日の出とともに、船が於の国の港に着いた。
港に着くとすぐに、兵五郎さんたちの率いる一隊が浜辺に待機しているのが見えた。
6日前に、宇の国境付近で別れた時よりも、随分と顔色が良くなっている。
「共舘様と巫女様のお陰で、村を立て直せております。雨ごいのおかげで、畑の土も回復しているようです。ご指示の通り、新しい井戸を掘りました。」
「私が腕を切り落とした者はどうしておる?」
「お見立ての通り、まだ熱がひきません。」
「完全に安定するのに3ヶ月から半年はかかる。辛抱強く傷口の手当をし続けるんだ。定期的に薬を送る。」
「はい。ありがとうございます。」
―― この短期間に村は随分と変わったみたいだな。
「さっそくだが、荷駄を伊の国境まで運ぶのを手伝ってもらう。そこで伊にいる私の手の者にも会わせる。」
「はい。」
私たちは兵五郎さんの連れてきた人たちを合わせ、50人以上の大きな集団になった。
荷物の量も随分と増えていた。
阿枳さんが、「兄貴、またな。」と、伊月さんに別れを告げている。
私も、お礼を言った。
「阿枳さん、お魚美味しかったです。ありがとうございました。」
「ああ。那美さん、また会おうな。」
阿枳さんは少し顔を寄せて、耳打ちする。
「ナギの兄貴はあの通り、堅物だが、宜しく頼むぜ。」
私は阿枳さんに笑ってうなずいた。
随分大きくなった私たちの一隊は、元山賊を仲間に加えたからか、山賊に襲われることもなく、昼前には無事に伊の国境付近に来た。
とある山の中にある、大きなお寺で、伊月さんは護衛隊に休憩を言い渡した。
そのお寺には伊月さんの「手の者」と言われる人たちが待っていて、兵五郎さんたちと面会をしたようだった。
兵五郎さんたちが手伝って、阿枳さんの船から運んだほとんどの荷物は、伊月さんの「手の者」に引き継がれ、私たちの隊はまた身軽になる。
兵五郎さんたちは、また伊月さんから金子を受け取り、何度も何度も感謝を伝えながら帰って行った。
私たちはまた元の21人の護衛隊になった。
阿枳さんといい、兵五郎さんといい、お寺で待っていた『手の者』といい、亜の国主の目の届かないところで、伊月さんに協力する人たちがこんなにも沢山いるのには驚く。
こういう人材ネットワークも、きっと長い長い時間をかけて築かれたものなんだろう。
―― 私、とんでもない人のこと好きになっちゃったんだな。
―― やっぱり、好き。
まだ夕日が見える時刻には伊と亜の国境付近に来た。
少し先にタカオ山が見えてきた。
「船を使うと、あっという間に着きましたね。」
「そうだな。ちょうど阿枳が李からタマチ帝国に帰ってきたところだったから運が良かった。」
私は習いたての乗馬を練習するために、伊の国に入ってから、ここまでずっと栗毛に乗って来た。
馬に乗る恐怖心が薄らいで、伊月さんとお話ししながら黒毛と並んで進めるのがとても楽しくなってきたところだった。
「もうこの旅が終わりだって思ったら少し寂しいです。」
「旅装を解いて、少し落ち着いたら、改めて二人で会おう。」
「良いところがあるって言ってましたね。」
私は伊月さんの書いてくれた文を思い出して期待に胸が踊った。
「ああ。まだ秘密だ。」
「楽しみです。」
「今夜は少し遅くなるが、タカオ山を通り過ぎて、まずは亜の国主に帰還の報告をしようと思う。」
「はい、わかりました。」
「それで、城で皆を解散させる。それでその後だが…」
「はい。」
「私の屋敷に泊まっていけ。」
「え?」
「そのままタカオ山に帰ると夜中になるだろうから、オババ様を起こすととんでもないことになる。」
「あ...。そうですね。」
オババ様は寝起きがものすごく悪い。
夜中に途中で起こしてしまったら、どんな災害が亜の城下町に及ぶか分からない。
それに、伊月さんの屋敷は亜のお城から近い所にある。
せっかくお家にすぐに帰れる所まで来て、また私をタカオ山まで送らせるわけにはいかないな。
「で、では、今夜、お世話になります。」
とは言ったものの、
―― も、もしかして、これって、初めてのお泊りってやつ?
