旅行者たちが去って行ってから、護衛隊の人たちは、全員、こっぴどく伊月さんに叱られた。
特に荷物の見張りをしていた人はひどかった。
「あの時、那美どのが化けダヌキだと気づいていなければ、大切な荷を全部持って行かれていたかもしれぬ。皆そろって鼻の下をのばしよって!」
皆は本当にすまなそうな顔をして、シュンとしている。
「そなたら、自分の顔を鏡で見たことあるか?」
―― へ?
この言葉には、私も含め、皆がきょとんとしていた。
「そもそも、あの女が本当にそなたらと仲良くなりたくて純粋な気持ちで近づいたと思ったのか?そなたらがよほどの美男子でない限り、そなたらのような男に進んで寄って来る女は何かたくらみがあると思え。」
―― そ、そんなぁ。それはあまりにも自虐的じゃ?
普通に仲良くなろうとして近寄ってくる女性もいるはずだよ、とは思ったけど、皆は「確かに…」と納得している。
「まぁ、そのくらい警戒を怠るなということだ。任務中は特に、だ!」
「は!」
皆は気を引き締めなおして、奪われかけていた荷物の点検などを始め、改めて出発の準備を始めた。
伊月さんは、「私は水を汲みに行く。」と、言って小川の方に歩き始めたので、私もついていく。
私は歩きながら、ずっと気になったことを伊月さんに聞いてみる。
「あのう、さっき、私が、あの人は化けダヌキだって言った時に、やっぱりなって言ってましたけど、伊月さんはいつ気が付いたんですか?」
「化けダヌキだと気づいたわけではなかったが、私に恐れを抱かず近づいてくる女人は十割あやかしと決まっている。だから、絶対人間ではないと思った。」
「え?」
十割って100パーセント人間の女性が近づいて来ないって自信があるの?
「若い時から幾度となく騙され...いや、今はそれはいいのだが。」
「ええぇ? 伊月さんが美女に騙された過去があるなんて!」
―― さっき皆に言ったことは自分の教訓でもあるってこと?
「だ、だから最初に那美どのにも人間かと聞いたのだ…」
「そ、そんな理由もあったんですか?」
といっても、私は美女じゃないけど。
びっくりしている私を他所に、伊月さんは小川で水を汲みながら、周りを見回した。
誰も見ていないことを確認すると、私の手を引いて、そっと、大きな岩の陰に入る。
そして、心配そうに私の顔を覗き込んだ。
「タヌキとはいえ、女子をおぶったので、怒っていたのだろう?」
「別に怒っていません。」
「怒っていると顔に書いてあった。」
「…」
私はそのまま無言で伊月さんをにらんだ。
伊月さんは、すまん、と言って、私をギュと抱きしめた。
そのまま私の後ろ頭をなでなでして、もう一度、すまん、と言う。
伊月さんがこんなに抱きしめてくれたのは、武術大会の後に月の峠に行った時以来だった。
さっきまで怒っていたのに、ぎゅーってされて、なでなでされて、嬉しさの方が勝ってしまう。
「も、もう、いいです。謝らないで下さい。…しょうがないです。」
化けダヌキだったとはいえ、女性があんなこと言って、むしろ助けない方が非情だって思うし。
それに私が怒っていたのは伊月さんに、というより、むしろあのタヌキに怒っていたのだ。
「許してくれるか?」
それなのに、伊月さんはシュンとした顔をして私の目を覗き込む。
―― どうしよう。かわいい。
「ゆ、許します。」
「良かった。」
「でも、自分が背負ったタヌキが男だったってわかって、ちょっとがっかりしていませんでした?」
「そ、それは、誰でもあのような物を背にからっておったと思えばぞっとするだろう!」
そう焦ったように言って、私の両手を取った。
「そういう那美どのも、今日は八咫烏とずっと一緒だったではないか。」
「へ?」
「何も考えずそなたの側でへらへらとしているあいつがどれだけ腹立たしいか…。那美どのもそんな八咫烏の頭をなでたり、やたらとあいつのことを気にかけたり…」
「い、伊月さん、もしかして、焼きもちですか?」
伊月さんは、私の手をキュッと握ったまま、顔を赤くして、目をそらした。
―― どうしよう。すごくかわいい。
「焼きもちやくのって私ばっかりだと思ってましたけど…。伊月さんも焼きもち焼くことってあるんですか?」
「…ある。」
少しすねたようにそう言った伊月さんが愛おしすぎて、私はたまらず自分から伊月さんに抱きついた。
「な、那美どの?」
「ヤバい。心臓爆発します。キュン死します。」
「だ、大丈夫か? 胸が痛いのか?」
「伊月さんが好きすぎて胸が痛いってことです!」
「な…!!」
伊月さんは意味がわからないと言いながらも、私を抱きしめ返してくれた。
「わ、私も謝ります。カラス姿だったので、思わず頭をなでてしまいました。」
「ゆ、許さぬ。」
「え?」
―― どうしよう、相当怒らせたのかな?
