためか?」
「俺は中級魔族だし、少しでも出来る男アピールをしないとそもそも申し込みをする権利もない」
「ほー……お前がエヴリン姫を好きだったとはな」

 呆気に取られていたキアルが笑い出した。

「何がおかしい?」
「いや、確かに俺たち幼馴染みで一緒に遊ばせて頂いたけどよ、エヴリン姫って見た目は綺麗だし儚げで上品な感じだけど、剣を持たせたら男顔負けだし、木登りだって俺は勝ったことねえし、ぶっちゃけ男友だちみたいな感じじゃなかったか?」
「何を言う。あのたおやかな姿なのに逞しいところが惚れ惚れするじゃないか。か弱いだけでなく自衛出来る力もあるし、自分の考えもしっかり持っているところが、昔から好ましいと思っている」
「女性らしさは感じたことがないがな俺は」
「何故だ、可愛らしいだろう? あの負けず嫌いで俺たちに隠れてコソコソと自己鍛錬するところとか、美味しそうに食事を頬張っている時の笑顔とか、どこもかしこも可愛いしか見当たらないじゃないか」

 キアルが少し同情の眼差しを向けて来た。

「グレン、お前と俺の女性の価値観が違うのはまあ良い。だが、殊勲を上げたところで、お前は吸血鬼族だぞ? 成人して昼間の活動が難しい状態だってのに、姫さまの夫になれるのか? 次期国王ってことだぞ?」
「…………」
「その前に、いくら昔馴染みとは言え、エヴリン姫がグレンのことを異性として好きかどうかも分からないんだろ?」
「まあそうなんだが……」
「確かめてみたらどうだ? まあ昼間の執務については今後努力する方向で頑張るとかして、とりあえずは相手の気持ちだろう?」
「姫に直接なんて無理だろう。万が一聞けたとしても、結婚したいほど好きじゃないと言われたら、生きる気力がなくなる」
「そんときゃ別の気力を見つけろよ。まず相手の好意を探る。まんざらでもないようなら、正式に釣り書き出して婚約の方向に動く。まあ子供の頃から付き合いもあるんだし、グレンに良くまとわりついてたから嫌われてはいないと思うが」
「そう思うか?」
「いや、俺の予想だからなこれはあくまでも。成長したら女性は変わるって言うし……だから買ったばかりのアイスを落とした子供みたいな顔をするなよ、情けない」

 俺はキアルに説教をされながらも、確かに彼女の気持ちを確かめてはいなかったと考えていた。
 俺は大柄だったため周囲を威圧しないよう、子供の頃から口数を少なく乱暴な言動をしないよう常に気をつけていた。まあ一番はエヴリンに嫌われたくなかったからだったが。
 幸いにも彼女がグレン、グレン、となついて一緒に遊んでくれたのだが、成長するにつれその機会も減ってしまった。王族女性としてのマナーなどを学習するためだ。俺も騎士団に勤めることになったので、今はたまに王宮内ですれ違う時に会釈するぐらいである。悲しい。
 だが、もうそんな彼女も十七歳だ。考えたくもないが、今すぐ婚約する相手が見つかれば最速で十八歳で結婚してしまう。竜族の女性の出産可能な期間は七年間しかないからだ。
 あのエヴリン以外大事なものはないと言い切るローゼン国王も、渋々でも結婚相手は探さねばならないだろう。

 ただキアルが言う通り、俺は種族の特性で昼間は猛烈な眠気に襲われてしまうし、逆に夜は眠ろうとしても眠れない。
 昔の太陽光が生命の危機だった頃の名残ではあるが、こればかりはどうにもならない。一度昼間に起きていようと頑張ったのだが、朝日が出てから一、二時間後からの記憶はなく、気がつけば夕方だった。それもパンツ一枚で床に寝ていた。自分の努力でどうにかなるレベルではないとその時に悟ったのだ。

