酒呑童子の侵入事件のお陰?で、伊月さんたちの寝所が、同じ建物内に移された。
護衛隊の皆とも一緒に食事したりできるようになったのだけど、この朝餉の場に伊月さんはいなかった。
清十郎さんいわく、一晩中寝ずの番をしてくれていたらしい伊月さんは、明け方から仮眠を取っているそうだ。
―― 伊月さんにはいつも守られているな。少しでも休んでほしいのにな。
「心配はご無用ですよ。昼近くまで寝れば睡眠は十分に取り戻せます。」
清十郎さんが言ってくれる。
「那美様がご無事で本当に良かったです。一時はどうなることかと…。」
平八郎さんが青ざめた顔で言った。
「よう! 俺にも飯をくれ。」
そこに、珍しい人がズカズカと入って来た。
「あ、八咫烏さん、お久しぶりです。於の国で見た以来ですね。」
迎賓宮の女官たちは色めき立って、いそいそと八咫烏さんに膳の用意を始める。
「俺がいなくて寂しかったか?」
私と清十郎さんの間にドカッと座って、八咫烏さんが私の顔をのぞきこんだ。
「あ、大丈夫です。寂しいとかではなかったです。」
「失礼なことを即答するな。」
八咫烏さんは何事もなかったかのようにそのまま朝餉を食べ始めた。
「お前、酒呑童子にさらわれようとしたんだってな。」
「本当にさらうつもりだったかは謎ですが、昨日、寝所に入られました。八咫烏さんのこと、知っているような感じだったんですが、お知合いですか?」
「知り合いというか、俺は一応、神使だからな。あやかし全般には知られているし、恐れられている。」
「はぁ、何か、意外です。」
「何故だ。俺はこう見えて、霊験あらたかな神の使いだぞ。見目麗しいだけでなく…」
「あの、八咫烏様…」
力説している八咫烏さんの周りに女官が集まって来た。
今日の予定は決まっているのかとか、歌を詠むのが好きかとか、色々と質問攻めに合っている。
―― ふふふ。いつもの光景だな。
私はさっさと朝餉を終えて、昨日書いた文を女官の一人に出してもらうようにお願いした。
それから、もう一つ女官にお願いをした。
―――
予定通り、東三条さんがトヨさんを引き連れて、昼ごろに現れた。
「東三条さん、トヨさん、お久しぶりです!」
「那美様、お久しぶりです。都までお越しいただき、ありがとうございます。あ、これは、共舘様。」
そこに、仮眠から起きて準備を整えた伊月さんがやって来た。
昨日の夜、私の部屋に駆けつけてきてくれた時は、ラフな着流し姿だったのだけど、今日はしっかり袴をはいて、キッチリした格好をしている。
―― はぁ。今日もかっこいい。
東三条さんは私達を見るなり、昨日の酒呑童子のことを詫びた。
「お恥ずかしながら、都では武官が不足しています。」
「そうなんですか?」
「はい。帝をお守りするだけで精一杯の武官しかおりません。面目次第もなく…」
「大丈夫ですよ。伊月さんたちが守ってくれていますから。伊月さんたち、すっごく強いんです。」
東三条さんは私の言葉にニッコリ微笑んだ。
「さて、今日は、都をご案内します。まずは風鈴寺にご案内します。」
「風鈴寺?」
「はい。女性に人気の観光地ですよ。」
「わぁ楽しみです!」
東三条さんの護衛隊も入れると相当な人数での移動になりそうなので、伊月さんは、清十郎さんと平八郎さん以外の隊員には自由行動を命じた。
隊員の皆さんも自由に都を見て回れることになり、嬉しそうだった。
家族にお土産を買いに行くと話していたり、有名な観光スポットに行く予定を立てている。
八咫烏さんは相変わらず女官に取り囲まれているので放っておくことにするらしい。
―― 皆も少しは楽しんでくれないと、ずっと護衛や戦いばかりじゃ疲れちゃうよね。
東三条さんは、牛車を二つ用意してくれていて、そのうちの一つを私達が使うように言って、自分とトヨさんはもう一つの牛車に乗り込んだ。
牛車の屋形は4人乗りだけど、平八郎さんと清十郎さんは歩くと言って聞かなくて、結局、車に乗ったのは私と伊月さんだけだった。
