伊月さんは、平八郎さんと小雪ちゃんを見送った後、送迎用の輿に乗せて私を城下町の北の郊外に連れて来た。
差し出された伊月さんの手を取って、そっと輿から降りる。
「わぁ、綺麗!!」
私は輿を出てすぐに、思わず声を上げた。
真っ赤に紅葉した山々の下に湖があって、湖面には、オレンジ色の落ち葉がたくさん浮かんでいる。
足元にも色づいた葉がびっしりと地面を覆いつくしている。
山々も湖も地も、真っ赤だ。
伊月さんは私の手を握ったまま、ゆっくりと歩き出した。
奥の方の木々の隙間から、ガサガサという音がした。
「何か、今、音が…」
「し―。」
伊月さんが人差し指を私の唇に当てた。
「鹿だ。」
伊月さんに誘われるままに歩いていくと、鹿が数頭くつろぎながら草をムシャムシャ食べているのが見えた。
「可愛いーーー!!」
私が一生懸命声を押し殺して小声で言うと、伊月さんがフッと笑った。
「鹿が好きなのか?」
「四本足の動物は何だって好きですよ。」
「そうか。じゃあ、八咫烏はダメだな。」
なぜか伊月さんが嬉しそうに笑った。
「え?」
「あいつは足が三本あるからな。」
「あの、それ、不思議に思ってたんです。八咫烏さんって、カラス姿の時、足、普通に二本ですよ?」
「ああ。あれは普通のカラスの姿に化けた八咫烏だからだ。」
「そ、そうだったんですか? ちょっとややこしいですね。 じゃあ本当の八咫烏さんって...」
「本当の姿は、やたらと、でかいカラスだ。そして、足が三本だ。」
「どのくらいの大きいんですか?」
「前に阿枳の船に乗っただろう?」
「はい。」
「あの船よりもでかい。」
「そ、そんなに大きいんですか?」
「ああ。」
「意外です。全然知りませんでした。」
―― でも、なんでいきなり八咫烏さんの話になったんだろう。
「もう少し歩けるか?」
「はい。」
伊月さんはそういうと、私の指に自分の指を絡めて、しっかり握った。
しばらく景色を堪能しながら歩くと、一艘の小さな屋形船が湖面に浮かんでいるのが見える。
「あ、船がありますよ。」
「ああ。遊船だ。あの船に乗る。」
「え? そうなんですか?」
屋形船からはオババ様のカムナリキが感じられた。
伊月さんは懐から龍の印のついた護符を出して、それを船にかざした。
オババ様の術式がかかっていて、結界が張ってあるのがわかる。
護符を持っている人しか入れないような仕組みになっているらしかった。
船の屋形の中に入ると、畳が敷いてあり、ご飯が食べれるスペースがある。
伊月さんが屋形の障子をあけ放つと、紅葉した山々とそれを写しだす鏡のような湖面の景色が目に飛び込んでくる。
「こんな素敵な景色を見ながら船の中でご飯食べれるようになっているんですね。」
ちょっとした贅沢なクルーズだ。
「何か食べるか?」
「いいえ。今はいいです。さっき芝居小屋で沢山食べましたから。」
「寒くないか?」
最近は随分と涼しくなった。
でも、着物を重ね着しているし、伊月さんが隣にいるとあったかい。
「寒くないです。」
「では、ここに座ろう。」
私たちが屋形の中に腰かけると、船は自動的に動き出した。
「すごーい! 自動運転なんですね。オババ様のカムナリキを感じます。」
「オババ様と、阿枳と協力して、色々な種類の船を造ってみているのだ。」
「この船も外国に売るんですか?」
「いや。これは完全に私の趣味だ。いつか一般の者にも広まればいいと思うが、そういう日が来るのはまだまだ先だろう。いつか、タマチ帝国が統一され、戦がなくなり、民に遊興できるほどの余裕ができなければいかん。」
私は伊月さんの手をきゅっと握った。
伊月さんにはタマチ帝国を統一するという大きな志がある。
「きっとすぐにそういう日が来ますよ。」
やがて船は、湖の真ん中まで来て止まった。
「わぁーなんて素敵な景色なの。」
私は思わず息をのむ。
あたり一面を水と山に囲まれて、まるでこの世界には私たちしかいないような感じがした。