とはいえ、伊月さんのうちには源次郎さんも平八郎さんもいるから、たぶん、そういうことにはならないと思うけど。
でも、でも、一体どこで寝るのかな?
客間?客間だよね?
私の考えを読んだかのように、伊月さんが言う。
「その…、別に、やましい気持ちはない。寝所も別に用意する。」
「あ、…はい。」
―― 確かに一瞬焦ったけど、いきなり、そういうことはないって全否定しなくても良くない?
何故か心のどこかで少しがっかりしている自分がいた。
―― 別に期待しているわけじゃないんだけど!
「タカオ山へは、明日、私が送っていく。」
「はい。ありがとうございます。」
とは言え、もう一晩、伊月さんと一緒に過ごせると思うと嬉しかった。
――――
亜のお城に着いたのはすっかり夜更けだった。
「時間も時間だし、どうせ、生田は私たちの帰還に興味もないから、出てこないだろう。」
という伊月さんの言葉通り、役人によって、事務的に帰還報告書にサインさせられた。
「那美どのの署名はここに。あと、叙位されたことも、新しい役職も報告してほしい。」
「あ、はい。」
私が従四位上に叙せられたこと、帝の参与になったことを書き込むと、それまでダルそうに対応していた役人が、態度を改めたのが分かった。
―― うわぁ。あからさまの権威主義で引くわぁ。
報告を終えて、お城を出ると、伊月さんが、護衛隊に解散を命じた。
「皆さん、本当にお世話になりました。今日はご家族と久しぶりにごゆっくりお過ごし下さい。」
私が頭を下げると、皆も、一人ずつお別れの挨拶に来てくれた。
「那美様、本当に楽しい旅でございました。」
「機会があれば、また武勇話をいたしましょうね。」
隊員たちは、伊月さんにも挨拶をして一人ずつ帰路についていった。
清十郎さんも、「それでは、私もこれで。」と、言ったので、お礼を言って見送った。
「さて、私たちも帰るか。」
伊月さんと平八郎さんと一緒に、伊月さんの屋敷に戻ると、懐かしい顔が出迎えてくれた。
「主、那美様、お帰りなさいませ。」
「源次郎さん、お久しぶりです!」
「留守はどうだったか?」
「何事も滞りなく、ご心配されるようなことはありません。」
「よし。」
「湯の準備も食事の準備もございますが、どうしますか。」
「先に飯にしよう。さっきから那美どのの腹がなっている。」
「す、すみません…。」
隊員さんたちが解散したあたりで、私のお腹の虫が盛大に鳴いた。
「ははは。只今食事をお持ちします。」
恥ずかしくてうつむいていると、平八郎さんが私の顔を覗き込んだ。
「恥ずかしがらなくても大丈夫ですよ。那美様のお腹の音は可愛らしいです。」
「そ、そんな頑張ってフォローしなくてもいいですよ。」
「ふぉろ?」
私のお腹の虫のせいで、旅装を解く前に、夕食となった。
「んー、このお煮しめ、味が染みてて美味しいです。」
「那美様の料理にはかないませんが、褒めて頂いて良かったです。」
久しぶりに見る源次郎さんは、この家を一人で任されていたからか、少しだけ貫禄がついたように思えた。
「それにしても、那美様は従四位上に叙せられたそうですね。」
「でも、それがどういうことなのか、私にはさっぱりです。今までと何も変わらないですよ?」
「亜の国主も従四位上ですよ。生田様と同じお立場です。」
「そ、そうなんですか?」
伊月さんを見ると、伊月さんが大きく頷いた。
「ああ。これで、国主も那美どのにやすやすと手を出せまい。」
源次郎さんが付け足す。
「暗殺はできなくなりましたね。帝の参与であるというなら、なおさらです。」
従四位上に叙すって、でかでかと書いてある紙を受け取っただけなのに、生田から命を狙われにくくなるという効果があるなんてびっくりだ。
もしかして、それを見越してオババ様も伊月さんも、この旅に行くように進言したのかな。
そういう事とは知らずに帝との問答会が辛いって文句言ってた自分が浅はかで恥ずかしいな。
「因みに主は無位ですから、那美様にはますます頭が上がりませんね。」
