オババ様の住んでいる神社、兼、屋敷は小高い山の上にある。
昨日、亜国の国主の遣いがやってきて、オババ様にお城に来るように、との要請があった。
お城までは2つのルートがある。
一旦タカオ山から城下町に降りて、お城のある山へまた登るというルートと、城下町には降りずに森を抜けてお城に続く道へ行くルートがあるらしい。
「城下は混雑していて好かぬ。」
オババ様は人混みが嫌いらしく、森をぬけるルートで行く事になった。
「山道だから足腰を鍛えるのに丁度よい。」
オババ様がそう言ったのが納得できるほど、なかなかの獣道だ。
「はぁ、はぁ、オババ様って本当に年寄りなんですか?」
私よりもスタスタ前を歩くオババ様に声をかける。
春のうららかな気候の中、山の景色はとてもきれいだけど、
オババ様の歩きについていくので必死で景色を堪能している心の余裕はない。
「急がぬとイノシシかクマに襲われるかもしれぬぞ。」
「え? く、熊出るんですか???」
恐怖に煽られて早足でオババ様に追いつく。
「お、まだ体力が残っておるな。」
オババ様はニッと人の悪い笑みを浮かべた。
「もしかして、からかったんですか。」
「こんな人里に近い場所に熊やイノシシは出らぬよ。」
ハハハと高笑いしているオババ様。
「悔しいけど、熊が出ないのは安心です。」
「お前の足腰を鍛えるのに私も色々と工夫してやっておるのだぞ。」
「あ、ありがとうございます?」
「なぜ疑問形なのじゃ?」
オババ様のありがたい(?)ご指導の元、無事に森を抜け、民家の見える場所へと出てきた。
「そういえば、忘れる所だった。」
オババ様は、袖から何か長い数珠っぽいものをジャラっと出した。
「これを首にかけておれ。」
そう言って私の首にかけてくれた。
首飾りの先にはオババ様の神社の龍が彫られている丸い石がぶら下がっている。
「身元を証明するものだ。身元のわからぬ女子供は人さらいに合うことがあるので、外に出るときには必ず身につけるのじゃぞ。」
「わっわかりました。」
なんとなくテクノロジーレベルが日本の時代劇っぽいと思っていたが、治安の悪さも似たような物なのかもしれない。
私は龍の彫り物の入った石をキュッと握った。
「さて、このへんは武家屋敷が集まっておる地区じゃ。城に近づくほど位の高い侍が住んでおる。」
おばば様の説明通り、お城に近づくほど屋敷が大きくなっていく。
―― でも、あれ?
「あの、おばば様、あの武家屋敷だけかなり小さくないですか?」
私は少し先に見える小さめのお屋敷を指さした。
「そうだな。今からあの屋敷に行くぞ。」
「え?」
オババ様がその屋敷の門を叩く。
小さいけれど掃除が行き届いていて、とても綺麗だ。
中から出てきた若い男性がオババ様を見ると丁重に挨拶をした。
―― 随分イケメンだ。アイドルグループにいそう。
という感想を持った。
私達は客間に案内され、しばらく待つように言われる。
「あの、オババ様、ここはどこですか?お城に行かなくてもいいんですか?」
ずっと抱えていた疑問を投げかけると襖の外から声がした。
「失礼する。」
スッと襖が開き、大柄な男性が部屋に入ってくる。
さっきの案内してくれた人とは対照的に、背がすごく高くて、肩幅が大きくて、どこか殺気立った目、不機嫌そうに寄せたまゆ、髭、額から左の頬にかけて、斜めに走る切り傷の跡が威圧感を放っている。
なんか、すごく強そうで、ちょっと怖い。。。
少し怖気づいていると、その人はとドカッと腰をおろした。
「オババ様、お久しぶりです。」
その人は見た目に反してとても丁寧に、そして綺麗な所作で一礼した。
それから私を見て、少し驚いたような表情を浮かべた。
「は、初めまして。那美と言います。」
私は慌ててお辞儀をする。
「いや、初めてではないのだが…。」
「え?」
困惑する私のためにオババ様が説明を付け加える。
「この男が共舘伊月だ。意識のないお前を我が家に運んできた男だ。」