水鳥が時々湖面をゆらして、水に浮かぶ紅葉がゆらゆら揺れている。
「気に入ったようだな。」
伊月さんが私の顔をのぞきこんで、穏やかな笑みを浮かべた。
「はい。まるで幽玄の世界ですね。」
伊月さんは、私の肩を抱いて、自分の体の方に引き寄せた。
「気に入ってくれて、良かった。」
私も、自分の頭を伊月さんの体に預けた。
「伊月さん、いつも私に素敵な景色を見せてくれて、ありがとうございます。」
「私はただ、そなたが喜ぶ顔を見るのが好きなだけだ。」
伊月さんの優しい言葉に胸の奥がわしづかみにされたようにキュンとする。
「ど、...。どうしよう、伊月さん。」
「どうした?」
「すごく、嬉しいです。嬉しすぎて、ギュってしたいです。」
「す…すればいいだろう。」
「いいんですか?」
「いちいち聞かずとも、良い。」
「ふふふ。」
私は伊月さんにギュっと抱き着いた。
フワリ、と伊月さんのお香のかおりを感じる。
「な、那美どの…」
伊月さんは私のおでこに、チュっとキスをした。
「な、何ですか?」
「ここには私たち以外、誰もいない。」
「はい。湖の真ん中ですもんね。」
「だから、あまりにそういう可愛い事をすると…」
伊月さんは私の顔を上向かせた。
「な、何ですか…?」
「私も色々と忍耐がもたぬ…」
「ん…。」
伊月さんは優しくキスをした。
キスをしながら、伊月さんに抱きついていた私の腕を解いた。
両手を握られて、そのまま両手に指を絡められる。
「あ、い、伊月さん...」
私の体に、伊月さんの体重がぐっと乗せられ、畳の上に寝転がってしまう。
伊月さんは床に倒れこんだ私の上に覆いかぶさりながら、キスをやめない。
私の両手は私の顔の横で、畳の上に縫い付けられたように、伊月さんの両手に抑え込まれた。
私は抵抗する術がなくて、そのまま伊月さんのキスを受け止め続ける。
「はぁ、ぁ... んん...」
やがてキスが激しくなって、息が苦しくなってきたころ、伊月さんはキスをやめ私の左手を解放した。
伊月さんは離した手で、私の頬を、優しく優しくなでた。
「那美どの…」
切なそうに私の名前を呼ぶ伊月さんがとても愛おしい。
私も解放された左手で、伊月さんの頬を撫でた。
「伊月さん…」
伊月さんがもう一度、顔を寄せてきたので、キスをされると思って目を瞑った。
でもキスされたのは唇じゃなかった。
首筋や耳にキスをたくさん落とされた。
「ひゃ。」
くすぐったくて、身をよじるけど、私の上に覆いかぶさった伊月さんの体が、絡んだ足が、抑えられた右手が、私の体を優しく拘束している。
逃げられず、またなす術もなく、伊月さんのキスを受け止める。
「あ、あ、だめです…」
与えれる強い快楽のせいで、涙がにじんだ。
伊月さんは空いている手で私の腰や、太ももを撫で上げた。
「い、や・・・、あ」
厚手の着物の上からでも、伊月さんの大きくて熱い手の感覚が伝わった。
ぞくぞくと鳥肌が立って、背中がビクンとはねた。
そんな感覚初めてで戸惑った。
辛うじて、自由な左手で伊月さんの胸を押した。
「ま、待って...下さい...」
伊月さんはキスをやめた。
「す、すまん。」
苦しそうにそういって、私をそっと、横向きに寝かせた。
伊月さんも、私を後ろから抱きしめるように横向きに寝転がった。
涙でにじんでいたけど、美しい紅葉の景色が見える。
私の乱れた気持ちなんてどうでもいいような、どこまでも静かな景色だ。
「すぐに、自制がきかなくなりそうだ。」
はぁ、と一つ、ため息をついて、私の耳元で伊月さんが苦しそうに囁いた。
「一応、自制してるんですか?」
「頑張っている。今でも、こんな青空の下、那美どのを抱いてしまわないように、堪えている。」
私のことを抱きしめるように後ろから回されている伊月さんの腕にそっと、自分の手を重ねた。
「ふふふ。ありがとうございます。」
伊月さんが私の手首を取って、そのまま手を滑らせた。