「え?」
源次郎さんが笑って言った。
「私が那美どのに頭が上がらないのは元々だ」
伊月さんが言う。
「そ、そんな、まるで私が伊月さんのこと尻に敷いているような…」
「そうではないのですか?」
源次郎さんが、ニヤっと、口の端を釣り上げて笑った。
「まさしくその通りだ。」
「い、伊月さんまで!」
私たちが軽口を言い合っていると、はぁぁぁ、と、平八郎さんの大きなため息が聞こえた。
「へ、平八郎、どうした?」
源次郎さんが心配そうに言った。
「私は主と那美様がとてもうらやましく思います。いつも仲睦まじく、相思相愛です。主も那美様のような方から尻に敷いてもらえるのは幸せですねぇ。」
「え?」
私は平八郎さんの意外な反応にどう答えていいか分からなかった。
いつになく真剣な表情で言うから、冗談を言っているようにも見えなかった。
「へ、平八郎、お前も長旅で疲れただろう。そろそろ、部屋で休め!」
源次郎さんが平八郎さんが食事を終えているのを確認して、部屋に促す。
「あ、でも片付けを…」
「いや、いい。片付けは私がやるから、ほら、旅装を解いてゆっくりしろ。」
「で、では、お先に失礼します…。」
「あ、平八郎さん、お休みなさい。旅の間、本当にありがとうございました。」
「いえ、那美様のお供が出来て、幸せでした。お休みなさい。主、先に失礼します。」
「ああ、ゆっくり休め。」
半ば強引に源次郎さんが平八郎さんを引っ張って連れて行ってまた戻って来た。
「片付けは私がします。主も那美様も湯殿にどうぞ。」
「那美どの、後は源次郎に任せて私たちも旅装を解こう。」
伊月さんは私の手を取って廊下に促がした。
「湯殿には湯帷子を二組置いております。」
「お、気が利くな、源次郎。」
伊月さんが嬉しそうに言った。
「げ、源次郎さん、ありがとうございます。御馳走様でした!」
伊月さんに引っ張られながら、私は湯殿に連れて行かれた。
港に着くとすぐに、兵五郎さんたちの率いる一隊が浜辺に待機しているのが見えた。
6日前に、宇の国境付近で別れた時よりも、随分と顔色が良くなっている。
「共舘様と巫女様のお陰で、村を立て直せております。雨ごいのおかげで、畑の土も回復しているようです。ご指示の通り、新しい井戸を掘りました。」
「私が腕を切り落とした者はどうしておる?」
「お見立ての通り、まだ熱がひきません。」
「完全に安定するのに3ヶ月から半年はかかる。辛抱強く傷口の手当をし続けるんだ。定期的に薬を送る。」
「はい。ありがとうございます。」
―― この短期間に村は随分と変わったみたいだな。
「さっそくだが、荷駄を伊の国境まで運ぶのを手伝ってもらう。そこで伊にいる私の手の者にも会わせる。」
「はい。」
私たちは兵五郎さんの連れてきた人たちを合わせ、50人以上の大きな集団になった。
荷物の量も随分と増えていた。
阿枳さんが、「兄貴、またな。」と、伊月さんに別れを告げている。
私も、お礼を言った。
「阿枳さん、お魚美味しかったです。ありがとうございました。」
「ああ。那美さん、また会おうな。」
阿枳さんは少し顔を寄せて、耳打ちする。
「ナギの兄貴はあの通り、堅物だが、宜しく頼むぜ。」
私は阿枳さんに笑ってうなずいた。
随分大きくなった私たちの一隊は、元山賊を仲間に加えたからか、山賊に襲われることもなく、昼前には無事に伊の国境付近に来た。
とある山の中にある、大きなお寺で、伊月さんは護衛隊に休憩を言い渡した。
そのお寺には伊月さんの「手の者」と言われる人たちが待っていて、兵五郎さんたちと面会をしたようだった。
兵五郎さんたちが手伝って、阿枳さんの船から運んだほとんどの荷物は、伊月さんの「手の者」に引き継がれ、私たちの隊はまた身軽になる。
兵五郎さんたちは、また伊月さんから金子を受け取り、何度も何度も感謝を伝えながら帰って行った。
私たちはまた元の21人の護衛隊になった。