「え? この方があの伊月さん?」
「お元気になられたようで何よりだ。」
イメージとは全然違う私の命の恩人にビックリする。
「あの、そ、その節は助けて下さって本当にありがとうございました。まさかこんな形でお会いするって思っていなくて、きちんとご挨拶もお礼もできずにすみません。」
いきなりの伊月さんとの対面でテンパってしまう。
―― もう、オババ様、事前に言って下さいよ。
「ところで伊月、暫く那美を預かってもらいたい。ワシは城から呼び出されておるのでその用事が済むまでじゃ。」
「え?」
このオババ様の発言には私も伊月さんもびっくりして同時に声を発した。
「何だ、オヌシら、もう息がピッタリ合っとるな。良きかな、良きかな。」
アッハッハと高笑いすると、そのままオババ様はスタスタと出口へあるき出す。
「あの、オババ様?」
私の発言を遮るように
「あ、そうだ。」
とオババ様が言って振り返る。
「伊月、あの薬の作り方を那美に教えてやれ。よう効いておったからの。」
「はぁ。承知。」
伊月さんは全ての反論を諦めたかのような顔をしている。
じゃあな、と、言い残すとオババ様はサッサと行ってしまった。
いきなり取り残されてボーゼンとする。
気まずさを吹き飛ばそうと伊月さんに向き直り、声をかける。
「あの、急に押しかけて、こんな事になってしまって、すみません。」
「そなたが謝ることではない。おばば様の暴挙奇行には慣れているので構わぬ。」
慌てふためいている私とは対照的に落ち着いた様子の伊月さんを見てスッと心が落ち着く。
それにしても...
「暴挙奇行って。クスッ。」
少し笑ってしまった私を伊月さんがまじまじと見た。
「言い得て妙ですね。うふふ。」
笑いを止められないでいると、やがてさっきまで一文字に固く結ばれていた伊月さんの口元がフッと緩んだ。
―― ん? それって笑顔なの?
最初の威圧的な雰囲気が少しだけ柔らかくなった気がして嬉しくなった私は、伊月さんにニコっと微笑みかける。
―― あれ?
でもその瞬間、伊月さんはまた表情を硬くしてフイっと、庭の方を見た。
「あの、ご迷惑おかけしますが、オババ様が戻るまで、ここで待っててもいいですか?伊月さんは私に構わず、どうぞご自分のことをしていてください。私は部屋の隅にでも・・・。」
伊月さんは私の言葉には答えず、庭の方を見たままスッと立ち上がった。
「天気がいいので、縁側に行かぬか。」
「え? あ、はい。」
そのままスタスタ歩き出す伊月さんの後を追って私も歩き出す。
さっき門の所で出迎えてくれたアイドル顔の人と廊下ですれ違い、その人に伊月さんはお茶をと言いつける。
縁側を少し歩いた所で伊月さんは立ち止まり、中庭を指さした。
「ここの景色が我が家では一番いいと皆が言うので。」
そういうと、また、ドカッと座る。
体の大きい伊月さんが座ると、視界を遮っていた大きな背中が見えなくなり、代わりに春花の咲き乱れる庭の景色が見えた。
「わぁ。」
小さい池には鯉が泳いでいて、石造りのアーチ型の橋がかかっている。
その周りにはピンクの花をたたえた小ぶりの桜の木がそよ風に揺れている。
「本当に良い景色ですねぇ。すごく綺麗。」
春の、少し肌寒い風を強い日差しが暖めて、縁側は心地いいぬくもりで満ちている。
私も伊月さんの横に腰を下ろす。
かなりぶっきらぼうな話し方だけど、伊月さんが私のことをもてなそうとしてくれてるのが伝わってくる。
―― パッと見怖かったけど、すごく優しい人だな
私は伊月さんの不器用な優しさと、春の庭の景色にホッコリした。
「失礼します。」
そこにさっきのアイドル顔の人がお茶を持ってきくれた。
「ありがとうございます。頂きます。」
ゴクリ。
お茶を一口飲むと、緑茶の味とともに、優しいハーブの香りがした。
「はぁーこのお茶、美味しいですねぇ。」
暖かい春の陽気とおいしいお茶に、一気に緊張感もほどけてしまった。
―― ん…?