狭い屋形の中に伊月さんと二人きりになり、胸が高鳴り始める。
「伊月さん…。」「那美どの…。」
私達は二人同時に口を開いた。
「な、何ですか? 伊月さんから、言って下さい。」
「あ、いや、その着物を着てくれたのだなと思って。」
「あ、はい。」
私がまだ尽世に来てすぐのころに、伊月さんが生活に必要そうなものを大量にくれたのだけど、その中に入っていた、夏用の絽の着物を今日はじめておろした。
季節としてはもうずっと前におろしてもよかったのだけど、とても質の良い着物なので、日ごろ家事をしたり、手習い所でバタバタ働くのに、この着物を着るのは勿体ないな、と思っていた。
「伊月さんがくれた、この着物、今日みたいなお出かけの時に、ちょうどいいかなって思って。ありがとうございます。」
「あ、いや…。その、綺麗だ。」
「あ、ありがとうございます。」
お酒も飲んでないのに、今日は珍しくド直球でほめられて、思わず顔がゆるんだ。
「那美どのは何を言おうとしていた?」
「伊月さん、少しは休めたのかなって気になってて。」
「ああ。十分に寝た。」
伊月さんの顔色は良さそうだ。
「よかったです。それから、これ…」
私はさっき女官にお願いして用意したものを渡した。
「弁当?」
「はい。伊月さん、朝ごはん食べなかったから。」
亜や伊では皆、朝、昼、夜と三食ご飯を食べるのだけど、都では、基本、お昼ご飯を食べない風習だと聞いた。
今日は、東三条さんが都案内をしてくれるので、お昼ご飯を食べられない可能性が高い。
私や皆はしっかり朝ごはんを沢山食べたから、一食くらい抜いても平気だけど、伊月さんは朝ごはんも食べずに夜までは辛いよね。
「いや、結構、腹が減っていたので助かる!」
伊月さんは嬉しそうにそう言って、さっそくおにぎりを取り出し、ほおばり始めた。
「ん…うまいな。」
「ふふふ。よかったです。けっこう無理矢理台所を使わせてもらったので、女官たちがびっくりしていました。」
「那美どのが作ったのか?」
「はい。余っていた食材を使わせてもらったので、ありあわせですけど。」
伊月さんは、うまいうまいと言いながら、お弁当を食べている。
気に入ってくれたみたいで良かった。
「那美どのの作るものはいつも美味いな。」
「それは良かったです。」
―― きゃ!
その時、牛車がガタンと大きく揺れた。
車輪が石ころか何かを踏んだのだろう。
「あ、伊月さん、ほっぺにご飯ついちゃいましたよ。ふふ。」
「ここか?」
「いえいえ、そっちです。」
私は伊月さんの方に身を乗り出した。
「取ってあげます。」
そう言って、伊月さんの頬に手を伸ばして、ごはんを取った。
その瞬間、伊月さんが私の手を取って、そのままご飯粒を取った私の指をペロリと舐めた。
「な、何するんですか?」
「飯粒を食った。」
伊月さんはニヤっと笑った。
「もう…。」
お弁当を食べ終えて、不意に伊月さんが私の手を取った。
「誠に美味しかった。ありがとう。」
「完食してくれて嬉しいです。」
「いつかそなたには、きちんとした侍女をつけてやれるようにする。」
「へ?」
いきなり話題が飛んで私は目をぱちくりした。
「あの、迎賓宮の女官のような人たちですか?」
「いや。なよなよした都の女官のような者ではなく、いざとなったら戦えるような武家の出身の者がいいな。」
きっと伊月さんは夜の警備のことを考えているのだろう。
「とにかく、まずは一人から、となるが、女中もいれると、ゆくゆくは4,50人くらいだろうか...」
「そ、そんなに人、いるんですか? きゃ!」
ガタン、ガタンと牛車が揺れて、止まった。
目的地に着いたらしい。
伊月さんは私の手を握っていた手に力を込めた。
「とにかく、いつか、きちんとした侍女をつけてやれるように頑張る。それまで、辛抱してくれるか?」
「あ、は、はい? ありがとうございます?」
よく分からないけど、真剣な面持ちの伊月さんに返事をすると、嬉しそうに頬を緩ませていた。