阿枳さんといい、兵五郎さんといい、お寺で待っていた『手の者』といい、亜の国主の目の届かないところで、伊月さんに協力する人たちがこんなにも沢山いるのには驚く。
こういう人材ネットワークも、きっと長い長い時間をかけて築かれたものなんだろう。
―― 私、とんでもない人のこと好きになっちゃったんだな。
―― やっぱり、好き。
まだ夕日が見える時刻には伊と亜の国境付近に来た。
少し先にタカオ山が見えてきた。
「船を使うと、あっという間に着きましたね。」
「そうだな。ちょうど阿枳が李からタマチ帝国に帰ってきたところだったから運が良かった。」
私は習いたての乗馬を練習するために、伊の国に入ってから、ここまでずっと栗毛に乗って来た。
馬に乗る恐怖心が薄らいで、伊月さんとお話ししながら黒毛と並んで進めるのがとても楽しくなってきたところだった。
「もうこの旅が終わりだって思ったら少し寂しいです。」
「旅装を解いて、少し落ち着いたら、改めて二人で会おう。」
「良いところがあるって言ってましたね。」
私は伊月さんの書いてくれた文を思い出して期待に胸が踊った。
「ああ。まだ秘密だ。」
「楽しみです。」
「今夜は少し遅くなるが、タカオ山を通り過ぎて、まずは亜の国主に帰還の報告をしようと思う。」
「はい、わかりました。」
「それで、城で皆を解散させる。それでその後だが…」
「はい。」
「私の屋敷に泊まっていけ。」
「え?」
「そのままタカオ山に帰ると夜中になるだろうから、オババ様を起こすととんでもないことになる。」
「あ...。そうですね。」
オババ様は寝起きがものすごく悪い。
夜中に途中で起こしてしまったら、どんな災害が亜の城下町に及ぶか分からない。
それに、伊月さんの屋敷は亜のお城から近い所にある。
せっかくお家にすぐに帰れる所まで来て、また私をタカオ山まで送らせるわけにはいかないな。
「で、では、今夜、お世話になります。」
とは言ったものの、
―― も、もしかして、これって、初めてのお泊りってやつ?
とはいえ、伊月さんのうちには源次郎さんも平八郎さんもいるから、たぶん、そういうことにはならないと思うけど。
でも、でも、一体どこで寝るのかな?
客間?客間だよね?
私の考えを読んだかのように、伊月さんが言う。
「その…、別に、やましい気持ちはない。寝所も別に用意する。」
「あ、…はい。」
―― 確かに一瞬焦ったけど、いきなり、そういうことはないって全否定しなくても良くない?
何故か心のどこかで少しがっかりしている自分がいた。
―― 別に期待しているわけじゃないんだけど!
「タカオ山へは、明日、私が送っていく。」
「はい。ありがとうございます。」
とは言え、もう一晩、伊月さんと一緒に過ごせると思うと嬉しかった。
――――
亜のお城に着いたのはすっかり夜更けだった。
「時間も時間だし、どうせ、生田は私たちの帰還に興味もないから、出てこないだろう。」
という伊月さんの言葉通り、役人によって、事務的に帰還報告書にサインさせられた。
「那美どのの署名はここに。あと、叙位されたことも、新しい役職も報告してほしい。」
「あ、はい。」
私が従四位上に叙せられたこと、帝の参与になったことを書き込むと、それまでダルそうに対応していた役人が、態度を改めたのが分かった。
―― うわぁ。あからさまの権威主義で引くわぁ。
報告を終えて、お城を出ると、伊月さんが、護衛隊に解散を命じた。
「皆さん、本当にお世話になりました。今日はご家族と久しぶりにごゆっくりお過ごし下さい。」
私が頭を下げると、皆も、一人ずつお別れの挨拶に来てくれた。
「那美様、本当に楽しい旅でございました。」
「機会があれば、また武勇話をいたしましょうね。」
隊員たちは、伊月さんにも挨拶をして一人ずつ帰路についていった。
清十郎さんも、「それでは、私もこれで。」と、言ったので、お礼を言って見送った。
「さて、私たちも帰るか。」
伊月さんと平八郎さんと一緒に、伊月さんの屋敷に戻ると、懐かしい顔が出迎えてくれた。