あのアイドル顔の人の視線に気付く。
その人は、ほのぼのとお茶を堪能する私を、不思議そうな表情を浮かべながら見ていた。
とりあえず目があったのでニコリと微笑みかけるも、その人は慌てたようにお辞儀をして
「ごゆっくりどうぞ」と言って去っていった。
ほのぼの気分の私とは対照的に、伊月さんは気を引き締めたような表情をした。
「ところで、那美どの…」
そして人がいなくなったのを見計らったように声をひそめた。
「単刀直入に聞くが、そなたは、やはり、異界から来たのか?」
「え?え?え??」
おばば様から私が異界から来たということは誰にも言わないようにと言われていたけれど、不意打ちで聞かれてしまって、挙動不審になってしまう。
「それと、そなた、人間か?」
「えっ?...ん?」
この質問は不意打ちというか予想外すぎて私は一瞬思考停止した。
そのまま伊月さんの顔を数秒見つめていたが、至極真剣に質問しているだと理解した。
「に、人間に決まってるじゃないですか!」
オババ様がこの世界には人間以外にも妖怪やら魔物やらがいると言っていた。
もしかしたらこの世界の人には私がとてつもなく異様に見えるのかもしれない。
それとも私も妖怪や魔物に見えるのかな。
「も、もしかして、私、化け物に見えます?」
「いや...」
伊月さんは私を見据えると真顔で、「化け物には見えぬ。」 と言った。
心の中でホッと胸を撫で下ろした。
「失礼した。ただ、そなたを異界人と思ったのにも、人間かと聞いたのにも理由がある。」
「理由は何ですか?見た目が変だとかいう理由なら、ちょっと、傷つくかもです。」
「フッ。見た目は、変ではない。」
また伊月さんが少しだけだけど笑みをこぼした。
元が強面の伊月さんが笑った時ってギャップがすごくてびっくりする。
―― 伊月さんの笑顔ってけっこう好きだな。って、何考えてるんだ、私。
「理由は、そなたが空から落ちてきたからだ。」
「え?空から?え?」
一瞬何かの比喩表現なのかと疑ったけれど、どうやら言葉通りの意味らしい。
「私、てっきり道端に倒れていたものとばかり思ってました。」
うむ、と、伊月さんは顎に手を当ててその時の状況を少しずつ話してくれた。
その日、伊月さんは江国との戦の指揮をとっていて、戦況は芳しくなかった。
ところが、それまで雲ひとつない晴天からいきなり豪雨が降り始め、雷が鳴り響き、そして雷が落ちた。
それが戦況を変え伊月さんの軍を勝利に導いた。
「不思議なことはそれだけではない。」
次に、空から何かが降ってきたので思わず伊月さんがそれを受け止めた。
「それが、那美どのだった。」
到底信じられない話しだけど、かといって伊月さんが嘘を言ってるようには思えなかった。
空から落ちてきた私を受け止めた人に異界人じゃないと嘘をつき通す自信はないな。
―― この人には本当のことを言ってもいいよね?