私は心配になって伊月さんの顔をのぞきこむと、
「この償いは後でたっぷりもらう。」
と言って、ニヤリと笑った。
―― あ、本気で怒ってるわけではなさそうだけど、何か、嫌な予感。
「償いって...何をすればいいですか?」
「今夜、私と一緒に祭りに行ってほしい。」
「え?祭り?」
「まあ、宿に着いた時に、疲れていなければ、だが。」
いきなりの提案にビックリする。
「今夜泊まる予定の宿場町で祭りがあるのだ。」
「そういうことなんですね! それは行きたいです!」
「オババ様とも関係の深い神社での祭りだから、安心して良いだろう。」
「わあい! 楽しみです!」
久しぶりに伊月さんと一緒にゆっくり時を過ごせると思うと胸が弾んだ。
「良し」と言って、伊月さんは笑みを浮かべると、皆のもとへ歩き出した。
「でも、それって全然償いになってないですよ? 私も行きたいですから。」
「そうか、では別の方法で償ってもらわねばな。」
伊月さんはまた、ニヤっと悪だくみをするような笑いを浮かべた。
―― 余計なこと、言っちゃったかも…。
護衛隊は出発した。
休憩するはずだったのに、余計に体力を使ってしまう事態になってしまった。
それなのに、歩みのスピードは全然落ちない。
さすがに皆、鍛えられているって感じがする。
「あの、伊月さんって、この国で幼少期を過ごしたんですよね?」
ふと、今歩いているところが伊の国だということに思い至る。
「ああ。この辺は私の庭のようなものだ。」
とても懐かしいと言った声色で伊月さんが言った。
「幼いころはやんちゃでよく城を抜け出して色んな場所に行ったものだ。」
「ふふふ。やんちゃな伊月さんも可愛いでしょうね。」
私は思い切り、澄んだ空気を吸い込んだ。
「伊の国は綺麗ですね。」
「そうだな。災害が比較的少なく、自然豊かで、農業も、漁業も栄えている。」
伊月さんが言ったことは納得がいく。
どこを見ても自然が豊かだし、飢えている人などは、今の所いなかった。
だから、余計に他の国からも狙われちゃうんだよね。
「伊には海もあるんですね。」
「ああ。ここから随分南に行くが、ある。帰りはそちらを通って帰ろうと思っている。」
「わぁ。海、見たいな。」
「海も好きなのか?」
「はい。海も山も好きです!」
伊月さんは、ふっと笑った。
伊月さんが早くこの国に帰ってこれますように。
私はそっと、雷神にお願いをした。
しばらく歩いていたけど、さすがに足が痛くなってきて、籠に戻った。
―― 私のせいで行進が遅くなったら嫌だし。
もう何時間も歩きっぱなしなのに、皆、すごいよ。
私ももっと足腰が強かったら、ずっと伊月さんの横で歩けるのになぁ。
ふと見ると、私の乗っている籠のすぐ横にいる護衛の人が、少しシュンとした顔をしている。
「あのう、大丈夫ですか?」
「あ、はい。すみません。色々と反省していました。」
さっき、皆、伊月さんに怒られちゃったもんね。
「あんなに綺麗な女性が来たら気を取られるのも仕方ないですよ。」
私はクスクス笑いながら言った。
「主や清十郎様は、全然気にも留めずに、すぐにあの場を去られました。」
―― それは伊月さんには美女に騙された過去が...
