「風鈴寺に着きましたよ。」
東三条さんの声がして、外に出ると、そこは立派なお寺の門の前だった。
門の中から、チリチリと涼やかな風鈴の音が聞こえてくる。
「わぁ!素敵!」
門をくぐると、境内に歩くまでの道に、アーチのように竹枠が組まれていて、その竹枠に所狭しと風鈴が飾られている。
一歩足を踏み入れると、風鈴を見上げながら歩く、まるで、風鈴のトンネルだ。
「皆、花風鈴小径と呼んでいます。」
東三条さんが説明してくれる。
透明のガラスの風鈴の中には花弁が詰め込んであって、花が水の玉の中に閉じ込められているようにも見える。
目で見ても涼やか、耳で聞いても涼やかだった。
「都の蒸し暑さが吹き飛ぶようですね。」
平八郎さんも目をキラキラと輝かせている。
風鈴を楽しみながら、境内までのんびり歩き、お参りを済ませると、住職が客殿に案内してくれた。
「きゃー! 何これ、可愛い!!!」
私は案内された客殿に入った瞬間、思わず、叫んだ。
床の間にある窓がハート型にくりぬかれていたのだ。
そこから日の光が入り、床にもハート型の陽だまりが出来ている。
「これは猪の目窓といいます。猪の目の模様を模した形ですので。」
住職が説明してくれた。
「猪の目は魔除けの文様なのですよ。」
「魔除け、なのですか。」
ハートの意味とは随分違うのにびっくりする。
住職に促され、部屋の中に座ると、天井に目が行った。
「わぁ、天井まで可愛い!」
客殿の天井には丸形の天井絵が所狭しと敷き詰められていて、それぞれの丸形に、花や風景や文様が描かれている。
可愛らしい色合いでまとめられた天井絵に思わずため息がもれる。
「なんて素敵なお部屋!」
「いかにも女の人が好みそうな可愛らしい意匠のお部屋ですね。」
平八郎さんもいつものエンジェルスマイルで言った。
「窓から見える庭の景色もいいですねー。」
平八郎さんもはしゃいでいるのがわかる。
そのうちに住職が抹茶とお茶菓子を持って来てくれて、私たちは一服しながら雑談を楽しんだ。
私は隣でお茶を飲む伊月さんにこそっと耳打ちした。
「私のいた世界では、あの形はハートって言って、心とか、愛とかを表す形なんです。」
「そうか。魔除けとは随分違う意味だな。」
「でしょう? だから、魔除けって、びっくりしました。」
そこにトヨさんがニコニコしながら聞いてきた。
「那美様は、あの天井絵の中で気になる文様がございますか?」
「そうですね、あの文様は何でしょう?」
私はふと気になったものを指す。
「あれは青海波といいまして、果てしなく続く海の波を模したものです。平穏な日常が海の波のように永久に続きますようにという願いが込められているのですよ。」
「まあ、素敵ですね! じゃあ、あれは?」
質問攻めにする私に東三条さんとトヨさんが色々と教えてくれた。
「それから、あれは、桔梗の花を模した文様です。那美様の髪飾りと一緒ですね。」
「あ、はい。桔梗、可愛いですよね。」
私は伊月さんにもらった髪飾りをそっと触った。
「桔梗の花言葉は永遠の愛です。二心なき、誠実な愛の印にございます。」
「え? そうなんですか?」
「ゴホッ、ゴホッゴホゴホ。」
伊月さんがお茶を飲みながらむせ始めた。
「だ、大丈夫ですか?」
私は思わず、伊月さんの背中をさすった。
「だ、大丈夫だ。すまん。」
東三条さんがニコニコとしながら続ける。
「その髪飾りを那美様に贈られた方は本当に那美様を想っておいでなのですね。」
「え…。」
私は恥ずかしくなってうつむいた。
耳が熱く感じたから、きっと赤くなっていたのだろう。
―――
風鈴寺の次に、東三条さんとトヨさんは、私たちを商店街に連れて行ってくれた。
所狭しと土産物屋が並ぶ通りに来た。
清十郎さんも、平八郎さんも、都の思い出に、何かお土産を買っていたみたいだった。