「伊月さんのいう通り、私は異界からきました。地球という惑星です。」
「ちきゅう・・・ワクセイ?」
「私、その日、木の幹にあるうろから落ちて、下に下に落ちていく感覚の中、気を失ったんです。」
「その異界の木のうろと、この世界の空がつながっているということか?」
「…たぶん。」
伊月さんはしばらく考え事をしているかのような顔つきになって口をつぐんだ。
「そなたが異界人だということは伏せておいた方がいい。」
「オババ様にも言われました。でも、言ってもどうせ誰も信じてくれないでしょう?」
「多くの者は信じるさ。異界人がこの帝国の基礎を作ったという伝説が残っている。」
―― あ、それはオババ様の想い人の…
「この帝国だけではない。異界人がこの世界に何らかの影響を与えるという伝説は色々な地域に存在する話だ。海の向こうの大陸でも。」
「そ、そうなんですか?」
―― 私と、重治さんだけだと思ってたけど、結構よくあることなのかな?じゃあ…
「じゃあ、他にも異界からきた人に会えるでしょうか。」
「それは無理だろうな。何百年かに一回起こるとも、起こらないとも言われている。そなたはその何百年かに一人の存在であろう。」
「そう、なんですか・・・。」
「だからこそ、何かに利用しようとする輩がいるものだ。カムナリキがあるとすれば尚更だ。」
「伊月さんにも私がカムナリキがあるってわかるんですか?」
「いや私には分からぬ。そなたをオババ様の屋敷に運んだ時に、オババ様が言っておった。」
「正直私にはカムナリキが何なのかよく分からないし、私に利用価値なんてないと思います。」
「しかし、そなたの存在は何らかの意味があると思う。」
「い・・・み?」
伊月さんは真剣な眼差しで大きく頷いた。
「皇帝専属の予言者が、数ヵ月前に、異界の者が降り立つという神託を得たと聞いた。」
「え?私がここに来ること、予言されてたんですか?」
「そうだ。この世界にやってくる異界の者はこの世界の神に祝福された者だと聞いた事がある。」
「祝福されてる? 私が?」
元いた世界では早くに家族を失って、これといった友だちもいない孤独な私が、この世界では神様に祝福されているなんて。
でも、心の奥底でそれが本当だったらいいなとも思う。
仕事は好きだったけれど、仕事以外にこれといった趣味もなかった。
誰とも深く関わらず、仕事と家の往復だった人生。
こんな私がもっと私らしく生きられる場所がここだったら。
あの木のうろから落ちていく中で私の短い人生が走馬灯のように見えた。
後悔した事はたくさんあるけどもっと積極的に友達を作らなかった事も後悔した事の一つだ。
あの時、もう一度人生をやり直せたら、今度こそ仲間を作りたい、人に心を開くことができる自分でありたいと願った。
「那美どの?」
考えこんでいた私を伊月さんが心配そうに覗き込んだ。
「いきなり知らない所に来て不安であろう。」
そう言った伊月さんを見て、この人も孤独を抱えて生きているんじゃないか、と、ふと感じた。
ちょっとシンミリした雰囲気になったので、話題を変えてみる。
「あの伊月さん、ちょっと気になっていたんですけれど…」
私はさっきお茶を持ってきてくれたアイドル顔の人の訝しげな表情がずっと気になっていたので伊月さんに尋ねることにした。
「もしかしてさっきお茶を持ってきてくれた人も、私が人間じゃないと思ったんですかね?」
「は?源次郎が?なぜそう思う?」
―― あ! あの人がイケボの源次郎さん!
「源次郎さんっていうんですね。」
「あ、いや、不思議なものに遭遇したみたいな顔で私を見ていらしたんで。」
「源次郎が不思議そうに那美どのを見ていたのは、そなたが私を怖がらないからだろう。」
「え? それってどういう…?」
「たいていの女子供は私を見て怖がるからな。」
伊月さんは額の中頃から左の頬にかけてななめに走っている傷をトントンと指で叩いた。
確かに伊月さんは体も大きいし、顔に切り傷があるし、ひげもあるし、
真顔はなかなか威圧感があるけど、少し話せばわかる。
とても紳士的で優しい人だ。
「そこまで怖がらなくても…」
「とにかく、そなたのような年頃の女がいきなり来て、怖がりもせず一緒に茶をすすっているので、今頃、源次郎は別の部屋で驚いてひっくり返っているだろうな。」
そういうと、伊月さんは悪巧みをしている子供のようにニッと笑った。
―― おぉー。本日一番の大きな笑顔だ!
―― ますます少年っぽい!
