()の国ではのんびりと物見遊山で移動して、お祭りに行ったりもしたけど、
二日目からは()の国境を超え、()の国境に入るので、伊月(いつき)さん率いる護衛隊は軽く武装をしていた。

()の国と()の国の国交は今断絶していて情報が入りにくい。八咫烏(やたがらす)に先を見てもらっているが、万一のために備えているのだ。」

伊月(いつき)さんの説明通り、隊は必要以上に休憩を取らず、できるだけ山野を避け、次の宿場へと急いだ。
()の国は、()()の国に比べて明らかに貧しいようだ。
田畑は枯れて、人々が痩せている。
私たちの行列を見て、物乞いをしてくる人もいた。

「あの山はどうしても超えなければいかぬ。」

ずっと山や森を避けていたけど、どうしてもそこを通らないと都には行けないらしい。
伊月(いつき)さんは先に八咫烏(やたがらす)さんに飛んでもらって、状況を確認した。
しばらく山道を進むと、八咫烏(やたがらす)さんが戻ってきた。

丑寅(うしとら)の方角から山賊が来るぞ。27人。馬はない。」

と、言った。

「地の利は向こうにある。逃げるには間に合わん。迎え撃つぞ。」

伊月(いつき)さんが指示を出して、私を(かご)に隠し、山肌を背に(かご)を置いた。
伊月(いつき)さんが黒毛にまたがり、刀を抜き、先頭に立った。
その左右に弓を持った平八郎(へいはちろう)さんと清十郎(せいじゅうろう)さんが陣取った。
他の人たちも荷物をおいて刀を抜き、私の(かご)の周りを囲んだ。

私は下げられた(かご)御簾(みす)の隙間から外をのぞく。
やがて「うぉおおおお」と、怒号が聞こえ、武器を持った集団が走って向かってきた。

―― こ、怖い!

まず平八郎(へいはちろう)さんと清十郎(せいじゅうろう)さんが弓を放ち、次に槍を持った人達が前に出て応戦するも、山賊との距離はすぐに縮まった。

平八郎(へいはちろう)さんも、清十郎(せいじゅうろう)さんも、ついに刀を抜き、前に走って出て行く。
ガキン、ガキンと金属のぶつかる音がして、二人とも接近戦になった。
平八郎(へいはちろう)さんは、ぶつかった刀身で相手を押し倒し、相手の刀が地に落ちた。
平八郎(へいはちろう)さんは刀を失った相手にとどめを刺さずに、そこで躊躇(ちゅうちょ)した様子を見せた。
その瞬間、相手が(ふところ)から匕首(ひしゅ)を取り出し、平八郎(へいはちろう)さんに切り付けた。

―― あ、あぶない!

平八郎(へいはちろう)さんはとっさに後ろによけたが、匕首(ひしゅ)は腕に掠ったらしく、着物が割けた。
平八郎(へいはちろう)さんは、体のバランスを崩し、後ろに倒れこんで、尻もちをついた。
開いての男はそれを見逃さず、平八郎(へいはちろう)さんに襲い掛かる。

―― どうしよう! へ、平八郎(へいはちろう)さんが刺される!

その瞬間、伊月(いつき)さんが馬上から降りて、平八郎(へいはちろう)さんの前に走り出た。
そして、匕首(ひしゅ)を振り回す男の胴を切った。
鮮血が飛び散り、男は絶命して、平八郎さんの前に倒れた。

―― うっ

こんなに大量の血を見たのは、日本で通り魔に襲われそうになった時以来だ。
気持ち悪くなって吐きそうになるのを一生懸命に抑える。

「あ、(あるじ)・・・」

「ためらうな!そなたのためではない、ここにおる全員のためだ!」

伊月(いつき)さんが大きな声で平八郎(へいはちろう)さんを叱咤(しった)する。

「立て、平八郎(へいはちろう)清十郎(せいじゅうろう)、左右に付け。駆けるぞ!」

「は!」

伊月(いつき)さんがサッと黒毛にまたがり、横原を蹴った。
そのまま一直線に盗賊集団の中に突っ込んでいく。

―― 伊月(いつき)さん... 盗賊の頭領(とうりょう)を直接狙ってるの?