「主、那美様、お帰りなさいませ。」
「源次郎さん、お久しぶりです!」
「留守はどうだったか?」
「何事も滞りなく、ご心配されるようなことはありません。」
「よし。」
「湯の準備も食事の準備もございますが、どうしますか。」
「先に飯にしよう。さっきから那美どのの腹がなっている。」
「す、すみません…。」
隊員さんたちが解散したあたりで、私のお腹の虫が盛大に鳴いた。
「ははは。只今食事をお持ちします。」
恥ずかしくてうつむいていると、平八郎さんが私の顔を覗き込んだ。
「恥ずかしがらなくても大丈夫ですよ。那美様のお腹の音は可愛らしいです。」
「そ、そんな頑張ってフォローしなくてもいいですよ。」
「ふぉろ?」
私のお腹の虫のせいで、旅装を解く前に、夕食となった。
「んー、このお煮しめ、味が染みてて美味しいです。」
「那美様の料理にはかないませんが、褒めて頂いて良かったです。」
久しぶりに見る源次郎さんは、この家を一人で任されていたからか、少しだけ貫禄がついたように思えた。
「それにしても、那美様は従四位上に叙せられたそうですね。」
「でも、それがどういうことなのか、私にはさっぱりです。今までと何も変わらないですよ?」
「亜の国主も従四位上ですよ。生田様と同じお立場です。」
「そ、そうなんですか?」
伊月さんを見ると、伊月さんが大きく頷いた。
「ああ。これで、国主も那美どのにやすやすと手を出せまい。」
源次郎さんが付け足す。
「暗殺はできなくなりましたね。帝の参与であるというなら、なおさらです。」
従四位上に叙すって、でかでかと書いてある紙を受け取っただけなのに、生田から命を狙われにくくなるという効果があるなんてびっくりだ。
もしかして、それを見越してオババ様も伊月さんも、この旅に行くように進言したのかな。
そういう事とは知らずに帝との問答会が辛いって文句言ってた自分が浅はかで恥ずかしいな。
「因みに主は無位ですから、那美様にはますます頭が上がりませんね。」
「え?」
源次郎さんが笑って言った。
「私が那美どのに頭が上がらないのは元々だ」
伊月さんが言う。
「そ、そんな、まるで私が伊月さんのこと尻に敷いているような…」
「そうではないのですか?」
源次郎さんが、ニヤっと、口の端を釣り上げて笑った。
「まさしくその通りだ。」
「い、伊月さんまで!」
私たちが軽口を言い合っていると、はぁぁぁ、と、平八郎さんの大きなため息が聞こえた。
「へ、平八郎、どうした?」
源次郎さんが心配そうに言った。
「私は主と那美様がとてもうらやましく思います。いつも仲睦まじく、相思相愛です。主も那美様のような方から尻に敷いてもらえるのは幸せですねぇ。」
「え?」
私は平八郎さんの意外な反応にどう答えていいか分からなかった。
いつになく真剣な表情で言うから、冗談を言っているようにも見えなかった。
「へ、平八郎、お前も長旅で疲れただろう。そろそろ、部屋で休め!」
源次郎さんが平八郎さんが食事を終えているのを確認して、部屋に促す。
「あ、でも片付けを…」
「いや、いい。片付けは私がやるから、ほら、旅装を解いてゆっくりしろ。」
「で、では、お先に失礼します…。」
「あ、平八郎さん、お休みなさい。旅の間、本当にありがとうございました。」
「いえ、那美様のお供が出来て、幸せでした。お休みなさい。主、先に失礼します。」
「ああ、ゆっくり休め。」
半ば強引に源次郎さんが平八郎さんを引っ張って連れて行ってまた戻って来た。
「片付けは私がします。主も那美様も湯殿にどうぞ。」
「那美どの、後は源次郎に任せて私たちも旅装を解こう。」
伊月さんは私の手を取って廊下に促がした。
「湯殿には湯帷子を二組置いております。」
「お、気が利くな、源次郎。」
伊月さんが嬉しそうに言った。
「げ、源次郎さん、ありがとうございます。御馳走様でした!」
伊月さんに引っ張られながら、私は湯殿に連れて行かれた。