やっぱり伊月さんの笑顔、好きだな。
昨日、亜国の国主の遣いがやってきて、オババ様にお城に来るように、との要請があった。
お城までは2つのルートがある。
一旦タカオ山から城下町に降りて、お城のある山へまた登るというルートと、城下町には降りずに森を抜けてお城に続く道へ行くルートがあるらしい。
「城下は混雑していて好かぬ。」
オババ様は人混みが嫌いらしく、森をぬけるルートで行く事になった。
「山道だから足腰を鍛えるのに丁度よい。」
オババ様がそう言ったのが納得できるほど、なかなかの獣道だ。
「はぁ、はぁ、オババ様って本当に年寄りなんですか?」
私よりもスタスタ前を歩くオババ様に声をかける。
春のうららかな気候の中、山の景色はとてもきれいだけど、
オババ様の歩きについていくので必死で景色を堪能している心の余裕はない。
「急がぬとイノシシかクマに襲われるかもしれぬぞ。」
「え? く、熊出るんですか???」
恐怖に煽られて早足でオババ様に追いつく。
「お、まだ体力が残っておるな。」
オババ様はニッと人の悪い笑みを浮かべた。
「もしかして、からかったんですか。」
「こんな人里に近い場所に熊やイノシシは出らぬよ。」
ハハハと高笑いしているオババ様。
「悔しいけど、熊が出ないのは安心です。」
「お前の足腰を鍛えるのに私も色々と工夫してやっておるのだぞ。」
「あ、ありがとうございます?」
「なぜ疑問形なのじゃ?」
オババ様のありがたい(?)ご指導の元、無事に森を抜け、民家の見える場所へと出てきた。
「そういえば、忘れる所だった。」
オババ様は、袖から何か長い数珠っぽいものをジャラっと出した。
「これを首にかけておれ。」
そう言って私の首にかけてくれた。
首飾りの先にはオババ様の神社の龍が彫られている丸い石がぶら下がっている。
「身元を証明するものだ。身元のわからぬ女子供は人さらいに合うことがあるので、外に出るときには必ず身につけるのじゃぞ。」
「わっわかりました。」
なんとなくテクノロジーレベルが日本の時代劇っぽいと思っていたが、治安の悪さも似たような物なのかもしれない。
私は龍の彫り物の入った石をキュッと握った。
「さて、このへんは武家屋敷が集まっておる地区じゃ。城に近づくほど位の高い侍が住んでおる。」
おばば様の説明通り、お城に近づくほど屋敷が大きくなっていく。
―― でも、あれ?
「あの、おばば様、あの武家屋敷だけかなり小さくないですか?」
私は少し先に見える小さめのお屋敷を指さした。
「そうだな。今からあの屋敷に行くぞ。」
「え?」
オババ様がその屋敷の門を叩く。
小さいけれど掃除が行き届いていて、とても綺麗だ。
中から出てきた若い男性がオババ様を見ると丁重に挨拶をした。
―― 随分イケメンだ。アイドルグループにいそう。
という感想を持った。
私達は客間に案内され、しばらく待つように言われる。
「あの、オババ様、ここはどこですか?お城に行かなくてもいいんですか?」
ずっと抱えていた疑問を投げかけると襖の外から声がした。
「失礼する。」
スッと襖が開き、大柄な男性が部屋に入ってくる。
さっきの案内してくれた人とは対照的に、背がすごく高くて、肩幅が大きくて、どこか殺気立った目、不機嫌そうに寄せたまゆ、髭、額から左の頬にかけて、斜めに走る切り傷の跡が威圧感を放っている。
なんか、すごく強そうで、ちょっと怖い。。。
少し怖気づいていると、その人はとドカッと腰をおろした。
「オババ様、お久しぶりです。」
その人は見た目に反してとても丁寧に、そして綺麗な所作で一礼した。
それから私を見て、少し驚いたような表情を浮かべた。
「は、初めまして。那美と言います。」
私は慌ててお辞儀をする。
「いや、初めてではないのだが…。」
「え?」
困惑する私のためにオババ様が説明を付け加える。
「この男が共舘伊月だ。意識のないお前を我が家に運んできた男だ。」