黒毛の左右を平八郎(へいはちろう)さんと清十郎(せいじゅうろう)さんが守り、伊月(いつき)さんは集団の最奥まで達する。
盗賊の頭領(とうりょう)伊月(いつき)さんがそのまま切りかかり、その男も応戦するけど、戦いぶりにあまりの差があった。
伊月(いつき)さんは向かってきた男の刀をよけながら、その腕をスパリと切り落とした。

「ぎゃぁぁぁあああああ!」

すごい悲鳴をあげ、その男は失った腕を見てパニック状態になっている。
伊月(いつき)さんはすぐさま下馬してもう片方の男の腕をねじり上げた。
他の盗賊たちはその悲鳴を聞いて、動きを止めた。

「皆の者、得物を捨てろ。さもなくば、この者の首を取る!」

伊月(いつき)さんは男の首に刀を当てた。

「降参すれば命は取らぬ!」

盗賊は皆、持っていた武器を地面に置いた。

「縄をかけろ!」

伊月(いつき)さんの号令で皆がうなだれる盗賊たちに縄をかけ縛り上げた。
盗賊の頭領(とうりょう)は、もうすでに意識がもうろうとしている。

「この者は止血をし、延命措置をしろ。」

「は。」

清十郎(せいじゅうろう)さんが腕を切り落とされた盗賊の頭領(とうりょう)に応急措置を施す。
伊月(いつき)さんはまた黒毛に乗って、私の所に駆けてきた。
御簾(みず)を開けて私の顔を見る。