 果たしてこんな自分にエヴリンに結婚を申し込める資格があるのか、と考えるとかなり落ち込む。
 が、彼女の気持ちを確かめるには縁談を持ち込むのが一番手っ取り早いのは確かだ。自分の国の姫に気持ちを確かめるなど、いくら幼馴染みとは言え立場的に難しい。
 それでもし、エヴリンが俺のことを幼馴染み以上の感情がなかったら縁談も断られるだろうし、その時はすっぱりと諦めて、独身のまま騎士団を勤め上げてパラディで余生を過ごそう。下には二人弟もいるし、まあ家のことは心配ないだろう。
 そう思うと、少し勇気が湧いた。

「……エヴリン姫に縁談を持ち込むしかないか」

 俺がようやくそう心を固めた頃、ローゼン国王から思いもよらぬ発表がなされた。



 私が結婚適齢期であることを自覚した父が、何やら数日考えごとをしていたと思ったら、いきなり私の婚約者を選抜するイベントをすると言い出した。
 ゾアが言っていたように、何とか父に婿候補を募集させたいと思ってはいたものの、どういう話の持っていき方をすべきかと悩んでいたので、それはまあ良い。ただ、イベントと言ってる時点でもう何かおかしい。

「父……パパ、私の結婚なのになんでそんなお遊び感覚なのよ!」

 私は猛烈に抗議をしたのだが、また無駄に見目麗しい父はしれっとした顔で反論した。

「バカを言うな。今後、お前の夫になるということは、未来の国王ということだぞ? 生半可な男にそんな重責が務まるとでも思っているのか? お遊びな訳がないだろう」
「っ……」

 確かに娘バカではあるが、父は出来る人だ。あれでも素晴らしく有能なのだ、と以前遊びに来た祖父からも聞いたことがある。

「何しろ仕事と娘を可愛がることが最優先事項だと言うておるからのう。いかに効率的に仕事を片付けてお前と接する時間を捻出するか、というのがアジサイが亡くなってからの全ての行動原理なのだから、有能にならざるを得まい」

 だから、エヴリンには過保護で少々鬱陶しいかも知れないが、嫌いにならんでやってくれ、と頼まれた。
 別に父が嫌いな訳ではない。大好きだ。
 ただ私だって人生のパートナーぐらいは好きな人と一緒にいたい、というささやかな願いぐらいは持っていても良いではないか。
 まあ探せば他国にもいるかも知れないが、少なくともこの国にいる竜族は私たち家族だけで、更には子供が産める年齢なのは私だけなのだ。子孫を残したい気持ちも分かるが、もう少し私の考えも尊重して欲しい。
 だけど父の言うことももっともだ。治世は遊びではないのだし、国王の重責だってあるのだろう。そこが頭の痛いところだ。

 グレンだって腕も立つし頭だって切れる。
 身長も一九十センチは越えているし鍛え上げた筋肉もあり逞しいし、ついでに言えば私好みの温和で整った顔立ちで性格も懐広くて優しい。
 他国との会合だって見下されることはないはずだ。……昼間の会合でさえなければ。

「まあエヴリンが結婚相手として誰のことを考えているのか予想はつくが、私は客観的に見て、最終的に国を任せられる器のある奴しか許さんぞ。いくら娘を愛しているからといって、何でもはいはいと許していたら国は立ち行かん。お前も王女なのだからそれぐらいは分かるだろう?」

 私を見ていた父がニヤリと笑った。

「なっ、そんなこと分かる訳ないじゃないのっ」
「──エヴリン、この十七年間、一番近くで娘を見守っていた父親が、娘の思い人に気づかないとでも思うのか? あー、良く引っ剥がしたりしたなあ、誰かさんの背中から。毎回苦労したぞ、あれは」

 グッと言葉に詰まる。だが、考えてみれば子供の頃は確かにバカ正直に好き好きアピールはしていた。隠すことなんて考えたこともなかったし。それは分かっても当然かも知れない。