「え? この方があの伊月さん?」
「お元気になられたようで何よりだ。」
イメージとは全然違う私の命の恩人にビックリする。
「あの、そ、その節は助けて下さって本当にありがとうございました。まさかこんな形でお会いするって思っていなくて、きちんとご挨拶もお礼もできずにすみません。」
いきなりの伊月さんとの対面でテンパってしまう。
―― もう、オババ様、事前に言って下さいよ。
「ところで伊月、暫く那美を預かってもらいたい。ワシは城から呼び出されておるのでその用事が済むまでじゃ。」
「え?」
このオババ様の発言には私も伊月さんもびっくりして同時に声を発した。
「何だ、オヌシら、もう息がピッタリ合っとるな。良きかな、良きかな。」
アッハッハと高笑いすると、そのままオババ様はスタスタと出口へあるき出す。
「あの、オババ様?」
私の発言を遮るように
「あ、そうだ。」
とオババ様が言って振り返る。
「伊月、あの薬の作り方を那美に教えてやれ。よう効いておったからの。」
「はぁ。承知。」
伊月さんは全ての反論を諦めたかのような顔をしている。
じゃあな、と、言い残すとオババ様はサッサと行ってしまった。
いきなり取り残されてボーゼンとする。
気まずさを吹き飛ばそうと伊月さんに向き直り、声をかける。
「あの、急に押しかけて、こんな事になってしまって、すみません。」
「そなたが謝ることではない。おばば様の暴挙奇行には慣れているので構わぬ。」
慌てふためいている私とは対照的に落ち着いた様子の伊月さんを見てスッと心が落ち着く。
それにしても...
「暴挙奇行って。クスッ。」
少し笑ってしまった私を伊月さんがまじまじと見た。
「言い得て妙ですね。うふふ。」
笑いを止められないでいると、やがてさっきまで一文字に固く結ばれていた伊月さんの口元がフッと緩んだ。
―― ん? それって笑顔なの?
最初の威圧的な雰囲気が少しだけ柔らかくなった気がして嬉しくなった私は、伊月さんにニコっと微笑みかける。
―― あれ?
でもその瞬間、伊月さんはまた表情を硬くしてフイっと、庭の方を見た。
「あの、ご迷惑おかけしますが、オババ様が戻るまで、ここで待っててもいいですか?伊月さんは私に構わず、どうぞご自分のことをしていてください。私は部屋の隅にでも・・・。」
伊月さんは私の言葉には答えず、庭の方を見たままスッと立ち上がった。
「天気がいいので、縁側に行かぬか。」
「え? あ、はい。」
そのままスタスタ歩き出す伊月さんの後を追って私も歩き出す。
さっき門の所で出迎えてくれたアイドル顔の人と廊下ですれ違い、その人に伊月さんはお茶をと言いつける。
縁側を少し歩いた所で伊月さんは立ち止まり、中庭を指さした。
「ここの景色が我が家では一番いいと皆が言うので。」
そういうと、また、ドカッと座る。
体の大きい伊月さんが座ると、視界を遮っていた大きな背中が見えなくなり、代わりに春花の咲き乱れる庭の景色が見えた。
「わぁ。」
小さい池には鯉が泳いでいて、石造りのアーチ型の橋がかかっている。
その周りにはピンクの花をたたえた小ぶりの桜の木がそよ風に揺れている。
「本当に良い景色ですねぇ。すごく綺麗。」
春の、少し肌寒い風を強い日差しが暖めて、縁側は心地いいぬくもりで満ちている。
私も伊月さんの横に腰を下ろす。
かなりぶっきらぼうな話し方だけど、伊月さんが私のことをもてなそうとしてくれてるのが伝わってくる。
―― パッと見怖かったけど、すごく優しい人だな
私は伊月さんの不器用な優しさと、春の庭の景色にホッコリした。
「失礼します。」
そこにさっきのアイドル顔の人がお茶を持ってきくれた。
「ありがとうございます。頂きます。」
ゴクリ。
お茶を一口飲むと、緑茶の味とともに、優しいハーブの香りがした。
「はぁーこのお茶、美味しいですねぇ。」
暖かい春の陽気とおいしいお茶に、一気に緊張感もほどけてしまった。
―― ん…?
