「夕凪ちゃん、おはよう!」
「おはよう、那美ちゃん。」
今日もまた、台所で夕凪ちゃんと挨拶をかわし、尽世での一日が始まる。
「あれ? 那美ちゃん、新しい着物?」
「うん。伊月さんがくれたの。」
先日伊月さんがくれた、大きな風呂敷包みの中には沢山のものが入っていた。
主に衣食住の衣に関するものがメインで、新しい世界でゼロから新生活を始めた私にはとても助かるものばかりだ。
春から夏にかけて着られる単衣の着物、真夏用の絽の着物、冬用のマフラー、羽織などが入っていた。
「すごく似合ってるよ、その色。」
「えへへ。ありがとう。」
たすき掛けをして、ご飯の準備をしようとしていると、夕凪ちゃんがニヤニヤと不敵な笑顔を称えつつ私を見てるのに気づく。
「な、何?」
「いやー、那美ちゃんと伊月さんって、いい感じだね。」
「え? いい感じって?」
「とぼけないで。昨日、逢瀬だったんでしょ?どうだったの?」
―― 逢瀬って、デートみたいな?
「そ、そんなことないよ。伊月さんは、オババ様に私のお守り役を押し付けられちゃっただけだよ。」
「またまたぁー、色々聞きたいなー。」
夕凪ちゃんは本当に恋バナが大好きらしい。
私は適当にごまかしつつ、朝食の準備を始める。
夕凪ちゃんも私をからかいつつ、手際よくみそ汁の具を切り始めた。
「おぃ、腹が減ったぞー」
そのうちに、寝ぐせのついた、ぼさぼさ頭のままオババ様が起きてきて、ご飯の催促をする。
毎日私の一日はこうやって始まる。
朝ごはんが終わって、片付けをしたら、私はカムナリキをコントロールする修行を始める。
修行を始めて1週間がたった。
「お、オババ様、見て下さい! 雷石が光らなくなりました!」
「おぉーやっとダダ漏れカムナリキの栓を閉めたな!」
最近ようやく、自分や人の中に流れる気というか、そんなものが分かるようになってきた。
それに伴い自分のカムナリキの流れや色や温度まで感じられるようになった。
「なんか、不思議な感覚。」
「じゃあ、今日からは別の修行を始めなければな。」
「次はどんな修行ですか?」
「カムナリキを攻撃に使うことだ。」
「攻撃?」
不穏な響きに少し戸惑う。
「亜の国と伊の国の最近の治安の悪化は見ていて心が痛む。魔獣はよく出るし、若い女が拐かされる事件も多いと聞く。」
「そ、そうなんですね。」
「生きていく力をつけるには、自衛の術を持たねばならん。そして、攻撃は最高の防御じゃ!」
「た、確かに。」
私は現代日本で通り魔に殺されそうになった。
もしあの時、自分に戦う力があったら、あれほどの恐怖心を感じずに済んだかもしれない。
「やります。教えて下さい!」
うむ、と言ってオババ様が吉太郎を呼び出した。
吉太郎はオババ様の眷属のうちの一人で、鳩の神使だ。
「オババ様の言いつけだからお前の修行に付き合うが、俺は忙しいのだぞ!」
吉太郎はなかなか誇り高い鳩で、タカオ山に住む他の鳩達をまとめ、タカオ山の見回りという役目をしっかり果たしているそうだ。
「吉太郎、いつも修行に付き合ってくれてありがとう。また後で鳩せんべい焼くから。」
「まぁ、そういうことなら仕方ないの。」
吉太郎が納得してくれて、早速オババ様が実演を始める。
「吉太郎、息を止めておれ。」
オババ様はそう言うと、水石で出来た勾玉の首飾りをすっとなでる。
「わっ!」
その瞬間に空中に水の塊が出来て、吉太郎の体を包み込む。
「げぇー。。い、息が!」
吉太郎は息が出来ず、体も身動きが出来ずにもがいている。
オババ様がパチンと指を鳴らすと、水の塊は一瞬で霧散した。
「わー凄い!!!」
私は思わずパチパチと拍手する。
「ゲホ、ゲホゲホ。拍手しておる場合か。俺は死ぬところだったぞ。」
吉太郎が抗議の声を上げる。
「息を止めておれと言ったであろうが。」
「俺は水鳥ではないのだー。」
吉太郎が羽をばたつかせている。
「那美、オヌシはあの数珠を使ってやるのだ。」
「はい。」
「今までダダ漏れだったカムナリキがようやく体内に溜まりはじめておる。その抑制しているカムナリキをしっかり丹田に溜め込んで、石を媒体にし、一瞬で放出させる。そうする事で相手を攻撃できる。」
「やってみます。」
私は吉太郎をチラリと見た。
「力加減を間違えれば殺してしまうので気をつけろ。」
オババ様がそういうと、吉太郎の顔がサッと青ざめた。
「お、俺はお前の実験台にはならんからなー!」
吉太郎はそそくさと飛んで逃げて行った。
「ちと、からかいすぎたかのー」と言いつつも、ゲラゲラ笑うオババ様。
「まぁ、この岩を相手にでも練習せい。」
オババ様は近くにあった大きな山岩を指さした。私の背丈ほど大きい。
「はい!」
私も自分のカムナリキを数珠に繋がれた雷石に注ぎ込み、それを岩にめがけて放出した。
その瞬間、
ドカーン!!