「それならパパッ──」
「だが、分かっていても贔屓はしない。資格があれば受け入れるし、なければ申し訳ないが別の男と結婚してくれ。それが国を守るという責務を負う王族という立場なのだ。別に嫌がらせで言っている訳ではない。子供が産まれない場合もあるだろうが、その時には私かお前の夫が国を任せられる人材を育てれば良いだけだ。少なくとも王女としてのエヴリンには跡継ぎを産む努力をするという責任があることを忘れるな」
「……そうよね……」

 王族で一人娘なのに好きな相手と結婚したい……私の言っているのはただのワガママなのは分かっているのだ。
 落ち込む私を見て、父は苦笑した。

「お前の思い人がこの婚約者選びのイベントに参加するかどうかも分からないのだろう? エヴリンの片思いだったという場合もあるし、ま、立候補してきたら密かに応援すれば良い。──上手く行くかは運次第だが」

 ぽむ、と私の頭に手を乗せると、父はさあて、どうなるかなー、などと呟きながら執務室に戻って行った。



 婿選びイベントは、上級~下級魔族問わず、二週間の申請期間内に申し入れをした結婚適齢期の男のみ、ということで募集を掛けられたのだが、何と驚くことに三百人を越える男性が名乗りを上げているらしいと聞いた。想定外で私はぽかーんである。

「……ねえゾア、私モテモテだったのかしら?」
「エヴリンは顔とスタイルは文句なしだもの。あと王族だし。あなたを良く知らない人は、一見慎ましやかな美人を妻に出来て、未来の国王になる訳でしょう? そりゃあ申し込みするんじゃないの?」
「一見って何よ。れっきとした淑女じゃないの」
「──先日も川でバーベキューしたそうじゃない。メメに聞いたわよ。それも自分が仕留めたマスやイノシシまで華麗に捌いたとか」
「えっと、それは近頃のストレスがね……」
「ここ数年、王宮で働いてる人の子供たちを集めて、ズボン姿で虫取りだの追いかけっこだの玉遊びもしてるとか。メメは『マナーの勉強しているよりよほど楽しそうでございます』って嘆いていたわよ」
「…………」
「いじめっ子をやり込めて女の子たちに大人気とか」
「あの……もう……」
「そうそう、帽子で髪を隠して男の子の格好で農家の収穫を手伝ってたとも聞いたわね。カマの使い方が手馴れていてそこらの子に頼むよりよほど即戦力だそうね。そのあとカカシも作って貰ったとか。まあ収穫の手伝いは別に良いことだと思うけど、果たして慎み深い王女のやることかしら?」
「申し訳ございません」

 私は深く頭を下げた。
 ゾアはしばらく黙ったままだったが、我慢できなくなったようにケラケラと笑った。

「まあ昔から頼りになる男の子みたいな感じだったものねエヴリンって。私はそこが好きなんだけど。……で、どうなの? 彼はその中に入っていたの?」
「それよ! 何と名簿に名前が入っていたのよ!」

 そうだ。それを報告しにゾアのところに来たのだったわ。

「あら、良かったじゃないの。少なくとも結婚したいと思ってくれているということよね? 実際のエヴリンのことは知っている訳だし」
「あなたもそう思う? 私もこの片思いが成就するとは思ってもいなかったけれど、本当に申し込みしてくれてたのが嬉しくて」
「まあ王になりたいだけという可能性もあるけど、元々グレンは野心とかそういうの欠片もなかったものね。騎士になりたいってだけで」

 お茶を飲みながらそう呟いたゾアは、ふと真顔になった。

「でも、単に数百人の中の応募者の中にいるってだけよね? これからどんな審査? 選抜? がされるのか分からないけれど、かなり振り落とし作業は激しいと思うわよ? グレンが一番になる保証もないし」
「そうなのよね……」