あのアイドル顔の人の視線に気付く。
その人は、ほのぼのとお茶を堪能する私を、不思議そうな表情を浮かべながら見ていた。
とりあえず目があったのでニコリと微笑みかけるも、その人は慌てたようにお辞儀をして
「ごゆっくりどうぞ」と言って去っていった。
ほのぼの気分の私とは対照的に、伊月さんは気を引き締めたような表情をした。
「ところで、那美どの…」
そして人がいなくなったのを見計らったように声をひそめた。
「単刀直入に聞くが、そなたは、やはり、異界から来たのか?」
「え?え?え??」
おばば様から私が異界から来たということは誰にも言わないようにと言われていたけれど、不意打ちで聞かれてしまって、挙動不審になってしまう。
「それと、そなた、人間か?」
「えっ?...ん?」
この質問は不意打ちというか予想外すぎて私は一瞬思考停止した。
そのまま伊月さんの顔を数秒見つめていたが、至極真剣に質問しているだと理解した。
「に、人間に決まってるじゃないですか!」
オババ様がこの世界には人間以外にも妖怪やら魔物やらがいると言っていた。
もしかしたらこの世界の人には私がとてつもなく異様に見えるのかもしれない。
それとも私も妖怪や魔物に見えるのかな。
「も、もしかして、私、化け物に見えます?」
「いや...」
伊月さんは私を見据えると真顔で、「化け物には見えぬ。」 と言った。
心の中でホッと胸を撫で下ろした。
「失礼した。ただ、そなたを異界人と思ったのにも、人間かと聞いたのにも理由がある。」
「理由は何ですか?見た目が変だとかいう理由なら、ちょっと、傷つくかもです。」
「フッ。見た目は、変ではない。」
また伊月さんが少しだけだけど笑みをこぼした。
元が強面の伊月さんが笑った時ってギャップがすごくてびっくりする。
―― 伊月さんの笑顔ってけっこう好きだな。って、何考えてるんだ、私。
「理由は、そなたが空から落ちてきたからだ。」
「え?空から?え?」
一瞬何かの比喩表現なのかと疑ったけれど、どうやら言葉通りの意味らしい。
「私、てっきり道端に倒れていたものとばかり思ってました。」
うむ、と、伊月さんは顎に手を当ててその時の状況を少しずつ話してくれた。
その日、伊月さんは江国との戦の指揮をとっていて、戦況は芳しくなかった。
ところが、それまで雲ひとつない晴天からいきなり豪雨が降り始め、雷が鳴り響き、そして雷が落ちた。
それが戦況を変え伊月さんの軍を勝利に導いた。
「不思議なことはそれだけではない。」
次に、空から何かが降ってきたので思わず伊月さんがそれを受け止めた。
「それが、那美どのだった。」
到底信じられない話しだけど、かといって伊月さんが嘘を言ってるようには思えなかった。
空から落ちてきた私を受け止めた人に異界人じゃないと嘘をつき通す自信はないな。
―― この人には本当のことを言ってもいいよね?