私も、夕凪ちゃんやお仙さんたちにお土産を買った。
「伊月さんは何も買わないのですか?」
「別に土産を買ってやる者がおらんからな。」
「いるじゃないですか!」
「は?」
「正次さんと、源次郎さん!」
「いや、あいつらは...」
「平八郎さんは何か買っていましたよ。源次郎さんに。」
「しかし、あいつらが欲しい物など、皆目見当もつかぬ。金をやれば勝手に欲しい物を買うだろう。」
伊月さんはとても現実的な考え方をする人だ。
でも、都には都でしか買えない何かがあるはずだ。
「また、そんなこと言ってぇ。お酒なんてどうです?亜の国では飲めない地酒なら珍しいんじゃないですか? お金があってもなかなか手に入らないじゃないでしょう?」
「まぁ、そ、そうだな。」
私は半ば強引に伊月さんの袖を引いて、酒屋に入った。
酒屋の店主に事情を説明して、都でしか手に入らないお酒を見繕ってもらう。
「どのような味がお好みですか?」
「正次さんは辛口でスッキリしたもの。源次郎さんは少し甘くてまろやかなもの。ですよね?伊月さん?」
「そ、そうなのか? 知らんかった。何故、那美どのが知っている?」
「だって、タカオ山での宴でも、武術大会でも一緒に飲んだじゃないですか。」
「そ、そうか…、そのたった二回で…。」
酒屋の店主は笑いながら「やはり女人の情報収集能力は優れていますねぇ」と言った。
酒屋を出ると、源次郎さんも清十郎さんも風呂敷いっぱいに買い物したものを抱えていた。
―― ふふふ。楽しそうで良かった。
この後、東三条さんたちは夕ご飯にと、私たちを豪華な料亭に連れて行ってくれて、フルコースの会席を堪能した。
―― なんて贅沢な一日だろう。
帰りの牛車の中では、また伊月さんと二人きりになった。
「平八郎さんと清十郎さん、なかなか牛車に乗ってくれませんね。」
「まぁ、どちらかというと、歩く方が快適だからな。」
「確かに。狭いし、けっこう揺れますもんね。」
「牛車はたいてい重い衣装をまとった貴族が乗る物だ。」
「もしかして、伊月さんも歩きたいんですか?」
「まあ歩く方が性に合っているが、この機を逃すと、次はいつ那美どのとゆっくり話せるか分らんからな。」
「え?」
伊月さんは私の頬をそっと撫でて、そのままチュっと軽くキスをした。
―― 私と二人きりになりたくて牛車に乗ってるってこと?
嬉しくなって、伊月さんの肩に自分の頭を預けた。
そのまま伊月さんが私の肩を抱き寄せた。
―― そういえば…
「あのう、伊月さん、桔梗の花言葉、知っていたんですか?」
私は、偶然だと確信していた。
伊月さん、絶対、花言葉とか知ってるタイプではなさそう。
「し…知っていた。」
「ええええ? 本当ですか?」
私はびっくりして、ガバっと上半身を離して、伊月さんの顔を見た。
「…。」
伊月さんは目元を赤らめて、無言のまま目線をそらした。
「偶然だって思ってました。花言葉とか詳しい感じじゃないかなって。」
「源次郎が…あいつが花言葉に詳しく、私に色々と知恵をつけるのだ。」
伊月さんは目線をそらしたままボソリと言った。
「私、花言葉、あまり詳しくなくて、気づきませんでした。えと、じゃ、じゃあ、永遠の愛って…」
「嫌だったか?」
「そんな...う、嬉しいです! すごく嬉しいです!」
―― どうしよう、キスしたい。ぎゅってしたい。
「あの、伊月さん…。」
「ん?」
私はたまらず、伊月さんにぎゅーっと抱きついた。
グラリ、と牛車が揺れた。
「な、那美どの?」
少しびっくりしながらも、伊月さんは抱きしめ返して、私の髪をそっと撫でてくれた。
「あの、もう一度、口づけしてくれませんか?」
恥ずかしさを押し込めていう。
「断る。」
「へ?」
きっぱり断られて、悲しくなった。
意図をさぐろうと伊月さんの目を覗き込む。
「今は那美どのにしてもらいたい。」
「え?」