と物凄い音がして、数珠から稲妻が走り、岩に当たった。
バキバキ!!と物凄い音がしたと思ったら、岩にヒビが入っていく。
―― え?
そして、ガラガラ、と岩が細かく砕けながら地に落ちていった。
あっけに取られる一方で、それを見たオババ様はケラケラと笑っている。
「攻撃は最高の防御と言ったが、人を殺さぬ程度にしなければなぁ!」
オババ様は愉快そうに言った。
―――
修行でカムナリキを使い果たし、ヘロヘロになり、タカオ大社の本殿まで歩いた。
鳥居をくぐり、社務所に入る。
「夕凪ちゃーーん、お腹すいたぁー。」
「那美ちゃんお疲れ様ー。おにぎりあるよ。」
夕凪ちゃんが作ってくれてたおにぎりをつまむ。
「お豆たくさん入ってるぅ。美味しいー!」
夕凪ちゃんは私が修行してる間はこの神社の本殿横にある小さな社務所で、参拝に来る氏子さんの対応をしている。
御朱印を描いたり、おみくじを売ったり、祈祷の予約を受け付けたり、忙しい時もあれば暇な時もある。
「さっき凄い音が聞こえたけど、何だったの?」
「あ、それ、私の修行のせい。岩をこっぱみじんに壊しちゃった。」
「え?」
「カムナリキの丁度いい放出量が分かんなくて。」
「それで岩を砕いたんだ。怖ー! 那美ちゃん怪力だね。」
「自分でもびっくりした。最初に吉太郎で試さなくて良かった。」
この時、この言葉を聞いて吉太郎が身をふるわせていたことは後になって知った。
おにぎりをつまんでカムナリキを回復させていると、氏子さんが一人やってきて、何やら真剣にお参りしている。
「あの人、ほぼ毎日来るね。」
「うん、オババ様いわく、突然いなくなったお姉さんが見つかるように願ってるんだって。」
そういえば、最近、若い女の人がかどわかされる事件が多いって聞いた。
「オババ様や、龍神様はそういう、いなくなった人たち、見つけてくれるの?」
「ううん。人探しは龍神様の管轄外だよ。」
夕凪ちゃんは懸命に祈る氏子さんの様子を憐れそうに見た。
「龍神は水の神様だから、稲作とか水の生き物とか、そういうのが管轄。」
現代日本では、急にいなくなった私を探してくれてる人はいるのかな。
私はふと思ったけど、家族も親しいと言える友人もいなかったしな、と諦めに満ちた思いを抱いた。
「あのう、すみません。」
さっきまで熱心に祈っていた氏子さんが、社務所にいる私達に声をかけた。
「これ、オババ様にお渡しできますか?」
氏子さんは私に重みのある袋を手渡した。
「うちで作っている小豆です。いつも、オババ様が悩みを聞いてくれているお礼です。気持ちばかりですが。」
「わかりました。ありがとうございます。渡しておきますね。きっと喜びます。」
氏子さんはお辞儀をして帰って行った。
こんな感じで、オババ様には色々な貢物が毎日のように届けられる。
こういう小さい贈り物もあれば、米俵が何俵も届くこともある。
たいてい昼過ぎ、日が傾くころには社務所を閉めて、
掃除をしたり、お散歩したりして夕方まで思い思いの時間をのんびり過ごす。
日が暮れ始めると、お風呂の準備をしたり、夕飯の準備をしたりして、夜にはもうすることもなく、さっさと寝る。
私がここで暮らし始めて、そんな平和な毎日が続いていた。
でも、この平和な暮らしも、ちょとした事件がきっかけで、変容を遂げることになる。
「おはよう、那美ちゃん。」
今日もまた、台所で夕凪ちゃんと挨拶をかわし、尽世での一日が始まる。
「あれ? 那美ちゃん、新しい着物?」
「うん。伊月さんがくれたの。」
先日伊月さんがくれた、大きな風呂敷包みの中には沢山のものが入っていた。
主に衣食住の衣に関するものがメインで、新しい世界でゼロから新生活を始めた私にはとても助かるものばかりだ。
春から夏にかけて着られる単衣の着物、真夏用の絽の着物、冬用のマフラー、羽織などが入っていた。
「すごく似合ってるよ、その色。」
「えへへ。ありがとう。」
たすき掛けをして、ご飯の準備をしようとしていると、夕凪ちゃんがニヤニヤと不敵な笑顔を称えつつ私を見てるのに気づく。
「な、何?」
「いやー、那美ちゃんと伊月さんって、いい感じだね。」
「え? いい感じって?」
「とぼけないで。昨日、逢瀬だったんでしょ?どうだったの?」
―― 逢瀬って、デートみたいな?