「伊月さんのいう通り、私は異界からきました。地球という惑星です。」
「ちきゅう・・・ワクセイ?」
「私、その日、木の幹にあるうろから落ちて、下に下に落ちていく感覚の中、気を失ったんです。」
「その異界の木のうろと、この世界の空がつながっているということか?」
「…たぶん。」
伊月さんはしばらく考え事をしているかのような顔つきになって口をつぐんだ。
「そなたが異界人だということは伏せておいた方がいい。」
「オババ様にも言われました。でも、言ってもどうせ誰も信じてくれないでしょう?」
「多くの者は信じるさ。異界人がこの帝国の基礎を作ったという伝説が残っている。」
―― あ、それはオババ様の想い人の…
「この帝国だけではない。異界人がこの世界に何らかの影響を与えるという伝説は色々な地域に存在する話だ。海の向こうの大陸でも。」
「そ、そうなんですか?」
―― 私と、重治さんだけだと思ってたけど、結構よくあることなのかな?じゃあ…
「じゃあ、他にも異界からきた人に会えるでしょうか。」
「それは無理だろうな。何百年かに一回起こるとも、起こらないとも言われている。そなたはその何百年かに一人の存在であろう。」
「そう、なんですか・・・。」
「だからこそ、何かに利用しようとする輩がいるものだ。カムナリキがあるとすれば尚更だ。」
「伊月さんにも私がカムナリキがあるってわかるんですか?」
「いや私には分からぬ。そなたをオババ様の屋敷に運んだ時に、オババ様が言っておった。」
「正直私にはカムナリキが何なのかよく分からないし、私に利用価値なんてないと思います。」
「しかし、そなたの存在は何らかの意味があると思う。」
「い・・・み?」
伊月さんは真剣な眼差しで大きく頷いた。
「皇帝専属の予言者が、数ヵ月前に、異界の者が降り立つという神託を得たと聞いた。」
「え?私がここに来ること、予言されてたんですか?」
「そうだ。この世界にやってくる異界の者はこの世界の神に祝福された者だと聞いた事がある。」
「祝福されてる? 私が?」
元いた世界では早くに家族を失って、これといった友だちもいない孤独な私が、この世界では神様に祝福されているなんて。
でも、心の奥底でそれが本当だったらいいなとも思う。
仕事は好きだったけれど、仕事以外にこれといった趣味もなかった。
誰とも深く関わらず、仕事と家の往復だった人生。
こんな私がもっと私らしく生きられる場所がここだったら。
あの木のうろから落ちていく中で私の短い人生が走馬灯のように見えた。
後悔した事はたくさんあるけどもっと積極的に友達を作らなかった事も後悔した事の一つだ。
あの時、もう一度人生をやり直せたら、今度こそ仲間を作りたい、人に心を開くことができる自分でありたいと願った。
「那美どの?」
考えこんでいた私を伊月さんが心配そうに覗き込んだ。
「いきなり知らない所に来て不安であろう。」
そう言った伊月さんを見て、この人も孤独を抱えて生きているんじゃないか、と、ふと感じた。
ちょっとシンミリした雰囲気になったので、話題を変えてみる。
「あの伊月さん、ちょっと気になっていたんですけれど…」
私はさっきお茶を持ってきてくれたアイドル顔の人の訝しげな表情がずっと気になっていたので伊月さんに尋ねることにした。
「もしかしてさっきお茶を持ってきてくれた人も、私が人間じゃないと思ったんですかね?」
「は?源次郎が?なぜそう思う?」
―― あ! あの人がイケボの源次郎さん!
「源次郎さんっていうんですね。」
「あ、いや、不思議なものに遭遇したみたいな顔で私を見ていらしたんで。」
「源次郎が不思議そうに那美どのを見ていたのは、そなたが私を怖がらないからだろう。」
「え? それってどういう…?」
「たいていの女子供は私を見て怖がるからな。」
伊月さんは額の中頃から左の頬にかけてななめに走っている傷をトントンと指で叩いた。
確かに伊月さんは体も大きいし、顔に切り傷があるし、ひげもあるし、
真顔はなかなか威圧感があるけど、少し話せばわかる。
とても紳士的で優しい人だ。
「そこまで怖がらなくても…」
「とにかく、そなたのような年頃の女がいきなり来て、怖がりもせず一緒に茶をすすっているので、今頃、源次郎は別の部屋で驚いてひっくり返っているだろうな。」
そういうと、伊月さんは悪巧みをしている子供のようにニッと笑った。
―― おぉー。本日一番の大きな笑顔だ!
―― ますます少年っぽい!
やっぱり伊月さんの笑顔、好きだな。