伊月さんは、顔をぐいっと近づけた。
「ほら。早く。」
「じゃ、じゃあ、目を瞑って下さい。」
伊月さんは素直に目を瞑った。
―― まつ毛長い... 綺麗。
そう思いつつ、私から、そっと、口づけをする。
ゆっくり唇を離そうとすると、後頭部を手で押さえられた。
「全然、足りぬ。」
「で、でも…。」
伊月さんは逃がしてくれなかった。
「ほら、早くせぬと、手を離さんぞ。」
「うぅぅ。」
私は恥ずかしさを押し込めて、もう一度自分から口づけ、伊月さんの下唇をそっと噛んだ。
「もっと奥までだ。」
伊月さんはもう片方の手で私の頬を持って上向かせた。
「ほら、舌を出せ。」
私は言われるがままに舌を出して、自分から伊月さんの口の中に侵入する。
「ん…。」
私の舌は伊月さんの舌にすぐに絡めとられた。
牛車のすぐそばでは、人が歩く足音が聞こえるのに。
こんなことしてちゃダメだと思うのに。
伊月さんのされるがままになってしまった。
「んん…んっ...はっ」
ようやく解放され、最後にまた、チュっと軽いキスが落ちてきた。
「意地悪…」
「那美どのがそういう反応するのが悪い。」
伊月さんは人の悪い笑みを浮かべた。
でも、全然嫌じゃなくて困る。
「あ、主!」
イチャイチャして二人の世界に入っていたら、牛車の外から清十郎さんの声がした。
牛車が止まる前に伊月さんはサッと屋形から出た。
その瞬間に、牛車が止まり、周りが騒がしくなった。
私も慌てて外に出ると、東三条さんの護衛の人たちが騒然としていた。
東三条さんの声がして、外に出ると、そこは立派なお寺の門の前だった。
門の中から、チリチリと涼やかな風鈴の音が聞こえてくる。
「わぁ!素敵!」
門をくぐると、境内に歩くまでの道に、アーチのように竹枠が組まれていて、その竹枠に所狭しと風鈴が飾られている。
一歩足を踏み入れると、風鈴を見上げながら歩く、まるで、風鈴のトンネルだ。
「皆、花風鈴小径と呼んでいます。」
東三条さんが説明してくれる。
透明のガラスの風鈴の中には花弁が詰め込んであって、花が水の玉の中に閉じ込められているようにも見える。
目で見ても涼やか、耳で聞いても涼やかだった。
「都の蒸し暑さが吹き飛ぶようですね。」
平八郎さんも目をキラキラと輝かせている。
風鈴を楽しみながら、境内までのんびり歩き、お参りを済ませると、住職が客殿に案内してくれた。
「きゃー! 何これ、可愛い!!!」
私は案内された客殿に入った瞬間、思わず、叫んだ。
床の間にある窓がハート型にくりぬかれていたのだ。
そこから日の光が入り、床にもハート型の陽だまりが出来ている。
「これは猪の目窓といいます。猪の目の模様を模した形ですので。」
住職が説明してくれた。
「猪の目は魔除けの文様なのですよ。」
「魔除け、なのですか。」
ハートの意味とは随分違うのにびっくりする。
住職に促され、部屋の中に座ると、天井に目が行った。
「わぁ、天井まで可愛い!」
客殿の天井には丸形の天井絵が所狭しと敷き詰められていて、それぞれの丸形に、花や風景や文様が描かれている。
可愛らしい色合いでまとめられた天井絵に思わずため息がもれる。
「なんて素敵なお部屋!」
「いかにも女の人が好みそうな可愛らしい意匠のお部屋ですね。」
平八郎さんもいつものエンジェルスマイルで言った。
「窓から見える庭の景色もいいですねー。」
平八郎さんもはしゃいでいるのがわかる。
そのうちに住職が抹茶とお茶菓子を持って来てくれて、私たちは一服しながら雑談を楽しんだ。
私は隣でお茶を飲む伊月さんにこそっと耳打ちした。
「私のいた世界では、あの形はハートって言って、心とか、愛とかを表す形なんです。」
「そうか。魔除けとは随分違う意味だな。」
「でしょう? だから、魔除けって、びっくりしました。」
そこにトヨさんがニコニコしながら聞いてきた。