「きゃ。」
私の着物の袖の中に伊月さんの手が侵入してきて、直に腕を撫でられる。
「んん…」
腕を触られただけでもゾクゾクするなんて、私もたいがい重症だ。
「随分空気が冷えたのに、那美どのの体は子犬のように温かいな。」
「それは…伊月さんのせいじゃないですか?」
「私がそなたの体を熱くしてしまったのか?」
「そ、その言い方はちょっと生々しいです。」
伊月さんは笑いながら、私の耳にチュっとキスをする。
「那美どのの肌は心地よい。ずっと触っていたくなる。」
「そ、そういうの、言わないで下さい。」
「首まで真っ赤になっているぞ。」
「だ、だから、全部、全部、伊月さんのせいです。」
「はぁー。あまり、煽るな。」
伊月さんは、袖の中に入れていた手をサッと引き抜いて、体を起こした。
私もつられて、体を起こす。
伊月さんは、そのままスクっと立ちあがった。
―― もしかして、また、叫びだすのかな…
案の定、「あ”ーーーーーーーーーー!」と、叫びだした。
山彦が響いて、水鳥がびっくりして飛び立って行ってしまった。
そのまま、船内をズンズン一周歩いていて戻ってきて、私の横に、ドスン、と座った。
「ふぅーーー。す、すまぬ。」
「うふふふ。それ、よくやりますよね。」
「自分を落ち着かせるためだ。この攻城戦はなかなかに難しい。」
「こうじょう…?」
「あ、いや、こちらの話だ。」
「あ、見て下さい!」
私は空を指さした。
大きな鳥の集団がV字を作って、バサバサと羽音を立ててこちらに向かって飛んでいる。
「あの鳥は何ですか?」
「雁の群れだ。あれを見ると秋も深まった証拠だな。」
雁の群れは私たちのすぐ上を通って、飛んで行く。
手を伸ばせば届きそうなほどの低空飛行で、それはそれは圧巻だった。
雁たちの飛んでいった西の空には夕日が赤く燃えはじめていた。
さっきまで秋晴れの青空が広がっていたのに、みるみる空が紅に染まっていく。
空の色も山の色も、真っ赤に湖面に映し出されていた。
差し出された伊月さんの手を取って、そっと輿から降りる。
「わぁ、綺麗!!」
私は輿を出てすぐに、思わず声を上げた。
真っ赤に紅葉した山々の下に湖があって、湖面には、オレンジ色の落ち葉がたくさん浮かんでいる。
足元にも色づいた葉がびっしりと地面を覆いつくしている。
山々も湖も地も、真っ赤だ。
伊月さんは私の手を握ったまま、ゆっくりと歩き出した。
奥の方の木々の隙間から、ガサガサという音がした。
「何か、今、音が…」
「し―。」
伊月さんが人差し指を私の唇に当てた。
「鹿だ。」
伊月さんに誘われるままに歩いていくと、鹿が数頭くつろぎながら草をムシャムシャ食べているのが見えた。
「可愛いーーー!!」
私が一生懸命声を押し殺して小声で言うと、伊月さんがフッと笑った。
「鹿が好きなのか?」
「四本足の動物は何だって好きですよ。」
「そうか。じゃあ、八咫烏はダメだな。」
なぜか伊月さんが嬉しそうに笑った。
「え?」
「あいつは足が三本あるからな。」
「あの、それ、不思議に思ってたんです。八咫烏さんって、カラス姿の時、足、普通に二本ですよ?」
「ああ。あれは普通のカラスの姿に化けた八咫烏だからだ。」
「そ、そうだったんですか? ちょっとややこしいですね。 じゃあ本当の八咫烏さんって...」
「本当の姿は、やたらと、でかいカラスだ。そして、足が三本だ。」
「どのくらいの大きいんですか?」
「前に阿枳の船に乗っただろう?」
「はい。」
「あの船よりもでかい。」
「そ、そんなに大きいんですか?」
「ああ。」
「意外です。全然知りませんでした。」
―― でも、なんでいきなり八咫烏さんの話になったんだろう。
「もう少し歩けるか?」
「はい。」
伊月さんはそういうと、私の指に自分の指を絡めて、しっかり握った。
しばらく景色を堪能しながら歩くと、一艘の小さな屋形船が湖面に浮かんでいるのが見える。