「け、経験値の差ですよ、きっと…。皆さんはまだ若いし。」
私はよくわからないフォローをする。
「それに主はあの女人を背にからっている時にも仕切りに那美様を気にしておられましたよ。」
「そ、そうですか?」
その護衛の人は大きく頷く。
「主には色々とかないません。」
「あの…」
私はさっきから誰かと語りたくて仕方なかった話題を振ってみる。
「あの伊月さんの小入道との立ち回りもすごかったですよね?」
その人はさっきまでシュンとしていたのに、伊月さんの戦いぶりを思い出したのか、急に目を輝かせ始めた。
「はい、いつの間にか木の上におられて…!」
「あれはすごかったですよね!すっごい飛んでましたよね!」
「そうなんですよ! 自分の目を疑いました!」
「やっぱり、伊月さん、カッコいいですよね! あんなに大きいのにあんなに身軽だし!」
そこに、近くを歩いていた別の人も会話に入って来た。
「主は男でも惚れます! あんなに大きいのに、動きが速いですし! 大体あの木からどうやって飛び降りてきたのか...」
「そう! 動きが見えないんですよ。 速すぎて!」
「私には清十郎さんが解説してくれました!」
「ははは。那美様は主のことが本当にお好きなのですね。」
「あ、はい…。」
はしゃぎすぎていたことに恥ずかしくなって俯く。
「でも、そういう皆さんも、伊月さんのこと尊敬しているんですね。」
「はい。ここにいる皆は主の強さに憧れてついて来ております。」
「あのう、伊月さんの武勇伝とかありますか?」
「ありますとも!」
いつしか籠の近くを歩いていた人たち数人が集まってきて、伊月さんの武勇伝をいくつも教えてくれた。
私は伊月さんの武勇伝を聞く度に、キャーとかワーとか言って、一人で萌えていた。
この日はそのまま宿に着くまで、ワイワイとみんなで、伊月さんの強さが尊すぎるという話で盛り上がり続けた。
特に荷物の見張りをしていた人はひどかった。
「あの時、那美どのが化けダヌキだと気づいていなければ、大切な荷を全部持って行かれていたかもしれぬ。皆そろって鼻の下をのばしよって!」
皆は本当にすまなそうな顔をして、シュンとしている。
「そなたら、自分の顔を鏡で見たことあるか?」
―― へ?
この言葉には、私も含め、皆がきょとんとしていた。
「そもそも、あの女が本当にそなたらと仲良くなりたくて純粋な気持ちで近づいたと思ったのか?そなたらがよほどの美男子でない限り、そなたらのような男に進んで寄って来る女は何かたくらみがあると思え。」
―― そ、そんなぁ。それはあまりにも自虐的じゃ?
普通に仲良くなろうとして近寄ってくる女性もいるはずだよ、とは思ったけど、皆は「確かに…」と納得している。
「まぁ、そのくらい警戒を怠るなということだ。任務中は特に、だ!」
「は!」
皆は気を引き締めなおして、奪われかけていた荷物の点検などを始め、改めて出発の準備を始めた。
伊月さんは、「私は水を汲みに行く。」と、言って小川の方に歩き始めたので、私もついていく。
私は歩きながら、ずっと気になったことを伊月さんに聞いてみる。
「あのう、さっき、私が、あの人は化けダヌキだって言った時に、やっぱりなって言ってましたけど、伊月さんはいつ気が付いたんですか?」
「化けダヌキだと気づいたわけではなかったが、私に恐れを抱かず近づいてくる女人は十割あやかしと決まっている。だから、絶対人間ではないと思った。」
「え?」
十割って100パーセント人間の女性が近づいて来ないって自信があるの?
「若い時から幾度となく騙され...いや、今はそれはいいのだが。」
「ええぇ? 伊月さんが美女に騙された過去があるなんて!」
―― さっき皆に言ったことは自分の教訓でもあるってこと?