「怪我はないか?」

「はい。誰もここまでたどり着きませんでした。」

「良し。もう少し待ってろ。」

伊月(いつき)さんはまた御簾(みす)を下し、集団の元に戻った。
生き残った盗賊たちは後ろ手に縄でしばられ、伊月(いつき)さんの前に座らさせられた。

「そなたらの頭領(とうりょう)はあのざまで話しができぬ。代わりは誰か。」

「俺だ。」

さっきまで盗賊の長の近くにいた男が言った。

「我が名は共館伊月(ともだていつき)。皇帝の客人として(みやこ)に参る途中だ。そなたらの仲間はここにいるだけか?」

男は不貞腐れたように何も答えない。
伊月(いつき)さんの家臣がその男の喉元に短刀を当てた。

「答えねば切る。」

「わかった。俺らの負けだ。」

男は観念したらしく、話し始めた。

「仲間はここにいるだけだ。」

「妻子はおらんのか?」

「それを聞いてどうする。」

「いれば保護する。」

「な、何?」

「そなたらも妻子を養うためにこんな事をしておるのだろう。」

伊月(いつき)さんの言葉を聞いて盗賊たちがざわめき始めた。

「名は何という?」

兵五郎(ひょうごろう)という。」

兵五郎(ひょうごろう)、そなたが私のために働くなら、飯を与え、妻子を養っても余りあるだけの扶持(ふち)を与える。どうか?」

私は話の流れが思わぬ方向に行っているので、びっくりしてそのまま聞き耳を立てた。

「そ、そんな虫のいい話、信じると思うのか? どうせ何かに利用しようとするのだろう。」

兵五郎(ひょうごろう)と名乗った男の疑いは当然の反応だった。

「利用するのはお互い様だ。互いの利害が一致すればいいではないか。そなたらは私のために働き、私は扶持(ふち)を与える。どうか?」

「お、お前のための働きと言うのはどういうものだ?」

「身を改め、侍となり、()の国において、ここにいる巫女と荷物の護衛をすること。」

伊月(いつき)さんは私の乗っている(かご)を指さす。

「それから()の国情を伊国(いこく)の私の手の者に定期的に伝えることだ。」

「お、俺らを侍にするっていうのか?」

「ああ。そなたらは()の国の者だが、私の配下とし、いずれ亜国(あこく)伊国(いこく)で働きに応じて家をもたせてやってもいい。全てはそなたらの働き次第だ。」

また盗賊団がざわつく。

「そう言って、お、俺らの妻子を売り飛ばす気ではないのか?」

「口約束で不安であれば起請文(きしょうもん)を書こう。」

起請文(きしょうもん)は神に誓いを立てる文章だ。

「ただし、一旦私の臣となれば、このような狼藉(ろうぜき)は一切許されんぞ。」

兵五郎(ひょうごろう)と言った男の人は少し考えたように言った。

「しばし、仲間と話す時間が欲しい。」

「あいわかった。」

伊月(いつき)さんはそういって、盗賊の集団から少し距離を取った。
盗賊たちは伊月(いつき)さんが信頼に値するかどうか話し合いたかったらしいが、結果が出るのがはやかったらしく、話し合いはとても短かった。

「話し合いは終わりもうした。」

兵五郎(ひょうごろう)さんが声を張り上げ、伊月(いつき)さんたちがまた距離を詰めた。
すると、盗賊たちはいっせいに座り方を改め、皆が伊月(いつき)さんに向かって頭を下げた。

「降参申し上げる。共舘(ともだて)様に下ります。どうぞ我らを臣下として頂きたく存じます。」

兵五郎(ひょうごろう)さんが皆を代弁する。

―― す、すごい! 味方にしちゃった。

「よし、縄を解け。紙と筆をここに。」

伊月(いつき)さんは兵五郎(ひょうごろう)さんたちの縄を解かせ、自分は起請文を書いた。
伊月(いつき)さんと兵五郎(ひょうごろう)さんは、二人とも親指を噛み、その起請文に血判を押した。

兵五郎(ひょうごろう)、そなたらの居住区に案内せよ。今夜はそなたらの一族郎党に飯をふるまう。」

「あ、ありがとうございます!!」

兵五郎(ひょうごろう)さんたちは涙を流しながら喜びの声を上げた。
伊月(いつき)さんの率いる護衛隊は、死んでしまった盗賊と、腕を失った頭領(とうりょう)のために、木を切って担架(たんか)を作り、兵五郎(ひょうごろう)さんたちの住んでいる所に運ぶ準備をした。

その間、私の所に伊月(いつき)さんがもう一度やって来て、もう少し(かご)の中にいて欲しいと言った。

「私が手伝えることは、何もないですか?」

「あのような荒くれ者たちにそなたを見せたくないのだ。頼む。」

「わ、わかりました。でも、安全だって思ったら、何かお手伝いさせてくださいね。」

「ああ。その時は那美(なみ)どのの手を借りる。」

護衛隊は、兵五郎(ひょうごろう)さんの後に続いて移動を始める。
すると、「那美(なみ)様、失礼します。」と言って、御簾(みす)が一瞬開き、清十郎(せいじゅうろう)さんが転がるように入ってきた。

(あるじ)(めい)にて、那美(なみ)様をこの先護衛致します。」

「あ、ありがとうございます。」

すると、清十郎(せいじゅうろう)さんは、いきなり着物を脱ぎ始めた。。

―― な、何?

慌てて着物の(そで)で顔を隠してうつむくと、清十郎(せいじゅうろう)さんがクスっと笑った。

那美(なみ)様は初心(うぶ)で御座いますね。」

「い、いきなり、なんですか…」

「着替え終わりました。失礼しました。お顔をお上げ下さい。」

私は(そで)を下げて清十郎(せいじゅうろう)さんを見ると、清十郎(せいじゅうろう)さんは女の姿になっていた。

「あっ。」

―― そっか、女でいた方が、私の護衛をしやすいのか。

「この先は、キヨとお呼び下さい。今からは那美(なみ)様の侍女に御座います。」

「は、はい。宜しくお願いします、キヨさん。」

「今回は悋気はなしでお願いしますね。」

「も、もうっ、キヨさん、今、それを言わなくてもいいじゃないですか。」

キヨさんは女性らしく、(そで)で口元を隠して、クスクス笑った。