「そ、そんなことないよ。伊月さんは、オババ様に私のお守り役を押し付けられちゃっただけだよ。」
「またまたぁー、色々聞きたいなー。」
夕凪ちゃんは本当に恋バナが大好きらしい。
私は適当にごまかしつつ、朝食の準備を始める。
夕凪ちゃんも私をからかいつつ、手際よくみそ汁の具を切り始めた。
「おぃ、腹が減ったぞー」
そのうちに、寝ぐせのついた、ぼさぼさ頭のままオババ様が起きてきて、ご飯の催促をする。
毎日私の一日はこうやって始まる。
朝ごはんが終わって、片付けをしたら、私はカムナリキをコントロールする修行を始める。
修行を始めて1週間がたった。
「お、オババ様、見て下さい! 雷石が光らなくなりました!」
「おぉーやっとダダ漏れカムナリキの栓を閉めたな!」
最近ようやく、自分や人の中に流れる気というか、そんなものが分かるようになってきた。
それに伴い自分のカムナリキの流れや色や温度まで感じられるようになった。
「なんか、不思議な感覚。」
「じゃあ、今日からは別の修行を始めなければな。」
「次はどんな修行ですか?」
「カムナリキを攻撃に使うことだ。」
「攻撃?」
不穏な響きに少し戸惑う。
「亜の国と伊の国の最近の治安の悪化は見ていて心が痛む。魔獣はよく出るし、若い女が拐かされる事件も多いと聞く。」
「そ、そうなんですね。」
「生きていく力をつけるには、自衛の術を持たねばならん。そして、攻撃は最高の防御じゃ!」
「た、確かに。」
私は現代日本で通り魔に殺されそうになった。
もしあの時、自分に戦う力があったら、あれほどの恐怖心を感じずに済んだかもしれない。
「やります。教えて下さい!」
うむ、と言ってオババ様が吉太郎を呼び出した。
吉太郎はオババ様の眷属のうちの一人で、鳩の神使だ。
「オババ様の言いつけだからお前の修行に付き合うが、俺は忙しいのだぞ!」
吉太郎はなかなか誇り高い鳩で、タカオ山に住む他の鳩達をまとめ、タカオ山の見回りという役目をしっかり果たしているそうだ。
「吉太郎、いつも修行に付き合ってくれてありがとう。また後で鳩せんべい焼くから。」
「まぁ、そういうことなら仕方ないの。」
吉太郎が納得してくれて、早速オババ様が実演を始める。
「吉太郎、息を止めておれ。」
オババ様はそう言うと、水石で出来た勾玉の首飾りをすっとなでる。
「わっ!」
その瞬間に空中に水の塊が出来て、吉太郎の体を包み込む。
「げぇー。。い、息が!」
吉太郎は息が出来ず、体も身動きが出来ずにもがいている。
オババ様がパチンと指を鳴らすと、水の塊は一瞬で霧散した。
「わー凄い!!!」
私は思わずパチパチと拍手する。
「ゲホ、ゲホゲホ。拍手しておる場合か。俺は死ぬところだったぞ。」
吉太郎が抗議の声を上げる。
「息を止めておれと言ったであろうが。」
「俺は水鳥ではないのだー。」
吉太郎が羽をばたつかせている。
「那美、オヌシはあの数珠を使ってやるのだ。」
「はい。」
「今までダダ漏れだったカムナリキがようやく体内に溜まりはじめておる。その抑制しているカムナリキをしっかり丹田に溜め込んで、石を媒体にし、一瞬で放出させる。そうする事で相手を攻撃できる。」
「やってみます。」
私は吉太郎をチラリと見た。
「力加減を間違えれば殺してしまうので気をつけろ。」
オババ様がそういうと、吉太郎の顔がサッと青ざめた。
「お、俺はお前の実験台にはならんからなー!」
吉太郎はそそくさと飛んで逃げて行った。
「ちと、からかいすぎたかのー」と言いつつも、ゲラゲラ笑うオババ様。
「まぁ、この岩を相手にでも練習せい。」
オババ様は近くにあった大きな山岩を指さした。私の背丈ほど大きい。
「はい!」
私も自分のカムナリキを数珠に繋がれた雷石に注ぎ込み、それを岩にめがけて放出した。
その瞬間、
ドカーン!!
