そして華美さんが自席に戻っていくと、背後で気配を消し、僕たちの様子を見ていた二度寝屋がぽつりと言った。
「……サッキ悩んでるとキ、すごい顔してたヨ? 諦めテ他の子にしたらどうナノ? 合コンセッティングしてアゲようカ?」
「……いい」
華美さん以外は今は僕の視界には映らない。
「一途ダナ……。涙が出るヨ」
「ってか二度寝屋お前、合コンなんか主催してるの?」
初耳なんだけど。というか、僕誘われたことないんだけど。
「明日モいくゾ。目当ての子がクル予定なんダ」
「……そうか。よかったな。ご武運を祈ってるよ」
……よし。僕も頑張ろう。
――――――
そして、昼休み。
最後の最後まで悩みながらも、僕は華美さんに指定された旧校舎のプールへ向かった。
そしてやはりというか、なんというか。そこは、思ってたよりもひどい場所だった。全体的にどんよりとした空気で黴臭く、滑りもひどく、とても人間がお昼ご飯を食べるような場所ではない。トイレ飯の方が、幾ばくかマシな気がする。
「うわぁ……」
ヤバい、手が震え出した。僕の中の理性(潔癖症の僕)が暴れ出す。僕は懐に武器を隠した暗殺者のごとく、持ってきたハイターをこっそりと握った。
と、そのとき。
「荒矢田君! 待ってました!」
顔面を引き攣らせていると、華美さんが満面の笑みで迎えてくれる。
「ようこそ、華美のホームへ。ここの黴さんたちは、華美のお友達であり家族なんです。華美はこの子たちにいつもよくしてもらって、勉強も教えてくれたりするんですよ」
「って、え? ホームって?」
「華美はいつもここで寝泊まりしてます。ここが華美の家です」
「華美さん、ここに住んでんの!?」
ただのお昼のお誘いに見せかけて、ご自宅に招待されていたとは。
「みんなには内緒ですよ」
華美さんが片目を伏せ、人差し指を唇につけた。その姿はまるでテレビ越しに見る偶像のように輝いている。
なんてこった。来てよかったぁ……!!
「それはもちろん!」
僕は心に誓う。
絶対誰にも教えない、と。
「えへへ。華美の家に誰かを招待したのは初めてです。華美、荒矢田君に家族を紹介したかったんです」
「華美さん……」
嬉しそうにはにかむ彼女に、僕の中の理性(潔癖症の僕)ですらフォーリンラブ。僕はそっとハイターをカバンにしまった。
「荒矢田君、お昼食べましょう」
「そうだね」
とりあえず背景は見ないようにしよう。それよりも今は彼女のすべてに神経を注ごうではないか。というわけで彼女のお弁当をそっと覗いてみる。
すると、僕の視線に気づいた彼女が、
「ひと月前に作ったやつです。ようやく食べ頃になりました」
「そ……そうなんだ。華美さんは結構寝かせるタイプなんだね」
いやいや、なに言ってんだ。弁当寝かせちゃまずいだろ。
「自信作なんです」
「自信作……」
お弁当の中身は原型を留めていない、かつて食べ物だったなにかだった。
「……美味しそうだね」
笑顔だ、笑顔。好きな子の弁当見て吐き気をもよおすなんて、男として終わってるぞ。耐えろ、僕。
すると、華美さんはそのなにかわからない黒いおかずを箸で掴むと、僕の口に運んできた。
「あーん」
「えっ!?」
食べたい食べたい食べたい食べたい。
でも、これを食べたら絶対ヤバい気がする。
再び理性(潔癖症の僕)と本能(華美さんラブな僕)の戦が始まる。
どっちだ、僕。これはどうするべきなんだ……!
「……もしかして美味しそうって、社交辞令でしたか? 迷惑でしたか?」
戸惑っている僕に、彼女が泣きそうな顔になって、箸を戻しかける。
……ええい、ままよ。
「そんなわけないよ! いただきますっ!」
またも本能(華美さんラブな僕)の一人勝ち。
「……お、おいし……」
とにかく飲み込め。味わったら終わりだ。丸呑みが一番被害が少ないはず。
しかし、喉がそれを食べ物とは認めず、飲み込ませてくれない。
まずいまずいまずい。とにかく早く咀嚼して細かくして飲み込むんだ、僕!
