紅葉も赤く燃え、稲刈りの季節になると、収穫祭やら、何やらで、町中が少し浮ついた雰囲気になっている。
オババ様も雨ごいをしてやった農村の人たちから収穫祭に呼ばれることが多くなった。

「今日も酒をたんまり飲んでくるぞ。」

オババ様は上機嫌で出かけて、酔っぱらって帰ってくる。

―― 楽しそうで何より。

()の城下町の方も、食料が豊富にあるから、心にも余裕が出来るのか、市も賑わっているし、お芝居などの遊興もさかんになった。

小雪(こゆき)ちゃん率いる漫画部はあれからもヒットを飛ばし続けている。
鬼武者(おにむしゃ)だけじゃなく、雷巫女(かみなりみこ)という名前の女スーパーヒーローの話しも人気になった。
雷を操る巫女がタマチ帝国を旅しながら空飛ぶ悪しき龍と戦う話しだ。
旅の途中では狐のあやかしと出会ったり、鬼と出会ったり、楽しいアドベンチャーが含まれている。

―― なんだかそれって私のことのような...

それでもダントツの人気作品はやっぱり、鬼武者(おにむしゃ)だった。
ラブストーリーだけじゃなくて、鬼武者(おにむしゃ)の戦いぶりも描かれているので、女性だけじゃなく男性にも人気が高まった。
そして、この秋、鬼武者(おにむしゃ)の話はお芝居になった。

「皆さん、是非、お芝居を見に来て下さい! 芝居小屋の演出家と一緒にたくさん話し合って出来たお芝居なんです!」

小雪(こゆき)ちゃんは、お(せん)さんや、お(せん)さんの旦那さんを始め、手習い所(てなら じょ)に通う子たちをお芝居に招待していた。
お芝居のチケットはけっこう高価で、皆もお芝居に行く機会なんて早々ないから、とても嬉しそうだった。

那美(なみ)先生、那美(なみ)先生は、特別公演日に、私と一緒にお芝居を見に来てほしいんです!」

小雪(こゆき)ちゃんは私に言った。
話しを聞くと、お(せん)さんたちを誘ったのとは別の日に映画の試写会みたいなのがあるみたいだ。

「一般公開前に、特別な人たちを招待しての、完成披露公演(かんせいひろうこうえん)なんです。」

「そんな特別な日に私が呼ばれてもいいの?」

「もちろんです。あと、共舘(ともだて)の将軍様も来て頂けないでしょうか?」

「え? 伊月(いつき)さんも?」

「はい。 那美(なみ)先生が共舘(ともだて)の将軍様と翼竜を倒したり、旅に出た時の話しを聞かせて下さったお陰で、雷巫女の話しもできました。まだ鬼武者(おにむしゃ)ほどではないですが、人気が出てきています。共舘(ともだて)の将軍様にも見て頂いて、何か助言を頂けると嬉しいです。」

「分かった。聞いてみるよ。でも、伊月(いつき)さんは一応、お城にお勤めのお侍さまだから、どこに行くにもご家来がついて来ちゃうよ。」

「大丈夫です。ご家来の方もご招待します。」

そのことを文で 伊月(いつき)さんに伝えると、喜んで行く、平八郎(へいはちろう)(ともな)って行く、と返事が来た。

―――

「あのう、夕凪(ゆうなぎ)ちゃん、お芝居見るのにこんなに着飾る必要ある?」

お芝居の当日、私は夕凪(ゆうなぎ)ちゃんに着つけてもらいながら、聞いた。

「当たり前でしょ。那美(なみ)ちゃん、お芝居見に行ったことある?」

尽世(つくよ)では、ない。」

完成披露公演(かんせいひろうこうえん)なんでしょ? とても特別なのよ。」

「どういう風に特別なの?」

「まずは、位の高い人たちが沢山呼ばれて、観客席もすごく豪華になるの。綺麗な女の人を(はべ)らせてる人も多いのよ。お酒が運ばれて、ゆっくり芝居鑑賞しながら、美味しい物も食べれるの。」

「すごい贅沢だね。だから伊月(いつき)さん、輿(こし)寄越(よこ)すって言ったのか。夕凪(ゆうなぎ)ちゃんはそういうの、よく行くの?」

「前はオババ様、よく呼ばれて行ってたから、付き添いで行ったの。今はオババ様、そういうの面倒くさくて行かなくなっちゃったけど。年取ったのよ。」

「まぁ、1200歳だからね。」

「だけどね、那美(なみ)ちゃん、何よりも、今日おめかしなきゃいけない最大の理由は…」

夕凪(ゆうなぎ)ちゃんの鼻息が荒くなった。

「イケメン俳優さんたちを間近で見れて、しかもその俳優さんたちとお話しする機会もあるのよ!!!」

夕凪(ゆうなぎ)ちゃんのご指導の元、伊月(いつき)さんから貰った反物で作った打掛(うちかけ)に、宿場町で貰った髪飾りを合わせた。
お化粧もしてもらって、伊月(いつき)さんが派遣してくれた送迎用の輿(こし)に乗った。
そのまま城下に行き、芝居小屋の前に行くと、小雪(こゆき)ちゃんが待っててくれた。
小雪(こゆき)ちゃんもいつもよりずっとおめかししてて、とても可愛い。
輿(こし)から降りて、小雪(こゆき)ちゃんと話していると、伊月(いつき)さんと平八郎(へいはちろう)さんも来た。