「あ、船がありますよ。」
「ああ。遊船だ。あの船に乗る。」
「え? そうなんですか?」
屋形船からはオババ様のカムナリキが感じられた。
伊月さんは懐から龍の印のついた護符を出して、それを船にかざした。
オババ様の術式がかかっていて、結界が張ってあるのがわかる。
護符を持っている人しか入れないような仕組みになっているらしかった。
船の屋形の中に入ると、畳が敷いてあり、ご飯が食べれるスペースがある。
伊月さんが屋形の障子をあけ放つと、紅葉した山々とそれを写しだす鏡のような湖面の景色が目に飛び込んでくる。
「こんな素敵な景色を見ながら船の中でご飯食べれるようになっているんですね。」
ちょっとした贅沢なクルーズだ。
「何か食べるか?」
「いいえ。今はいいです。さっき芝居小屋で沢山食べましたから。」
「寒くないか?」
最近は随分と涼しくなった。
でも、着物を重ね着しているし、伊月さんが隣にいるとあったかい。
「寒くないです。」
「では、ここに座ろう。」
私たちが屋形の中に腰かけると、船は自動的に動き出した。
「すごーい! 自動運転なんですね。オババ様のカムナリキを感じます。」
「オババ様と、阿枳と協力して、色々な種類の船を造ってみているのだ。」
「この船も外国に売るんですか?」
「いや。これは完全に私の趣味だ。いつか一般の者にも広まればいいと思うが、そういう日が来るのはまだまだ先だろう。いつか、タマチ帝国が統一され、戦がなくなり、民に遊興できるほどの余裕ができなければいかん。」
私は伊月さんの手をきゅっと握った。
伊月さんにはタマチ帝国を統一するという大きな志がある。
「きっとすぐにそういう日が来ますよ。」
やがて船は、湖の真ん中まで来て止まった。
「わぁーなんて素敵な景色なの。」
私は思わず息をのむ。
あたり一面を水と山に囲まれて、まるでこの世界には私たちしかいないような感じがした。
水鳥が時々湖面をゆらして、水に浮かぶ紅葉がゆらゆら揺れている。
「気に入ったようだな。」
伊月さんが私の顔をのぞきこんで、穏やかな笑みを浮かべた。
「はい。まるで幽玄の世界ですね。」
伊月さんは、私の肩を抱いて、自分の体の方に引き寄せた。
「気に入ってくれて、良かった。」
私も、自分の頭を伊月さんの体に預けた。
「伊月さん、いつも私に素敵な景色を見せてくれて、ありがとうございます。」
「私はただ、そなたが喜ぶ顔を見るのが好きなだけだ。」
伊月さんの優しい言葉に胸の奥がわしづかみにされたようにキュンとする。
「ど、...。どうしよう、伊月さん。」
「どうした?」
「すごく、嬉しいです。嬉しすぎて、ギュってしたいです。」
「す…すればいいだろう。」
「いいんですか?」
「いちいち聞かずとも、良い。」
「ふふふ。」
私は伊月さんにギュっと抱き着いた。
フワリ、と伊月さんのお香のかおりを感じる。
「な、那美どの…」
伊月さんは私のおでこに、チュっとキスをした。
「な、何ですか?」
「ここには私たち以外、誰もいない。」
「はい。湖の真ん中ですもんね。」
「だから、あまりにそういう可愛い事をすると…」
伊月さんは私の顔を上向かせた。
「な、何ですか…?」
「私も色々と忍耐がもたぬ…」
「ん…。」
伊月さんは優しくキスをした。
キスをしながら、伊月さんに抱きついていた私の腕を解いた。
両手を握られて、そのまま両手に指を絡められる。
「あ、い、伊月さん...」
私の体に、伊月さんの体重がぐっと乗せられ、畳の上に寝転がってしまう。
伊月さんは床に倒れこんだ私の上に覆いかぶさりながら、キスをやめない。
私の両手は私の顔の横で、畳の上に縫い付けられたように、伊月さんの両手に抑え込まれた。
私は抵抗する術がなくて、そのまま伊月さんのキスを受け止め続ける。
「はぁ、ぁ... んん...」
やがてキスが激しくなって、息が苦しくなってきたころ、伊月さんはキスをやめ私の左手を解放した。