護衛隊の皆とも一緒に食事したりできるようになったのだけど、この朝餉の場に伊月さんはいなかった。
清十郎さんいわく、一晩中寝ずの番をしてくれていたらしい伊月さんは、明け方から仮眠を取っているそうだ。
―― 伊月さんにはいつも守られているな。少しでも休んでほしいのにな。
「心配はご無用ですよ。昼近くまで寝れば睡眠は十分に取り戻せます。」
清十郎さんが言ってくれる。
「那美様がご無事で本当に良かったです。一時はどうなることかと…。」
平八郎さんが青ざめた顔で言った。
「よう! 俺にも飯をくれ。」
そこに、珍しい人がズカズカと入って来た。
「あ、八咫烏さん、お久しぶりです。於の国で見た以来ですね。」
迎賓宮の女官たちは色めき立って、いそいそと八咫烏さんに膳の用意を始める。
「俺がいなくて寂しかったか?」
私と清十郎さんの間にドカッと座って、八咫烏さんが私の顔をのぞきこんだ。
「あ、大丈夫です。寂しいとかではなかったです。」
「失礼なことを即答するな。」
八咫烏さんは何事もなかったかのようにそのまま朝餉を食べ始めた。
「お前、酒呑童子にさらわれようとしたんだってな。」
「本当にさらうつもりだったかは謎ですが、昨日、寝所に入られました。八咫烏さんのこと、知っているような感じだったんですが、お知合いですか?」
「知り合いというか、俺は一応、神使だからな。あやかし全般には知られているし、恐れられている。」
「はぁ、何か、意外です。」
「何故だ。俺はこう見えて、霊験あらたかな神の使いだぞ。見目麗しいだけでなく…」
「あの、八咫烏様…」
力説している八咫烏さんの周りに女官が集まって来た。
今日の予定は決まっているのかとか、歌を詠むのが好きかとか、色々と質問攻めに合っている。
―― ふふふ。いつもの光景だな。
私はさっさと朝餉を終えて、昨日書いた文を女官の一人に出してもらうようにお願いした。
それから、もう一つ女官にお願いをした。
―――
予定通り、東三条さんがトヨさんを引き連れて、昼ごろに現れた。
「東三条さん、トヨさん、お久しぶりです!」
「那美様、お久しぶりです。都までお越しいただき、ありがとうございます。あ、これは、共舘様。」
そこに、仮眠から起きて準備を整えた伊月さんがやって来た。
昨日の夜、私の部屋に駆けつけてきてくれた時は、ラフな着流し姿だったのだけど、今日はしっかり袴をはいて、キッチリした格好をしている。
―― はぁ。今日もかっこいい。
東三条さんは私達を見るなり、昨日の酒呑童子のことを詫びた。
「お恥ずかしながら、都では武官が不足しています。」
「そうなんですか?」
「はい。帝をお守りするだけで精一杯の武官しかおりません。面目次第もなく…」
「大丈夫ですよ。伊月さんたちが守ってくれていますから。伊月さんたち、すっごく強いんです。」
東三条さんは私の言葉にニッコリ微笑んだ。
「さて、今日は、都をご案内します。まずは風鈴寺にご案内します。」
「風鈴寺?」
「はい。女性に人気の観光地ですよ。」
「わぁ楽しみです!」
東三条さんの護衛隊も入れると相当な人数での移動になりそうなので、伊月さんは、清十郎さんと平八郎さん以外の隊員には自由行動を命じた。
隊員の皆さんも自由に都を見て回れることになり、嬉しそうだった。
家族にお土産を買いに行くと話していたり、有名な観光スポットに行く予定を立てている。
八咫烏さんは相変わらず女官に取り囲まれているので放っておくことにするらしい。
―― 皆も少しは楽しんでくれないと、ずっと護衛や戦いばかりじゃ疲れちゃうよね。
東三条さんは、牛車を二つ用意してくれていて、そのうちの一つを私達が使うように言って、自分とトヨさんはもう一つの牛車に乗り込んだ。
牛車の屋形は4人乗りだけど、平八郎さんと清十郎さんは歩くと言って聞かなくて、結局、車に乗ったのは私と伊月さんだけだった。