小雪(こゆき)どの。この度は芝居にご招待下さり、ありがとうございます。ほら、平八郎(へいはちろう)も礼を。」

伊月(いつき)さんが小雪(こゆき)ちゃんにお礼を言って、平八郎(へいはちろう)さんを紹介する。

平八郎(へいはちろう)と言います。(あるじ)馬廻(うままわ)りをしております。ご招待頂きありがとうございます。」

私はこの時に、小雪(こゆき)ちゃんが平八郎(へいはちろう)さんを見て、ちょっと頬を赤らめたのを見逃さなかった。
そういえば、小雪(こゆき)ちゃん、色白の中性的なイケメンが好きって言ってたな。

―― 平八郎(へいはちろう)さん、ぴったりじゃん。笑顔もエンジェルだし。年頃も近いし。

私はここで少しおせっかい心が刺激された。
そんな私を他所に、伊月(いつき)さんがそっと私の手を取った。

「行こうか。」

中にエスコートしてくれるらしい。
平八郎(へいはちろう)さんもそれを見習い、小雪(こゆき)ちゃんに手を差し伸べた。
小雪(こゆき)ちゃんは、少し、もじもじしながらその手を取った。

―― おお、若い二人がいい感じに!

「芝居を見るのがそんなに嬉しいのか?」

伊月(いつき)さんが私の顔を覗き込んだ。

「ずっとニヤニヤしているな。」

「あ、いや、もちろん芝居を見るのも嬉しいんですが…」

私は伊月(いつき)さんの耳元でこっそり、平八郎(へいはちろう)さんが小雪(こゆき)ちゃんのタイプっぽいことを告げる。

「そうか…全く気づかなかった。」

伊月(いつき)さんはそういいながら少し複雑な表情をする。

―― もしかして、平八郎(へいはちろう)さんは、小雪(こゆき)ちゃんみたいな子、タイプじゃないのかな?

二人がいい感じになればいいのになと思いつつ芝居小屋に入る。
私たちが通されたのは二階の特別席だった。

「おぉ。このように良い席で芝居を見れるなんて夢にも思いませんでした。」

平八郎(へいはちろう)さんが目を輝かせている。

「すごーい、小雪(こゆき)ちゃんのお陰だね! 嬉しい!」

私も思わずはしゃいでしまう。
そして、周りを見渡して、夕凪(ゆうなぎ)ちゃんの助言通り、おめかしして良かったと思った。
周りの人は皆、豪華な着物を着ていた。

―― こんな中、普段着で来ていたら一人だけ浮いてたな。

「ご来場の皆々様!」

人気俳優らしい人が口上(こうじょう)を始め、観客席にいる女性たちが色めき立った。

「お楽しみ下さりませ!」

わっと盛り上がった所で幕が開いてお芝居が始まる。
ストーリーはとてもシンプルで、(さら)われた女の子を悪の巣窟から鬼武者(おにむしゃ)が救い出すという内容だった。
芝居の中の鬼武者(おにむしゃ)はスタントマンもさながらの立ち回りを見せ、観客を沸かせた。
そして、(さら)われた女の子を救い出し、その子をかばいながらも悪人と戦いつつ、敵のアジトから脱出するシーンは大いに盛り上がった。

お芝居の途中で、隣の席にいた人たちが話しているのが聞こえた。

「本物の鬼武者(おにむしゃ)はあんなに女に優しいのかしら。」

「それが、この前、東門で魔獣を連れて帰ってきた鬼武者(おにむしゃ)に、いたく心配そうに女人(にょにん)が駆け寄って、鬼武者(おにむしゃ)といい感じだったらしいぞ。」

「え?本当?」

「ああ。何やら鬼武者(おにむしゃ)もその女人(にょにん)の頭を撫でたり、何とも睦まじい様子だったとか。」

「まぁ! 素敵ねぇ!」

―― う…それって…

ちらっと伊月(いつき)さんを見ると、「どこで見られているものかわからぬものだ」と小声で言った。

お芝居の最後には、女の子にせがまれて、鬼武者(おにむしゃ)はとうとう面具を外して素顔を見せた。
鬼の面具(めんぐ)を外すと、中の人物は超イケメン俳優だ。
そして、二人の口づけのシーンで終わった。
きゃーーと、観客席から黄色い声がするとともに、拍手喝采で芝居は終わった。

「いやぁ、楽しかったですね!鬼武者(おにむしゃ)の芝居!立ち回りもなかなかでした!」

小雪(こゆき)ちゃん改めてすごい! 本当におめでとう! すっごく楽しかったよ!」

私と平八郎(へいはちろう)さんがきゃあきゃあ騒いでいると、小雪(こゆき)ちゃんが頬を赤らめて嬉しいです、と言う。

「私は小雪(こゆき)様の漫画とやらを読んでみとうございます。」

平八郎(へいはちろう)さんが漫画に興味を持ったらしい。

「下の土産物屋に売っていますよ。見てみますか?」

と言って、二人で土産物屋に行った。

平八郎(へいはちろう)のやつ、護衛の仕事を忘れてすっかり舞い上がっておるな。」

伊月(いつき)さんは小さく笑った。