「だ、だから最初に那美どのにも人間かと聞いたのだ…」
「そ、そんな理由もあったんですか?」
といっても、私は美女じゃないけど。
びっくりしている私を他所に、伊月さんは小川で水を汲みながら、周りを見回した。
誰も見ていないことを確認すると、私の手を引いて、そっと、大きな岩の陰に入る。
そして、心配そうに私の顔を覗き込んだ。
「タヌキとはいえ、女子をおぶったので、怒っていたのだろう?」
「別に怒っていません。」
「怒っていると顔に書いてあった。」
「…」
私はそのまま無言で伊月さんをにらんだ。
伊月さんは、すまん、と言って、私をギュと抱きしめた。
そのまま私の後ろ頭をなでなでして、もう一度、すまん、と言う。
伊月さんがこんなに抱きしめてくれたのは、武術大会の後に月の峠に行った時以来だった。
さっきまで怒っていたのに、ぎゅーってされて、なでなでされて、嬉しさの方が勝ってしまう。
「も、もう、いいです。謝らないで下さい。…しょうがないです。」
化けダヌキだったとはいえ、女性があんなこと言って、むしろ助けない方が非情だって思うし。
それに私が怒っていたのは伊月さんに、というより、むしろあのタヌキに怒っていたのだ。
「許してくれるか?」
それなのに、伊月さんはシュンとした顔をして私の目を覗き込む。
―― どうしよう。かわいい。
「ゆ、許します。」
「良かった。」
「でも、自分が背負ったタヌキが男だったってわかって、ちょっとがっかりしていませんでした?」
「そ、それは、誰でもあのような物を背にからっておったと思えばぞっとするだろう!」
そう焦ったように言って、私の両手を取った。
「そういう那美どのも、今日は八咫烏とずっと一緒だったではないか。」
「へ?」
「何も考えずそなたの側でへらへらとしているあいつがどれだけ腹立たしいか…。那美どのもそんな八咫烏の頭をなでたり、やたらとあいつのことを気にかけたり…」
「い、伊月さん、もしかして、焼きもちですか?」
伊月さんは、私の手をキュッと握ったまま、顔を赤くして、目をそらした。
―― どうしよう。すごくかわいい。
「焼きもちやくのって私ばっかりだと思ってましたけど…。伊月さんも焼きもち焼くことってあるんですか?」
「…ある。」
少しすねたようにそう言った伊月さんが愛おしすぎて、私はたまらず自分から伊月さんに抱きついた。
「な、那美どの?」
「ヤバい。心臓爆発します。キュン死します。」
「だ、大丈夫か? 胸が痛いのか?」
「伊月さんが好きすぎて胸が痛いってことです!」
「な…!!」
伊月さんは意味がわからないと言いながらも、私を抱きしめ返してくれた。
「わ、私も謝ります。カラス姿だったので、思わず頭をなでてしまいました。」
「ゆ、許さぬ。」
「え?」
―― どうしよう、相当怒らせたのかな?
私は心配になって伊月さんの顔をのぞきこむと、
「この償いは後でたっぷりもらう。」
と言って、ニヤリと笑った。
―― あ、本気で怒ってるわけではなさそうだけど、何か、嫌な予感。
「償いって...何をすればいいですか?」
「今夜、私と一緒に祭りに行ってほしい。」
「え?祭り?」
「まあ、宿に着いた時に、疲れていなければ、だが。」
いきなりの提案にビックリする。
「今夜泊まる予定の宿場町で祭りがあるのだ。」
「そういうことなんですね! それは行きたいです!」
「オババ様とも関係の深い神社での祭りだから、安心して良いだろう。」
「わあい! 楽しみです!」
久しぶりに伊月さんと一緒にゆっくり時を過ごせると思うと胸が弾んだ。
「良し」と言って、伊月さんは笑みを浮かべると、皆のもとへ歩き出した。
「でも、それって全然償いになってないですよ? 私も行きたいですから。」
「そうか、では別の方法で償ってもらわねばな。」
伊月さんはまた、ニヤっと悪だくみをするような笑いを浮かべた。
―― 余計なこと、言っちゃったかも…。
護衛隊は出発した。