伊月さんは離した手で、私の頬を、優しく優しくなでた。
「那美どの…」
切なそうに私の名前を呼ぶ伊月さんがとても愛おしい。
私も解放された左手で、伊月さんの頬を撫でた。
「伊月さん…」
伊月さんがもう一度、顔を寄せてきたので、キスをされると思って目を瞑った。
でもキスされたのは唇じゃなかった。
首筋や耳にキスをたくさん落とされた。
「ひゃ。」
くすぐったくて、身をよじるけど、私の上に覆いかぶさった伊月さんの体が、絡んだ足が、抑えられた右手が、私の体を優しく拘束している。
逃げられず、またなす術もなく、伊月さんのキスを受け止める。
「あ、あ、だめです…」
与えれる強い快楽のせいで、涙がにじんだ。
伊月さんは空いている手で私の腰や、太ももを撫で上げた。
「い、や・・・、あ」
厚手の着物の上からでも、伊月さんの大きくて熱い手の感覚が伝わった。
ぞくぞくと鳥肌が立って、背中がビクンとはねた。
そんな感覚初めてで戸惑った。
辛うじて、自由な左手で伊月さんの胸を押した。
「ま、待って...下さい...」
伊月さんはキスをやめた。
「す、すまん。」
苦しそうにそういって、私をそっと、横向きに寝かせた。
伊月さんも、私を後ろから抱きしめるように横向きに寝転がった。
涙でにじんでいたけど、美しい紅葉の景色が見える。
私の乱れた気持ちなんてどうでもいいような、どこまでも静かな景色だ。
「すぐに、自制がきかなくなりそうだ。」
はぁ、と一つ、ため息をついて、私の耳元で伊月さんが苦しそうに囁いた。
「一応、自制してるんですか?」
「頑張っている。今でも、こんな青空の下、那美どのを抱いてしまわないように、堪えている。」
私のことを抱きしめるように後ろから回されている伊月さんの腕にそっと、自分の手を重ねた。
「ふふふ。ありがとうございます。」
伊月さんが私の手首を取って、そのまま手を滑らせた。
「きゃ。」
私の着物の袖の中に伊月さんの手が侵入してきて、直に腕を撫でられる。
「んん…」
腕を触られただけでもゾクゾクするなんて、私もたいがい重症だ。
「随分空気が冷えたのに、那美どのの体は子犬のように温かいな。」
「それは…伊月さんのせいじゃないですか?」
「私がそなたの体を熱くしてしまったのか?」
「そ、その言い方はちょっと生々しいです。」
伊月さんは笑いながら、私の耳にチュっとキスをする。
「那美どのの肌は心地よい。ずっと触っていたくなる。」
「そ、そういうの、言わないで下さい。」
「首まで真っ赤になっているぞ。」
「だ、だから、全部、全部、伊月さんのせいです。」
「はぁー。あまり、煽るな。」
伊月さんは、袖の中に入れていた手をサッと引き抜いて、体を起こした。
私もつられて、体を起こす。
伊月さんは、そのままスクっと立ちあがった。
―― もしかして、また、叫びだすのかな…
案の定、「あ”ーーーーーーーーーー!」と、叫びだした。
山彦が響いて、水鳥がびっくりして飛び立って行ってしまった。
そのまま、船内をズンズン一周歩いていて戻ってきて、私の横に、ドスン、と座った。
「ふぅーーー。す、すまぬ。」
「うふふふ。それ、よくやりますよね。」
「自分を落ち着かせるためだ。この攻城戦はなかなかに難しい。」
「こうじょう…?」
「あ、いや、こちらの話だ。」
「あ、見て下さい!」
私は空を指さした。
大きな鳥の集団がV字を作って、バサバサと羽音を立ててこちらに向かって飛んでいる。
「あの鳥は何ですか?」
「雁の群れだ。あれを見ると秋も深まった証拠だな。」
雁の群れは私たちのすぐ上を通って、飛んで行く。
手を伸ばせば届きそうなほどの低空飛行で、それはそれは圧巻だった。
雁たちの飛んでいった西の空には夕日が赤く燃えはじめていた。
さっきまで秋晴れの青空が広がっていたのに、みるみる空が紅に染まっていく。
空の色も山の色も、真っ赤に湖面に映し出されていた。