噛めば噛むほど口内がおかしなことになってくる。臭いとか不味いとかの次元じゃない。とても形容できない食感と匂いが口の中全体に広がっていく。
「荒矢田君? どうですか?」
あ、なんか目が霞んできた。
胃と腸の中でなにかが暴れ出す。途端に僕の腹を殺すかの勢いで襲いかかってきやがる激痛。
その瞬間、僕は二度寝屋の言葉を思い出した。
『――人間のうちは、漆は飲むもンじゃないゾ。ハハハ。とリあえず内臓がすべテ飛び出してくるンじゃないかと思ウほどの激痛で、すべてが上ト下から出る。すべてがネ』
なるほど。こういうことだったんだな、二度寝屋よ。お前はこうやって死んだのか……。
――ばたん。
「あれ? 荒矢田君?」
「……サッキ悩んでるとキ、すごい顔してたヨ? 諦めテ他の子にしたらどうナノ? 合コンセッティングしてアゲようカ?」
「……いい」
華美さん以外は今は僕の視界には映らない。
「一途ダナ……。涙が出るヨ」
「ってか二度寝屋お前、合コンなんか主催してるの?」
初耳なんだけど。というか、僕誘われたことないんだけど。
「明日モいくゾ。目当ての子がクル予定なんダ」
「……そうか。よかったな。ご武運を祈ってるよ」
……よし。僕も頑張ろう。
――――――
そして、昼休み。
最後の最後まで悩みながらも、僕は華美さんに指定された旧校舎のプールへ向かった。
そしてやはりというか、なんというか。そこは、思ってたよりもひどい場所だった。全体的にどんよりとした空気で黴臭く、滑りもひどく、とても人間がお昼ご飯を食べるような場所ではない。トイレ飯の方が、幾ばくかマシな気がする。
「うわぁ……」
ヤバい、手が震え出した。僕の中の理性(潔癖症の僕)が暴れ出す。僕は懐に武器を隠した暗殺者のごとく、持ってきたハイターをこっそりと握った。
と、そのとき。
「荒矢田君! 待ってました!」
顔面を引き攣らせていると、華美さんが満面の笑みで迎えてくれる。
「ようこそ、華美のホームへ。ここの黴さんたちは、華美のお友達であり家族なんです。華美はこの子たちにいつもよくしてもらって、勉強も教えてくれたりするんですよ」
「って、え? ホームって?」
「華美はいつもここで寝泊まりしてます。ここが華美の家です」
「華美さん、ここに住んでんの!?」
ただのお昼のお誘いに見せかけて、ご自宅に招待されていたとは。
「みんなには内緒ですよ」
華美さんが片目を伏せ、人差し指を唇につけた。その姿はまるでテレビ越しに見る偶像のように輝いている。
なんてこった。来てよかったぁ……!!
「それはもちろん!」
僕は心に誓う。
絶対誰にも教えない、と。
「えへへ。華美の家に誰かを招待したのは初めてです。華美、荒矢田君に家族を紹介したかったんです」
「華美さん……」
嬉しそうにはにかむ彼女に、僕の中の理性(潔癖症の僕)ですらフォーリンラブ。僕はそっとハイターをカバンにしまった。
「荒矢田君、お昼食べましょう」
「そうだね」
とりあえず背景は見ないようにしよう。それよりも今は彼女のすべてに神経を注ごうではないか。というわけで彼女のお弁当をそっと覗いてみる。
すると、僕の視線に気づいた彼女が、
「ひと月前に作ったやつです。ようやく食べ頃になりました」
「そ……そうなんだ。華美さんは結構寝かせるタイプなんだね」
いやいや、なに言ってんだ。弁当寝かせちゃまずいだろ。
「自信作なんです」
「自信作……」
お弁当の中身は原型を留めていない、かつて食べ物だったなにかだった。
「……美味しそうだね」
笑顔だ、笑顔。好きな子の弁当見て吐き気をもよおすなんて、男として終わってるぞ。耐えろ、僕。
すると、華美さんはそのなにかわからない黒いおかずを箸で掴むと、僕の口に運んできた。
「あーん」
「えっ!?」
食べたい食べたい食べたい食べたい。
でも、これを食べたら絶対ヤバい気がする。
再び理性(潔癖症の僕)と本能(華美さんラブな僕)の戦が始まる。
どっちだ、僕。これはどうするべきなんだ……!
「……もしかして美味しそうって、社交辞令でしたか? 迷惑でしたか?」
戸惑っている僕に、彼女が泣きそうな顔になって、箸を戻しかける。
……ええい、ままよ。
「そんなわけないよ! いただきますっ!」
またも本能(華美さんラブな僕)の一人勝ち。
「……お、おいし……」
とにかく飲み込め。味わったら終わりだ。丸呑みが一番被害が少ないはず。
しかし、喉がそれを食べ物とは認めず、飲み込ませてくれない。
まずいまずいまずい。とにかく早く咀嚼して細かくして飲み込むんだ、僕!
噛めば噛むほど口内がおかしなことになってくる。臭いとか不味いとかの次元じゃない。とても形容できない食感と匂いが口の中全体に広がっていく。
「荒矢田君? どうですか?」
あ、なんか目が霞んできた。
胃と腸の中でなにかが暴れ出す。途端に僕の腹を殺すかの勢いで襲いかかってきやがる激痛。
その瞬間、僕は二度寝屋の言葉を思い出した。
『――人間のうちは、漆は飲むもンじゃないゾ。ハハハ。とリあえず内臓がすべテ飛び出してくるンじゃないかと思ウほどの激痛で、すべてが上ト下から出る。すべてがネ』
なるほど。こういうことだったんだな、二度寝屋よ。お前はこうやって死んだのか……。
――ばたん。
「あれ? 荒矢田君?」