狭い屋形の中に伊月さんと二人きりになり、胸が高鳴り始める。
「伊月さん…。」「那美どの…。」
私達は二人同時に口を開いた。
「な、何ですか? 伊月さんから、言って下さい。」
「あ、いや、その着物を着てくれたのだなと思って。」
「あ、はい。」
私がまだ尽世に来てすぐのころに、伊月さんが生活に必要そうなものを大量にくれたのだけど、その中に入っていた、夏用の絽の着物を今日はじめておろした。
季節としてはもうずっと前におろしてもよかったのだけど、とても質の良い着物なので、日ごろ家事をしたり、手習い所でバタバタ働くのに、この着物を着るのは勿体ないな、と思っていた。
「伊月さんがくれた、この着物、今日みたいなお出かけの時に、ちょうどいいかなって思って。ありがとうございます。」
「あ、いや…。その、綺麗だ。」
「あ、ありがとうございます。」
お酒も飲んでないのに、今日は珍しくド直球でほめられて、思わず顔がゆるんだ。
「那美どのは何を言おうとしていた?」
「伊月さん、少しは休めたのかなって気になってて。」
「ああ。十分に寝た。」
伊月さんの顔色は良さそうだ。
「よかったです。それから、これ…」
私はさっき女官にお願いして用意したものを渡した。
「弁当?」
「はい。伊月さん、朝ごはん食べなかったから。」
亜や伊では皆、朝、昼、夜と三食ご飯を食べるのだけど、都では、基本、お昼ご飯を食べない風習だと聞いた。
今日は、東三条さんが都案内をしてくれるので、お昼ご飯を食べられない可能性が高い。
私や皆はしっかり朝ごはんを沢山食べたから、一食くらい抜いても平気だけど、伊月さんは朝ごはんも食べずに夜までは辛いよね。
「いや、結構、腹が減っていたので助かる!」
伊月さんは嬉しそうにそう言って、さっそくおにぎりを取り出し、ほおばり始めた。
「ん…うまいな。」
「ふふふ。よかったです。けっこう無理矢理台所を使わせてもらったので、女官たちがびっくりしていました。」
「那美どのが作ったのか?」
「はい。余っていた食材を使わせてもらったので、ありあわせですけど。」
伊月さんは、うまいうまいと言いながら、お弁当を食べている。
気に入ってくれたみたいで良かった。
「那美どのの作るものはいつも美味いな。」
「それは良かったです。」
―― きゃ!
その時、牛車がガタンと大きく揺れた。
車輪が石ころか何かを踏んだのだろう。
「あ、伊月さん、ほっぺにご飯ついちゃいましたよ。ふふ。」
「ここか?」
「いえいえ、そっちです。」
私は伊月さんの方に身を乗り出した。
「取ってあげます。」
そう言って、伊月さんの頬に手を伸ばして、ごはんを取った。
その瞬間、伊月さんが私の手を取って、そのままご飯粒を取った私の指をペロリと舐めた。
「な、何するんですか?」
「飯粒を食った。」
伊月さんはニヤっと笑った。
「もう…。」
お弁当を食べ終えて、不意に伊月さんが私の手を取った。
「誠に美味しかった。ありがとう。」
「完食してくれて嬉しいです。」
「いつかそなたには、きちんとした侍女をつけてやれるようにする。」
「へ?」
いきなり話題が飛んで私は目をぱちくりした。
「あの、迎賓宮の女官のような人たちですか?」
「いや。なよなよした都の女官のような者ではなく、いざとなったら戦えるような武家の出身の者がいいな。」
きっと伊月さんは夜の警備のことを考えているのだろう。
「とにかく、まずは一人から、となるが、女中もいれると、ゆくゆくは4,50人くらいだろうか...」
「そ、そんなに人、いるんですか? きゃ!」
ガタン、ガタンと牛車が揺れて、止まった。
目的地に着いたらしい。
伊月さんは私の手を握っていた手に力を込めた。
「とにかく、いつか、きちんとした侍女をつけてやれるように頑張る。それまで、辛抱してくれるか?」
「あ、は、はい? ありがとうございます?」
よく分からないけど、真剣な面持ちの伊月さんに返事をすると、嬉しそうに頬を緩ませていた。