と物凄い音がして、数珠から稲妻が走り、岩に当たった。
バキバキ!!と物凄い音がしたと思ったら、岩にヒビが入っていく。
―― え?
そして、ガラガラ、と岩が細かく砕けながら地に落ちていった。
あっけに取られる一方で、それを見たオババ様はケラケラと笑っている。
「攻撃は最高の防御と言ったが、人を殺さぬ程度にしなければなぁ!」
オババ様は愉快そうに言った。
―――
修行でカムナリキを使い果たし、ヘロヘロになり、タカオ大社の本殿まで歩いた。
鳥居をくぐり、社務所に入る。
「夕凪ちゃーーん、お腹すいたぁー。」
「那美ちゃんお疲れ様ー。おにぎりあるよ。」
夕凪ちゃんが作ってくれてたおにぎりをつまむ。
「お豆たくさん入ってるぅ。美味しいー!」
夕凪ちゃんは私が修行してる間はこの神社の本殿横にある小さな社務所で、参拝に来る氏子さんの対応をしている。
御朱印を描いたり、おみくじを売ったり、祈祷の予約を受け付けたり、忙しい時もあれば暇な時もある。
「さっき凄い音が聞こえたけど、何だったの?」
「あ、それ、私の修行のせい。岩をこっぱみじんに壊しちゃった。」
「え?」
「カムナリキの丁度いい放出量が分かんなくて。」
「それで岩を砕いたんだ。怖ー! 那美ちゃん怪力だね。」
「自分でもびっくりした。最初に吉太郎で試さなくて良かった。」
この時、この言葉を聞いて吉太郎が身をふるわせていたことは後になって知った。
おにぎりをつまんでカムナリキを回復させていると、氏子さんが一人やってきて、何やら真剣にお参りしている。
「あの人、ほぼ毎日来るね。」
「うん、オババ様いわく、突然いなくなったお姉さんが見つかるように願ってるんだって。」
そういえば、最近、若い女の人がかどわかされる事件が多いって聞いた。
「オババ様や、龍神様はそういう、いなくなった人たち、見つけてくれるの?」
「ううん。人探しは龍神様の管轄外だよ。」
夕凪ちゃんは懸命に祈る氏子さんの様子を憐れそうに見た。
「龍神は水の神様だから、稲作とか水の生き物とか、そういうのが管轄。」
現代日本では、急にいなくなった私を探してくれてる人はいるのかな。
私はふと思ったけど、家族も親しいと言える友人もいなかったしな、と諦めに満ちた思いを抱いた。
「あのう、すみません。」
さっきまで熱心に祈っていた氏子さんが、社務所にいる私達に声をかけた。
「これ、オババ様にお渡しできますか?」
氏子さんは私に重みのある袋を手渡した。
「うちで作っている小豆です。いつも、オババ様が悩みを聞いてくれているお礼です。気持ちばかりですが。」
「わかりました。ありがとうございます。渡しておきますね。きっと喜びます。」
氏子さんはお辞儀をして帰って行った。
こんな感じで、オババ様には色々な貢物が毎日のように届けられる。
こういう小さい贈り物もあれば、米俵が何俵も届くこともある。
たいてい昼過ぎ、日が傾くころには社務所を閉めて、
掃除をしたり、お散歩したりして夕方まで思い思いの時間をのんびり過ごす。
日が暮れ始めると、お風呂の準備をしたり、夕飯の準備をしたりして、夜にはもうすることもなく、さっさと寝る。
私がここで暮らし始めて、そんな平和な毎日が続いていた。
でも、この平和な暮らしも、ちょとした事件がきっかけで、変容を遂げることになる。