 腕自慢みたいなものなら騎士のグレンなら問題ないだろうが、他の案件だったら正直未知数だ。せっかく彼が結婚を望んでくれていることが分かったのはありがたいが、ここで振り落とされたら、結局私とグレンの結婚はないのである。

「何とか父様に認めて貰えるだけの結果を出して欲しいわ……」

 私にはただ祈ることしか出来なかった。



 最終的に三六一人にも達した婿選びイベントだが、最初は実務のテストが行われることになった。明日から始まるらしい。
 先々、自分が行うことになるかも知れない貿易の商談や取引を有利にするためのテクニック、人心掌握の方法、他国王族との社交マナーなど、ちらっと聞いただけでも頭が痛くなりそうな内容だった。

「どうせのちのち私が仕込むことになるのだから、現時点で六割方出来ていれば、まあ良しとしてやるつもりだ」

 と父が食事の時に言っていたが、これで少なくとも半分は落ちるだろうとも続けた。

「王族の一員となって敬われたいだけ、という根性なしの薄っぺらい奴らはここで脱落する。ま、実際はそんなに簡単に出来る仕事ばかりではないのだがな」
「……パパの選抜方法がフェアなことは分かっているわよ」

 私はそう言いつつも心配で食欲も失せており、デザートのブドウを数個つまんでいるだけだ。

「そう思うならちゃんと食事をしなさい。私はエヴリンがやつれてしまったらと思うと生きた心地もしない」
「はい……」

 ここでそれならグレンをと言っても無駄なことは分かっている。父は父である前にこの国の王なのだ。
 私は憂鬱な食事を済ませ、お風呂に入る。

(……グレン、大丈夫かしら……)

 湯舟にぼんやりと浸かりながら考え込んでいると、メメが体を洗うために入って来た。

「エヴリンお嬢様、ため息つくと幸せが逃げるって聞いたことございませんか?」
「あら、そうなの?」

 泡立てた目の粗いタオルで私の体を洗いながら、メメは「言い伝えみたいなものですけれどね」と笑顔を見せた。

「でも、気がつけば出てしまってるのよね……」
「エヴリンお嬢様のお婿様選びの件でございますか」
「うん、まあそうね」
「グレン様が上手く行くと良いのですけれどもねえ」
「そうなの──ってメメ、なんで知ってるのっ?」
「エヴリンお嬢様の近くにおります者は皆存じ上げておりますが」
「やだ、それ本当?」
「お嬢様は良くも悪くも感情が顔に出やすいですからね。まあ知らぬは本人ばかりなり、と申しますか」
「……かなりショックだわー……」
「私は絶対にグレンと結婚するのー! って小さい頃私にも訴えておられたじゃありませんか。嫌ですわ、記憶が陥没しておられるんでしょうか? もしや脳内記憶に問題があるから、私の礼儀作法の講義なども忘れてしまいがちなのでしょうか」
「あらメメ、ひどい言われようじゃない私? 確かに忘れてしまうことはあるけれど、脳内のどこかには記憶されているはずよきっと」
「引き出せなければないも同然でございますよ」

 メメはざばーっと私の体にお湯を掛けると、今度は頭を洗い出した。

「ちなみに、マナー審査は私ともう一人が承ることになりました」
「え? 本当? それならグレンの様子は分かるわよね?」

 髪の泡を洗い流しつつ、分かります、と答えるメメに一縷の望みを見出した私は、その後の言葉にガックリとうなだれた。

「様子は分かりますし結果もお伝え出来ますけれども、不正は致しませんのでそちらはご了承下さいませ」
「……せめてほんの少しぐらいは」
「私はお嬢様に幸せになって頂きたい気持ちは人一倍ございますが、流石に国の命運を左右する物事に私欲は持ち込めませんわ」
「そう……それはそうよね……」

 私はド正論に返す言葉は持たなかった。思いっきり私欲だものね。

 ──グレン、お願いだからせめて最終候補までは残ってちょうだい。