「那美様は、あの天井絵の中で気になる文様がございますか?」
「そうですね、あの文様は何でしょう?」
私はふと気になったものを指す。
「あれは青海波といいまして、果てしなく続く海の波を模したものです。平穏な日常が海の波のように永久に続きますようにという願いが込められているのですよ。」
「まあ、素敵ですね! じゃあ、あれは?」
質問攻めにする私に東三条さんとトヨさんが色々と教えてくれた。
「それから、あれは、桔梗の花を模した文様です。那美様の髪飾りと一緒ですね。」
「あ、はい。桔梗、可愛いですよね。」
私は伊月さんにもらった髪飾りをそっと触った。
「桔梗の花言葉は永遠の愛です。二心なき、誠実な愛の印にございます。」
「え? そうなんですか?」
「ゴホッ、ゴホッゴホゴホ。」
伊月さんがお茶を飲みながらむせ始めた。
「だ、大丈夫ですか?」
私は思わず、伊月さんの背中をさすった。
「だ、大丈夫だ。すまん。」
東三条さんがニコニコとしながら続ける。
「その髪飾りを那美様に贈られた方は本当に那美様を想っておいでなのですね。」
「え…。」
私は恥ずかしくなってうつむいた。
耳が熱く感じたから、きっと赤くなっていたのだろう。
―――
風鈴寺の次に、東三条さんとトヨさんは、私たちを商店街に連れて行ってくれた。
所狭しと土産物屋が並ぶ通りに来た。
清十郎さんも、平八郎さんも、都の思い出に、何かお土産を買っていたみたいだった。
私も、夕凪ちゃんやお仙さんたちにお土産を買った。
「伊月さんは何も買わないのですか?」
「別に土産を買ってやる者がおらんからな。」
「いるじゃないですか!」
「は?」
「正次さんと、源次郎さん!」
「いや、あいつらは...」
「平八郎さんは何か買っていましたよ。源次郎さんに。」
「しかし、あいつらが欲しい物など、皆目見当もつかぬ。金をやれば勝手に欲しい物を買うだろう。」
伊月さんはとても現実的な考え方をする人だ。
でも、都には都でしか買えない何かがあるはずだ。
「また、そんなこと言ってぇ。お酒なんてどうです?亜の国では飲めない地酒なら珍しいんじゃないですか? お金があってもなかなか手に入らないじゃないでしょう?」
「まぁ、そ、そうだな。」
私は半ば強引に伊月さんの袖を引いて、酒屋に入った。
酒屋の店主に事情を説明して、都でしか手に入らないお酒を見繕ってもらう。
「どのような味がお好みですか?」
「正次さんは辛口でスッキリしたもの。源次郎さんは少し甘くてまろやかなもの。ですよね?伊月さん?」
「そ、そうなのか? 知らんかった。何故、那美どのが知っている?」
「だって、タカオ山での宴でも、武術大会でも一緒に飲んだじゃないですか。」
「そ、そうか…、そのたった二回で…。」
酒屋の店主は笑いながら「やはり女人の情報収集能力は優れていますねぇ」と言った。
酒屋を出ると、源次郎さんも清十郎さんも風呂敷いっぱいに買い物したものを抱えていた。
―― ふふふ。楽しそうで良かった。
この後、東三条さんたちは夕ご飯にと、私たちを豪華な料亭に連れて行ってくれて、フルコースの会席を堪能した。
―― なんて贅沢な一日だろう。
帰りの牛車の中では、また伊月さんと二人きりになった。
「平八郎さんと清十郎さん、なかなか牛車に乗ってくれませんね。」
「まぁ、どちらかというと、歩く方が快適だからな。」
「確かに。狭いし、けっこう揺れますもんね。」
「牛車はたいてい重い衣装をまとった貴族が乗る物だ。」
「もしかして、伊月さんも歩きたいんですか?」
「まあ歩く方が性に合っているが、この機を逃すと、次はいつ那美どのとゆっくり話せるか分らんからな。」
「え?」
伊月さんは私の頬をそっと撫でて、そのままチュっと軽くキスをした。
―― 私と二人きりになりたくて牛車に乗ってるってこと?