休憩するはずだったのに、余計に体力を使ってしまう事態になってしまった。
それなのに、歩みのスピードは全然落ちない。
さすがに皆、鍛えられているって感じがする。
「あの、伊月さんって、この国で幼少期を過ごしたんですよね?」
ふと、今歩いているところが伊の国だということに思い至る。
「ああ。この辺は私の庭のようなものだ。」
とても懐かしいと言った声色で伊月さんが言った。
「幼いころはやんちゃでよく城を抜け出して色んな場所に行ったものだ。」
「ふふふ。やんちゃな伊月さんも可愛いでしょうね。」
私は思い切り、澄んだ空気を吸い込んだ。
「伊の国は綺麗ですね。」
「そうだな。災害が比較的少なく、自然豊かで、農業も、漁業も栄えている。」
伊月さんが言ったことは納得がいく。
どこを見ても自然が豊かだし、飢えている人などは、今の所いなかった。
だから、余計に他の国からも狙われちゃうんだよね。
「伊には海もあるんですね。」
「ああ。ここから随分南に行くが、ある。帰りはそちらを通って帰ろうと思っている。」
「わぁ。海、見たいな。」
「海も好きなのか?」
「はい。海も山も好きです!」
伊月さんは、ふっと笑った。
伊月さんが早くこの国に帰ってこれますように。
私はそっと、雷神にお願いをした。
しばらく歩いていたけど、さすがに足が痛くなってきて、籠に戻った。
―― 私のせいで行進が遅くなったら嫌だし。
もう何時間も歩きっぱなしなのに、皆、すごいよ。
私ももっと足腰が強かったら、ずっと伊月さんの横で歩けるのになぁ。
ふと見ると、私の乗っている籠のすぐ横にいる護衛の人が、少しシュンとした顔をしている。
「あのう、大丈夫ですか?」
「あ、はい。すみません。色々と反省していました。」
さっき、皆、伊月さんに怒られちゃったもんね。
「あんなに綺麗な女性が来たら気を取られるのも仕方ないですよ。」
私はクスクス笑いながら言った。
「主や清十郎様は、全然気にも留めずに、すぐにあの場を去られました。」
―― それは伊月さんには美女に騙された過去が...
「け、経験値の差ですよ、きっと…。皆さんはまだ若いし。」
私はよくわからないフォローをする。
「それに主はあの女人を背にからっている時にも仕切りに那美様を気にしておられましたよ。」
「そ、そうですか?」
その護衛の人は大きく頷く。
「主には色々とかないません。」
「あの…」
私はさっきから誰かと語りたくて仕方なかった話題を振ってみる。
「あの伊月さんの小入道との立ち回りもすごかったですよね?」
その人はさっきまでシュンとしていたのに、伊月さんの戦いぶりを思い出したのか、急に目を輝かせ始めた。
「はい、いつの間にか木の上におられて…!」
「あれはすごかったですよね!すっごい飛んでましたよね!」
「そうなんですよ! 自分の目を疑いました!」
「やっぱり、伊月さん、カッコいいですよね! あんなに大きいのにあんなに身軽だし!」
そこに、近くを歩いていた別の人も会話に入って来た。
「主は男でも惚れます! あんなに大きいのに、動きが速いですし! 大体あの木からどうやって飛び降りてきたのか...」
「そう! 動きが見えないんですよ。 速すぎて!」
「私には清十郎さんが解説してくれました!」
「ははは。那美様は主のことが本当にお好きなのですね。」
「あ、はい…。」
はしゃぎすぎていたことに恥ずかしくなって俯く。
「でも、そういう皆さんも、伊月さんのこと尊敬しているんですね。」
「はい。ここにいる皆は主の強さに憧れてついて来ております。」
「あのう、伊月さんの武勇伝とかありますか?」
「ありますとも!」
いつしか籠の近くを歩いていた人たち数人が集まってきて、伊月さんの武勇伝をいくつも教えてくれた。
私は伊月さんの武勇伝を聞く度に、キャーとかワーとか言って、一人で萌えていた。
この日はそのまま宿に着くまで、ワイワイとみんなで、伊月さんの強さが尊すぎるという話で盛り上がり続けた。