嬉しくなって、伊月さんの肩に自分の頭を預けた。
そのまま伊月さんが私の肩を抱き寄せた。
―― そういえば…
「あのう、伊月さん、桔梗の花言葉、知っていたんですか?」
私は、偶然だと確信していた。
伊月さん、絶対、花言葉とか知ってるタイプではなさそう。
「し…知っていた。」
「ええええ? 本当ですか?」
私はびっくりして、ガバっと上半身を離して、伊月さんの顔を見た。
「…。」
伊月さんは目元を赤らめて、無言のまま目線をそらした。
「偶然だって思ってました。花言葉とか詳しい感じじゃないかなって。」
「源次郎が…あいつが花言葉に詳しく、私に色々と知恵をつけるのだ。」
伊月さんは目線をそらしたままボソリと言った。
「私、花言葉、あまり詳しくなくて、気づきませんでした。えと、じゃ、じゃあ、永遠の愛って…」
「嫌だったか?」
「そんな...う、嬉しいです! すごく嬉しいです!」
―― どうしよう、キスしたい。ぎゅってしたい。
「あの、伊月さん…。」
「ん?」
私はたまらず、伊月さんにぎゅーっと抱きついた。
グラリ、と牛車が揺れた。
「な、那美どの?」
少しびっくりしながらも、伊月さんは抱きしめ返して、私の髪をそっと撫でてくれた。
「あの、もう一度、口づけしてくれませんか?」
恥ずかしさを押し込めていう。
「断る。」
「へ?」
きっぱり断られて、悲しくなった。
意図をさぐろうと伊月さんの目を覗き込む。
「今は那美どのにしてもらいたい。」
「え?」
伊月さんは、顔をぐいっと近づけた。
「ほら。早く。」
「じゃ、じゃあ、目を瞑って下さい。」
伊月さんは素直に目を瞑った。
―― まつ毛長い... 綺麗。
そう思いつつ、私から、そっと、口づけをする。
ゆっくり唇を離そうとすると、後頭部を手で押さえられた。
「全然、足りぬ。」
「で、でも…。」
伊月さんは逃がしてくれなかった。
「ほら、早くせぬと、手を離さんぞ。」
「うぅぅ。」
私は恥ずかしさを押し込めて、もう一度自分から口づけ、伊月さんの下唇をそっと噛んだ。
「もっと奥までだ。」
伊月さんはもう片方の手で私の頬を持って上向かせた。
「ほら、舌を出せ。」
私は言われるがままに舌を出して、自分から伊月さんの口の中に侵入する。
「ん…。」
私の舌は伊月さんの舌にすぐに絡めとられた。
牛車のすぐそばでは、人が歩く足音が聞こえるのに。
こんなことしてちゃダメだと思うのに。
伊月さんのされるがままになってしまった。
「んん…んっ...はっ」
ようやく解放され、最後にまた、チュっと軽いキスが落ちてきた。
「意地悪…」
「那美どのがそういう反応するのが悪い。」
伊月さんは人の悪い笑みを浮かべた。
でも、全然嫌じゃなくて困る。
「あ、主!」
イチャイチャして二人の世界に入っていたら、牛車の外から清十郎さんの声がした。
牛車が止まる前に伊月さんはサッと屋形から出た。
その瞬間に、牛車が止まり、周りが騒がしくなった。
私も慌てて外に出ると、東三条さんの護衛の人たちが騒然としていた。